2月2日に韓国国防部は2020年版国防白書を発表しましたが、上海の夕刊紙『新民晩報』が冒頭に「対日施圧 対華示好 対朝安撫」という見出しをつけた紹介は今回の国防白書の特徴を絶妙に表現したものでした。もっとも、韓国の国防白書は2年に1回刊行されますが、今回の白書の特徴は2018年版白書でも姿を現したものであり、文在寅政権の外交政策の基調を反映するものでもあります。私にとって興味深かったのは、私が毎朝チェックしているソース上で、環球時報(2月4日。鄭継永「韓国の安全観、目下変化中」)、新民晩報(同。楊一帆「韓国国防白書、言葉遣いの奥深い変化」)、人民日報海外版(2月5日。高喬「韓国白書、韓日関係冷却化突出」)そして中国国防報(2月8日。肖軍「「パートナー」から「隣国」へ変化 韓日関係さらに冷却化」)の4紙が今回の白書について分析・解説を掲載したことでした。
これは、白書の中身に注目したことにもよりますが、より基本的には、文在寅政権の実質的に最終年に当たる本年に習近平主席の韓国訪問が予想・予定されていること、同主席の日本訪問はまずないこと(菅政権の脆弱な国内基盤、したがって政権が短命で終わる可能性が大きいと見られていること、そして基本的には同政権の対米のめり込みの姿勢。習近平としては日中国交正常化50周年に当たる2022年に訪日する方が好ましいという事情もあるでしょう)、そういう大背景のもとで今回の白書は中国が評価する内容が多かったことによるものだと思われます。内容的には異工同曲の観もありますし、もっとも読み応えがあるのは環球時報が掲載した鄭継永文章ですので、その内容を訳出して紹介します。ただし、私個人の見解としては、中韓関係に関する鄭継永の見方は甘すぎ、米韓関係に関する彼の見方も中国側の願望が入りすぎているという印象です。

 韓国国防白書は、(韓国において)数多くない軍事安全外交政策を詳述する政府の政策文書であり、文在寅政権の政策を真に代表するものであると同時に、韓国軍の訓練、作戦、軍事外交を指導する綱領的ガイドラインでもある。今回発表された2020年白書には5つの明確な変化がある。
 第一、「敵」の概念の一般化が続いていること。今回の白書における「敵」に関する定義は、「韓国の主権、国土、国民、財産を侵害する勢力」となっている。事実として、2018年の白書はすでに「朝鮮の政権及び軍隊は韓国の敵である」といった類いの語句を正式に削除し、「敵」の定義はより広義のものとなっていた。しかし、朝鮮に対する記述の中ではなお、「朝鮮の大量殺戮兵器は朝鮮半島の平和と安定に対する脅威である」と認識していた。朝鮮に対する如上の記述は、執政第5年目の文在寅政権の考え方、すなわち、「朝鮮半島の平和プロセス」を推進することに重きを置く考え方を反映しており、また、来たるべき政権交代の前に不必要に刺激する動きを取りたくない意思を反映するものである。韓国国防白書の歴史についてみれば、朝鮮の「キャラ付け」には何度も変化があり、「主敵」「直接の軍事脅威」「現存する朝鮮の軍事脅威」「朝鮮政権及び朝鮮軍隊は韓国に対する脅威」等の表現があって、政権毎に選択的に使用されていた。
 第二、アメリカに対する見方に変化が生まれていること。今回の白書は明确に「戦時作戦権の移行を加速する」「可及的速やかに防衛力を拡大する」と提起しているが、アメリカはこのことに対して重大な関心を有している。白書は次のように指摘する。韓国の人々は「韓国の国力及び軍事力に見合った責任ある国防の実現」を求めており、韓国は安定した韓米同盟を基礎として、「系統的かつ積極的に条件に即した戦時作戦指揮権の移行を推進する」。白書は次のようにも強調する。「作戦指揮権移行に必要な防衛力を可及的速やかに拡大し、準備状況の定期的評価を通じて戦時作戦権の移行を速める」。白書はさらに、三段階の連合検証評価の進行状況を詳述することにより、将来的な連合軍司令部の任務遂行能力を評価し、検討している。白書では指揮権移行を「可及的速やかに」進めると述べるが、二度にわたって「加速する」と述べたのは始めてのことであり、アメリカはこのことに憂慮を感じる可能性がある。新型コロナ・ウィルスの影響を受けて検討評価問題は予定どおりには進んでいないが、今回韓国が再び「加速する」と提起したことは明らかにアメリカの姿勢とは異なる。
