4月28日付けの韓国中央日報・日本語WSは、アメリカのシンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)WSに掲載された楊正哲(ヤン・ジョンチョル)元民主研究院長の文章を紹介しました。中央日報は楊正哲を文在寅大統領の「腹心」と呼ばれると紹介していますが、彼の経歴(西瓦台広報企画秘書官→「共に民主党」のシンクタンクである民主研究院院長)からうなずけるものがあります。楊正哲文章の内容が極めて興味深かったので、CSIS・WSでチェックし、"A New Look at the Korea-U.S. Alliance"と題する彼の文章を読むことができました。CSIS・WSは、彼を2021年春にCSISのヴィジティング・シニア・フェローだったと紹介しています。
この文章の前半部分(韓国の復興・繁栄に対するアメリカの貢献を扱っています)はさほど面白くありませんでしたが、「新しい時代に入った韓米両国は解決するべき多くの挑戦と課題に直面している」という文章で始まる後半部分は、朝鮮核問題に関する韓米の問題意識の違いを詳述した部分はもちろんとして、米中対立、韓日関係、クアッドについて述べた部分も極めて率直であり、アメリカに対する直言ぶりには感銘すら覚えました。「起こりうる朝鮮半島での戦争はアメリカにとってはオプションだが、南北朝鮮にとっては生死の問題だ」、「米中対立に対する韓国のアプローチは安全保障と経済のツー・トラックをとるしかない」、「韓日関係悪化は全的に過去を清算できない日本によって引き起こされたものであり、アメリカは干渉するべきではなく、ありうるのは公正な仲介者の役割だけだ」、「クアッド問題については歴史の皮肉しか感じない(として、日本の平和憲法はアメリカの要求によるものだったことをアメリカに想起させる)」等の指摘は、自己中(天動説国際観)のアメリカに対するストレートな物言い(アメリカにはズケズケ言わないと伝わらない)であり、何事にも忖度心が働く日本人にはできない芸当でもあって、私は読んでいてスカッとした爽快感を覚えました。私が味わった爽快感を皆さんにもお裾分けすべく、後半部分を紹介するゆえんです。
ちなみに、楊正哲が文在寅の「腹心」「最側近」であることに鑑みれば、文在寅大統領の認識を反映していると見ても的外れではないと思います。その点も踏まえながらこの文章を読むとき、韓米関係及び韓日関係に関する楊正哲の指摘はますます興味深いものがあります。

 新しい時代に入った韓米両国は解決するべき多くの挑戦と課題に直面している。「アメリカが戻ってきた」(バイデンの言葉:"The USA is back")というときのカギの一つは、同盟というものは双方が同盟者として尊敬しあわなければならないという価値観に忠実であるという点で、過去(トランプ政権時代)とは違わなければならないということだ。
 韓米両国の間の現下の最大の問題は北朝鮮(原文のまま。以下同じ)の核問題であるという点では誰も異論がないだろう。この問題に関する見方が韓米間で微妙な違いがあることは否定できない事実だ。この違いは、①北朝鮮の核計画及び全面戦争についての韓米の見方の違い、②戦争に対する韓米の態度における違い、に起因すると思われる。
 北朝鮮の核計画に関する韓米の見方の微妙な違いに関しては、韓米が北朝鮮をどのように分析するかについて検証する必要がある。北朝鮮核危機が朝鮮半島で始まってから20年が経った。意見の分裂は以下の点に関するものである。一つの意見は、北朝鮮は韓国に対する全面的侵略に乗り出し、朝鮮半島全部を共産化するためにその核計画を使う可能性があるとする。もう一つの意見は、北朝鮮の核計画は交渉上のテコを確保するための破れかぶれの行動であるとするものである。この二つの見方には真実を反映する部分があり互いに両立しうる。重要なことは、北朝鮮が全面侵略に乗り出す際に核兵器を使う可能性を想定しすぎるあまりに、誤った判断に陥ってしまう危険性を避けることだ。もちろん、北朝鮮の軍事力を侮ってはいけないが、北朝鮮の非対称的戦力は全面的な長期戦を行う能力とは別物であることをハッキリわきまえなければならない。
