2月15日のコラムで、イラン核合意(JCPOA)をめぐる事態が逼迫してきたことを紹介しましたが、2月21日にイランを訪問したIAEAのグロッシ事務局長とイラン側の話し合いの結果、さらに3ヶ月間の「時間的余裕」を生み出すことに成功したようです。事実関係をまとめておきます。なお、イラン議会が採択した法律は、アメリカが制裁撤廃に応じる期限を2月21日と定めましたが、2月21日のイラン放送WSはイラン議会筋の発言を紹介する記事の中で、この法律は、2月21日までに制裁が解除されない場合には、イランは2月23日からIAEAとの追加議定書の自発的履行をストップさせるという内容であることを明らかにしました。
 2月22日付けのIRNA通信は、グロッシとイラン原子力庁のサレーヒ長官とがリリースした「協力と相互信頼に関する合意についての共同声明」の全文として、以下のように伝えました。

 IAEAとイランは、イランの包括的セーフガード協定(CSA)及び2016年1月16日からイランによって暫定的に適用されている追加議定書(AP)の全面実施を容易にするための協力を強化し、相互信頼を向上することに合意した。
 イランとIAEAはIAEAが定めるセーフガード実施問題の解決について合意に達した。イランは、IAEAが特定した2カ所についてIAEAのアクセスを自発的に提供し、これらの問題を解決するためのIAEAの査察活動を容易にする。IAEAのアクセス及び査察活動のための日取りが合意された。IAEAの査察活動はCSA及びAP並びにすべての国とのCSA及びAPについて平等かつ無差別に実施されるIAEAの標準的査察慣行に従って進められる。
 2015年12月15日に理事会が採択した決議GOV/2015/72に関し、IAEAとイランはこれらの査察実施問題はCSA及びAPの査察対象である核物質及び活動にのみかかわるものであると認めた。
 現状のもとで、IAEAが利用できる情報に関する分析に基づき、IAEAはイランに対するさらなる質問はなく、CSA及びAPのもとでイランが申告した施設以外の施設に対するアクセスに関するさらなる要求もない。
 双方は、IAEAの独立、公正及び専門性がその査察活動の実行に不可欠であると認める。
 IAEAはイランの安全保障上の関心に引き続き留意し、IAEA憲章、CSA及びAPの関連規定、並びに確立したIAEAの秘密保持レジームに従って、すべてのセーフガード秘密情報を守っていく。
 イラン原子力庁は同日、以上の共同声明に関する以下の内容の説明文(an explanatory note)を公表しました。
○イランとIAEAは、追加議定書及びJCPOAに基づくアクセスが完全に中止され、イランのセーフガード上の約束のみが引き続き実行されることに同意する。
○イラン議会が採択した法律に述べるとおり、セーフガード協定を越えるアクセス及び査察は行われない。
○共同声明第2パラにいう必要な検証及びモニタリングの継続とは、協定の付属に特定するいくつかの活動及び、協定の付属に特定するモニタリング設備に関連する情報を3ヶ月間の間記録し、保存することを意味する。(浅井注:IRNA通信の発表による限りでは、上記声明パラ2の記述は「必要な検証及びモニタリングの継続」という文言にはなっていません。)
○この期間中、IAEAが情報にアクセスすることはなく、情報はイランによって保存される。この3ヶ月間の期間中に制裁が解除されるならば、イランは情報をIAEAに引き渡す。制裁が解除されない場合は、情報は永久に消磁される。
○イランの枢要な施設の保護及び非開示の必要に対する関心により、設備のリストを含む声明の付属は秘密とする。
 しかし、IRNA通信が「全文」として伝えた上記内容は必ずしも全文ではないことが、同日のイラン放送WSの報道によって確認できます。この報道は、共同声明によれば、IAEA事務局長のイラン訪問期間中に「暫定的な両者間の技術的な了解」("temporary bilateral technical understanding")を達成したと伝えます。共同声明は、イランがNPT追加議定書の自発的履行を停止し、2021年2月23日以後の3ヶ月間、セーフガード協定を越える核施設に対するIAEA査察官のアクセスを禁止すると宣言します。声明は、「イラン原子力庁はIAEAに対して、イラン議会が採択した法律を遵守するため、2021年2月23日以後、JCPOAで予定された自発的措置の履行を停止することを通報した」と述べます。ただし声明は、「イランは、IAEAとの包括的セーフガード協定を完全にかつ制限なく、継続して実施する」とつけ加えます。
 イランとIAEAはまた、法律に合わせて暫定的な技術的了解に合意し、IAEAが3ヶ月間を限度として必要な検証及びモニタリング活動を継続することにしました。イラン原子力庁は別の声明で、この3ヶ月間の「所要の検証及びモニタリング活動」についてさらに次のことを明らかにしました。「技術的付属で説明しているように、「所要の検証及びモニタリングの活動の継続」とは、イランがその活動及びモニタリング設備のデータを記録し、3ヶ月間保存することを意味する。」「この期間中、IAEAはイランが記録するデータに対していかなるアクセスも有せず、データは完全にイランに保存される。制裁が3ヶ月間に完全に解除されれば、イランはデータをIAEAと共有する。そうでなければ、イランはデータを永久に消磁する。」
