バイデン政権の対朝鮮半島政策がどのようなものになるかは、対イラン政策と並んで重要な国際問題の一つです。1月19日に行われた米上院外交委員会人事承認公聴会におけるブリンケンの発言が注目されたゆえんです。1月31日付けの朝鮮日報・日本語WSに掲載されたワシントン特派員報告によると、「4時間余りにわたる公聴会で、上院議員20人とブリンケン氏が「北朝鮮」という単語を口にしたのは9回、「韓国」に言及したのは1回きりだった。知韓派のエドワード・マーキー上院議員が北朝鮮関連の二つの質問を行わなかったら、韓半島問題に対するきちんとした質疑応答はそもそも行われないところだった。4年前のトランプ政権の初代国務長官認証聴聞会で「北朝鮮」に30回、「韓国」に11回言及していたのとはまるで違う。」、「「イラン」には73回、「中国」には66回も言及した。」とのことです。しかし、これは予想されていたことで「想定範囲内」と言えます。むしろ重要なポイントは、マーキー上院議員とブリンケンとのやりとりの中身であると思います。この点に関しては、同じ1月31日付けのハンギョレ・日本語WSが掲載したキル・ユンヒョン記者署名記事「バイデン政権、「ブリンケン発言」からうかがえる朝米対話促進の3大ヒントは?」が秀逸でした。関係部分を紹介しながら、バイデン政権の対朝鮮半島(特に対朝鮮)政策の「可能性」を見てみたいと思います。
 キル・ユンヒョンによれば、マーキー議員とブリンケンのやりとりは以下の内容でした(浅井注:米議会のWSでは、この公聴会の実録をアップしているだけで、テープ起こしはしておらず、4~5時間に及ぶ公聴会の模様をフォローすることは私の手に余るし、キル・ユンヒョン記者は常に冷静な記事を書いているので、内容を信用していいと思います)。

 「マーキー議員はブリンケン氏に、北朝鮮の非核化という最終目標のために、北朝鮮の(核)兵器プログラムの「検証された凍結」と「制裁緩和」を交換する「段階的合意」という考えを支持するのかを問います。…ブリンケン氏は即答を避け、次のような原則論を述べます。
 私は、米国が北朝鮮に対して取ってきたあらゆるアプローチと政策を再検討(review)すべきだと考えており、再検討する考えだ。なぜなら、これは多くの政権を苦しめた難問であり、この問題は改善されていないだけでなく、実際にいっそう悪くなっている。私は、この問題は始めるのが難しいということを認めるところから始めるつもりだ。だから、我々がやろうとしており、また喜ばしいと思うことは、我々にはどんなオプションがあるのか、そしてそれが北朝鮮を交渉のテーブルにつかせるという点から圧力を強化することが効率的なのか、あるいは他の外交的アプローチも可能なのか、再検討して協議しうるということだ。我々の同盟とパートナーたち、特に韓国、日本、その他の国々とあらゆる方策を検討するところから始めるつもりだ。」
ブリンケンの以上の発言は、バイデンが『フォリン・アフェアズ』2020年3・4月号掲載の文章("Why America Must Lead Again Rescuing U.S. Foreign Policy After Trump")の中で、朝鮮に関して、「我々は交渉者に権限を与え、北朝鮮を非核化するという同盟国等(中国を含む)との共通の目標を推進するため、持続的で協調的なキャンペーンを再開するだろう」と述べた原則的立場を確認し、敷衍するものです。というより、バイデンの上記文章の起草にはブリンケンが深く関与していたことは間違いないので、ブリンケンは今回、より詳しくバイデン政権下の対朝鮮政策の基本線を紹介したと言えるでしょう。
以上のブリンケン発言の要注目点は何か。キル・ユンヒョン記者は3つの「教訓」があるとし、次のように分析しています。
