私は、3月3日のブリンケン国務長官の対外政策演説(「アメリカ人民のための対外政策」 3月8日のコラム参照)及びこれに対して中国の基本的認識・立場を明らかにした3月4日付け環球時報社説(「旧思考がとりついたワシントン、アメリカを引き続き道連れに」)を読み比べて、①歴史的定位・方位感覚の有無(アメリカにはなく、中国にはある)、②21世紀国際環境が20世紀以前とは質的に異なることに関する認識の有無(アメリカにはなく、中国にはある)、③国際関係に対するアプローチの違い(アメリカのゼロ・サムのパワー・ポリティックス対中国のウィン・ウィンの脱パワー・ポリティックス)、④他者感覚の有無(アメリカにはなく、中国にはある)、以上の4つの本質面の違いが米中関係の基本構図をなしていることに、改めて思いを致しました。
歴史的定位・方位感覚があり、21世紀国際環境の特質を踏まえている中国はウィン・ウィンの対米関係構築を試みているけれども、歴史的定位・方位感覚がゼロで、21世紀国際環境の特質にもあきれるほど鈍感なアメリカは相変わらずゼロ・サムの対中対決アプローチに固執します。力関係に雲泥の差があった20世紀だったならば、アメリカの力任せの対中政策が圧倒したでしょうが、急速に両者の力関係が接近している21世紀の今日では、他者感覚をフルに働かせて対米政策を営む中国が他者感覚ゼロでやみくもな対中政策に走るアメリカに対して長期的に有利な立場に立つであろうことは見やすい道理です。「彼を知り己を知れば、百戦殆からず」(孫子)です。
 ブリンケンに限らず、米欧のエスタブリッシュメントの間で支配的な中国政治に関する基本的理解は、「中国は共産党一党支配の全体主義国家である」とするものです。かれらにかかると、習近平・中国も、プーチン・ロシアも、エルドアン・トルコも、シーア派支配のイランも、アサド・シリアも、金正恩・朝鮮も、要するに米欧型デモクラシーとは一線を画する国々はすべて「全体主義」と一括りにされます。「全体主義」国家は個人の自由を弾圧し、デモクラシーに敵対する非難されるべき存在であり、その政治体制の変革を迫ること(かつては武力行使が常套手段でしたが、今日では様々な制裁が多用されます)は、これらの国々の人民の政治的解放・自由獲得につながるとして肯定されるのです。
 中国の場合、もはや押しも押されもせぬ超大国であり、また、トランプ政権のがむしゃらの対中圧力行使政策が無残な失敗に終わったことを目の当たりにしたことからも、ブリンケンを含むバイデン政権は中国に政治体制の変革を迫る政策を繰り返す無謀さを知悉しています。バイデン政権が追求しようとしているのは、同盟友好諸国を糾合することにより、対中総合力上の優位を長期にわたって維持し、様々な政策分野で対中包囲網を形成することで中国の発展及び国際的影響力の増大をチェックし、最終的に全体主義・中国の政治体制の変革を促していくことであると見られます。
 直近における滑稽極まる例は「中国のコロナ・ワクチン戦略に対抗するための米豪日印(クアッド)のワクチン普及戦略」です。中国が途上諸国にコロナ・ワクチンを積極的に提供する政策をもっぱら「地政学的色眼鏡」で「中国の影響力拡大戦略の一環」と捉え、その影響力拡大をチェックするためにはクアッドとして途上諸国に対するコロナ・ワクチンの供給体制を作るというのです。中国としては、途上諸国の要請に応え、はじめから途上国支援政策を打ち出していたのであり、これを地政学的意味合いでしか捉えないクアッドの対応には失笑していることでしょう。途上諸国の需要は桁外れに大きいですから中国だけで対応できるはずもなく、中国としてはクアッドの対応は「歓迎、歓迎」ということでしかありません。
 閑話休題。中国を「全体主義」国家と決めつける見方(その根底には、中国人民と中国共産党政権との関係は基本的に対立的であり、中国人民は政治体制の変革を望んでいるに違いないという先入主がある)が間違っている場合には、バイデン政権が追求しようとしている以上の戦略が空振りに終わることは必然というべきでしょう。私は2020年のコラム(5月2日、5月27日、6月13日、7月20日、8月6日等)で「中国的民主」(人民「当家作主」)について紹介・解説・分析を行ってきました。結論として言えるのは、中国は中国なりのデモクラシーのあるべき姿を模索しているということです。私流の表現を繰り返すならば、「デモクラシーは普遍的価値である。しかし、それは多様な顔を持つ」です。したがって、バイデン政権の対中政策も「むなしく空を切る」ことに終わるだろうというのが私の予想です。
 むしろ、私たちが真剣に考えるべきは、日米をはじめとするいわゆる西側諸国はいたずらに対中対決に走るのではなく、中国が提起し、実行に移している対外諸政策の有効性・実効性を検証・確認することであり、本質的問題として、21世紀国際環境のもとではゼロ・サムのパワー・ポリティックスはもはや時代錯誤であり、ウィン・ウィンの脱パワー・ポリティックスを根底に据えるべきだとする中国の問題提起の妥当性を検証・確認することだと思います。以上の検証・確認作業を行うに当たって求められるのは、何にも増して中国に対する他者感覚です。この他者感覚は、天動説国際観にどっぷりつかったままのアメリカと日本にとって特に必要なものであることを改めて強調しておきたいと思います。
 以下においては、ブリンケン国務長官の対外政策演説の中国関係部分と環球時報社説とを紹介しておきます。

(ブリンケン国務長官演説)
