1月19日、バイデン大統領に国務長官に指名されたアントニー・ブリンケンは米上院の公聴会においてイラン問題に関し、「我々はイラン核合意(JCPOA)を、より長期的で強力な協定を追求する同盟国及びパートナー国とのプラットフォームとして利用したい。同盟国及びパートナー国は再び我々の側につくだろう」と述べるとともに、イランはJCPOA遵守に戻るべきだ、「その場合は、アメリカもそうする」と示唆しました(1月20日付けイラン放送WS)。この短い発言はイランとアメリカの立場の隔たりを窺うのに十分すぎるものがあります。なぜならば、イランの対米要求は、①まずは対イラン制裁解除(そうすればイランもJCPOA 原状回復に応じる)、②アメリカの無条件JCPOA復帰(ミサイル問題、地域問題取り上げは論外)、③「イランのJCPOA回帰後にアメリカもJCPOAに復帰」(ブリンケン)はあり得ない話(JCPOAを一方的に脱退したアメリカには条件をつける資格はない)、だからです。
 ブリンケンの証言に前後して、イランからは極めて明確な対米発言が相次ぎました。私がイラン側報道から記録した主だったものだけでも以下のものがあります。
○1月8日:ハメネイ師テレビ演説
○1月12日:ヴェラヤティ(最高指導者ハメネイ師の外交アドバイザー)
○1月14日:サラミ革命防衛隊(IRGC)司令官
○1月20日:ロウハニ大統領
○1月21日:ジャリーリ(国家安全保障会議ハメネイ師代表)
○1月22日:ザリーフ外相
 1月8日のハメネイ師の発言は、「我々はアメリカのJCPOA復帰を急いでいるわけではないし、それを主張していることもない。アメリカがJCPOAに復帰するかしないかは我々の関心事ではない。我々が追求しているのは制裁撤廃だ。これは強奪されたイラン国民の権利だ。」(1月13日付けイラン放送WS)というものです。1月14日の「イランはもはやJCPOAを必要としない」とするサラミ司令官の発言(同日付イラン放送WS)は、ハメネイ師の発言内容と比べても突出していますので、いわゆる「強硬派」の態度を反映したものという位置づけで良いと思われます。
ハメネイ師の側近とも言えるヴェラヤティ及びジャリーリの発言はハメネイ師発言を敷衍するものです。時間的に見ると、ヴェラヤティ発言はブリンケン上院証言前であり、ジャリーリ発言はその後です。内容的にも、ジャリーリの方が詳しく、根拠はないのですが、ブリンケン発言を踏まえて、イランの原則的立場をさらに詳しく、アメリカが勝手に誤解する余地を与えないようにする形で明らかにした可能性があります。これに対してロウハニ及びザリーフの発言は、イラン政府の責任者として、JCPOA存続確保に軸足を置いて、バイデン政権に積極的な行動を促すものであると位置づけることができます。

<ヴェラヤティのインタビュー発言(最高指導者WS(KHAMENEI.IR))>
(問) 西側諸国がイランに対するすべての制裁を撤廃する義務があるというのはなぜか。制裁撤廃がアメリカのJCPOA復帰に優先するというのはなぜか。
(答) アメリカ側はかつて、イランが平和的な核活動を制限すれば制裁を撤廃すると提案した。イランは定められた期限内に、P5+1に約束したことを履行した。しかるにアメリカ側は、制裁の一部を暫定的にしか撤廃せず、しかも短い間隔で撤廃を延長するだけだった。つまり、彼らははじめから暫定的に撤廃することだけを考えていたのだ。トランプ政権になってからは、この義務をまったく守ろうとしなかった。アメリカの政府が約束したことは後継の政府にとっても義務である。我々は約束を満たしたが、彼らはそうしなかった。当然ながら、アメリカがJCPOAに復帰したいのであれば、約束どおり制裁を撤廃しなければならない。
 他の西側3カ国、仏独英もアメリカに従ってイランに多くの制裁を科した。間接制裁とも呼べる。しかし、P5+1の中のロシアと中国はできる限りイランを支援し、自分たちの約束を履行した。義務履行に関するアメリカの実績がかくも悪い以上、我々には彼らを信用しない権利がある。アメリカが以前の約束を満たさないままで復帰したいとか、交渉を再スタートしたいとかいっても、それはまったく受け入れられない。加えて、我々はすでに損失を被ったのだから、その損失について彼らは補償するべきである。