 問題の本質を踏まえるためには、北朝鮮が一方的に全面戦争に乗り出す能力を保有しているか否かを分析することが賢明だ。その場合における正しい判断とは、北朝鮮は戦争を始めることはできるが、全面戦争を維持するだけの能力はないということだろう。換言すれば、北朝鮮は局地的な挑発を行うことはあり得るが、それ以上のもの、全面戦争は現実的に困難だということだ。
 北朝鮮軍の戦争能力を見定めるに当たっては、朝鮮半島における全面戦争の場合における北朝鮮の燃料供給能力を見れば良い。データは若干古いが、アメリカの安全保障調査機関であるノーティラス・リサーチ・インスティテュートのものがある。この機関は北朝鮮のエネルギー使用を長期にわたって観察し、分析し、興味深いシミュレーションを行ってきた。すなわち、朝鮮半島で戦争が勃発した場合、戦争開始から24時間以内に北朝鮮は空中作戦不能な状態に陥り、戦艦は5日以内に作戦中止を余儀なくされ、戦車等の主要陸上軍事力の2/3は使いものにならなくなるという。
 北朝鮮のエネルギー不足は社会にも巨大なリスクを課していることが知られている。例えば、戦車等の訓練時間は過去に比べて大幅に削減されているという多くの分析がある。北朝鮮の石油危機が短期間に大幅に改善する見込みはない。中国あるいはロシアが石油などの軍事的供給を継続するというような保証でもない限り、北朝鮮は全面攻撃という大それたことはできっこない。そして、中国あるいはロシアが北朝鮮の奇襲侵略及び全面戦争を支える気になるかといえば、はなはだ疑問である。もちろん、北朝鮮の奇襲攻撃能力を過小評価するべきではない。しかし、韓国を短期間に占領できるのでなければ、奇襲攻撃は無意味である。奇襲攻撃が戦争の帰結を決定することは難しい。
 それにも増してハッキリしていることは、北朝鮮は韓米連合軍による大量報復攻撃によって壊滅的打撃を被るということだ。ほとんどあり得ないことだが、仮に北朝鮮が韓国を短期間で占領することに成功したとしても、北朝鮮には韓国を支配するだけの備えがない。今日における韓国の軍事支出は北朝鮮の20倍以上、軍事力の基礎になる経済力に関しては33倍である。南北合計の経済力を100とすれば、韓国が97を占めるのに対して北朝鮮は3にすぎない。北朝鮮が如何に非合理的な考え方をするとしても、国力においてかくも著しい格差がある中で、北朝鮮が韓国侵攻を計画するのは狂気の沙汰だ。南北の経済力格差が顕著になり始めた1970年代中葉以降、北朝鮮の関心は全面戦争を想定した軍事力構築から外部の攻撃を牽制する非対称的なデタランスを確保することに移ってきた。
 つけ加えると、韓国在住の中国人は100万人を超え、ロシア人も5万人以上である。したがって、北朝鮮が奇襲的な挑発を仕掛け、戦争を始めるという可能性を想定することは難しい。
 北朝鮮の核兵器に対する韓米の考え方の微妙な違いにかかわる二つ目の要素については、韓米の戦争に対する考え方を見る必要がある。アメリカは独立以来本土攻撃を受けたことがないが、南北は朝鮮戦争において巨大な人的被害を受け、国土と産業基盤は完全に破壊された。その結果、南北は恐ろしいまでの死者、恐怖、破壊を経験した。アメリカにとって南北戦争は遠い過去の物語だが、朝鮮戦争は今日の物語であり、その傷跡は今なお癒えていない(朝鮮半島は今なお休戦状態だ)。起こりうる朝鮮半島での戦争は、アメリカにとってはオプションだが、南北朝鮮にとっては生死の問題だ。
