5月26日、バイデン大統領は情報当局に対して、新型コロナ・ウィルスの起源に関する再調査を指示し、90日以内の報告を要求しました。私はこの報道に接した時、トランプ大統領の威圧に屈しなかったファウチ博士を自らの首席医療顧問に据えたバイデンの発言の真意を疑いましたし、ファウチ博士はどうしてバイデンの暴走を引き留めないのかという疑問が頭をよぎりました。おそらくバイデンの攻撃の対象になっている中国のメディアも私と同じ疑問を抱いたと思われます。というのは、バイデンの上記声明後間もなく、ファウチの言動に関する報道が中国のいくつかのメディアから行われたからです。報道内容は実に痛ましいものです。ファウチは米議会の共和党議員から執拗かつ陰湿な質問にさらされて動揺し、そのしどろもどろの答弁発言が米メディアの取材攻勢を招いて彼はさらに窮地に追い込まれていった様子が描写されています。
 是非確認しておく必要があるのは、トランプ・ポンペイオが放った「武漢実験室起源」説は、トランプ・ポンペイオの放言癖の一環として、広く「眉唾物」と見なされましたが、ファウチ博士がこの主張の信憑性を否定する発言を繰り返したことも重要な意味を持っていたということです。逆に言うと、ファウチ博士がしどろもどろの発言を行うようになることは、バイデンにとっては「好機至れり」ということであり、したがって、世界保健大会が開かれるタイミングを狙って上記声明を発表し、コロナ対策で非の打ち所のない成果を収めている中国に「一矢を報い」、さらにアメリカが主動権を握っている言論の世界で中国を守勢に追い込むという意図が透けて見えてくるというわけです。
 私は、新疆問題におけるバイデン政権のアプローチ(学者の「論証」→米メディアの誇張報道→米政権の対中非難攻撃)が今回も繰り返されていることを見ないわけにはいきません。中国外交部の汪文斌報道官も定例記者会見で、アメリカの中国攻撃には決まったパターンがあるとして、学者・被害者による「暴露」→メディアの宣伝→政府の介入という3ステップを指摘したことがありますが、今回も正にそのパターンです。
 3月16日のコラムで書きましたように、新疆「ジェノサイド」説に関する言い出しっぺはドイツの反共反中ゴリゴリの「学者」(アドリアン・ゼンツ)で、正体は見え見えでした。しかし、今回はさらに「手が込んでいる」とも言えます。ファウチ博士はトランプの圧力に屈しないで科学的良心を曲げなかったとして高い評価を得ている疫学の第一人者です。その彼が「武漢実験室起源」の可能性を排除しないという発言に追い込まれたのですから、バイデンが「図に乗る」ことは見やすい道理というわけです。
 また、ウオールストリート・ジャーナル紙は世界保健大会前日に武漢実験室に起源があるとする秘密情報を入手したとする報道を行いました。この報道を行った作者の一人はマイク・ゴードンですが、6月4日の中国中央テレビWSは、この人物は2002年9月8日のニューヨーク・タイムズ紙で、アメリカの対イラク戦争開始理由となる「イラクの大量破壊兵器開発」について報道した人物であると指摘し、報道の信憑性に疑問符をつけました(浅井:ゴードンのイラク報道に関しては英語のWikipediaにも記載あり)。
 バイデンはその気があったならば、ファウチが議員、メディアの「つるし上げ」に会っているのを庇うことはいくらでもできたはずです。しかし、バイデンはおそらく下心あってそうせず、ファウチがしどろもどろな発言に追い込まれると、それに乗じて対中攻撃作戦を開始したとしか思われません。バイデン政権がここまで異常な行動に出るのは、「敵か味方か」「勝つか負けるか」の白黒的発想(パワー・ポリティックス)に凝り固まったアメリカの対中敵愾心以外の何ものでもないでしょう。哀れむべきはファウチ博士でした。バイデン政権の「狂気」には今や限界などなく、私たちも心してかからなければならないと思います。
 以下では、ファウチ博士がどのようにして「武漢実験室起源」説を否定しない発言に追い込まれていったかを、中国側の報道で確認しておきます。なお、6月4日付けのイギリスのフィナンシャル・タイムズによると、ファウチは中国に対して、武漢ウィルス研究所の9人(2019年末に発病した3人を含む)の治療記録の公開を呼びかけ、その理由として、その病歴が武漢実験室からコロナが漏れ出したか否かを判断するカギとなる手がかりを与える可能性があると述べたとされています(6月5日付け環球時報)。ファウチはバイデン政権の下でこのような「悪事に手を染める」までに追い込まれているのです。実に慄然とする思いです。

<5月27日参考消息WS所掲の唐立辛署名文章「ファウチ「前言を覆して中国非難?」真相はやや複雑」>