(問) アメリカのJCPOA復帰は役に立つか。
(答) 我々はアメリカの復帰を主張していないし、急いでもいない。しかし、彼らが戻りたいのであれば、前提条件がある。もっとも重要なことは、新政権がJCPOA下のアメリカの義務にコミットしていることについて我々が確信できるように、制裁を撤廃することだ。すなわち、アメリカ政府はこのコミットメントを公表するべきであり、米大統領もコミットするべきである。当時のオバマ大統領もコミットすることが想定されていた。ハメネイ師が設定した前提条件は米大統領が、後で否定できないように、書簡でコミットすることだった。アメリカ側は口頭でのコミットメントで十分だとしたが、最高指導者はこれに同意しなかった。不幸なことに、口頭のコミットメントが行われただけで、アメリカ側は後に満たさなかった。ハメネイ師はトリガー・メカニズム(浅井注:スナップバック条項のことか)をも受け入れなかったが、彼の意思に反して行われた。今後交渉が行われるのであるとしたら、極めて非論理的であるこのメカニズムは断固として取り除かなければならない。
(問) JCPOA下のイランの義務を段階的にキャンセルするという議会及び政府の決定がもたらす結果をどう評価するか。
(答) 議会の4/5以上の議員がこの法律を支持する投票を行った。完全に有効な法律であり、政府はこれを執行することが義務づけられている。もちろん、我が政府は議会の決定を執行すると表明した。政府及び議会が行ったことは完全に合法であり、それをこれ以上延期することは正しくない。
 この関連で指摘すべきは、イランが核医学(nuclear medicine)の開発を必要としており、そのためには20%濃縮ウランが必要だということだ。それは診断及び治療のために必要とされている。それは医学における診断及び治療で必要だ。イランは、平和的、医学的な核応用に関係する活動に従事しないという約束をしたことはない。
(問) 最高指導者の外交アドバイザーとして、JCPOAに関するイランの先行きをどう見ているか。
(答) NPT加盟国は核の平和利用の権利を有する。核産業は約500の工業及び科学分野と関連している。現代において、いかなる国も原子力の平和利用なしにはあり得ない。化石燃料はいずれ終わる。電力及びエネルギーを生産するため、また、工業及び科学の努力を進めるためには核科学が必要だ。イランがこの分野で独り立ちしないと、核エネルギーを保有している者の圧力にさらされることになる。それはイランの独立と抵触するから受け入れることはできない。
 JCPOAで行ったコミットメントにより、イランの活動は一定期間制限されている。しかし、2025年以後はこれらの制限は撤廃される。最高指導者が指摘したとおり、宗教上及び国際的に行ったコミットメントにより、核兵器の使用は禁止される。この例外を除けば、核兵器以外のいかなる応用も可能かつ必要であり、神の加護によって行う。イランは核産業を切り離したことはなく、その権利を放棄することはあり得ない。
(問) ほかにつけ加えることがあればどうぞ。
(答) 1万年の文化的背景及び2500年の政治的背景を有し、イスラム文明を創造した偉大な科学的背景を有するイランは、自らの必要を満たし、完全な自治を行う権利を有する。イランの未来に関しては、国家にとって望ましいように、また、必要に応じて所要の措置を講じる。この措置は国際法及び国家的必要という枠組みの中で行われる。アメリカその他からの押しつけは受け入れない。イラン革命のもっとも重要な成果は対外依存からの救済だった。他者が我々の利益が何であるかを決定することを受け入れることは、我が人民が数十年にわたって獲得のために努力してきた独立を失うことを意味する。
<ロウハニ大統領の閣議における発言(同日付大統領府WS)>
 「次期政権が前政権から教訓を学んだのであれば、誤りについて償うだろう。前大統領は土建屋(a tower builder)で政治を知らなかったが、新政権は政治を理解しており、政治的経験を有している。」「彼らが安保理決議2231に署名(sign)すれば、見返りにイランもそうするだけのことであり、彼らが行動を取れば、我々もそうすることが分かるだろう。」「現在、ボールはアメリカのコートにある。彼らがコミットメントを満たせば、我々も同じことをする。トランプは死んだが、JCPOAは生き残っている。」「イラン政府を信じないメディア、友人等には事実を見てほしい。この3年間に我々に起こったことはトランプの陰謀によるものだった。」「今、我々には用意がある。相手側が誠意を持って行動し、法律及び義務に戻るならば、諸問題は速やかに解決され、複雑な法的問題はなくなるだろう。」