イラン原子力庁の声明はさらに、イランの核施設のリストを含む「技術的付属」文書は安全保障上の考慮及びイランの枢要な施設の位置を秘密に保全する必要に基づき秘密とすると述べています。共同声明によれば、イランとIAEAは「技術的了解の目的を達成するために、この了解を定期的にレビューする」ことに合意しました。以上がイラン放送WSが伝えている合意内容です。大筋ではIRNA通信の伝えた内容と齟齬はありませんが、イラン放送WSの紹介内容の方が明确です。
 イランとIAEAとの暫定的技術的了解が達成された2月22日、イラン「強硬派」と目されているイラン議会のカリバフ議長と専門家会議、さらに最高指導者ハメネイ師がそれぞれ見解を表明しました。
カリバフ議長はツイッターで、イランとIAEAとのいかなる協力も法律の権限の範囲内のものでなければならず、「セーフガード協定を越えるいかなる核施設へのアクセスも禁止され、違法である」と念を押した上で、「同協定を越えるイランとIAEAのいかなる協力も議会の決定による」(any future cooperation between Iran and the IAEA beyond the Safeguards Agreement will depend on the Parliament's decision)と強調しました(イラン放送WS)。ただしIRNA通信は、カリバフが「問題のモニタリングは議会が行う」(monitoring the issue should be done by Majlis (Iranian Parliament))と述べたと紹介し、具体的に、議会安全保障外交政策委員会とエネルギー委員会が現地査察と報告提供の責任を持つ、「法律違反については議会が採択した諸法律に従って扱われる」ことをつけ加えています。
 また、専門家会議(最高指導者選任機関)は、第8回年次会合を行い、その後に声明を出しました。イラン放送WSの報道による限りでは、声明はイランの防衛及びミサイル戦力にかかわる問題は交渉の余地がないことを強調し、合意済みの問題に関するアメリカとの再交渉はレッド・ラインであるとするものでした。イランとIAEAとの間の合意について触れたかどうかは明らかではありません。
 ハメネイ師は専門家会議メンバーと会見した席上で発言しましたが、内容的には、核開発問題に関するイランの立場に関する発言とイラン議会が制定した法律をめぐる議会と政府の対立問題に関する発言が要注目です。 まず、核開発問題に関しては、ハメネイ師は原子力平和利用に関するイランの権利に関しては絶対に譲らず、国家の現在及び将来の必要に基づいて今後も進めていく、と従来からの立場を繰り返しました。私にとって目新しかったのは、イラン放送WSが伝えたハメネイ師の核武装問題に関する発言でした。
ハメネイ師は、イランが核武装しない理由として、「イランの核兵器製造の壁は、一般人を虐殺することに使用される、核兵器及び科学兵器を含むすべての武器の生産を禁じるイスラムの考え方と原則である」("What prevents the Islamic Republic from building nuclear weapons is the Islamic way of thinking and principles, which prohibit production of all kinds of weapons, including nuclear or chemical, which would be used to massacre ordinary people.")と述べました。さらにハメネイ師は広島と長崎に対するアメリカの原爆投下に言及して、「市民及び無辜の民を虐殺するのはアメリカ及び西側諸国のやり方だが、イランはこういう方法に信をおかず、したがって核兵器については考えたこともない」("Massacring civilians and innocent people is the way of Americans and Western countries, but the Islamic Republic does not believe in this method and, therefore, never thinks about nuclear weapons.")と敷衍しました。
