7月19日のハンギョレ日本語WSに掲載された「文大統領に対して「自慰行為」と表現…日本はなぜここまで無礼なのか」と題する分析記事を読んで、改めて2015年12月28日に行われた「日韓従軍慰安婦合意」(以下「12・28合意」)が日韓関係悪化に如何に深刻な役割を果たしたかということを考えさせられました。この記事は、在韓日本大使館「ナンバー2」の相馬弘尚総括公使が15日に文在寅大統領に対して極めて不適切な発言を行ったことから説き起こし、「相馬公使の「妄言事態」を通じて改めて確認できるのは、2015年末の日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた12・28合意以降、韓国に対する日本の「外交上の無礼」が以前とは異なり非常に構造化され、厚かましいほどの段階に差し掛かっているということだ」と指摘して、次のように論じています。

 昔の日本の政治家たちが韓国に対して吐いた「妄言」は、1953年10月の第3回韓日会談の際に大きな波紋を呼んだ久保田妄言(「日本が進出していなかったら、韓国は中国かロシアに占領され、もっとミゼラブルな状態に置かれただろう」)のように、日本の支配は結果的に韓国に良い影響を与えたとし、自分たちの歴史的過ちを正当化したり、「慰安婦は職業売春婦だった」といったりしたように、歴史的真実を否定するという内容がほとんどだった。日本が加害者だったということを認めつつ、自分たちにも言い分があるとして一種の「言い訳」を試みたのだ。
 しかし日本の「戦争責任」を記憶するかつての世代が消えたことで社会が右傾化したうえ、12・28合意という変化が生じ、すべてが変わった。韓国が慰安婦合意の履行を躊躇したり(朴槿恵政権)、事実上の無力化を試みたり(文在寅政権)したことで、日本は「約束を守らない」韓国に対してあたかも被害者になったような態度を取り始めたのだ。
 このような態度を初めてあらわにしたのは、日本の右翼新聞「産経新聞」だった。同紙の阿比留瑠比論説委員(当時)は2016年7月に、日本が慰安婦合意に則り韓国に10億円を拠出すれば、これまでは韓日の外交問題だった慰安婦問題は「韓国国内の問題」となって、「あとは(少女像の移転に関する)韓国側の合意不履行を責めて、道徳的優位に立った外交を行」えるとの論理を提示した。2018年10月に韓国最高裁が日本企業に強制動員の被害者に対する賠償を命じる判決を下してから、日本の態度はさらに露骨になった。河野太郎外相(当時)は判決当日、談話を発表し「韓国が直ちに国際法違反の状態を是正することを含め、適切な措置を講ずることを強く求める」とし「両国共同の努力」ではなく、韓国の「一方的な措置」でこの問題を解決すべきだと主張した。国家間の約束(12・28合意)を守らず、今や国際法(1965年韓日請求権協定)すら無視する韓国に対して、日本は「道徳的優位」に立つ被害者となったという歪んだ認識が生まれはじめたのだ。
 その後、日本は韓国に対して以前には想像もできなかった「無礼な行動」を取りはじめた。安倍晋三前首相は最高裁判決が出た直後の2019年1月の施政方針演説で、韓国についてまったく言及せず、文在寅政権は相手にしないとの態度を明確にした。これを立証するかのように、7月には韓国経済の核である半導体産業に対して卑劣な経済報復を加えた。昨年9月に就任した菅義偉首相もまた、関係改善を求め続ける韓国に対し、まず韓国側が関係改善のきっかけを作れと述べた。先月12~13日の主要7カ国首脳会議(G7サミット)の際には、文大統領の「略式会談」要請を一方的に無視してもいる。
 このように論じたこの分析記事は、「極めて不適切な相馬公使の15日の発言も、同じ脈絡から理解できる」として、相馬発言の問題がいわゆる従軍慰安婦及び強制連行被害者に対する賠償問題にかかわって行われたことを次のように紹介しています。「相馬公使の「妄言事態」を通じて改めて確認できるのは、2015年末の日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた12・28合意以降、韓国に対する日本の「外交上の無礼」が以前とは異なり非常に構造化され、厚かましいほどの段階に差し掛かっているということだ」という上記判断が示される所以です。
 相馬公使は‥「日本政府は韓国が考えるほど両国関係に気を使う余裕はない」「文大統領はマスターベーションをしている」などと発言したことが確認されている。しかし、同日の発言の核心は、慰安婦と強制動員被害者への賠償問題に関しては韓国が答案用紙を提出すべき、という内容だった。韓日の懸案について日本は納得しうる解決策を提示せずに、文大統領の訪日のみで輸出規制の撤回といった「成果」を得ようとする韓国の試みを極めて低劣な表現を用いて批判したのだ。
 私は12・28合意直後にその問題点を指摘しました。2016年1月10日のコラムでは、次のように指摘しています。
