私は毎朝、中国(中国新聞網が取り上げる中国内外事情)、韓国(ハンギョレ、中央日報、朝鮮日報)、ロシア(タス通信)及びイラン(2通信社)を通じて新型コロナ・ウィルス関連の報道をチェックする中で、諸外国と比較した場合の日本の取り組みに3つの疑問が膨らんでいます。すなわち、①日本はなぜ、感染拡大を引き起こしている無症状感染者を把握するためのPCR検査を積極的に行おうとしないのか、②日本はなぜ、感染者の追跡・隔離・治療という世界スタンダードに従わず、医療体制崩壊阻止を前面に押し出すのか、③日本はなぜ、一刻を争うはずの感染者特定プロセスにおいて、保健所介在という「敷居を高くする」手続きにこだわるのか、という疑問です。日本の対策が後手後手、というより無為無策で、いまや収拾がつかない事態に陥りつつあるのには、この3つの問題が深く関わっているのではないかと思います。
 例えば、12月19日付けの新華網は、感染者数が1000万人を超えたインドの厳しい状況を伝える記事で、次のようにPCR検査を強化したことが感染の蔓延速度を緩めるようになっていることを紹介しています。

インド衛生部が19日に発表した統計によれば、当日午前に全国累計感染者数が1000万人を突破し、アメリカに次いで2番目の1000万人突破国となった。…インドにおける感染のピークは9月16日の97860人で、当日感染者数は500万人を突破した。その後、感染者数が新たに100万人増えるまでにかかる時間は次第に長くなり、500万人から600万人へは12日間だったが、900万人から1000万人までは29日間であり、明らかに蔓延スピードは緩やかになっている。過去一週間では、一日当たりの感染者数は2万ないし3万人で安定しており、ピーク時から大幅に下がっている。
 インド科学技術部傘下の疫情研究委員会は先頃、同委員会の開発したモデルに基づく推計によれば、インドが再び流行のピークを迎えることはないという見通しを明らかにした。毎日の治癒患者数が新規感染者数を上回るようになっており、インドの感染者数は安定的に減少して低い水準に落ち着くだろう、ということだ。…流行を効果的に抑制するため、インドは7月末からPCR検査能力を大幅に拡大した。インド医学研究理事会の最新のデータによれば、18日までのインドの検査数は1.6億超となり、一日当たりの検査能力は100万前後となっている。(強調は浅井)
 また、同じく12月19日付けの韓国・ハンギョレ日本語WSが掲載した社説「病床待機中の死亡が続出、韓国政府の対応は安易ではないか」は、韓国政府の対策を批判することが基調ですが、「14日から臨時選別検査所を通じて検査量を大幅に増やし、過去3日間の感染率は先週より40%ほど減った」ことを紹介し、無症状感染者を積極的に見つけ出すためのPCR検査を行うことの有効性を確認しています。
政府は今なお、社会的距離措置(ソーシャル・ディスタンシング)のレベル3への引き上げに踏みきれずにいる。過去1週間に韓国国内で発生した1日平均の感染者は934人で、レベル3への引き上げ基準である「全国800~1000人以上」を超えた。中央事故収拾本部のソン・ヨンネ戦略企画班長は会見で、「レベル3への引き上げの場合は、経済的な被害が相当なものになる」とし、「引き上げのない流行抑制が目標」だと明らかにした。政府は、感染率と移動量などいくつかの指標の流れを肯定的に評価する。実際、14日から臨時選別検査所を通じて検査量を大幅に増やし、過去3日間の感染率は先週より40%ほど減った。12~13日の移動量も、先月19日のソーシャル・ディスタンシングのレベル引き上げ前の週末に比べ、30%ほど減少した。しかし、感染者の増加傾向が弱まらないばかりか、死亡者と重篤・重症患者が急増しているという点で、政府の状況判断が極めて楽観的ではないのか心配になる。政府の予想どおり早期に感染拡大傾向が落ちつけばよいが、今は最悪の状況を前提に対処しなければならない時だ。
 実は、 5月15日のコラムで紹介した上昌広氏の文章はつとに、私の以上の3つの疑問点が日本の新型コロナ・ウィルス対策上の問題であることを指摘しています。関係部分を改めて紹介します。
厚労省は1月28日に新型コロナ・ウィルスを感染症法の「2類感染症並み」に指定した。感染症は、感染力と罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点から見た危険性によって、「1類感染症」から「5類感染症」までの5段階に分類される(浅井注:この分類は「感染症法」に基づくものです。私は感染症法を読んでみようと思いましたが、素人には到底理解できない代物でした。厚生省医療技官は私たち一般国民が理解できないような法律を作っているとしか思えません)。「1類感染症」と「2類感染症」は入院(都道府県知事等が必要と認めるとき)しなければならない。「3類感染症」以下は就業制限等の措置が取られる。…