 彼はさらに次のように述べました。「ところで、国際的なジオニストの馬鹿者(浅井注:ネタニヤフ)は「イランが核兵器を作ることを許さない」と言い続けているが、イランが核兵器を生産するとする決定を行うとすれば、彼も彼よりでかいものたちもそれを防ぐことはできない」("In the meantime, that international Zionist clown, who keeps saying that 'we will not allow Iran to build nuclear weapons', must know that if the Islamic Republic had any decision to produce nuclear weapons, he and those bigger than him could not prevent it.")。この発言はイランが核兵器製造能力を有していることを間接的に認めています。
 イラン議会の法律制定をめぐる議会と政府の対立問題に関するハメネイ師の発言も興味深いものです。私がこれまでフォローしてきた中ではもっとも生々しい内容です。  法律の実施に関する行政府と議会との論争(contention)に言及して、ハメネイ師は次のように述べました。「そのような誤解は解決できるし、双方は協力を通じて解決するように努力しなければならない。違いは放置すべきではないし、分裂にまで強まるようにするべきではない。」「政府は法律を実施することを義務づけられていると考えているし、この法律はよい法律なので忠実に実行されなければならない。」
 ハメネイ師はアメリカをはじめとする西側諸国の義務違反を非難した上で、ロウハニ政権とハメネイ師自身の立場の違いを窺わせる次のような発言もしています。「アメリカがJCPOAを脱退し、ほかの国々がこれを支持したとき、コーランの教えはイランも約束を放棄するべきだということである。しかし、我が行政府はその約束を放棄せず、約束のいくつかを段階的に引き下げていった。もちろん、JCPOAの相手側が約束を改めて守るようになれば、イラン側の措置も元に戻せる。」("When the US quit the JCPOA and others supported it, it is Qur'an's command that you should also give up [your] commitments. However, our honorable administration did not give up its commitments and just reduced some of them in a gradual manner. Of course, these [remedial] measures are reversible if they [other parties to the JCPOA] restart complying with their commitments.")
 ロウハニ大統領は同日の声明で、議会の法律の実施について団結して行動することを求めたハメネイ師の命令(order)を歓迎すると述べました。そしてIAEAとの交渉及び諸合意は憲法及び諸法律、特に最高国家安全保障会議の決定(浅井注:私がチェックしてきた限りでは、この決定に関するイラン側報道は見つけていません)に完全に従っていると強調しました。
 2月24日の閣議で、ロウハニ大統領は議会の法律によって行動を制約された行政府の苦しい立場を吐露するとともに、IAEAがイランは非平和的活動を行うことを望んでいないと声明したように、行政府が「賢く行動した」と胸を張りました。ロウハニ大統領の閣議発言も、イラン情勢を観察・理解する上で興味深い内容なので、詳しく紹介しておきます(同日付イラン大統領府WS)。
 大統領は現状におけるもっとも重大な課題に関して、特に三権の間の団結及び求心力を求め、団結、連帯及び人民の意思を通じることによってのみ敵を打ち破ることができると強調し、人民を失望させてはならないと訴えた。大統領は、国家を管理し、事務を遂行することは容易な仕事ではなく、敵に対しては思いつき、感情、スローガンで対抗することはできないと述べた。「最高指導者は、イスラム的敬意、礼儀及び倫理を守らなければならないと何度繰り返しているか。我々はなぜ耳を傾けないのか。」「人民の意志を弱めるな。将来に対して人民を失望させるな。」「現在の危機的状況をみんなが理解しなければならない。」
 ロウハニ大統領は、大統領が憲法施行に責任を有すると定める憲法第113条のもとでの重圧感を吐露するとともに、イランの核活動の平和的性格の重要性を強調して、次のように述べた。「イランの活動の平和的性格に疑いを抱かせるようないかなることも間違いであり、それこそが敵の願っていることだ。」「敵はイランの活動が平和的でないと間違った主張を行い、その口実のもと、安保理決議2231を含む様々な決議を出して、イランを戦争の崖っぷちに追いやった。しかし、我々は道徳的及び宗教的義務並びに最高指導者のファトワさらにまたNPTにしたがって平和的活動を追求してきた。そんな我々がどうして他人の不幸を願うものに非平和的なシグナルを提供するのか。」(浅井注:以上の発言は議会の法律に対する精一杯の批判を込めていると思われます)。