 2015年12月28日に行われた岸田外相と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相とによる日韓両外相共同記者発表(以下、便宜的に「日韓合意」と略称)は、韓国のいわゆる「従軍慰安婦」問題に関する「最終的かつ不可逆的」解決を達成したものとして喧伝され、日本国内では政府・与党のみならず、野党もおおむね肯定的に評価しました。野党が肯定的に評価したのは、①岸田外相発表文が「当時の軍の関与」を明記したこと、また②韓国政府が設立する、元「慰安婦」支援を目的とする財団に対して「日本政府の予算で資金を一括で拠出」するとしたことによるものでした。
 まず、①の点に関しては、安倍政権が旧日本軍の関与を認めた1993年8月4日の河野官房長官談話を問題視してきた姿勢を改めたと受けとめられたこと、また②の点に関しては、1995年に設立されたアジア女性基金が民間の拠出によるものであることに対して、日本政府の法的責任を回避することを正当化するためのものという強い批判があったことに鑑みたものであると受けとめられたことが、野党の肯定的評価を導いたと判断されます。
 しかし、私自身は、このような受けとめ方には強い違和感を覚えます。①に関しては、今回の「政治決着」のための「戦術的譲歩」であるにすぎず、安倍政権のこの問題に関する基本的認識・立場が微動だにしていないことは、日韓合意直後からの安倍首相の数々の発言が如実に示すところです。また②に関しても、政府が資金を拠出することは法的責任を認めるものではないという発言がくり返されています。
 また、私は2017年12月31日のコラムで、韓国外交部の「慰安婦タスクフォース(TF)が同月27日、朴槿恵前政権による2015年12月28日の「韓日慰安婦合意」について検証した結果を発表し、これを受けて文在寅大統領が翌28日自らの立場を表明したことを取り上げて、次のように記しました。
  私は文在寅大統領の上記立場表明に正直感動しました。2015年の日韓合意が「両国首脳の追認を経た政府間の公式的約束という負担」を課していることを踏まえた上でなお、「この合意では慰安婦問題が解決されない」と明言したことはすごいことだと思いました。彼のこの立場表明を支えるのは、「歴史で最も重要なことは真実」だとする歴史認識であり、また、「手続き的にも内容的にも重大な欠陥があった」合意は「歴史問題の解決において確立された国際社会の普遍的原則に背く」という彼の普遍的原理への深いコミットメントであることがしっかり伝わってきます。
 また、2015年日韓合意が「被害の当事者と国民が排除された政治的合意」であると断じた文在寅の言葉は、この合意の本質を核心的に突いています。「苦痛の過去であるほど向き合う勇気が必要」「そうしてこそ初めて治癒も、和解も、そして未来も始まる」という言葉は、主語がありませんが、いわゆる「従軍慰安婦」問題の存在すらを否定してかかる安倍首相以下の日本の保守政治を念頭に置いたものであることは明々白々です。真実と原則を踏まえてこそ韓日友好を期することができるのであり、「そのような姿勢で日本との外交に臨みます」と約束した文在寅大統領は、これまでのゆがんだ日韓関係をただすための正しい方向性を明確にした、韓日両国を通じて初めての政治家であり、ひとり韓国国民だけではなく、私たち日本国民としても高く評価するべきだと思います。
 ところが、というより、まさにそれ故に、安倍首相、管官房長官、河野外相等は、文在寅大統領の歴史的哲学的でさえあるメッセージを無視し、猛反発しています。私があきれかえったのは、「日韓合意 順守こそ賢明な外交だ」と題する社説(12月28日付)で、「朴槿恵・前政権の失政を強調したい文在寅政権の姿勢がにじみでている」「合意を巡る世論の不満に対処するための、国内向けの検証だった」と誹謗し、「いまの日韓関係を支える、この合意の意義を尊重する賢明な判断を求めたい」とヌケヌケ言い放った朝日新聞のあるまじき立場表明でした。
 この社説の支離滅裂は、「核となる精神は、元慰安婦らの名誉と尊厳を回復することにある」と言いながら、「外交交渉では、片方の言い分だけが通ることはない」「合意は…互いに歩み寄った両国の約束」という建前論を前面に押し出して、「核となる精神」を踏みにじった日韓合意の履行を文在寅政権に促している点にあります。文在寅大統領の立場表明が明確にしているのは、「核となる精神」を踏みにじった上で初めて成り立った日韓合意そのものが真の合意に値しないということなのです。
 日本政府が大上段に振りかざすのは、日韓合意は「最終的かつ不可逆的」であり、「1ミリたりとも動かさない」(安倍首相)ということです。しかし、12月28日付ハンギョレ・日本語WSは、「「最終的かつ不可逆的」慰安婦合意の文言は日本の返し技だった」と題する文章で、「韓日慰安婦被害者問題合意を検討するTFは27日、「韓国側は『謝罪』の不可逆性を強調したが、合意では『解決』の不可逆性を意味するものと脈絡が変わった」と明らかにした」と指摘し、「結局、慰安婦問題の「解決」は最終的かつ不可逆的と明確に表現しながらも、「法的責任」の認定は解釈を通じてのみできる線の合意で、日本は「慰安婦」制度が日本の国家犯罪という事実を認めないまま、外交的にこの問題を最終的かつ不可逆的に解決することに成功した」と、日本側の「外交的勝利」としての「最終的かつ不可逆的」だったと結論しています。この事実関係もまた、「元慰安婦らの名誉と尊厳を回復する」という「核となる精神」は鼻であしらい、もっぱら日本側の都合を韓国に押しつけようとした日韓合意の汚れきった本質を描写しています。
