1月16日付けの朝日新聞は、「広島市最大80万人、無料PCR検査へ 希望する住民や就業者」と題する記事を掲げ、「(広島県は)広島市の住民ら希望者に無料のPCR検査をすることを決めた。対象者は最大80万人に上り、2月中には態勢を整える方針。無症状の感染者を早期に見つけ、感染を封じ込めたい考えだ」、「湯崎英彦知事は14日の記者会見で「感染の急拡大に歯止めはかかったが、広島市では感染者数の高止まりが続いている。(検査は)強制ではなくあくまで任意だが、積極的に受けていただきたい」と述べた」と報道しました。15日付けの中国の中国新聞網も、共同通信の報道を紹介する形で同様の報道を行うとともに、ネットで検索した共同通信の記事にはありませんが、「広島県は「同時に複数の検体を検査する「混合検査」方式も検討するとしている」、「広島県は予算を確保するために中央政府に支援を要請する考えである」とも伝えています。
 広島県(湯崎知事)の以上の動きは極めて注目されます。なぜならば、厚労省・菅政権が財政支援要請を受け入れるとすれば、これまでPCR検査の飛躍的拡充に一貫して消極的だった医系技官主導の政府の政策の転換に繋がる可能性が出てくるからです。PCR検査の緊急不可欠性を力説してきた私としては、広島県の行動が突破口になって、菅政権の政策が抜本的に転換されることを心から期待しています。
しかし、医系技官主導の厚労省及び安倍・菅政権のこれまでのかたくななPCR検査に対する消極姿勢を考えると、果たして広島県の要請に応じるかどうかは大きな疑問です。ということは、広島県の要請に対する菅政権の対応如何は日本の今後の新型コロナ・ウィルス対策を占う上で極めて重要な判断材料ともなり得ます。皆さんにも是非このケースをフォローしていただきたいと思います。
 この問題(特にPCR検査に対する菅政権の消極姿勢)を考える上で、医療ガバナンス研究所の上昌広氏が東洋経済オンラインで発表(1月13日)した文章「厚労省「PCR拡充にいまだ消極姿勢」にモノ申す あの中国が国内感染を抑え込んだ本質は何か」は極めて有益だと思います。広島県の動きに関する朝日新聞と共同通信の記事と併せ紹介します。

広島市最大80万人、無料PCR検査へ 希望する住民や就業者
2021年1月16日 5時00分 朝日新聞
 広島県は新型コロナウイルスへの集中対策の一環で、広島市の住民ら希望者に無料のPCR検査をすることを決めた。対象者は最大80万人に上り、2月中には態勢を整える方針。無症状の感染者を早期に見つけ、感染を封じ込めたい考えだ。
 感染者の多い中区、東区、南区、西区の4区に住む住民約60万人と就業者約20万人が対象。県内では現在、広島市内の2カ所を含む計5カ所にPCRセンターを設置しているが、対象は飲食店の利用者らに限定してきた。
 広島市では12月に入って感染が急拡大。朝日新聞のまとめでは、県全体の直近1週間の人口10万人あたりの新規感染者数が24・88人(17日時点)となり、全国で3番目に多くなった。その後、県は市内の飲食店に営業時間の短縮を要請するなど集中的に対策。1月14日時点で10万人あたり15・51人に減少した。ただ県によると、広島市では同25・7人(13日時点)で、ステージ4(爆発的感染拡大)の基準を超えている。
 湯崎英彦知事は14日の記者会見で「感染の急拡大に歯止めはかかったが、広島市では感染者数の高止まりが続いている。(検査は)強制ではなくあくまで任意だが、積極的に受けていただきたい」と述べた。(東谷晃平)
広島、80万人の無料検査検討 市中心4区の全住民ら、任意で
2021/1/15 12:13 共同通信
 広島県は15日、新型コロナウイルスの感染が拡大している広島市の中心部4区の全住民と就業者を対象に、無料のPCR検査実施を検討していると明らかにした。対象者は最大80万人となり、全国的にも珍しい大規模検査となる。
 県によると、対象は中、東、南、西の4区。住民は約60万人、就業者は10万~20万人いると見込む。任意検査で、希望者は自己負担なく受けられる。実施方法と時期の調整を急いでいる。
 現在市内2カ所に設置しているPCR検査センターの拡充や、郵送での検査も検討する。検査拡充による陽性者の増加に備え、宿泊療養施設となるホテルの確保も調整中という。
厚労省「PCR拡充にいまだ消極姿勢」にモノ申す
あの中国が国内感染を抑え込んだ本質は何か
上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長
東洋経済ONLINE 1月13日
1月7日、菅義偉首相は1都3県に2回目となる緊急事態宣言を発令した。飲食店を中心とした営業規制に批判が集中している。一連の議論で抜け落ちていることがある。それはPCR検査体制の強化だ。 日本では、PCR論争が続いている。日本が世界で例を見ないレベルでPCR検査を抑制してきたことは広く知られている。

PCR検査の議論は聞き飽きたと言われる方もおられることだろう。一体、どういうことだろうか。実は、第3波以降、世界ではPCR検査の見直しが進んでいる。本稿でご紹介したい。
なぜ日本でPCR検査が増えないのか