この結果、感染者は、たとえ無症状であっても、つまり医学的には入院の必要性がなくても、感染症法に基づいて強制入院させられることになった。
 さらに、このような措置がPCR検査の拡大を難しくした。「日本のサンクチュアリ 厚労省・結核感染症課」という記事には、以下のように書かれている。少し長くなるが引用しよう。
 "このような対応は濃厚接触者を徹底的に検査する一方で、一般の発熱患者に対してPCR検査を厳しく抑制することに繋がった。感染症法では想定していなかったPCR検査の対象の拡大や、無症状や軽症患者の自宅やホテルなどでの隔離には躊躇し、放置した。このことは単なる過失では済まされない。1月17日に始まっていた積極的疫学調査の方向転換の機会を逸し、PCR検査の拡大や軽症者の病院以外での隔離の道を閉ざすダメ押しとなったからだ。"…
 新型コロナ対策を迷走させたのは‥いびつなムラ意識だ。
 たとえば、PCR検査数の抑制だ。4月10日、西田道弘さいたま市保健所長は、「病院が溢れるのが嫌で(PCR検査対象の選定を)厳しめにやっていた」と公言したことが話題となった。保健所長が地域の病床のことまで心配するのは不思議だ。だが実は、西田氏も元医系技官だ。2008年3月に鳥取県福祉保健部次長を最後に退職し、さいたま市に異動した。病院が溢れて困るのは医系技官だ。新型コロナを感染症法の二類並みとしたため、軽症者でも入院となった。
 本来、この法律はエボラ出血熱など重症感染症を年頭においたものだ。感染症病床の数は限られている。PCRの数を増やせば、患者を収容できなくなる。彼らは、「PCRを増やせば医療が崩壊する」と奇妙な理屈を言い続けた。西田氏は患者の命より医系技官の意向を忖度したことになる。軽症患者が高齢者にうつし、彼らが亡くなることなど考慮しなかった。…医系技官が巣くうのは保健所だけではない。医師不足に悩む地方自治体は格好のターゲットだ。自治体は厚労省とのコネクションを切望するからだ。
以上の上昌広氏の指摘を参考にしつつ、私の問題意識に対する私なりの答をまとめます。
疑問① 日本はなぜ、感染拡大を引き起こしている無症状感染者を把握するためのPCR検査を積極的に行おうとしないのか。
 医系技官主導の厚労省が、「感染症法」に基づく新型コロナ・ウィルスの分類を入院が必要な「2類感染症並み」に指定したことが最大の敗着だった。なぜならば「2類」の場合は、「無症状であっても、つまり医学的には入院の必要性がなくても、感染症法に基づいて強制入院させ」なければならないことになるからだ。新型コロナ・ウィルス感染者は圧倒的に無症状な者が多い。そのために厚労省主導の政府からすれば、入院者数を抑制するためにはPCR検査を受ける者の数を減らす必要が出てくるというわけだ。
つまり、誤った判断を改めるのではなく、誤った判断を押し通すためにPCR検査に消極的に臨むというさらに誤った政策に固執するという、本末転倒も甚だしい「方針」が自己主張しているのが日本の現状だ。国民の生命を守るという政府の使命を無視していると言わなければならない。しかも、諸外国の実情に徴すれば直ちに明らかなこの問題を正面から問いただす世論も存在しない。「お上」には逆らえない従順な国民性が如実に表れている。
疑問② 日本はなぜ、感染者の追跡・隔離・治療という世界スタンダードに従わず、医療体制崩壊阻止を前面に押し出すのか。
 ネットで検索した記事なので何年の数値かは分からないが、OECDの統計によれば、日本の病床数(急性期病床数)は世界一ではあるものの、ICUに関して言えば7.3床で、アメリカ34.7床、ドイツ29.2床はもちろん、イタリア12.5床、フランス11.6床、韓国10.6床、スペイン9.7床より少ないという。とは言え、イギリス6.6床よりは多い。私が各国事情をフォローする中で強烈に感じたのは、人命救助ではなく「医療体制崩壊阻止」を最優先課題とすのは、先進国、途上国を問わず、日本だけだということだ。
先に紹介したハンギョレ社説は、「新型コロナ・ウィルスの新規感染者が3日連続で1000人を超えているなか、感染者が適切に病床を割り当てられることができず死亡する事例が続出している」ことを紹介しつつ、「まさかと思われた医療システムの崩壊が現実に現れはじめたのではないのか、懸念せざるをえない」という表現で医療システム崩壊問題に言及している。しかし、「まさかと思われた」という形容がついていることは、韓国では「医療体制崩壊阻止」が至上課題であることから程遠い受け止め方であることを如実に窺わせる。
