9月10日午前(北京時間。ワシントン時間では9日深夜)、バイデン大統領の申し入れで習近平主席との電話会談が行われました。ホワイトハウスの発表文と中国外交部の発表文は米中関係に臨む両国の基本的認識、アプローチ、問題意識の違いを際立たせる興味深い内容です。しかし、①この深甚な懸隔は「誤解、誤診、意図せざる衝突」(習近平)あるいは「紛争突入(veer into conflict)」(バイデン)を招来しかねない事態に至っている、②この最悪の事態を回避するためには双方が「接触対話を継続する」(習近平)あるいは「オープンで率直にかかわっていく」(バイデン)ことが必要である、という2点において、両首脳の認識が一致したことは、わずかではありますが今後の展開に望みをつなぐ手がかりを与えています。まずは、2つの発表文の内容を紹介します。

(米側発表文)
 バイデンは習近平と話し合った。両首脳は広範な戦略的議論を行い、両国の利益が重なる分野と両国の利益・価値・視点が異なる分野を議論した。両者は、両分野の問題についてオープンかつ率直にかかわっていくことに同意した。バイデンが明確にしたことは、(両者の)議論は米中間の競争(competition)を責任感を持って管理するというアメリカが行っている努力の一環であるということだ。バイデンはインド太平洋及び世界の平和、安定及び繁栄に対するアメリカの持続的関心を強調し、両首脳は競争が紛争に突入しないことを保証する両国の責任について議論した。
(中国側発表文)
 習近平は求めに応じてバイデンと電話し、中米関係及び双方が関心ある問題について、率直で、突っ込んで、広範囲にわたって戦略的な意思疎通を行った。(習近平によるアメリカにおける台風被害に対する見舞いとバイデンの謝意表明が続く。)
 習近平は次のように指摘した。アメリカが取った対中政策によって中米関係は深刻な困難に遭遇している。これは両国人民の根本的利益及び世界各国の共同利益に合致しない。中米はそれぞれ最大の途上国及び最大の先進国だ。中米が彼我の関係を適切に処理できるか否かは世界の前途命運にかかわることであり、両国が答えなければならない世紀の問いである。中米が協力すれば両国及び世界が利益を受ける。中米が対抗すれば両国及び世界が災禍を被る。中米関係は良くすることができるか否かという選択問題ではなく、如何にして良くするかという必須問題である。
 習近平は次のように強調した。中国の古い詩に曰く、「山重水複疑無路 柳暗花明又一村」(道は険しくても前途には希望がある。宋代の詩人陸遊「遊山西村」の一節)。中米は1971年に関係が氷解して以来、手を携え協力し、各国に中身豊富な利益をもたらしてきた。現在、国際社会は多くの共通の難題に直面しており、中米はスケールの大きいパラダイムのもとで大きな役割を担い、前向きに前進することを堅持し、戦略的な胆力・識見と政治的な決断力を以て中米関係を迅速に安定的発展の正しい軌道に戻し、両国人民及び世界各国人民により多くの幸せをもたらすことを推進するべきである。
 習近平は気候変動等の問題に関する中国側の立場を次のように詳述した。中国はエコロジー優先を堅持し、環境に配慮した低炭素の発展の道を歩むことに力点を置いており、国情にマッチした国際的責任を一貫して積極的に、進んで担っている。彼我の核心的関心を尊重し、違いを適切に管理するという基礎の上で、両国関係部門が接触対話を継続し、気候変動、伝染病の防止・管理、経済回復並びに重大な国際及び地域問題における協調協力を推進するとともに、協力上の潜在的可能性を発掘して両国関係により多くの積極的要素を増やすことは可能である。
 バイデンは次のように述べた。世界はめまぐるしく変化しており、米中関係は世界でもっとも重要な二国間関係である。米中がいかに影響し合い、あい処するかによって、世界の将来は大きく影響されるだろう。両国には競争によって衝突にはまり込む理由はない。アメリカは一つの中国政策を変えるつもりはまったくない。アメリカは中国との間でもっと率直な交流と建設的な対話を行うこと、両国が展開できる協力の重点・優先分野を確定すること、誤解誤診及び想定外の衝突を避けること、米中関係の正常軌道への回帰を推進することを望んでいる。アメリカは、気候変動等の重要問題における意思疎通と協力を強化し、さらなる共通認識を形成することを期待している。
