コロナ抑え込みの優等生とされてきた台湾の雲行きが怪しくなってきました。台湾はごく早い段階から「水際撃退作戦」(感染者の入国を厳しくチェック)で抑え込みに成功したと評価されてきましたが、台湾域内における感染者洗い出しには「手抜き」であり、台湾には感染者がいるのではないかという疑問の声はありました。実際にも、台湾からの渡航者が日本、香港、バンコックに入境しようとした際に感染が確認された事例が複数報告されています。「手抜き」を警告する声は以前から台湾内外であったのですが、台湾当局は耳を貸しませんでした。4月23日以後の台湾における事態の展開はこの「手抜き」によるものとして、台湾当局は今台湾世論の厳しい批判に直面しています。私自身の感想としても、全面的検査(PCR検査を含む)に一貫して消極的な台湾当局の対応が今回の事態を招いている状況は、コロナ蔓延を許した日本の2020年3~4月以後の状況と重なって見えるのです。
まず、最近の台湾に起こりつつある事態の経緯をまとめておきます。台湾では2月9日の感染事例の報告以後、2か月以上にわたって新規感染の報告がなかったのですが、4月23日、台湾「流行疫情指揮中心」(以下「センター」)は記者会見を開き、中華航空のパイロット(インドネシア国籍)が貨物機を操縦してオーストラリアに飛行した際、現地でコロナ感染が確認された事実を明らかにするとともに、これを受けて台湾での彼の活動履歴をもとに接触者を特定して検査を行った結果、2名(インドネシア国籍)の感染が新たに確認されたと発表しました。センターはこの3名が4月16日に台北・清真寺を訪れたこと、当日に同寺に居合わせた者は約400人(室内200人、屋外200人)であったが、集団感染事件になるかどうかはさらに調査を待つ必要があると指摘しました(4月23日付新華社台北電)。センターは翌24日に7名の新規感染者、25日にも2名の新規感染者を発表し、25日の2名については「感染源未詳」と付け加えました。センターは28日にも3名、29日にも2名の新規感染者を発表します。29日の発表では、これまでの感染者の多くが中華航空関連であり、中華航空パイロット及びその家族が滞在しているホテルが感染源である可能性があるとして、宿泊者全員に検査を行うことを明らかにしました(4月29日付新華社台北電)。センターは4月30日にも3名の新規感染者を発表するとともに、3名全員がホテル従業員であったとして、一連の感染について「ホテル集団感染」事件と名付けました。
 ところが、センターは5月3日に2名の新規感染者を発表しましたが、その中の1名はホテル在住者であるものの、もう一人はホテルが外部委託している水道電気請負業者でした。このためセンターは、ホテル在住者に加え、この業者及びその従業員74人を自宅隔離の対象に加えました。これによって「ホテル集団感染」事件という位置づけでは済まなくなったわけです。このように感染者が増え、広がるのを受けて台湾各地に動揺が広がり、3つの大学が遠隔講義またはマスク着用での受講措置を取り、台南市長は防疫措置強化を宣言するに至りました(5月3日付中国新聞社台北電)。その後の詳しい経緯は省きます。5月11日にセンターは、これまで確認された感染者のうち6名が感染経路不明であり、「もはや市中感染に入った」という認識を明らかにし、5月11日から6月8日までの期間付きで警戒レベルを引き上げ、個人、集会活動、営業所・地域、運輸を対象に制限措置を実施するに至りました。これを受けて、台北市、新北市、宜蘭県などの県市も防疫レベルを引き上げました。それとともに、台湾では当局の防疫措置に問題があるという批判が巻き起こりました。5月12日には1日の記録としてはこれまでで最高の16名の感染が発表されて社会的パニックが発生(買占め等)、台北証券市場は暴落しました(5月12日付新華社台北電)。13日には追い打ちをかけるように13名の新規感染者が発表されましたが、4名は台北市万華区茶芸館関連、9人は新北獅子会関連であるとされました(5月13日付新華社台北電)。さらに5月15日には180人、翌16日には206名の新規感染者が発表されるなど、感染者が爆発的に増えていることが明らかになりました。しかも両日とも感染地域の広がりを示しています。16日の場合、感染者206名の内訳は、台北市97人、新北市89人、彰化県9人、宜蘭県と新竹県が3人ずつ、桃園市と基隆市が2人ずつ、台中市が1人で、台湾各地に蔓延が広がっています。しかも、16日の206名の感染者の中で、感染源が不明なものは48人にも達しました(5月16日付新華社台北電)。