 私の12・28合意に関する判断・認識は今も以上のとおりです。しかし、私は、「2015年末の日本軍「慰安婦」問題の解決に向けた12・28合意以降、韓国に対する日本の「外交上の無礼」が以前とは異なり非常に構造化され、厚かましいほどの段階に差し掛かっている」、「国家間の約束(12・28合意)を守らず、今や国際法(1965年韓日請求権協定)すら無視する韓国に対して、日本は「道徳的優位」に立つ被害者となったという歪んだ認識が生まれはじめた」とハンギョレ分析記事が鋭く指摘した、"12・28合意を転機とする日本の対韓認識上の重大な「歪み」"という問題の本質にまで考えが及んでいませんでした。自分の不明を恥じるとともに、この分析記事に接することができたことに感謝の一言です。
 7月19日のハンギョレ日本語WS掲載の記事が以上の一本だけであれば、私はこのコラムを書くまでには至らなかったと思います。ところがもう一本、「袋小路の「慰安婦」問題、解決策探る韓日の専門家たち」と題する記事が掲載されていました。この記事はキム・ソヨン特派員によるもので、「日本の知識人、法曹人、ジャーナリストたちが18日、「オンラインで「慰安婦問題、いかに解決するか」というテーマでシンポジウムを開催した」ことを取り上げたものです。私が特に引っかかったのは和田春樹教授と内田雅俊弁護士の発言内容を紹介した以下の部分でした。
 和田教授は、2015年12月の韓日慰安婦合意を認め、これを発展させていこうとの立場を再度強調した。和田教授は「日本政府は、韓日慰安婦合意の中の『最終的かつ不可逆的な解決』ばかりを強調していては、合意を守っていることにはならない」と指摘した。和田教授は、首相の謝罪の手紙、和解・癒し財団の残りの資金を「慰安婦問題研究所」に使用するなどの行動が必要だと語った。当時の合意には「日本政府は責任を痛感している。安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」との部分がある。和田教授はこの部分を文書にして首相が署名し、「慰安婦」被害者たちに渡すべきだと主張してきた。
 和田教授はまた、韓日関係の根幹をなす「慰安婦」動員の強制性を認めた河野談話(1993年)、植民地支配と侵略戦争を謝罪した村山談話(1995年)が安倍晋三前首相、菅義偉首相などに継承されているということを強調した。和田教授は、日本の国会の資料を根拠として「河野談話が日本政府の基本的立場だというのは、右翼勢力の圧力がある中でも守られてきた」とし「村山談話も政府が全体的に継承していることを確認している」と述べた。
 日本の戦争責任などの問題の解決に取り組む内田雅敏弁護士は、韓日慰安婦合意は終わりではなく始まりであるべきだと強調した。内田弁護士は「(韓日合意で)謝罪し、金を支払ったのだからもう終わりだという考えでは『慰安婦』被害者たちを治癒することはできない」、「(合意したとおり)まず被害者に真の謝罪の意を伝えるべき」と語った。
 私が内田弁護士の発言で引っかかったのは、「韓日慰安婦合意は終わりではなく始まりであるべきだと強調した」というくだりです。つまり、12・28合意の存在を前提にした発言のように思われる点、この合意の存在そのものに問題があるという問題意識が伝わってこない点です。
 しかし、私の本質的疑問は和田教授の発言にかかわります。私が仄聞するところでは(間違っていたらごめんなさい)、和田教授は12・28合意の成立に深く関わったそうです。和田教授の上記発言は私の仄聞したところが誤りではないことを確認しています。「2015年12月の韓日慰安婦合意を認め、これを発展させていこうとの立場を再度強調」したという冒頭の紹介がそのことを物語ります。和田教授が「韓日関係の根幹をなす「慰安婦」動員の強制性を認めた河野談話(1993年)、植民地支配と侵略戦争を謝罪した村山談話(1995年)が安倍晋三前首相、菅義偉首相などに継承されているということを強調した」という点に至っては、正直「いい加減にしてください」と思いました。
 私が和田教授(及び同教授に同調する人々)に言いたいのは、出発点で犯した間違いを糊塗するのではなく、間違いは間違いと潔く認め、冒頭に紹介したハンギョレ分析記事などの韓国側の切実な声に真摯に耳を傾けるべきだということです。和田教授が"日本における朝鮮半島問題の最高権威者"であるために、他の人々も引きずられてしまっている面があるのではないかということを心の底から憂慮します。
 キム・ソヨン特派員の記事は、以下の韓国学者の発言を紹介して締めくくっています。
「(韓国で開かれた)討論会では、2015年の韓日慰安婦合意に対する立場は分かれたが、河野談話に対する評価は一致した」。
この発言のニュアンスに和田教授以下が鋭敏なアンテナを立てることを期待します。それにも増して、2017年12月28日に文在寅大統領が行った立場表明(上述)を謙虚に読み返すことを和田教授以下には望んでやみません。