 トランプに「逆らった」ため、ファウチは多くの共和党員から「目の敵」と見なされており、5月11日のアメリカ・ヤフーニュースWSは共和党員のファウチに対する怒りはますます高じていると報じた。同日、ファウチと共和党上院議員ポールは公聴会で「正面衝突」した。
 この場でポールは、ファウチが米国立衛生研究院を率いていた時に、米中両国の科学者が共同参画するコロナ・ウィルス研究に資金を提供し、新コロナ・ウィルスを「作り出した」と述べた。ファウチはこの指摘を断固として否定したが、ポールが新型コロナ・ウィルスは実験室を通じて伝染することはあり得ないと明言できるかと追及するとやや動揺し、中国の状況についてさらに調査することを支持すると述べた。
 公聴会後数日して、メディアがファウチにコロナについてインタビューした際、ファウチはさらに米世論に対して「爆弾」を提供した。すなわち、自分はウィルスが自然から来たか確信はなく、中国に対して調査を継続するべきだと述べたのだ。これを受けてウオールストリート・ジャーナル、フォックス・ニューズなどは一斉に大きく取り上げ、「これまで明らかにされてこなかったアメリカの情報報告」によれば、2019年11月に武漢ウィルス研究所の3人の研究者が発病して治療を受けた、と報じた。フォックス・ニュースは、バイデン政権はこの情報についてコメントすることを拒否したが、政府高官はWHOがさらに起源を調査すべきだと述べたと指摘した。果たして、世界保健大会開催中の5月25日、バイデン政権高官はWHOがさらに調査を行うこと、「中国の透明度を高めること」を呼びかけた。
 ただし、ファウチは再び後戻りするような発言も行った。すなわち、5月25日のCBSとのインタビューの際、ファウチはウィルスの起源に関する見方は変わっておらず、自然に由来する「可能性が非常に高い」と今も確信していると述べた。また同日のホワイトハウスでのブリーフの際にもファウチは「実験室から漏れ出した」という説を提起することはなく、多くの人が自然由来だと考えていると述べ、ただし、現在のデータでは正確な答えを出すことが不可能であるので、WHOはさらに調査する必要があるとした。
 ファウチの今回の一連の動きは人々を当惑させるものであり、彼が前言を翻した理由については今のところ知るよしもないが、「ロシア・トゥデイ」TVは、ファウチは軍産複合体から圧力を受け、他人(中国)を非難する以外の道はなくなった可能性があるという仮説を提起している。
<5月27日環球時報記事「武漢実験室への資金提供に関する上院議員の追及、ファウチ「協力した中国科学者は信頼に足る」という発言を繰り返す」>
 フォックス・ニュースの報道によれば、26日、NIAID(国立アレルギー感染症研究所)のファウチ所長は上院公聴会で、武漢ウィルス研究所の科学者を信頼していると発言した。ファウチはまた、彼らが「ウィルスに対して伝染性を備えるように改造した」とは思わないと述べた。この発言は前日起こった事件と関係がある。
 25日のニューヨーク・ポスト紙は、ファウチが当日の下院歳出委員会の席上、NIAIDがかつて武漢ウィルス研究所に60万ドルの資金を提供し、5年間にわたってコウモリのコロナ・ウィルスが人に対する伝染性を持ちうるかを研究したと発言した。ファウチは「この資金は尊敬する中国科学者と協力するためであり、彼らはコロナ・ウィルスの世界的専門家である」と述べるとともに、この資金がウィルスの「功能獲得」、すなわち伝染性獲得の研究に用いられたことを断固否定した。
翌日の上院歳出委員会でもまたこの問題についてファウチは質問された。26日のニューヨーク・ポストはファウチが議員たちの「拷問」を受けたと形容した。また、フォックス・ニュースは「どうして彼らがあなたを騙さないと知っているのか」という共和党議員の質問に対して、ファウチは、NIAIDはすでにアメリカの資金を利用して進められた実験結果を見ているし、公開されたデータからも見つけることができると述べ、「功能獲得」研究ではないとした。議員はさらに、「彼らは研究しなかったとどうして分かるのか」と追及した。ファウチは、「保証する方法はない。しかし、彼らとのこれまでの数年間の接触の経験を通じて、彼らは極めて能力があるし、信頼できる家学者である。数年間にわたる接触の中で、彼らは一貫してそうだった」と述べた。議員はさらに「だからあなたは中国人があなたを騙すことはないと考えているわけか」としつこく絡んだ。
 (上記参考消息WSが報じたファウチの二転三転の発言を紹介した上で)アメリカの一部メディアがファウチを攻撃してやまないのはアメリカ国内の大きな背景と切り離すことができない。5月25日の世界保健大会において、アメリカ代表はWHOが改めて起源調査を行うように圧力をかけ、オーストラリア、日本、欧州のいくつかの国も同調した。