<ジャリーリのインタビュー発言(最高指導者WS(KHAMENEI.IR))>
 1月21日のイラン放送WSは、「制裁及び核取引に対するイランの立場を明確にするために」最高指導者WSががジャリーリに対してインタビューを行ったことを伝えるとともに、インタビューの内容を次のように紹介しました。
(問) ハメネイ師の制裁撤廃に関する1月8日の声明はいかなる理由に基づいてなされたと考えるか。
(答) ハメネイ師はなんと言ったか。彼はアメリカがJCPOAに復帰することを急がない、イランにとって重要なことはJCPOAそのものではなく、制裁を撤廃することである、と述べた。核取引は制裁撤廃のための手段であるに過ぎないからだ。核取引の目的は制裁撤廃だった。ハメネイ師は制裁が撤廃されるべきだとハッキリ述べた。制裁撤廃とは制裁停止・中止とは違う。最初の時点から、ハメネイ師はJCPOAについて同じ要求だった。我々が核取引を受け入れるとしたら、その目標は制裁撤廃だった。なぜ核取引を受け入れたか。制裁が完全に撤廃されるようにするためだった。
 ハメネイ師がイランは急いでいないと言ったのは、彼が先行きを見通している(he sees the horizon)からだ。もし制裁がそのまま残り、アメリカがスナップバック・オプションを握ったままでJCPOAに復帰するとしたら、利益よりも害悪の方が大きくなる。イランが制裁撤廃を強調するゆえんだ。
(問) あり得べきもう一つの危険はアメリカが制裁撤廃について小細工を弄することだ。例えば、制裁リストから一定の個人を除くとか。制裁撤廃についてアメリカが取るべきことは何か。
(答) すべての制裁が撤廃されるべきだ。より具体的に言えば、今日ある二つの重要な制裁は銀行システムと石油に関するものだ。
(問) JCPOA上のコミットメントを減らすことを目的とする最近の議会の動き及びその結果についての分析如何。
(答) 完璧に合理的で論理的な決定だ。すべての合意において、他方がそのコミットメントを部分的に満たさない場合、相手側も自らのコミットメントを部分的に満たすべきではないというのは当然のことだ。ましてや相手側が合意から完全に脱退した場合にはなおさらそうだ。JCPOA第26条及び第36条は、相手側がコミットメントを守らない場合には、イランはそのコミットメントを完全にまたは部分的にストップする権利があるとしている。イランがしたのは部分的にコミットメントを満たすことを停止することだけだった。議会が最近批准した法律では、イランが部分的にコミットメントを引き上げることだけを定めている。しかし、相手側が自らの約束を遵守するために何もしていない以上、仮にイランが完全にコミットメントを停止したとしても理にかなっている。
(問) ハメネイ師が暫定的にJCPOAを承認した時に書いた文書では、イランのコミットメントを満たす上での一定の条件をつけていた。しかし、条件のいくつかは実行されなかった。そして、問題はこの分野で起こっている。こうしたJCPOA上の経験から裨益する行動を取ろうとする場合、ロードマップはどのようなものになるだろうか。例えば、「コミットメントに対する見返りとしてのコミットメント」を如何に実行するのか。
(答) 重要なことは同じ過ちを繰り返さないことだ。JCPOAから我々が得たことは、アメリカ及び欧州諸国を信用することはできないということだ。これまでに苦い経験を味わったとすれば、これが二度と起こることを許してはならない。イランが取るべき行動としては、制裁撤廃がイランの目標、要求の一つであり、そのことを声明し、追求しなければならない。しかし、制裁撤廃以上のことがある。それは、制裁の効果をゼロにし、敵が制裁というテコを二度と使うことを許さないことだ。
(問) 世界との外交、交渉及び交流に対するハメネイ師のアプローチをどう受け止めているか。
