*ワクチンに関する知見については、2020年11月10日付けで「ビジネス・インサイダー」WSが掲載した、島田祥輔(サイエンス・ライター)「7種類あるって知ってた? 「新型コロナワクチン」でいま知っておきたいこと」に拠っています。

日本ではファイザー社のワクチンを接種することが既定路線となっている観があり、このワクチンの特性のために-75±15℃で保存する必要があることから、全国各地で対策・対応に追われる実情が連日報道されています。マスコミはこの「既定路線」に対して何の疑問もつけません。私はかねがね、「日本政府はなぜ取り扱い至難なファイザー社(+モデルナ社)製ワクチンに絞るのか」という疑問が拭えていません。ファイザー社製ワクチンは「抗原となるタンパク質を作り出すための設計図となるmRNAを直接体内に接種する」(厚労省説明資料)という、ワクチンに関しては「次世代型」(島田祥輔)の新しい方法に基づくものであり、「mRNA自体はとても不安定な物質であるため、安定性を確保できるよう超低温にて保管する必要」が出てくる(厚労省説明資料)わけです。ちなみに、モデルナ社製も同じ方法によるものだそうです。
 これに対して、中国のシノファーム社及びシノパック社製のワクチンはいわゆる「不活化ワクチン」、すなわち「薬剤処理をして、感染・発症する能力を失わせたウイルスを投与する方法」(島田)を用いています。この方法はすでにインフルエンザ、日本脳炎、ポリオなどのワクチンで使われた、いわば安全性が実証済みのものです。ただし、「副反応が少ないと考えられている一方で、免疫が維持される期間は比較的短く、期間を空けて複数回接種しなければならない場合もある」(島田)ともされます。また、通常の場合開発期間が長くかかることが難点とされていますが、中国ではコストを度外視するアプローチで開発期間を大幅に短縮することに成功しました(中国側報道)。このワクチンはファイザー社製のような厳しい冷凍条件を必要としないことが大きなメリットです。
また、ロシアの「スプートニクV」は、風邪の原因ウイルスの一つ、アデノウイルスをベースにしたワクチンであり、「ウィルスベクター・ワクチン」に分類されています。「ウイルスベクター・ワクチンは、無害なウイルス(アデノウイルスやセンダイウイルス)を新型コロナ・ウイルスの遺伝子を運ぶ「運び屋(ベクター)」として利用する手法。ウイルスとともに体内に運ばれた遺伝子からコロナ・ウイルスのタンパク質が作られ、免疫が獲得されることになる」(島田)ものです。このワクチンについては、3段階ある臨床試験を経る前にプーチン大統領が「鳴り物入り」でゴー・サインを出したこともあって、米欧を中心に当初は疑問視する見方が強かったのですが、世界的に権威がある英医学誌『ランセット』が「最終段階の臨床試験(治験)で91.6%の予防効果が認められたとの中間報告」を掲載して疑問を払拭しました。このタイプのワクチンは「実際のウイルス感染に近い状態を再現するので、効果は高いと期待されている」(島田)そうです。
 日本政府の対応に関する私の疑問は、中国及びロシアのワクチンを途上国の多くが積極的に受け入れる動きを強めることによって膨らんできました。そして、オーストリア、スロヴァキアさらにはドイツがロシア(及び中国)のワクチンを導入することに積極的な発言を行うにいたって、ファイザー社に固執し、中国及びロシアのワクチンを無視する日本政府の対応は間違っているという確信にまで高まっています。欧州3国の動きを紹介します。

(オーストリア)
 2月7日、クルツ首相はドイツの『ゾンタークスヴェルト』紙の取材に対して、「中国あるいはロシアのワクチンがEUの批准を得るのであれば、自らそのワクチン接種を受ける準備がある」と述べた。彼は同時に、EUの批准があれば、オーストリアはその生産を行う準備があるし、いずれの国家のワクチンについてもそうだと述べた。クルツはさらに、新型コロナ・ウィルスのワクチンに関する審査・批准については、コロナに対して有効なワクチンはすべて重要な意義があり、いかなる「地縁政治タブー」もあってはならず、EUは審査批准を考えるべきだとも述べた。(2月7日付け人民日報海外網)
