5月19日に3泊5日の予定で訪米した韓国の文在寅大統領は21日にバイデン大統領との首脳会談に臨み、共同声明を発出するとともに共同記者会見に臨みました。バイデン政権の対アジア(インド太平洋)政策における最大の関心事は中国との対決戦略に韓国を引きこむことであり、文在寅政権の最大の関心事は当然ながら朝鮮半島情勢、なかんずく半島の平和と安定及び非核化の実現という宿願について、任期が残り約1年となる中で、金正恩・朝鮮との対話・交渉を再起動させることについてバイデン政権の協力を引き出すことです。米韓双方の関心の所在の違いに加え、中国問題に関しては、文在寅訪米の前に菅義偉首相の訪米があり、アメリカの対中対決政策に日本が全面同調する内容の日米共同声明が出され、中国の激しい反発を引き起こしたこと、また、朝鮮半島情問題に関しては、バイデン政権が文在寅訪米直前に対朝鮮政策レビューを終えたことを発表していたこともあって、韓米共同声明及びその後の共同記者会見(浅井:内容的に共同声明を越える発言はなし)に高い注目が集まりました。
 中国問題及び朝鮮半島問題に関する韓米首脳会談の結果に関しては、日米首脳会談の結果と比較する方法で具体的に評価することができると思います。すなわち、対米アプローチでアメリカべったりの菅政権と是々非々を心がけるムン政権、対中アプローチでは中国との対決姿勢を露わにする菅政権と善隣友好関係を重視するムン政権、対朝鮮アプローチでは朝鮮を敵視する菅政権と朝鮮との和解を追求するムン政権、以上の違いが日米共同声明と韓米共同声明にも色濃く反映されているということです。
 まず、バイデン政権は中国との対決政策に日本と韓国をともに引きこむことを狙って日米首脳会談及び韓米首脳会談に臨んだことは間違いありません。そして、日米共同声明では鮮明な中国との対決姿勢が全面に打ち出されました。これに対して韓米共同声明は、対中対決色の強いバイデン政権の政策に多くの点で同調しながらも、対中対決色を極力抑えることに腐心するムン政権のスタンスがにじみ出るものになっています。日米共同声明発出後、日中国交正常化50周年を明年(2022年)に控えて中日関係に好意的アプローチを心がけてきた中国は、一転して菅政権及びその政策に対する批判を基調に据えるに至りました。中国は文在寅が菅義偉と「同じ穴の狢」になることを警戒していました(5月22日付け環球時報社説「アメリカの圧力で試される韓国の戦略的定力」)。台湾問題に言及した韓米共同声明に対する批判は隠しませんが、日米共同声明よりはるかに抑制された韓米共同声明の記述に、中国はムン大統領の苦心の跡を読み取ったと思われます。ムン政権に対する中国の報道姿勢は対日報道姿勢とは比べる時、抑制度が高いという印象を受けます。
 次に、朝鮮半島問題に関しては、日米共同声明は「北朝鮮」と名指しし、「北朝鮮の完全な非核化」を再確認し、安保理決議の「完全な履行」を要求しました。同時に、「拉致問題の即時解決への米国のコミットメント」を再確認しています。これに対して韓米共同声明では、「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)」という表現で一貫し、「朝鮮半島の完全な非核化」に対する米韓共同のコミットメントを明らかにしています。「関連安保理決議の全面的履行」にも言及していますが、重点が置かれているのは「外交と対話」による「朝鮮半島における完全な非核化及び恒久平和の実現」の達成です。しかも、「2018年の板門店宣言及びシンガポール共同声明等の南北及び米朝のこれまでのコミットメント」にも言及しました。特にシンガポール共同声明への言及には、金正恩に対するアピールが込められていると思います。
ただし、声明に盛り込まれた「DPRKへの完全な同一歩調による(in lockstep)アプローチ」という文言に関しては、韓国がアメリカを引っ張って前進する意味合いとアメリカが韓国の足を引っ張って押さえ込む意味合いのいずれにも解釈できます。ましてや、「DPRKに対処し、共通の安全を保全し、共通の価値を掲げ、ルールに基づく秩序を支持する上で、米韓日三者協力の基本的な重要性を強調する」とした部分に至っては、日本は朝鮮半島問題では「足を引っ張る」ことしか念頭にないわけですから、朝鮮に対するメッセージという意味合いでは明らかにマイナスの部分です。米韓日三者協力の重視は、昨年(2020年)12月に出された、タカ派色の濃いいわゆるアーミテージ報告で強調されていた部分でもあります。とは言え、日米共同声明における朝鮮半島部分と韓米共同声明における当該部分を総体的に比較すれば、ムン政権の主張・政策が色濃く反映されていることを確認することができます。
 以下では、「同盟」関係部分の日米共同声明(外務省発表)と韓米共同声明(私の仮訳)を紹介しておきますので、皆様にも読み比べてみることをお勧めします。