新自由主義に基づく医療改革を強力に推進してきた政府・厚労省としては、痩せ細った日本の医療システムを守ることが至上課題ということなのではないか。私たち国民の視点からいえば、新型コロナ・ウィルスの脅威に全力で対処するためにも、新自由主義医療システムそのものにメスを入れなければならないはずだ。欧米先進諸国(ドイツは例外?) も新自由主義医療改革を行ってきたが、日本よりはまだ余裕を持たせてきたということかもしれない。その意味では、日本よりICUベッド数が少ないイギリスが新型コロナ・ウィルスによる死者数でダントツ1位なのは示唆的だ。とは言え、そのイギリスでも「医療体制崩壊阻止」を至上課題と位置づけるような馬鹿げたことはしていない。ここでも、政府・厚労省=「お上」が決めたら最後、マスコミを含めた世論は政府・厚労省の敷いた軌道上でしか物事を考えることができないという日本の特異性を思い知らされる。
疑問③ 日本はなぜ、一刻を争うはずの感染者特定について、保健所経由という「敷居を高くする」手続きにこだわるのか。
この点については、上昌広氏が指摘している「ムラ意識」がすべてを物語っている。つまり、各地保健所さらには地方自治体は厚労省と人的(保健所は医療技官の天下り先)、組織的(地方自治体の厚労関係行政は厚労省に深く依存)、法的(例えば感染症法)に厚労省と「切っても切れない仲」、つまり「ムラ意識」で癒着構造ができあがっている。迅速な新型コロナ・ウィルス対策を実施する上では、一つでも「中二階」を減らすべきであるが、政府・厚労省は頑として保健所の介在に固執しているということだ。
 なお、私がスマホで時々チェックしているYahoo!・ニュースで、「『指定感染症』を5類に…最前線の医師が"提言"」と題するテレビ朝日ニュース(12月23日23時30分配信)の記事を見かけました。感染力が強い新型コロナ・ウィルスの特性を考えると、無症状者、軽症者について「自宅やホテル療養を徹底」すると提言する出雲医師の発言には疑問を感じます(徹底した対策を講じている中国では無症状者、軽症者も入院による徹底隔離を実行)。ただし、自宅療養は論外であるとしても、「ホテル療養」という選択肢は日本の現実においてはやむを得ないとも思います。しかし、新型コロナ・ウィルスを「5類」にするという提案自体は上昌広氏の指摘と軌を一にするものです。参考までにこの記事も紹介しておきます。
東京では17日に新たな感染者が822人と過去最多を更新したほか、医療体制に関する警戒レベルが最も深刻なレベルに引き上げられました。日々、最前線で治療にあたっている日本赤十字社医療センターの出雲雄大医師に聞きます。
出雲先生は新型コロナ・ウィルスを「指定感染症から外すべきだ」と提言されています。感染症法に基づいて、危険度に応じて感染症は分類されています。最も危険度が高い"1類"には、エボラ出血熱やペストなど、"2類"には、結核やSARSなどが位置付けられています。現在、新型コロナ・ウィルスは、1類~3類に準じた措置を柔軟に取れる『指定感染症』となっていて、感染した場合の入院勧告、従わない場合の強制入院や就業制限など、1類、2類に近い措置が取られています。そして、17日の厚生労働省の有識者会議では『指定感染症』を1年間延長して、2022年1月末まで指定を続けることが了承されました。出雲先生は"5類"まで下げるべきと主張しています。
(Q:新型コロナ・ウィルスが『指定感染症』であることで、医療現場に、どのような影響を与えているのでしょうか) 陽性者は、入院・隔離が原則となっています。ホテルや自宅療養もありますが、実際にホテルの療養は、65歳以上や基礎疾患のコントロールが不十分な人はできません。もう一つ、食べ物アレルギーがある人も、それぞれの弁当が用意できないという理由でホテル療養はできません。療養型病院などで陽性者が出ると、感染症の指定病院や、地域の基幹病院に転院するということになってしまいます。これらが急性期の医療を担う、いわゆる基幹病院を圧迫していることになります。私たちはこれが一番、重要だと思っています。また、当院では、一度53人が濃厚接触者になったことがありました。全員にPCR検査をしたら、陽性者は1人だけでした。52人は症状がなく、感染もしていないのに2週間、働けない状況でした。その間、当然ながら人員が足りなくなります。病棟を閉鎖したり、外来や救急、手術を止めたりしなければいけなくなると、他の病院への負担が増えて、悪循環になってしまいます。
(Q:.5類まで下げたら、どのようなメリットがあるのでしょうか) 無症状者・軽症者は、自宅やホテル療養を徹底し、入院は、重症患者を中心とするべきだと思います。そして、濃厚接触者の洗い出しなどの作業を減らし、マン・パワーを他に割いていくようにするべきだと思います。例えば、5類の季節性のインフルエンザは、例年、日本では約1000万人かかり、約1万人が亡くなっています。明らかにコロナより多いですが、例えば、去年、医療ひっ迫が起こっていたかというと、そういうことはなかったと思います。