 今回の事態を受けて5月15日、台湾の蘇貞昌行政院長はセンターの陳時中指揮官以下の関係者を伴って記者会見を行い、台湾島民に対して、①自らの健康チェック(症状がなければ検査を受ける必要はないが、症状が出た場合にはすぐ病院で検査を受ける)、②ソーシャル・ディスタンス(不必要な移動、活動は避け、外出しなければならないときはマスクをし、ソーシャル・ディスタンスを心掛ける)、③買占めに走らない、以上3点を呼びかけました(蔡英文総統も同趣旨をツイッター)。
 また、民進党寄りの『自由時報』WSをチェックしたところ、センターの陳時中指揮官は16日、感染者が特に多い台北市と新北市についてロックダウンする必要があるという指摘に対して、「措置が強ければ強いほど良いということではない。そういうことでは長く続けることはできない。人の流れ、密を減少し、併せてマスク着用を励行することのほうが疫情防止にはより効果的だ。国によっては、人々が協力しないことで疫情暴発が起こっているが、台湾では人々の協力が得られている。「みんなで台湾を守り、疫情を無事にやり過ごそう」と呼びかける」と述べたということです。15日の蘇貞昌及び陳時中の発言は、台湾当局が従来の方針を堅持する姿勢を強調したものと受け止めることができます。
 これに対して、国民党寄りの中国時報WSは5月15日、社説や専門家等の文章を掲載して、「水際撃退作戦」以外に何らの積極的対策も講じてこなかった当局のコロナ対策そのものが今回の事態を招いたとして、厳しく批判しました。まず、コロナ対策総責任者の陳時中に関しては、ブロガーの文章を紹介する形(中国時報の立場を代表するものではないという但し書き付き)で、彼のとってきた対策は一貫して科学性が欠落していたとし、具体的に、陳時中は大陸の全員対象PCR検査方式を嘲笑し、台湾で全面的検査(中国語:普篩)方式を取ろうとしてこなかったこと、感染者が出てしまった後の接触者の追跡調査も不十分であることを指摘しています。ここで指摘されている陳時中のコロナ対策の基本姿勢は尾身茂コロナ対策分科会長のそれとダブります。
 また、中華民国防疫学会理事長・王任賢署名文章は次のように述べて、やはり陳時中を厳しく批判しました。

 「地域感染が爆発する時、コロナ感染者の多くは無症状であるから、(これまでのように)症状だけに頼って感染源を特定できるだろうか。‥センターはむやみやたらな全面的検査は公共保健資源の浪費であり、空に向かって弾を打つのと同じで弾の無駄遣いだとみなしている。(過去はともかく)今や地域にコロナ・ウィルスが充満しているときにもなお全面的検査を行わないのだとしたら、それは敵の姿を見ても弾を打たないのと同じで、敵を取り逃がすことになる。全面的検査を行うことは公共保健に対して負担をかけないどころか、即時に感染源を把握して取り締まることにより、公共保健資源の大量消費を防ぎ、無症状感染者がさらにほかの人に移すリスクを少なくすることもできるのだ。…
 センターは進退窮まってとうとう本音を吐いた。すなわち、(検査範囲を拡大して)「4万人以上の人について検査をするのは難しい」という本音だ。センターは過去1年の間政治に明け暮れて全面的検査を行うための準備をしてこなかった。今、敵が大量に現れた時には一発の弾もないというわけだ。…無能なセンターを目の前にして、地方(自治体)としてはセルフ・ガヴァナンスに依拠して自救能力を早急に備えるようにするべきである。」
 王任賢の以上の文章に関しても、「センター」を「コロナ対策分科会」に読み替えれば、そのまま無為無策の日本にそっくり当てはまることが分かります。
 もう一つは国立台湾大学医学院名誉教授・高明見の署名文章です。要旨は次の通りです。