まずは日本の状況だ。なぜ、日本でPCR検査が増えないかといえば、厚生労働省で医療政策を担う医系技官と周囲の専門家たちがPCR検査を増やす必要がないと考えているからだ。この姿勢は流行当初から一貫している。
例えば、政府の新型コロナウイルス(以下、コロナ)感染症対策分科会のメンバーである押谷仁・東北大学大学院教授は、2020年3月22日に放映されたNHKスペシャル『"パンデミック"との闘い~感染拡大は封じ込められるか~』に出演し、「すべての感染者を見つけなければいけないというウイルスではないんですね。クラスターさえ見つけていれば、ある程度の制御ができる」、「PCRの検査を抑えているということが、日本がこういう状態で踏みとどまっている」と述べている。
今となっては、間違っていたことは明白なのだが、この姿勢は現在も変わらない。11月25日の衆議院予算委員会で枝野幸男・立憲民主党代表から、PCR検査が増えない理由を質問された田村憲久厚生労働大臣は、「『ランセット』に掲載されている論文だが、(感染の)蓋然性が高いところで定期的に検査をやると、当該集団から感染を29~33%減らすことができるが、一般の集団に広く検査をした場合には、接触者調査とこれに基づく隔離以上に感染を減らす可能性は低い」と答弁している。
さらに、そのことを支持する事実として、「アメリカは1億800万回検査しているが、毎日十数万人が感染拡大している」ことを挙げている。
この説明は適切でない。田村大臣が紹介したのは、6月16日に『ランセット感染症版』が掲載した「CMMID COVID-19ワーキンググループ」のモデル研究だ(「Early dynamics of transmission and control of COVID-19: a mathematical modelling study」2020年5月1日)。確かに、この中で、彼らは、一般集団を広く検査しても感染は5%しか減らせないが、発症者を見つけ、家族とともに隔離し、さらに接触者をトレースすれば、感染を64%も減らすことができると推定している。
ただ、その後の研究で、多くの無症状感染者がいることが判明し、彼らは態度を変えた。「CMMID COVID-19ワーキンググループ」は、11月10日に「コロナ感染を検出するためのさまざまな頻度での無症状感染者へのPCR検査の有効性の推定」という論文を発表し、無症状の人へのPCR検査が有効で、積極的に検査を活用すべきと結論している。この論文はイギリスでは大いに話題になったようだが、田村厚労大臣は触れなかった。
実は欧米は検査数が足りていない
では、PCR検査を「闇雲」にやっても流行が抑制できない欧米の現状はどう考えればいいのだろう。実は、欧米は検査数が足りていないのだ。表をご覧いただきたい。主要先進国と東アジアにおけるPCR検査と感染状況を示している。

注目すべきはPCR検査数を感染者で除した数字だ。1人の感染者を見つけるために、どの程度のPCR検査を実施したかを示している。中国が1808.7回と突出し、韓国66.6回、カナダ24.3回、イギリス22.2回、ドイツ21.0回、日本19.5回と続く。最下位はアメリカの12.7回だ。中国の142分の1である。
実は、コロナ対策を考えるうえで、中国のように「闇雲」にPCR検査をやることは合理的だった。コロナの特徴は感染しても無症状の人が多いことだ。無症状の人が巷にあふれれば、偶然、症状が出た発症者と濃厚接触者をしらみつぶしに探すだけでは、大部分の無症状感染者を見過ごすことになる。
無症状感染者は、どこにいるかわからないから、彼らを「隔離」(自宅を含む)しようとすれば、網羅的に検査するしかない。仮に住民の0.1%が無症状感染だとすると、1人の感染者を見つけるためには、1000人の検査が必要になる。まさに、中国が採った戦略だ。
1月5日、北京近郊の石家荘で54人の感染者が確認されると、1100万人の検査を実施することを決めたのも、このような戦略に従っただけだ。
コロナ対策が成功した国として、中国以外にはニュージーランド、台湾、ベトナムなどが存在する。このような国と中国は違う。それは、このような国は水際作戦が成功し、国内へのコロナの侵入を食い止めているのに対し、中国はいったん国内で感染が蔓延したのを抑制し、現在にいたるまで、その状態を保っているからだ。
日本では武漢に対して、中国政府が命じた厳しい都市封鎖にばかり関心が集まっているが、注目すべきは再燃を許さなかったことだ。PCR検査を徹底して、感染が小規模なうちに封じ込んだのである。これぞ、合理的なコロナ対策といっていい。世界は、PCR検査数を増やすのに懸命だ。
前述したように、欧米先進国は感染者数に比して、検査数が足りない。多くの無症状感染者を見落とし、彼らが市中で感染を拡大している。中国とは政治体制が異なる欧米先進国は、中国とは異なる方法で検査数を増やそうとしている。注目すべきはアメリカだ。産官学が協同で検査体制を急ピッチで整備している。
アメリカでは自宅でできる検査キットが広がる
例えば、カリフォルニア大学サンディエゴ校は1月に入り、11台のPCR検査自動販売機をセットした。今後、1~2週間でさらに9台を追加する。同大学の学生はIDカードをスワイプするだけで、無料で検査できる。これまでの2週間に1回から、毎週1回検査を受けるように推奨されるという。
