インドネシアとラオスを訪れてロシア・ASEAN外相会議に出席したラブロフ外相は、帰途にウラジオストックに立ち寄り、7月8日に極東連邦大学(FEFU)で講演するとともに会場からの質問に答え、ロシアが進めているアジア太平洋地域(APR)に対する政策について詳述しました。同日付の共同通信モスクワ電は、「ロ外相、日本に平和条約理念提案 領土問題は後ろ向き」というタイトルで、次のように紹介しました(西日本新聞、東京新聞、神戸新聞、沖縄タイムスなどが紹介)。

 ロシアのラブロフ外相は8日、日本との平和条約について「経済、人道分野、外交政策で包括的な相互協力関係を構築する」という理念に基づいて締結すべきだと日本側に提案したと明らかにした。ただ、北方領土問題の解決に後ろ向きな姿勢を示し、条約交渉の進展につながるかどうかは不透明だ。ウラジオストクの極東連邦大での講演で述べた。
 ロシアのプーチン大統領は昨年9月、菅義偉首相との電話会談で平和条約交渉の推進を確認。今年6月の記者会見で、条約交渉を継続する用意があると述べている。
 私は、ロシア外務省WS(英語)に掲載されたラブロフの講演及びその後の質疑応答の詳しい内容に接しました。講演はロシアのアジア太平洋政策を包括的に説明するものであり、また、その後の会場との質疑応答は主要なテーマに関する各論を構成しています。
講演は全体としてロシアの積極的なAPR政策を明らかにする内容ですが、日本に関する言及部分だけは例外で、極めて批判的な発言で一貫しています。すなわち、日本関連の発言は、①2020年7月のロシア憲法改正の意義を強調する中で、特に領土保全がまったく新しいレベルに高められたとし、「憲法はロシアの領土の分離を意図したいかなる行動も容認できないことを明確にした」と指摘、②極東の経済発展を図る上での中国、韓国、インド、ヴェトナム及びASEAN(諸国)に対する期待を表明しているが、日本には言及なし(わずかにハバロフスクにおけるロシア鉄道と丸紅の協力による医療センター開設に触れているだけ)、③APRが地政学的闘争の場になっているとして、アメリカの「インド太平洋戦略」に批判的に言及(ただし日本に対する名指しはない)、④西側諸国による歴史(第二次大戦)書き換えの動きに対する批判を行う中で日本の教科書等の記述を批判し、ロシアは第二次大戦終結の9月3日を今年も祝うと述べる、⑤日本における広島・長崎言説のあり方を批判(アメリカによる原爆投下とはいわず、単に「広島、長崎に対する核攻撃」と表現するだけであり、他方、ソ連の参戦については厳しく批判していること)、以上5点です。以上の発言を通じて、自民党政権(菅政権)に対する明示的直接的言及はありませんが、プーチン政権が菅政権に対してなんらの期待も寄せていないことは、以上のラブロフ発言からあぶり出されているというのが率直な印象です。
 質疑応答では、日本に関係する質問が3回提起されました。ラブロフは「微に入り細を穿った」説明を行っています。大要は以下のとおりです。
(質問)歴史的記憶を保全するロシアの政策はAPRで国際的に問題を起こしているのではないか。ロシアはこれらの問題をいかに解決しているのか。
(回答)わが西側のパートナーは積極的、いや攻撃的に歴史を書き換えている。第二次大戦の結果がもっともひどく攻撃されている。攻撃対象としてはニュルンベルグ裁判、国連及び国連憲章が含まれる。同様の試みがAPRでも行われている。はっきり言うが日本のことだ。日本の歴史学的文献や学校の教科書は、太平洋における第二次大戦への流れ及び戦争の終結について、穏やかにいっても、史実とマッチしない書き方になっている。我々はこの戦争に関する真実を確認して、ソ連が軍国主義日本の決定的敗北を完成させることでその約束を果たしたと言う。
 我々の立場はこの上もなく明確で、正直である。我々には隠し事も当惑することもない。戦闘の栄光の日、第二次大戦終結の日である9月3日という記念すべき日を今年も祝うだろう。我々は平和国家であり、隣人すべてと平和に暮らしたいということを強調するだろう。
 もう一つの実例がある。日本は広島と長崎の犠牲者を記憶するべく、定期的に国連に決議を提出している。しかし、これらの決議のどれ一つをとっても、数十万の市民がアメリカの原爆投下の犠牲者であると述べたものはない。「広島と長崎に対する核攻撃」と述べるだけである。高校大学の若い世代の場合特にそうだが、世論調査ではソ連の責任だとする者が多い。つまり、ソ連が太平洋戦争に不適切な形で参入したという激しい批判が広島と長崎に対する原爆投下と結びつけられている。しかし、我々が決議の中に誰が原爆を投下したかということを入れようとすると、日本はやんわりと逃げる。彼らの言い分は「過去を蒸し返さないようにしましょう」ということだ。
(質問)広島のことに触れたが、米日同盟に反対する材料としての価値を十分に利用されていないのはなぜか。