(答) ハメネイ師は度々、建設的でスケールの大きい交流は重要な原則であると述べている。そういう建設的でスケールの大きい交流を世界との間で行うことができるならば、それは制裁の効果を帳消しにする一つの方法となるだろう。もう一つは今日の中国は世界の大国であるということだ。習近平主席はイランに来て、イランとの間で戦略的関係を持つ用意があると述べ、様々な経済分野の提案を行った。これはチャンスである。ロシア及び近隣諸国もいる。イランがこの選択肢を使えば、相手側は自分たちの計算について再考するかもしれない。
<ザリーフ外相署名文章(1月22日付け『フォリン・アフェアズ』WS掲載)>-要旨-
 米新政権には基本的な選択がある。バイデン大統領は「最大限の圧力」というトランプの失敗した政策をやめて、前任者が捨てた取引に戻るというより良い道を選ぶことができる。彼がそうするのであれば、イランも同じく核取引下のコミットメントの完全な実行に戻るだろう。しかし、ワシントンが譲歩を引き出すことに固執するならば、この機会は失われるだろう。
 西側は相変わらずイランを「封じ込める」と言い続けている。しかし、地域の強力なプレーヤーであるイランは、他のいかなる国もそうであるように、正統な安全保障上の関心、権利そして利害を有していることを想起し、承認するべきである。次期バイデン政権はまだ核合意を救うことができる。政権は、トランプが就任してから課したすべての制裁を無条件かつ完全に撤廃することから始めるべきである。その後にイランは、トランプが核取引から脱退したことの関連で取ったすべての救済措置を元に戻すだろう。その後、取引に残っている署名国は、アメリカが核取引上の席を回復することを許可するべきかどうかを決定することになるだろう。国際協定は回転ドアではなく、自分が勝手に去ってしまった協定に戻り、特権を享受する自動的な権利はない。
 アメリカまたは欧州諸国が取引に新しい条件を要求するならば、アメリカが核合意に戻ることは危うくなるだろう。なぜならば、JCPOAは長年にわたる交渉を経て慎重に作り上げられたものだからだ。以下のことをハッキリさせておく。すなわち、
○アメリカを含むすべての当事国は極めて現実的な理由に基づいて取引の範囲を核問題に限ることに合意したこと
○取引が課す制限についての予定表を慎重に交渉し、その予定表の存在故にイランは多くの経済的利益を控えることに同意したこと
○イランの防衛政策及び地域政策は交渉の対象ではないこと(長年にわたって地域の混乱の原因であった西側の干渉を西側諸国が放棄する用意がなく、米仏英は武器輸出の制限に応じる用意もなかったがためである)
○核交渉の一環として、防衛調達については5年、そしてミサイル調達については8年の制限を受け入れたこと。 イランが核取引を確かなものにするために行った妥協、というよりも犠牲は今もそして永遠に元に戻すことはできない。再交渉はあり得ない。アメリカは「自分のものは自分のもの、あなたのものは交渉可能」と主張することはできず、イランに対して自分の思いどおりにすることを期待することもできない。
 西側、特にアメリカは、過去において慢性的に犯してきた間違いを避けようとするならば、イラン及び地域に関する自分たちの認識を改める必要がある。彼らは、この地域の人々の感情、特に民族的な尊厳、独立そして成果に関する感情を理解し、尊重しなければならない。過去4年間、我々はなんども大惨事に見舞われそうになった。その間、イランは戦略的自制を発揮してきた。しかし、イラン人は忍耐の限界に近づいている。そのことは昨年12月に議会が通した法律に示されている。法律は、2月までに制裁が撤廃されない場合には、ウラン濃縮を拡大し、国連査察を制限することを要求している。
米新政権にとっての機会の窓口は永遠に開かれているわけではない。イニシアティヴを取るかどうかはワシントン次第だ。バイデン政権が最初にとるべきステップは、トランプの失敗の遺産を利用することではなく、その失敗の遺産を正すことである。バイデン政権ができることは、トランプ就任以来取った制裁すべてを撤廃することから着手し、忍耐強い交渉の上での達成物を変更させないで2015年核取引に再加入し、これを遵守することである。そうすることにより、この地域の平和と安定のための新しい可能性が生まれるだろう。