 「1つ目、政権に就いたばかりのバイデン政権にとって、北朝鮮の核問題の解決は最優先の懸案ではありません。バイデン政権は、将来の覇権をめぐって対立している中国をいかに相手にすべきかという難題に対処しなければなりません。バイデン政権の主な人物たちは、トランプ政権が進めてきた「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」の大枠を継承しつつも、中国の助けが必要な新型コロナ・ウイルスや気候変動への対応といったグローバルな課題については協力する、という立場を明らかにしてきました。その次には、バイデン大統領が副大統領時代に直接かかわった「イラン核合意」などの中東政策を新たに構築せねばなりません。バイデン政権にとって前任のトランプ政権が一方的に破棄した「イラン核合意」は復活させるべき重要な遺産ですが、トランプ政権がそれなりに成果を収めた北朝鮮の核問題は、わずらわしい厄介者に過ぎません。韓国政府はこの点に留意しつつ、北朝鮮の核問題が米国の最優先の外交課題となるよう、戦略的に意思疎通を強化しなければなりません。」
 補足すれば、バイデン政権の人事からも、キル・ユンヒョンの指摘の妥当性を窺うことができます。バイデン大統領は新型コロナ・ウィルス対策重視の一環として、トランプ大統領と確執のあった国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長を新政権の首席医療顧問に任命しました。気候変動問題重視の表れは、ジョン・ケリー元国務長官を特使に起用したことに象徴されます。イラン問題についても、ブリンケンはもちろん、国家安全保障担当補佐官に任命されたサリバン、さらにイラン担当特別代表に任命されたロバート・マレーはすべて、イラン核合意(JCPOA)交渉に深く関わった人物です。例えばマレーは2月2日、イタリア日刊紙Corriere della Seraに対して、「ワシントンはイランに対するいわゆる「最大限の圧力」キャンペーンの撤廃を追求する」、「より広範囲の協定について協議することはJCPOA復帰後の課題だ」という注目される発言(浅井注:1月30日のコラムで紹介したブリンケン発言とは大きく異なる)をしています(2月3日付けイラン放送WS)。
 朝鮮半島を担当する人物に関しては、1月14日に「インド太平洋調整官」職にカート・キャンベル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が内定し、1月20日にソン・キム(注インドネシア大使)が東アジア問題全般を担当する東アジア太平洋担当次官補代行に任命されたことが確認されました。キャンベルについては、2009年から2013年まで国務次官補として朝鮮半島核問題を担当しました。ソン・キムは、オバマ政権からトランプ政権まで続いて朝鮮半島核問題を担当しています。ソン・キムについては、ハンギョレが次のような解説を行っています。
 「国務長官に指名されたアントニー・ブリンケン氏は19日の上院承認公聴会で「韓国や日本などの同盟国とすべての案を検討するだろう」と明らかにし、ホワイトハウスのジェン・サキ報道官も22日の会見で「私たちは、米国人と私たちの同盟を安全に守るために新たな戦略を取り入れる。そのアプローチは、韓国や日本と相談し、徹底的な政策の見直しを行うことから始まるだろう」と述べた。問題は見直しの"速度"と"方向"だ。
 そのような意味でソン・キム大使の抜擢は、バイデン政権の北朝鮮に対する動きに関連し、相当な含みを持つものだとみられる。ソン・キム大使は、オバマ政権時代には北朝鮮核問題担当特使と6カ国協議首席代表を歴任した北朝鮮核問題の専門家であるうえ、しばらく公職から外れていたブリンケン国務長官指名者やウェンディ・シャーマン副長官指名者、カート・キャンベル国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官らと異なり、トランプ政権時代も北朝鮮核問題の交渉の真っただ中にいた。特に、2018年6月12日にシンガポールで開かれた第1回朝米首脳会談の議題を論議するための5月末の板門店実務者協議で、"鉄壁"のチェ・ソンヒ北朝鮮外務省副局長を相手にし、"歴史的"なシンガポール会談の際も現場を見守った。