 第三、「戦時作戦能力の向上」という技術問題においても、白書は新しい動きを示していること。すなわち、「連合野外機動訓練」(FTX)問題について、韓国は、「バランスのとれた連合準備態勢を保証する」原則の下で、多角的訓練方法を通じて連合作戦遂行能力を向上することを提起している。これは新しい提起である。早くも2018年の段階で、朝鮮半島非核化に見合うべく、韓米は事実上大規模連合野外機動軍事演習を中止したが、白書がこの問題について直接に提起するのは今回が初めてである。
 第四、韓日関係(の叙述)に大きな変化が起こったこと。今回の白書に対してもっとも不快なのは日本である。白書の中で、日本は中国の後に置かれた(浅井注:2018年白書以来2回続けて)だけではなく、「東北アジア、世界の平和と繁栄という問題で共同で協力する必要がある隣国」と定義されるとともに、韓国は「日本が歴史を歪曲し、独島に対して不当な主権上の要求を行い、韓日間の問題に対して一方的に勝手に振る舞うことに対して断固として厳粛に対応するとともに、朝鮮半島、東北アジアの平和と安定等の共通の安全保障上の問題については引き続き協力を強化する」としている。これに対して2018年版では、日本は「韓日は地理的、文化的に近接した隣国であるとともに、世界の平和と繁栄のために協力するパートナーである」と定義されていた。同様に、日本の2020年防衛白書が韓国との「広範な協力を進めること」及び独島(「竹島」)にかかわる記述を削除したことに対する対応として、韓国の国防白書は独島に対する主権を重点的に強調している。このことは日本の強烈な反発と抗議を引き起こした。白書は、日本の指導者がひっきりなしに独島に対する挑発的言辞を繰り返し、2018年には日本の対潜機が韓国の軍艦に対して近距離威嚇飛行を行い、2019年には徴用工問題に際して輸出制限等の制裁行動を行うなどによって、韓日軍事関係は困難に陥ったことについても述べている。
 以上の状況に対し、しびれを切らしたアメリカは仲を取り持とうとし、米国防省スポークスマンは韓国と日本はアメリカのアジア太平洋地域におけるもっとも重要な同盟国であると発言した。
 第五、対中関係に関しては、白書は2016年の「THHAD」配備及びその後の一連の変化についての言及を取りやめ、これに代えて、2017年に文在寅大統領就任後の訪中時のサミットに言及し、これを出発点として中韓関係は「正常化」に入ったと述べていること。
 以上から、韓国の安全保障観には変化が生まれていることが分かる。すなわち、朝鮮は少なくとも韓国軍にとって当面の対象ではなく、アメリカに対しては、韓国は韓国軍のさらなる自主性を通して朝鮮との関係を安定させることを望んでいる。また、アメリカが提起しているインド太平洋戦略及び米日豪印対話(QUAD)等について韓国が加わることについては躊躇している。同様に対日問題に関しても、アメリカが試みている韓日を取り持って韓米日三角同盟を構築する考え方にも、韓国は明らかに逆らっている。対中問題に関しては、韓国は中米間の競争がもたらす一方の側に立つという圧力を明らかに感じているが、このような巨大な国際関係のフレームワークの転換プロセスの中で韓国自身の安全保障上の利益を傷つけることを望んでいない。さらに、新型コロナ・ウィルスに対する対応においても、中韓の間で得られる共通点はますます増えている。今後の一定期間内における中韓関係に関しては期待する価値があると言える。 (鄭継永:復旦大学朝韓研究センター主任)