アメリカでは各地で無料あるいは定額で検査が受けられるが、多忙な現役世代はわざわざ検査を受けに行けない。このような人たちへの商品開発も進んでいる。
11月17日に、自宅で利用できる検査キット(Lucira COVID-19 All-In-One Test Kit)に緊急使用許可が与えられた。30分程度で結果が出る。ただ、このキットを入手するには医師の処方箋が必要だ。12月15日には処方箋不要の抗原検査(Ellume COVID-19 Home Test)に対して緊急使用許可が与えられた。そして、1月6日には、アマゾンがデクステリティ社の検査キットのオンライン販売を開始した。1パック約1万1300円だ。
企業も検査体制強化に協力している。ネットフリックスやゴールドマンサックスなどの一部の企業は、無症状の感染者を判別するために、企業が費用を負担し、検査を提供しはじめている。グーグルは9万人の社員に対して、毎週検査を実施する。
アメリカが本気になると、体制整備は一気に進む。このことを象徴するのが複数の検査をまとめられる「プール検査」の確立だ。昨年11月、デューク大学の医師たちが、プール検査の研究成果を発表した。この研究では、5つのサンプルをまとめて検査し、もし、陽性が出た場合に、個別に検査するという方法を用いても、感度は損なわれず、80%試薬を節約でき、さらに再検査の場合でも18~30時間程度の遅れで済んだ。
この研究成果は、アメリカの疾病対策センター(CDC)が発行する週報「MMWR」が掲載し、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』を発行するマサチューセッツ医師会も、この論文を『ジャーナル・ウォッチ』というニュース・レターの中で紹介した。そして、「プール検査の有効性は明白」と評している。一気にコンセンサスを確立したことになる。
プール検査の有効性については、昨年10月にルワンダの研究者が『ネイチャー』に報告しており、遅きに失した感があるが、アメリカが巻き返しに必死なのがわかる。
日本は本気でPCR検査を増やすつもりがない?
日本は対照的だ。11月20日の衆議院経済産業委員会で、佐原康之・厚労省危機管理医療技術総括審議官は「現在、国立感染症研究所において、その検査性能および再検査を含む総コスト、時間等について研究を実施している」「非常に手間がかかるなど、実用化に向けても課題がある」と答弁し、いまだに臨床応用されていない。本気でPCR検査を増やすつもりがないことがわかる。
厚労省は流行当初から、PCR検査を懸命に抑制してきた。シンクタンク「アジア・パシフィック・イニシアティブ」(船橋洋一理事長)の調査により、政府中枢に対して「PCR検査は誤判定がある。検査しすぎると陰性なのに入院する人が増え、医療が崩壊する」と説明に回っていたことがわかっているし、7月16日には、コロナ感染症対策分科会は「無症状の人を公費で検査しない」と取りまとめている。
これは翌日に、塩崎恭久・元厚労大臣などが主導して、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」を閣議決定することへの対応だ。この中にPCRの拡大、感染症法の改正などが入っていた。
結局、日本におけるPCR検査の増加は、民間の動きを待つしかなかった。その嚆矢は12月4日に新橋駅前で操業を開始した「新型コロナPCR検査センター」だ。ウェブで予約すれば、検査センターを訪問して唾液を採取するだけで、翌日にはメールで結果が届く。1回の費用は3190円だ。同様の検査センターは続々と立ち上がっている。どこも希望者が殺到している。
ところが、このような動きを厚労省は快く思っていない。12月16日、朝日新聞は『民間PCR施設、都心に続々 ばらつく精度、陽性なのに「陰性」も 厚労省が注意喚起』という見出しの記事を掲載している。 私は、この記事を読んで、どのような根拠に基づき精度に問題があると主張しているのかわからなかった。根拠を示さなければ、単なる営業妨害だ。厚労省も、その意向をそのまま報じるメディアもいただけない。国家をあげて検査体制を強化しようとする世界とは対照的だ。
厚労省が方針転換しなければ迷走は続く
最近、政府は不特定多数の無症状者を対象とした無料のPCR検査を、都市部の繁華街や空港など多くの人が集まるところではじめる方針を打ち出した。
ただ、これは期待できないだろう。私はアリバイ作りと考えている。なぜなら、このような検査施設を立ち上げるのは3月とされているからだ。政府が本気でPCR検査を増やしたければ、民間検査センターを支援すればいい。検査サービスは多様化し、アメリカのように大学などさまざまな場所で検査を提供するようになるだろう。薬局で検査キットを販売し、通信販売を認めれば、さらに検査数が増える。
このような体制をとることは、厚労省が自らの過ちを認めることになる。これまでの彼らのやり方をみていると、そんなことは期待できない。現在、日本が適切な対応をとれない最大の障壁は厚労省医系技官と周辺の専門家の存在にあると私は思っている。彼らが責任を認め、人事を一新しなければ、このまま迷走が続くのは避けられない。菅首相のリーダーシップが問われている。