<日米>「自由で開かれたインド太平洋を形作る日米同盟」
日米同盟は揺るぎないものであり、日米両国は、地域の課題に対処する備えがかつてなくできている。
日米同盟は、普遍的価値及び共通の原則に対するコミットメントに基づく自由で開かれたインド太平洋、そして包摂的な経済的繁栄の推進という共通のビジョンを推進する。
日米両国は、主権及び領土一体性を尊重するとともに、平和的な紛争解決及び威圧への反対にコミットしている。
日米両国は、国連海洋法条約に記されている航行及び上空飛行の自由を含む、海洋における共通の規範を推進する。
菅総理とバイデン大統領は、このビジョンを更に発展させるために日米同盟を一層強化することにコミットするとともに、2021年3月の日米安全保障協議委員会の共同発表を全面的に支持した。
日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した。
米国は、核を含むあらゆる種類の米国の能力を用いた日米安全保障条約の下での日本の防衛に対する揺るぎない支持を改めて表明した。
米国はまた、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを再確認した。
日米両国は共に、尖閣諸島に対する日本の施政を損おうとするいかなる一方的な行動にも反対する。
日米両国は、困難を増す安全保障環境に即して、抑止力及び対処力を強化すること、サイバー及び宇宙を含む全ての領域を横断する防衛協力を深化させること、そして、拡大抑止を強化することにコミットした。
日米両国はまた、より緊密な防衛協力の基礎的な要素である、両国間のサイバーセキュリティ及び情報保全強化並びに両国の技術的優位を守ることの重要性を強調した。
日米両国は、普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である、辺野古における普天間飛行場代替施設の建設、馬毛島における空母艦載機着陸訓練施設、米海兵隊部隊の沖縄からグアムへの移転を含む、在日米軍再編に関する現行の取決めを実施することに引き続きコミットしている。
日米両国は、在日米軍の安定的及び持続可能な駐留を確保するため、時宜を得た形で、在日米軍駐留経費負担に関する有意義な多年度の合意を妥結することを決意した。
菅総理とバイデン大統領は、インド太平洋地域及び世界の平和と繁栄に対する中国の行動の影響について意見交換するとともに、経済的なもの及び他の方法による威圧の行使を含む、ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有した。
日米両国は、普遍的価値及び共通の原則に基づき、引き続き連携していく。
日米両国はまた、地域の平和及び安定を維持するための抑止の重要性も認識する。
日米両国は、東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに反対する。
日米両国は、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張及び活動への反対を改めて表明するとともに、国際法により律せられ、国連海洋法条約に合致した形で航行及び上空飛行の自由が保証される、自由で開かれた南シナ海における強固な共通の利益を再確認した。
日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。
日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する。
日米両国は、中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念を伝達していく意図を改めて表明し、共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した。
日米両国は、北朝鮮に対し、国連安保理決議の下での義務に従うことを求めつつ、北朝鮮の完全な非核化へのコミットメントを再確認するとともに、国際社会による同決議の完全な履行を求めた。
日米両国は、地域の平和と安定を維持するために抑止を強化する意図を有し、拡散のリスクを含め、北朝鮮の核及びミサイル計画に関連する危険に対処するため、互いに、そして、他のパートナーとも協働する。
バイデン大統領は、拉致問題の即時解決への米国のコミットメントを再確認した。
日米両国は、皆が希求する、自由で、開かれ、アクセス可能で、多様で、繁栄するインド太平洋を構築するため、かつてなく強固な日米豪印(クアッド)を通じた豪州及びインドを含め、同盟国やパートナーと引き続き協働していく。
