本年2月以後、コロナ変異株が発見されたインドでは感染者が急増し、今やブラジルを抜いて世界第2位の感染者数を記録(1位はアメリカ)するに到っています。私は、フォリン・ポリシー(FP)、フォリン・アフェアズ(FA)、プロジェクト・シンジケート(PS)などのWSに掲載されるインドに関する文章を読んでいて、モディ首相に対する厳しい批判が少なくないことに関心を抱き、インド関連の文章をまとめてきました。その中で気づかされたのは、現在起こっているコロナ感染の大爆発が、感染力の強い変異株が出現したこと以外に、モディ首相の失政と深く関わっているということでした。
インドはイギリス由来のデモクラシーを実践する模範国として、また、同じ人口大国である社会主義・中国(西側諸国によれば全体主義・中国)との対比においても西側諸国の高い評価を受けています。私が関心を抱いたのは、上記WSに掲載される筆者の文章が、一つのケース(A. Gupta & P. Talwar)を除き、西側諸国(日本を含む)の好意的評価とは対照的に、モディ政権の内外政策に対して批判的であり、コロナ対策も例外ではないことでした。私にはこれら筆者(モディ首相率いるインド人民党(BJP)と対立する国民会議派に属するものも含まれる)によるモディ政権批判が正しいかどうかについて判断するだけの材料は持ち合わせていません。中国の専門家によるインド分析の文章も読んでいますが、微妙な中印関係を反映してか、インド内政に関する立ち入った分析は目にしませんので、その点でも判断材料には事欠く始末です。
 とは言え、インドでこのようなコロナ感染大爆発が起こった原因については、私が読んだ諸文章はほぼ一致してモディ政権の政治優先のアプローチと深く関わっていることを指摘しています。南米の大国であるブラジルの場合はボルソナーロ大統領の経済優先のアプローチがコロナ感染の大爆発を招いたことはよく知られていますが、インドの場合は政治優先のアプローチが大きな原因であることは興味深いことです。経済優先か政治優先化の違いはあるにせよ、両者に共通するのは感染力が非常に強い今回のコロナ(変異種はとりわけ)の危険性を無視する姿勢です。
 ちなみに、私がこれまで読み集めた文章は掲載日付順に以下の10編です。
○ C.R. Mohan "India Romances the West" (3月19日付けFP・WS) この文章は、インドの非同盟外交の伝統をモディ首相が突き崩し、大きく西側に傾いていることを批判的に指摘しています。コロナ問題への言及はありません。
○ S. Tharoor "Modi's War on the Press" (4月13日付けPS・WS) この文章はモディ政権のプレス攻撃がインドのデモクラシーを危うくするまでにエスカレートしていることを指摘するもので、コロナには言及がありません。
○ K. Purohit "India is Seeing a Terrifying Second Wave of COVID-19" (4月20日付けFP・WS)
○ S. Tharoor "India's COVID Tsunami" (4月26日付けPS・WS)
○ A. Joshi "Failed Government Messaging Created India's COVID-19 Apocalypse" (4月27日付けFP・WS)
○ M. Gahlot "A Country Gasping for Air Indians Pay the Price of Government Inaction as COVID-19 Surges" (4月28日付けFA・WS)
○ K. Komireddi "Modi Fiddles While India Burns" (4月30日付けFP・WS)
○ S. Singh "The End of Modi's Global Dreams" (5月3日付けFP・WS)
○ A. Gupta & P. Talwar "Modi's Coronavirus Test" (5月4日付けFA・WS)
○ B. Chellaney "The Lurid Orientalism of Western Media" (5月4日付けPS・WS) この文章は西側のメディアのインドに関する偏った報道姿勢を批判するもので、コロナ問題には言及していません。
 以下では、コロナに関連する7編の文章の指摘をかいつまんで紹介します。
 K. Purohit(ジャーナリスト)は、「今回の大惨事の最中に、モディは疫病ではなく政治に集中しており、コロナ問題に関してはいないも同然だ」と指摘し、トランプの政治集会がそうであったように、モディが組織しあるいは許可した「大規模な集会がコロナを拡散させるイベント」になったと批判しています。また今回の第2波が起こる前、モディは繰り返しインドのコロナに対する闘いを自慢し、インドの擁する製薬業特にワクチン製造業について「世界の薬局」と形容していたが、第2波が起こってからは口をつぐんだと批判的に延べています。
 S. Tharoor(元国連事務次長・元外相、現在は国民会議派所属国会議員)は、「第1波のときは回復し、日常生活と経済活動が再開し、ワクチンを輸出するようになったのに、今回の第2波ではすべてが最悪になったのはなぜか」と設問した上で、「2ヶ月前、数百万回分のコロナ・ワクチンを60カ国以上に輸出したとき、私はインドの「ワクチン外交」と賞賛した。グローバル・パワーとして認められたいというインドの願いは大きな推進力を得た。ところが今、毎日30万人以上の感染者を出し、死者に至っては公式の数字より高い状況となり、誰の目にもグローバル・パワーとは映じていない」と書き出しています。そして、事態が大きく暗転した原因として以下の諸点を挙げています。