(回答)そうするのは正しいことではない。わが外交はもっと違った道徳的、倫理的な原則に従っている。アメリカ人があなたに爆弾を落としたからアメリカ人とは友達をやめるというのは褒められる議論ではない。我々は隣国である日本に関心があり、正常な発展軌道にしたがっている。我々が常々言うことだが、どの国家も自らの主権的権利として自らの同盟国を選択する。日本とアメリカとの軍事同盟は日米両国の主権の具体的表れである。
 他方で日本は、平和条約締結をできるだけ急ぎたいと常々言っている。彼らが平和条約と言うとき、実際には存在していない「領土問題」の解決形態という意味でのみ捉えている。…我々は、未来指向型の平和条約を締結することを日本側に提案した。未来指向型の平和条約とは、経済、文化及び対外政策におけるインタラクションの包括的基礎を提供するものである。言いかえれば、パートナーシップを作ることを目指す協定のことだ。我々は「もはや戦争状態にはない」という事実を書き物にするだけのことでは馬鹿げている。
 彼らは我々の提案を手にしており、検討している。この提案には我々の関心事を書いてある。それはアメリカとの同盟に関することではなく、何を目的にするかに関することだ。
 日本政府は、アメリカが主要軍事同盟国であると主張しており、そのアメリカは日本に様々なミサイル防衛システムを配備しようとしている。アメリカは、アメリカが脱退したINF条約で禁止されている中短距離ミサイルを日本と韓国に配備したいのだ。アメリカは日本にこれらを配備しようとしながら、ロシアが「敵性国家」だと言っている。
 日本がアメリカは主要同盟国であると言い、そのアメリカは(ロシアという)敵がいると言うとき、日本政治に対して懸念を持たざるを得ない。我々はアメリカの政策をよく知っている。ところが日本は、ロシアにとって脅威となるような兵器を日本の領土に配備することは許さないとくり返し我々に保証しておきながら、現実には今言ったようなことをやっているのだ。我々は世界で核兵器を唯一使用した国家のことを忘れることはできない。我々としては、日本とアメリカとの軍事同盟がロシアの安全に対して脅威となることに関して、我々が日本側に用意した問題事項を、日本が深刻に認識することを望んでいる。対話が再開された暁にクラリフィケーションが得られ、話し合いができるようになることを望んでいる。
(質問)千島諸島の問題を今後5年間にどうしたら解決できるだろうか。歴史の記憶が解決に影響するように使うことができるのか。
(回答)プーチン大統領と安倍首相が合意したように、主要な仕事は平和条約を締結することだ。その条約では、戦争終結を公式にするだけではなく、国際的に両国間の協力及び協調を発展させる面での両国の目標を世界的、包括的に示すことも含まれる。今のところ、協議の計画はない。昨年は何回か交渉したが、日本とアメリカの軍事同盟に関するわが方の関心事に対する答を日本側は回避した。アメリカがロシアを敵性国家と公言している以上、日米同盟はロシアに敵対するものだということではないだろうか。ところが日本はこの問題に答えていない。日本はそうではないと言い、決して許可しないなどと言っている。しかし、それは口先だけのことだ。実際の行動になると、日本にアメリカの兵器システムを配備しようとしている。
 日本の政治家の中にはインド太平洋憲章の採択を唱えている者がいる。彼らは、この憲章が1941年の大西洋憲章と同じような役割を演じることになると公言している。この6月、バイデン大統領とジョンソン首相は、G7サミットの傍らで新大西洋憲章に署名した。その趣旨は、西側が欧州大西洋地域を差配するというもので、他のすべての国々はそれを受け入れなければならないという。日本の政治家はインド太平洋憲章も同じような役割を担うことを望んでいる。
 我々の交渉ポジションは明确だ。我々は日本が我々の質問のすべてに回答し、包括的かつ真剣な国家間条約について仕事を開始することを望んでいる。ところが日本側はプーチン・安倍合意をひっくり返し、まずは島に関する協定を結び、その後でのみ友好条約を結ぶと言っている。これは我々が合意したことではない。
 日本側が千島諸島における事態の展開(この地域における防衛を強化するためのロシアの演習、4島に対するロシアの政府関係者の訪問)に神経質に反応していることによっても、事態の進展が妨げられている。日本側のこういう反応は理解できない。4島はロシアの領土の不可分の一部であり、第二次大戦の結果として統合され、国連憲章でも確認されたということを、我々は日本側に毎回念押ししている。日本側はサンフランシスコ平和条約を引用するが、国連憲章第107条は第二次大戦の結果に基づいて連合国が行った決定の改定を排除している。そして日本は、この国連憲章を批准して加盟したのだ。
 ロシアは4島における活動を加速しなければならない。択捉または国後に国際空港を建設する計画がある。千島諸島の社会経済開発のための特別な連邦計画も進行中である。
 歴史的な事実については議論を避けてはいない。重要なことは、歴史的な事実を問題解決を妨げるために使ってはならないということであり、作り出されている安全保障上の問題も解決するべき問題に含まれるということだ。