 以後、キム大使はマイク・ポンペオ前国務長官の7月6~7日の第3回訪朝時も平壌に同行し、キム・ヨンチョル労働党副委員長兼統一戦線部長(当時)と朝米高官級協議に臨んだ。…キム大使は8月にスティーブン・ビーガン氏が対北朝鮮政策特別代表に任命された後、北朝鮮との実務交渉から外されるが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が朝米対話の出発点にすれば良いと明らかにした「シンガポール共同宣言」については交渉実務者だっただけに、ソ・フン大統領府国家安保室長やチョン・ウィヨン外交部長官候補者などの韓国の主要関係者らと同じぐらい、その意味と限界を深く理解しているものだとみられる。…特に、米国の外交官としてシンガポール会談の直後に平壌で「朝鮮半島非核化」に対する北朝鮮の独特なアプローチを直接確認したキム大使の考えは、韓国側の関係者と異ならざるをえない。場合によっては、最高の世話役になってくれることを期待した人物が、最悪の障害物になることもありうる。」(1月25日付けハンギョレ日本語WS)。
 キル・ユンヒョンが第2の「教訓」として指摘したのは対朝鮮政策に関するバイデン政権の文在寅政権との意思疎通の可能性です。私自身、キャンベルにしてもソン・キムにしても、文在寅政権の南北関係に対する認識・アプローチを正確に理解・認識していることを窺わせる発言に接していません(寡聞ゆえであるならば幸いですが)。この点に関して、キル・ユンヒョンは次のように述べました。
 「2つ目、ブリンケン氏は、北朝鮮の核に対する政策を樹立する過程で韓国と協議することを明らかにしています。もう1つの肯定的な言及は、北朝鮮が対話に応じるように「圧力を強化」する強硬策だけでなく、別の外交的選択肢があるのかも検討すると述べていることです。これに関して文在寅大統領は18日の年頭記者会見において、トランプ政権が残した2018年6月12日の「シンガポール合意」を朝米対話の出発点としてほしいとの意見を明らかにしています。バイデン政権がこれをそのまま受け入れる可能性は高くなさそうですが、韓国と協議すると言ったからには、韓国政府の主張を真剣に傾聴するでしょう。今後、次期外交部長官に指名されたチョン・ウィヨン氏、ソ・フン大統領府国家安保室長らが、対話相手のブリンケン氏やジェイク・サリバン国家安保担当大統領補佐官と、どれほど生産的な意思疎通をしていくのか、注目しなければなりません。」
 私が特に懸念を感じるのは、バイデン政権が朝鮮半島政策に関しては、韓国以上に日本の立場・認識・政策を重視する姿勢を繰り返し明らかにしていることです。1月24日のハンギョレ日本語WSは、ホワイトハウスのサキ報道官が1月22日、「バイデン大統領の観点は、北朝鮮の核弾頭ミサイルや(核)拡散関連活動が世界の平和と安全に深刻な脅威になるというもの」であり、「米国民と同盟を安全に守るための新しい戦略を採択する」とし、「韓国と日本、そして他の同盟と緊密な協議の中で北朝鮮の現在の状況に対する徹底した政策検討から始めるだろう」と明らかにしたと紹介しました。
また1月24日には日米防衛相電話会談が行われましたが、防衛省は「両長官が「北朝鮮の核・ミサイル問題について、すべての大量破壊兵器およびあらゆる射程の弾道ミサイル計画の完全、検証可能、かつ不可逆的な廃棄(CVID)に向けて連携していくことなどで一致した」と発表しました(1月25日付けハンギョレ日本語WS。ただしこの記事は、「米国防総省も同日、米日防衛相会談に関する報道資料を発表したが、CVIDを直接取り上げなかった。米国防総省は「オースティン長官が岸防衛相に対し、北朝鮮関連の国連決議案の実行について、日本の持続的な指導力に感謝を表した」と言及しただけだ。2017年の国連安全保障理事会決議にはCVIDが盛り込まれている。」とつけ加えています)。