 第一は、モディが科学に基づいた政策ではなく、迷信的行動に走ったことです。信じがたいですが、モディはテレビの中でプレートを打ち鳴らすこと(浅井:それがどういう意味なのかは説明なし)を促したといいます。第二に、モディはコロナとの戦いにヒンズー・ナショナリズムを持ち出しました(英雄的なMahabharata戦争が18日間で勝利したように、コロナとの戦いには21日で勝つと主張)。第三は、WHOの勧告を無視したことです。WHOは最初の時点から、検査、濃厚接触者追跡、隔離及び治療による封じ込め戦略を推奨しました。ケララ州など一部の州は当初実行しましたが、モディ政権の不手際によって全国的に実行されることはありませんでした(浅井:この問題は安倍・菅政権と共通しています)。
 第四は、過度の中央政府への権限集中です。最初の全国的ロックダウン(2020年3月、モディはわずか4時間の予告で全土的に踏み切った)以後、中央政府はインドが連邦構造なのを無視して中央政府に権限を集中しました。しかし、州政府、民衆はもとより、連邦政府担当部局も用意ができておらず、事態の発展に対応できず、結果として混乱が生まれました。するとモディ政権は、トランプ政権の例にしたがって、資金の裏付けなしに責任を次々と州政府に押しつけました。幸いなことに第1波はなんとか収まりましたが、中央政府も州政府もそのことに自己満足してしまい、多くの指摘・警告があったにもかかわらず、第2波への備えを怠ってしまいました。また、人々も行動ガイドラインを守らなくなっていきました。ところが、感染力がはるかに強い変異種が現れ、そこに大規模な選挙集会、宗教的行事がぶつかって、第2波の直撃となりました。つまり、第五の原因は自己満足による警戒心の弛緩ということです。
A.Joshi(公共政策専門家)は、感染者が再び増え始めた2月に、Vardhan衛生相がヒンズー教の古代長命医術であるアユルヴェーダ(BJPが強力にプッシュする擬似科学。WHOはコロナとの戦いには効果なしと分類)を支持したこと、またその後すぐ、BJP全国委員会はモディが1月の世界経済フォーラムで行った主張(インドはコロナとの戦いに勝利したと宣言)をエンドースする決議を採択したことを紹介し、その後全国的に大規模な選挙キャンペーンが展開されたことで、感染が爆発的に広がっていったと述べています。4月中旬になって事態の深刻さに気づいたモディ政権は選挙キャンペーンの抑制を図る転換を行いましたが、その時にはもはや医療崩壊が起こっていたということです。
M. Gahlot (独立ジャーナリスト)は、2020年10月にはB.1617変異種が出現したと指摘しつつ、その10月末にモディはヴァーチャルで行われた世界経済フォーラムで、インドはコロナとの戦いで速やかな勝利を収め、今は大量のワクチンを輸出して世界中のパンデミックを終わらせるのを手助けできると大見得を切ったと述べました。M. Gahlotによれば、これを受けて、政府寄りのメディアはインドがコロナを撲滅したと誇大報道し、人々はマスクを外し、ソーシャル・ディスタンスを守らなくなっていきました。また、政府のコロナに関する科学タスク・フォースも2月から4月中旬まで一度も会合を持ちませんでした。3月11日には感染者が5万人近くに達しましたが、モディはその日にツイートでガンジス川河畔での沐浴を歓迎しました。変異種が出現したのに政府がなんの手も打たなかったことが第2波をもたらしたと疫学関係者は見ています。
 K. Komireddi(著作家)は、「現在インドで起こっていることは、自己陶酔に陥った指導者の行動で引き起こされた大量殺戮・大惨事(carnage)である」と断じ、「モディのダヴォス演説以後、彼の政府は人々を「最悪の事態は終わった」という自殺的確信に追い込んだ。2月にBJPが採択した決議は「モディ首相の英明なリーダーシップのもとで、インドはコロナを打ち破った」とモディを褒め称えた」と指摘しています。K. Komireddiはまた、感染者が23万人を超えた4月17日にも、モディは西ベンガル州の大規模政治集会で「集会でこのような群衆を見たことはない」と述べたことを紹介し、「モディにとっては疫病は終わっているのだろう」と皮肉っています。ただし彼によれば、インド人は政治家の過ちに関しては忘れっぽい民であるので、モディの政治的地位が危うくなるよりも、彼をさらに奮い立たせ、さらに危険人物になるように仕向ける可能性がある」と結んでいます(浅井:インド人の忘れっぽさは日本人に共通します)。
 S. Singh(インド政策調査センター上級フェロー)は、2004年12月にシン首相(当時)が開始した自立政策(外国援助を受けない)をモディも引き継いできたが、今回の第2波に当たって、7年になるモディ政権は40に近い国々からの援助を受け入れる羽目になったと述べ、彼の超国家主義的な政策と国家を「世界のマスターにする」という野心は粉々に砕けたと指摘します。また、クアッドで打ち出された米日豪印による「ワクチン外交」構想も崩れたし、「インドがこけて、アメリカのクアッド・ドリームが実現することはなくなった」と皮肉たっぷりに予想します。
 A. Gupta & P. Talwar(二人はアジア・ソサエティ・ポリシー・インスティテュート所属)は、他の論者と比較するとモディに好意的です。そのことは、「インドは今回の危機ですり減ってしまうかもしれない。あるいは、この疫病からさらに強く立ち直り、グローバル・パワーになる野望に向かって進んでいくかもしれない」という冒頭の指摘に窺うことができます。ただし、そのためには保護主義的本能に傾く誘惑に抵抗することが必要だとも指摘しています。