 クルツ首相は、ロシアのスプートニクVあるいは中国のワクチンが欧州医薬庁(the European Medicines Agency (EMA))によってEUにおいて登録されるのであれば、オーストリアは「適当な企業によるロシアないしは中国のワクチンの生産能力の提供を確実に努力するだろう」、「この問題は、誰が開発したかには関係なく、可及的速やかにもっとも安全なワクチンを得るということである」、「ワクチンに関して重要なことは、有効性、安全性及び速やかなアクセスであり、地政学的な争いではない」と述べた。(2月7日付けウィーン発タス電)
(スロヴァキア)
 2月6日、マトヴィッチ首相はスロヴァキア・ラヂオで「スロヴァキアはスプートニクVを含むワクチンの生産を行う可能性がある」と述べるとともに、ロシアはワクチンを提供する相手国に生産を移転することに関心があるとし、「スロヴァキアで生産する場合には、他のEU諸国にも平等に供給する用意がある。地政学上の利益を人民の利益の上に置くことがあってはならない」と述べた。(2月7日付けプラハ発タス電)
(ドイツ)
 アルトマイアー経済エネルギー相は『ビルト・アム・ゾンターク』紙とのインタビューの中で、欧州医薬庁(EMA)がロシアのワクチンの承認について決定を行うのであれば、このワクチンをドイツで使用することは可能だと述べた。彼は、「ロシアのワクチンが有効で、EMAによって許可されるのであれば、間違いなくドイツで使用される。これは医学的問題であって、政治的問題ではない」と述べるとともに、ナヴァルヌイ(ロシア反体制派政治家)問題は「スプートニクVワクチンとは無関係だ」と強調した。
 この発言以前にも、バヴァリアのゾーダー首相を含む多くのドイツの政治家が、可及的速やかにロシアと中国のワクチンの信頼性に関するテストを行い、必要に応じてその使用を開始するべきだという声を上げている。(2月7日付けベルリン発タス電)
 私もクルツ首相、マトヴィッチ首相、アルトマイア-経済エネルギー相の発言にまったく同感です。コロナ・ワクチンの問題はもっぱら「人民の利益」(マトヴィッチ首相)の観点に立って「有効性、安全性及び速やかなアクセス」(クルツ首相)を基準にして考えるべき問題であり、いかなる「地縁政治タブー」もあってはならず(クルツ首相)、「地政学上の利益を人民の利益の上に置くことがあってはならない」(マトヴィッチ首相)のであって、「医学的問題であって、政治的問題ではない」(アルトマイア-経済エネルギー相)という基本認識を揺るがせることはあってはならないのです。
 日本政府のこれまでの対応を見る時、米欧製ワクチンを使用するという結論が先にあって、ロシア製、中国製のワクチンは当初から論外の観があります。「国民をコロナから守ることが最重要であり、その立場に立ってなぜ他の可能性も追求しないのか」、「なぜコストがかかり、技術的難点も多いファイザー社製ワクチンにこだわるのか」という当然あるべき疑問・問題提起が医療界、マスコミを含めまったくないことは、私にとっては到底納得がいくことではありません。菅政権がロシア、中国に対する政治的考慮に立っていることは間違いないと思うのですが、ロシア及び中国に対する「違和感」が日本国内でも広く共有されてしまっているために、菅政権のワクチン対策の重大な問題点、すなわち、①国民の生命・安全を第一義にするという政治の要諦を無視している、②ただでさえ危機的な綱渡りが強いられているコロナ対策にさらに過酷な負担を押しつけようとしている、という点が素通りされてしまっているのではないでしょうか。
 蛇足をつけ加えます。菅政権がロシア及び中国のワクチンの導入を検討する方針を示すことは、ロシア及び中国から極めて好意的な反応を引き出すことができるでしょう。特に中国は、最近の日米首脳会談の内容(中国をにらんだインド太平洋戦略推進、米日豪印(QUAD)協力関係強化)に神経をとがらせています。ロシアも菅首相の日露平和条約交渉に関する国会発言を冷ややかに報道しています(タス通信)。こういう状況を打開することに菅政権が関心あるのであれば、ワクチン問題は好個の材料になることは間違いないと思います。
一人でも多くの国民・市民がこの問題に意識を高め、声を上げることを願うばかりです。