 ちなみに、同じ日に韓米防衛相電話会談も行われましたが、双方が発表した会談内容においては、「オースティン長官は、韓米同盟を北東アジアの平和と安定の核心軸であり、最も模範的な同盟と評価すると共に、今後の同盟関係をさらに堅固に発展させるために緊密に協力すると強調した」(韓国側発表)、「オースティン長官が韓米連合防衛態勢と米国の拡大抑止力による韓国防衛の約束を強調した」(米側発表)とあって、朝鮮半島核問題への言及はありません。
 1月27日(日本時間では28日午前0時45分から30分間)には日米首脳電話会談が行われました。ホワイトハウスの発表によれば、「バイデン大統領と菅首相が米日同盟について議論し、自由で開かれたインド太平洋地域における平和と繁栄の礎石として同盟が持つ重要性を確認し」、さらに、中国と北朝鮮を含む地域の安保問題に関連して「朝鮮半島の完全な非核化と拉致問題の早期解決の必要性」についても意見を共にしたそうです(1月28日付けハンギョレ日本語WS)。同記事はさらに、次のようにつけ加えました。
 菅首相が会談後に記者団に応じて明らかにした内容は、ホワイトハウスの報道資料と大枠では同じだが、細部の事項では微妙に違った。菅首相は、ホワイトハウスが明らかにした通り「自由で開かれたインド太平洋の実現へ向けて緊密に連携していくことで一致した」と言及した後、「日米豪印がもう一歩進んだ協力と北朝鮮の非核化に向けた連帯などでも確実に連帯して行くことで一致した」と強調した。米国が「朝鮮半島の非核化」に言及したのに対し、日本は「北朝鮮の非核化」を強調し、韓国を除く日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国(クアッド)の協力に新たに言及した点が目につく。
 以上を踏まえると、キル・ユンヒョンが指摘した以下の「教訓」は正鵠を射ていると言えるでしょう。
 「3つ目、ブリンケン氏は、対北朝鮮政策を確定するうえで、韓国だけでなく日本とも協議することを明らかにしています。2018年初めに始まった第1期「朝鮮半島平和プロセス」は、2019年2月28日の「ハノイ・ノーディール」により事実上止まってしまいました。この過程で「ジャパン・パッシング」を恐れた日本が非常に否定的な役割をしてきたことは、ジョン・ボルトン元国家安保担当大統領補佐官の『ジョン・ボルトン回顧録 トランプ大統領との453日』などを通じて、すでに詳細に公開されています。安倍晋三前首相は、一日中ゴルフを共にプレーするなど、随時トランプ大統領と意思疎通を図り、「北朝鮮に中途半端な譲歩をしてはならない」という意見を注入し続けました。日本がこうした姿勢を示したのは、北朝鮮に対する和解が困難な韓日の「戦略的な見解の違い」のためですが、この時期に両国関係が史上最悪のレベルにまで悪化し、両国にとって虚心坦懐な意思疎通の機会がなかったことも大きく作用しています。韓国が「朝鮮半島平和プロセス」を再稼動しようといくら熱心に米国を説得しても、日本が強く反対すれば、米国も簡単には決心しにくいのです。インド太平洋地域で米国の第一の同盟相手は誰が何と言おうと日本であり、韓国はそれに次ぐ第二の同盟相手です。南北関係を改善するとともに朝米対話を促進し、朝鮮半島に恒久的な平和を作りだすには、米国だけでなく日本を包摂せねばなりません。さらには中国とも緊密に協力しなければなりません。
 これらの点をよく見ると、バイデン政権の対北朝鮮アプローチはトランプ式の二国間対話を通じた「トップダウン」ではなく、韓中日などの関連国とも積極的に協力する「ボトムアップ」方式の多国間対話ではないかと予測できます。任期終了を1年4カ月後に控えた文在寅政権は、この難しい高次元方程式を解くことができるでしょうか。展望は明るいとは言えないでしょうが、可能なあらゆる手段を総動員して最善を尽くさねばなりません。」