 「本土の病例は日増しに増えるが、感染源は全くつかめていない。どうしてこんなことになったのか。これまでの防疫は人々が自覚的にマスクをすることに頼り、加えて飛び切りラッキーだったので、台湾は防疫優等生の名声をほしいままにしてきた。しかし、弓の弦を伸びっぱなしにしておけば人々の緊張感は日増しに緩み、防疫手段も時と事案とともに臨機応変しなければほころびが出るので、コロナ暴発は必然である。
 今回の疫情を見るに、その出発点はパイロットの隔離観察日数を短くしたこと(14日→3日)に原因がある可能性があり、加えて隔離の対象となったホテルがコロナ対策を確実に履行しなかったために、ウィルスの拡散を招いた可能性はある。さらに加えて、万華区茶店、宜蘭遊楽場における密、飲めや歌えやの騒ぎがウィルスに乗じる機会を与えたことが考えられる。台湾では、防疫対策としてマスク、行動履歴調査、14日間隔離政策に頼ることが惰性となって、あたかも桃源郷の光景を呈するに至っていた。…過去1年強の時間が静かに過ぎてきたために、防疫対策にも弛緩状態が現れていた。行政院は15日に記者会見を開いて事態への危機感をあらわにしたが、相も変わらず人々に対して来るべき嵐に深刻に備えるように説くだけだった。しかし、センターと自治体及び各医療施設は大敵に対して備えをしなければならないのであって、不注意による手抜かりなどはもってのほかである。…ワクチンが大量に届くのははるか彼方のことであるから、政府、センターはさらに努力すべきである。人々ができることはせいぜいマスクをしっかりして、ソーシャル・ディスタンスを守ることしかないのだ。」
 高明見署名文章の指摘もまた、「緊急事態宣言」を出すだけで、その中身といえば百年一日、人々に「さらなる自覚ある行動」を促し、「人の流れを減少する措置(飲食店営業停止等)」を取るだけ(とは言え、補償金もすべて国民の税金で賄うのだから馬鹿にならない)で、政府が行うべき、徹底的に感染拡大を抑える科学的対策には相も変わらず無為無策の日本の状況とダブります。
 以上の3つの文章は、今回の感染拡大に即した当局批判です。しかし、15日付の中国時報社説は「主筆室」によるもので、1年前の発生時から現在に至るまでの民進党当局のコロナ対策に対する総括批判です。タイトル「驕りが大過を招いた 大陸・香港に学び厳格抗疫を」が示すとおり、中国・香港の取り組みに倣ったこれまでの対策・方針の全面転換を要求する内容となっています。国民党寄りの同紙の立場を鮮明に明らかにしたものですが、内容的にはすこぶる真っ当です。私は、「政府」を「安倍・菅政権」に置き換えることで、安倍・菅政権のコロナ対策に対する総括的批判としてそのまま通用すると思います(私もこのコラムでたびたび、PCR検査、追跡・隔離・治療の重要性を強調してきました。ワクチンに関しても、米欧だけではなく、中国、ロシアのワクチンという選択も考えるべきだと指摘したことがあります)。
 「疫情大爆発に政府は慌てふためいている。このことは、過去の抑え込みがよろしきを得たために政策決定に驕りが生じ、時間とともに硬直してしまったため、いったんほころびが現れると大過を招くということを反映している。今回のコロナは予防的検査で発見されたのではなく、第一線の医師の発見によるものであり、このことは地域でひそかに感染が広がってすでに時がたっていることを明らかにしている。政府の荒っぽくかつ散漫な抗疫モデル及び検査にかかる費用が高いことから、感染源を探し出すすべはなく、ましてや広く潜んでいるコロナを撲滅することは出来っこない。
<検査拒否で抗疫成功という虚像作り出し>
 台湾は過去1年以上、コロナをしっかり押さえこんでいたかのように見えるが、これは全くの虚像である。台湾の感染率が低いということは検査率が低いために真相が覆い隠されたことによる「美しい誤解」だ。台湾当局が検査を蛇蝎のごとく嫌い、汲々として検査を避けてきたのは、真相が暴露されて防疫成功の偽のイメージが明らかにされることで当局がメンツ丸つぶれになり、人々をもはや欺くことができなくなることを恐れたためであるかのようである。