 ロウハニ師はまた、平和的核活動を確認することに関する国際機関の役割は非常に効果的であるとし、次のように述べた。IAEAはこの目的のために設立されたのであり、IAEAがイランの活動は平和的であると宣言したとき、そのことは敵から武器を取り上げることになった。」「イランとIAEAとの関係は、世界及び世論におけるイランの言葉に重みを与える点で非常に重要だ。」その上でロウハニ師は、最近の出来事にかかわらせて、「欧州3国がイランを非難しようとしたとき、IAEAはイランを支持し、欧州3国の陰謀は阻止された。このように、IAEA及び国連との関係は非常に重要である」と述べた。
 (今回のイランとIAEAとの合意達成プロセスに関して)ロウハニ師は次のように述べた。「このプロセスにおいて、イラン政府は、法律は成立しており、我々は憲法に従ってこの法律を実行しなければならないという極めて困難な状況に至った。」「イラン政府は、いつものように、臨機応変に大きな仕事をやってのけた。すなわち、我々は法律を完全に100%実行したし、しかもIAEAはイランが非平和的活動を行うことを望んではいないと公表するように、我々は賢く行動したのである。」「もし、イランとIAEAとの合意を妨害しようとする者がいれば、それは間違いなく敵のコート上でのゲームとなり、その目的は敵側のコートで実行されることになることは明らかである。」
 ロウハニ師は、アメリカの新政権がトランプ政権の最大限の圧力政策が失敗だったことを明確に述べていることを指摘して、次のように述べた。「米新政権はいい仕事をしているが、重要なことは、新政権がテロリスト活動を続けようとするのか、それともトランプはテロリストであり、イランに対して犯罪を犯したことを受け入れるのかということだ。疑いの余地がないことは、新政権の最初のステップは犯罪をやめることだ。」「アメリカはまだイランの銀行アカウントを解放していないし、コロナとの闘いですべてのものを支援すると政権初日に言ったのに、イランとの関係ではそうしていない。したがって、我々はアメリカの有言実行を期待するし、経済テロ活動をストップすることを求める。以上のことが起これば、道はクリアされ、椅子は元の場所に戻り、我々は話し合うことになるだろう。」「我々はJCPOAの中で話をするのであり、JCPOAについて話し合うことはない。」
 以上のロウハニ発言の中でも、「イラン政府は、いつものように、臨機応変に大きな仕事をやってのけた。すなわち、我々は法律を完全に100%実行したし、しかもIAEAはイランが非平和的活動を行うことを望んではいないと公表するように我々は賢く行動したのである。」と述べた点が今回のイランとIAEAの合意の要諦を表していると言えるでしょう。つまり、①ロウハニ政権は議会の法律が課した、付属議定書の自発的履行停止義務を履行してIAEAの査察及びモニタリング活動を停止させ、議会(強硬派)の決定を遵守した。しかし②監視カメラの記録データを保存する約束を行って、イランの核活動の平和的性格をIAEAに担保した。ただし、③記録保全を無期限に約束すれば脱法行為と認定されるので、「3ヶ月」という期間に限定した。ロウハニ政権としては、④この3ヶ月間の間に外交的解決の可能性を追求する考えである。
 なお2月27日、イラン原子力庁のサレーヒ長官は、イランとIAEAとの合意内容に関して、制裁が3ヶ月以内に解除されない場合は、IAEAがイランの2カ所の核施設に設置したモニター用のカメラによる記録情報を消磁するだけではなく、カメラ自体を撤去すること、また、「3ヶ月」という期限を設定したのはIAEAが3ヶ月毎に理事会に報告を提出することになっていることに基づくものであることを明らかにしました。
 最後に3月1日、IAEAのグロッシ事務局長は、IAEA理事会に先だって記者会見に応じ、「IAEAの査察活動は保全されなければならず、取引材料として交渉のテーブルに乗せられるようなことがあってはならない」と強調し、査察の中止を余儀なくされたことは「巨大な損失」であるとした上で、IAEAはそれでもイランの核計画が平和目的であることを国際社会に保証することができるかという記者の質問に対して、「今までのところはまずまずだ」("So far, so good,")と答えました。またグロッシは、イランが生産する濃縮ウランの量についてはIAEAが引き続き検証する手段を持っているとも発言しました。グロッシは、その後の理事会の席上で、今回のIAEAとイランとの合意によって、「イランが核関連の約束の実行を再開した暁には、IAEAはその約束についての全面的な検証とモニタリングを再開」することができることになっていると説明しました。アメリカ以下の西側諸国は、イランの一方的行動(付属議定書の自発的履行停止)を一斉に非難しましたことと比較すると、グロッシの以上の慎重な発言からは、イランを刺激しないようにとする配慮が窺えます。ロウハニ大統領のIAEAに対する肯定的発言と符号を合わせたものと言えるでしょう。