 アメリカにとっての最優先課題は北朝鮮に核兵器を放棄させることだろう。しかし韓国にとっては、北朝鮮が非核化すること、攻撃を仕掛けあるいは挑発を行うことをやめること、朝鮮半島の緊張を緩和させること、これらすべては同等の重みを持っている。アメリカは、韓国の戦争に対する恐れと用心はアメリカより大きく、韓国にとっては説得及び圧力と共に忍耐、対話、平和という方法を採用する以外の選択はないことを認識し、理解しなければならない。
 朝鮮半島核危機が始まってすでに20年が経った。その間に、アメリカではクリントンからバイデンまでの5つの政権、韓国では6つの政権がこの問題を最優先課題としてきた。しかし、韓米いずれの政権も北朝鮮を非核化することに成功しなかった。この期間中、韓米は合意の上であるいは合意がない状態で様々なアプローチを試みてきたが、目的を達成することはできなかった。換言するならば、北朝鮮の非核化について最善かつユニークな解決を韓米ともに見いだすことができなかったということは厳然とした事実である。だからといって戦争するべきだということにはならない。最終的に、北朝鮮の非核化は段階的かつ辛抱強く扱わなければならない問題であるということだ。両国指導者は、客観的かつ冷静に緊密な対話、譲歩、調整を互いに行い、それぞれの国内の世論に対する説得を賢明に行うことが重要である(浅井注:ホワイトハウスのサキ報道官がバイデン政権の朝鮮半島政策の見直しが修了したことを明らかにした際、朝鮮核問題に対するアプローチは「段階的」だとする発言を行いました。楊正哲の主張と重なります)。
  北東アジアでは、北朝鮮核問題のほかにも、両国政府にとって懸案がある。その一つは米中対立である。韓国はいずれの側につくのかという問いかけは極めて皮相的な質問だ。韓米は血盟関係にある。中国は韓国にとって最大の貿易パートナーだ。韓国からいえば、米中対立に対する韓国のアプローチは安全保障と経済のツー・トラックをとるしかないことをアメリカは理解する必要がある。すなわち、安全保障問題については韓米同盟に基づいて対処する、経済問題については多国間協力の原則に基づいて対処する、ということだ。
 米中関係も外交関係正常化以来良いときと悪い時を繰り返し経験してきた。韓国の戦略もアメリカと同じであり、中国に対して一元的アプローチではなく多元的アプローチをとるということだ。さらにいえば、アメリカの長期的観点からいっても、韓国が中国に対して対決的関係に立たず、米中間の緩衝役になることが北東アジアの平和に対して積極的効果を生み出すだろう。
 もう一つの問題は韓国と日本との緊張関係である。すべての問題には原因と結果がある。最近の韓日関係悪化は韓国が引き起こしたものではなく、全的に過去を清算できない日本によって引き起こされたものであり、アメリカは韓日の歴史問題に干渉するべきではなく、ありうるのは公正な仲介者の役割だけだ。仮にアメリカが自分の目先の利益のためにこの状況を利用しようとするならば、アメリカは韓国人の信用を痛く損なう事態になるだろう。
 韓米日安全保障同盟は非常に重要だが、同盟国間の連合、なかんずく地域的安全保障協力は軍事的側面だけで確固としたものになるわけではない。文化的、外交的及び歴史的なバックグラウンドにおける理解と協力は同盟の基礎であるべきだ。
 特に、クアッド問題については歴史の皮肉しか感じない。周知のとおり、日本憲法は世界史に例を見ない平和憲法である。平和憲法によって、日本は他国との問題を解決するための軍隊を持つことも軍事力を用いることも禁じられた。憲法は、日本が軍事国家ではなく平和国家に向かうように設計された。そういう憲法の制定を要求したのはアメリカであることは記憶されるべきである。