 双方は次の認識で一致した。中米首脳は、中米関係及び重要な国際問題で突っ込んだ意思疎通を行うことは中米関係の正しい発展を導く上で非常に重要であり、引き続き多くの方法で経常的な連絡を保ち、双方のワーキング・レベルにタイトな仕事、広範な対話を命じて中米関係の前向きな発展のための条件を創造していくことに同意した。
 バイデンと習近平の電話会談は本年2月に次いで第2回目です。ロイター通信はアメリカの高官の発言として、両首脳の電話会談は約90分に及んだことを紹介しています。また、環球時報などの中国メディアは中国専門家の様々な分析、見方を紹介していますが、私の判断・見方とほぼ一致しているのは、中国外交学院の李海東教授の以下の分析です。
 米中双方の発表文から見て取ることができるのは、「両国関係の目標の位置づけ」という点で、中米間には非常にはっきりした違いがあるということだ。中国は総じて協力に焦点を合わせ、互利共嬴を強調する。習近平の発言「中米関係は良くすることができるか否かという選択問題ではなく、如何にして良くするかという必須問題である」が正にそれだ。しかし、アメリカ側の発表文は違いを強調している。発表文は短いものだが、次の3点は極めて明確だ。すなわち、第一に戦略的討論をする、第二に競争を管理する、第三に衝突を回避する、ということだ。
 バイデン政権の対中政策には2つの重要な内在的矛盾がある。一方で、アメリカは中国と競争することを欲している。しかし、競争が衝突に至る危険は現実のものであり、しかも日増しに厳しさを増している。この危険はアメリカを泥沼に追いやる可能性が極めて高い。他方で、多くのグローバルな課題に関して、アメリカは中国との協力なしには成果を挙げるすべがない。しかし、国内政治上のロジックとしては、「中国を弱らせなければならない」という仮説の上で成り立っている。これまでのところ、アメリカが対中政策における「三分法」(競争・協力・対抗)を調整する意図があるというシグナルはまだ見て取ることができない。そしてこのことが中米関係でブレークスルーを実現する上での一大障害となる可能性がある。
 なぜ、バイデン政権は「三分法」の対中政策に固執するのでしょうか。私の見るところ、ゼロ・サムのパワー・ポリティックス思想に凝り固まっているバイデン政権(というよりもアメリカそのもの)には21世紀の歴史的趨勢を認識する能力(=歴史弁証法的思考能力)が欠落しており、したがって、21世紀の歴史的趨勢を認識し、その認識に立って習近平・中国が提起している、「人類共同体」構想をはじめとする共存共嬴(ウィン・ウィン)の脱パワー・ポリティックス思想を正確かつ額面どおりに受け止める能力もまた欠落しているからです。習近平がバイデンに力説したこと(上記発表文)もバイデンには「馬の耳に念仏」でしかないのでしょう。かくして、復旦大学アメリカ研究センターの呉心伯主任が指摘するように、「アメリカは中国に対して重大な戦略的誤断を犯している。アメリカは中国を主要な戦略的競争相手と見なし、中国が何をしてもすべてアメリカを目がけたものだと受け止め、すべてがアメリカのリーダーシップを弱め、自らが国際秩序を主導するという意図に出たものだ、と考えてしまうのだ」ということになるのです。
 バイデン政権は台湾問題、南海(南シナ海)問題でしきりに中国に対する軍事的デモンストレーション(示威)の「火遊び」をエスカレートしています。しかし、中国はそれで「へこむ」ことはあり得ず(中国にとっては核心的利益で妥協する選択肢はない)、アメリカのエスカレーションに対応する軍事的対抗措置を講じてきています。「サイゴン陥落」の二の舞となったアフガニスタンからの撤兵で明らかなとおり、バイデン政権が中国との間で「第三次世界大戦」(=核戦争)を覚悟することはあり得ません。今回のバイデンの習近平に対する電話会談申し入れは、自らがまいた種が暴発する危険におののきながらもなお「三分法」を捨てきれないバイデンの「悪あがき」・「老醜」と、私は思うのですがどうでしょうか。