 近隣地域のやり方を一瞥するだけで問題の所在が明らかになる。香港は、中国大陸との関係が緊密で、国際往来及び外来人口による「外からの(コロナ)輸入防止」(中国語:外防輸入)圧力があるため、一貫して台湾より厳格な管理措置を講じてきた。大量検査についていえば、香港のコロナ検査は100万人当たり901940回であり、ほぼ全員検査に近い。台湾の検査率は数%にとどまり、第一線の飛行場さえも全員検査を拒んでおり、香港が早々とやり遂げた全員検査などはとんでもないということになる。台湾における検査は特別許可が下りた場合か大金を支払う場合だけに可能であるが、香港ではネットで登録しさえすればできるし、検査費用も台湾の1/8である。中国大陸の費用は台湾の1/20だ。…検査拒否こそが台湾の抗疫成功というコロナ(浅井:太陽のコロナとウィルスのコロナとを掛け合わせたしゃれ?)の光の源である。
 ウィルス検査は抗疫のカギである。香港を例にとれば、半年前にすでに14日間をかけて地域的な検査を行い、170万人以上の市民が検査を受けた。それ以後は、「須検必検」(検査しなければならないものは必ず検査する)、「応検尽検」(検査すべきものは検査を尽くす)、「願検尽検」(検査を願うものは検査を尽くす)が一貫して行われている。…
 台湾は防疫の「模範生」と言われているが、その成果は鎖国に頼って得たものであり、防疫管理措置を香港と比較すれば、落ちこぼれクラスの状況だ。香港当局の検査強化は極限に近く(法定権力による市民強制検査を含む)、一つのマンションに相互に関連性のない感染確定者が2人現れれば、そのマンションの住人あるいは過去14日間にそのマンションに2時間以上滞在した者は全員が強制検査を受けなければならず(などの具体例を挙げて)、過去3か月に政府が実施した検査は人口の40%を超えるに至っている。
 最近の半か月は変異株が入ってきたので、香港当局の管理措置はさらに厳格となり、1000人以上の住人が他の場所に隔離されて21日間の集中検疫を受けた。また、リスク度の高い37万人の外国人従業員が強制検査を受けている。
<全員に対して「願検尽検」と「願打尽打」(ワクチン接種を願うものはすべて接種する)を>
 台湾でこの数日発見されている病例の多くは感染源不明であり、これは一貫して検査を軽視し、さらには排斥してきたことの必然的結果であり、浮かび上がってきた事例は氷山の一角に違いない。これまでの台湾の防疫パフォーマンスがよかったのは、島であるためにコロナの広がりから効果的に隔絶できたことと、SARS以来蓄積された人々の強固な防疫意識によってマスク、手洗い、防疫ルール順守が習慣となっていたことによるものである。台湾当局は毎日記者会見を開くだけで、長期にわたる疫情コントロールにはなすところは何にもない(浅井:日本とまるきり同じ!!)。
 台湾の防疫コントロールは近隣諸国・地域に比較してはるかに雑で、緩み切っているし、はるかに欺瞞が多かったのだが、コロナ・ウィルスが台湾の中で長きにわたって広がっていることを今になってやっと知るというのは、検査に力を入れることが弱かったことによるものである。…現在、検査すべき対象がまだ検査されるに至っておらず、まずは、検査するべきは検査し、さらに強制検査対象の範囲を拡大するべきである。全面的検査の範囲は、濃密接触者グループに対しては「応検尽検」を確実に実行しなければならない。また、検査費用を低くして、全員に「願検尽検」できるようにするべきである。
 検査に加え、ワクチン接種は防疫管理の根本的な大計である。ところが民進党政府は「反中」という奇怪な病のせいで中国大陸のワクチンを採用しようとせず、中国大陸企業が参画したドイツのワクチンすら使用を拒絶しており、これが深刻なワクチン不足をもたらしている。…台湾政府は「政治優先」で中国大陸のワクチンを排斥するべきではない。さもないと、ワクチンの深刻な不足という苦境を克服することは出来っこない。現在、疫情は劇的で、コントロール不可能となる恐れが極めて高い。政府は驕った態度と粗野な作風を厳に取り除き、香港ひいては中国大陸の強力にして厳密な措置を参考にし、疾風怒濤でことに臨むべきであり、さもないと、統御不能な局面はますます収拾が難しくなるだろう。」