日米両国はインド太平洋におけるASEANの一体性及び中心性並びに「インド太平洋に関するASEANアウトルック」を支持する。
日米両国はまた、韓国との三か国協力が我々共通の安全及び繁栄にとり不可欠であることにつき一致した。
日米両国は、ミャンマー国軍及び警察による市民への暴力を断固として非難し、暴力の即時停止、被拘束者の解放及び民主主義への早期回復を強く求めるための行動を継続することにコミットする。
<韓米>「同盟:新しい章を開く」
 バイデン大統領とムン大統領は、韓国防衛に対する互いのコミットメントと韓米相互防衛条約に基づく防衛ポスチャーを再確認し、バイデン大統領はすべての能力を使用した拡大デタランスを確認した。我々は、同盟のデタランス態勢を強化することにコミットし、結合した軍事即応態勢を維持し、戦時作戦統御の条件に基づいた移行に対する確固としたコミットメントを再確認する。我々はまた、他の領域(サイバー及びスペースを含む)における協力を深めること、そして、増大する脅威に対する効果的な共同の対応を確保することを約束する。我々は多年度に渡る特別措置協定の署名を歓迎する。この協定は、両国の統合防衛態勢を高め、同盟に対する双方の専念を代表するものである。
 双方は、グローバルな不拡散に関わるすべての事項に対する緊密な協調及び核技術のセーフガードされた使用が同盟の鍵となる特徴であること、そして、アメリカは不拡散の努力を推進する上での韓国のグローバルな役割を承認することを再確認する。アメリカとの協議の結果、韓国は修正ミサイル・ガイドラインの終了を発表し、両大統領はこの決定を確認する。
 バイデン大統領とムン大統領は、朝鮮半島の完全な非核化に対する共通のコミットメ及び朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の核弾道ミサイル計画に取り組む意思を強調する。我々は、国際社会(DPRKを含む)による関連安保理決議の全面的履行を呼びかける。ムン大統領は、アメリカのDPRK政策のレビューが終了したことを歓迎する。この政策は、アメリカと韓国の安全を増大させる目に見える進展を図るべく、DPRKとの外交にオープンで、これを探求する周到で現実的なアプローチをとる。我々はまた、2018年の板門店宣言及びシンガポール共同声明等の南北及び米朝のこれまでのコミットメントに基づく外交と対話が朝鮮半島における完全な非核化及び恒久平和の実現を達成するのに不可欠であることを再確認する。バイデン大統領はまた、南北間の対話、関与及び協力に対する支持を表明する。我々はDPRKにおける人権状況の改善のために協働し、最も必要としている北朝鮮人に対する人道援助の提供を容易にしていくことにコミットする。我々はまた、二つの朝鮮の離散家族の再会を容易にするべく支援する用意を分かち合う。我々はまた、DPRKへの完全な同一歩調による(in lockstep)アプローチを協調することに同意する。我々は、DPRKに対処し、共通の安全を保全し、共通の価値を掲げ、ルールに基づく秩序を支持する上で、米韓日三者協力の基本的な重要性を強調する。
 米韓関係の重要性は朝鮮半島を越えて広がっている。それは、我々が共有する価値観に基礎を置き、インド太平洋に対するそれぞれのアプローチを結びつけている。我々は、韓国の新南方政策とアメリカの自由でオープンなインド太平洋に関する理念を連携させ、両国が安全で、繁栄する、ダイナミックな地域を作り出すために協力するために努力することに同意する。アメリカと韓国はASEANを中心にすること及びASEAN指導の地域的構造に対する支持を再確認する(として具体的事例を挙げる)。アメリカと韓国はまた、太平洋諸国との協力を向上することに対する支持を再確認するとともに、開かれた、透明な、包容的な地域的多国間主義(クアッドを含む)の重要性を認める。
 アメリカと韓国は、ルールに基づく国際秩序を損ない、不安定にし、脅かすすべての活動に反対し、包容的で、自由、オープンなインド太平洋を維持することにコミットする。我々は、平和と安定、合法的で阻害されない交易及び国際法の尊重(南シナ海以遠における航行及び飛行の自由を含む)を維持することを誓う。バイデン大統領とムン大統領は、台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を強調する。多元主義と個人の自由を尊ぶデモクラシー国家として、我々は、国内及び海外において人権及び法の支配を促進する意思を共有する。
 我々はミャンマーの軍と警察による市民に対する暴力を断固として非難し、暴力の即時停止、拘束されたものの釈放、デモクラシーへの迅速な回帰を要求していく。我々はすべての国々に対し、ビルマの人々に安全な場所を提供し、ミャンマーに対する武器売却を禁止することに加わることを呼びかける。