 我々は21世紀最大の地政学的試練である対中関係を管理し、これに対処する。ロシア、イラン、北朝鮮など、いくつかの国が我々にとって深刻な挑戦となっている。イエメン、エティオピア、ビルマ(ママ)など、対処しなければならない深刻な危機もある。しかし、中国による挑戦は異質なものだ。中国は経済、外交、軍事及び技術の力を備え、安定したオープンな国際システムに深刻な挑戦となる唯一の国家だ。その国際システムとは、我々が望む仕方で世界を運行させるすべてのルール、価値及び関係のことである。この国際システムこそがアメリカ人民の利益に奉仕し、その価値を反映する究極的なものである。
 アメリカの対中国関係は、競争的であるべき時もあるし、協力的であり得ることもあるし、敵対的でなければならないときもある。その三つのケースに共通する基準は力の立場で中国とかかわることが必要だということだ。
 力の立場で中国にかかわるということは次の三つを必要とする。一つは、同盟国及びパートナー国をけなすのではなく、彼らと協働することである。二つ目は、外交及び国際機関に関与していくことである。アメリカが撤退したところは中国が入り込んでいる。三つ目は、新疆で人権が蹂躙され、香港でデモクラシーが踏みにじられているときに、我々の価値のために立ち上がることである。我々がそうしなければ、中国はますます罰を受けないで行動することになる。そして、力の立場で中国にかかわるということは次の二つのことを意味する。一つは、アメリカの労働者、企業そしてテクノロジーに投資することである。もう一つは、平等にプレーする場を主張することである。なぜならば、そうすれば、我々は誰に対しても勝ちを収めることができるからだ。
(環球時報社説)
 見て取ることができるのは、バイデン政権はトランプ政権の対中政策の考え方を継承しているということであり、中国をあらゆる手段を講じて対応すべき対立面に据えたということである。トランプ政権と異なるのは、条件づきの協力を行う意思を表明し、ケースによっては中国と全面対決することを望まない姿勢を示したことである。また、トランプ政権は自信と傲慢にあふれ、中国とやりとりする方法はゆすりたかり、底なし、難癖だったが、バイデン政権は明らかにこのようなやり方は効果がよくないことを見て取っており、系統的に中国と争うことを試そうとしており、その中には、同盟友好国の力を借りて中国に対する国際包囲網を強化することが含まれる。
 以上の対中姿勢からは三つの方向性が浮かび上がる。一つは、ワシントンは今回の権力交代を経て、トランプに始まる中米関係リセットのための国内大動員を完成させたということであり、中国を「戦略的ライバル」とする位置づけはすでに固まったということだ。二つ目は、バイデン政権は中国を打ち倒すことはもはや非現実的であり、長期的にアメリカの優勢を維持することを確保できる対中関係のあり方を必要としていると認識するに至っていることだ。三つ目は、バイデン政権はアメリカの実力を構築することをよりいっそう強調していることであり、この実力の一つのカギとなる要素として同盟とパートナーのシステムを強固にすることが含まれていることだ。
 中国がアメリカとの意思疎通を通じて両国間の緊張を緩和するスペースはもはや非常に狭まっているようであるが、中米間で緊迫した衝突が発生する可能性も低下している。中米が向き合うことになるのは、長期にわたる各領域での圧力と浸透の争いであり、今後は、実力の建設においてより実のある成果を挙げるものが両国関係の将来的趨勢に影響を与え、相対的な主動的地位に立つことになるだろう。
 実際に、バイデン政権が一気に中国を押しつぶそうとした前政権の力任せの政策を調整し、アメリカの対中圧力行使戦線を再構築することになったのは、中国が貿易戦争の圧力に持ちこたえ、さらに実力を拡大したことの結果である。今後については、中国の実力の継続的拡大を実現することによって、盟友を糾合して連合して中国に当たろうとするワシントンの計画を空振りに終わらせることであり、中米間の新しいラウンドをこのように定義づけることに力を致すべきである。
 我々が見て取る必要があるのは、バイデン政権の計画は大きく、鼻息も荒いが、実際はこれらの目標の実現に対して極めて自信がないということだ。アメリカ経済発展の動力とメカニズムはすでに古くさくなっており、より多くのエネルギーを作り出すことは容易なことではない。同盟国や友好国にとっての対中問題上の利害はアメリカとの間に小さくはない違いが存在し、これら同盟国友好国をしてアメリカと同じように力を入れて中国と対抗させるだけの理由付けをアメリカは持っていない。
 中国としては、開放拡大を継続し、協力と闘争の関係を処理する上では長期的原則を堅持し、国内の既定路線に従って14期5カ年計画の発展を推進し、同時に、対米関係では平常心を維持し、緊張緩和と協力発展に努めるとともに、深刻な対立に直面するときも自然の成り行きに任せる。このようにすることで、戦略的心構えにおいてはアメリカよりもリラックスし、行動スペースも広くなるというものである。一言で言えば、中国がアメリカの中国抑え込み戦略を分析することは、アメリカが法則に逆らって中国抑え込み戦略を推進することよりも容易であるということだ。
 現在は、中国人が平常心を保ち、さらなる集中力を持って自分のことをやるときである。アメリカは如何にして中国をダメにしようかと心を砕き、中国は如何にして自分を良くしようかと心を砕く。中米のどちらの計画と路線がより健康的であり、より強力な実行力があるかは、自ずと明らかだろう。