(11月19日追記)
 11月18日付けのイランの新聞におけるインタビューでザリーフ外相は、バイデン政権に対するイランの要求内容をさらに具体的に明らかにしました。ザリーフは、アメリカがイランに対する制裁解除を条件づきにする考えであるという報道に対するコメントを問われ、アメリカは引き続き国連加盟国であり、したがって、JCPOAに関する安保理決議2231に縛られている(国連加盟国は拘束力ある安保理決議を遵守する義務を負わされていると規定する憲章第25条に基づくもの)と指摘して、トランプ政権がJCPOAを脱退してイランに対して制裁を再発動したこと自体が同決議違反であり、したがって、バイデン政権は無条件でイランに対する制裁を解除しなければならないと強調しました。ザリーフはさらに、バイデン政権がこの行動を取るならば、イランはJCPOA上のイランの約束を実行する(トランプ政権の制裁に対抗して取ってきたウラン濃縮などの措置を元に戻すという意味)と言明しました。
 ザリーフはさらに同日のツイートで、次の重要な発言をしました。「アメリカは今もなお国連加盟国である。アメリカが安保理決議2231における義務を守るならば、イランはJCPOAにおける義務を満たすだろう。その後、アメリカがJCPOAに戻ろうとするのであれば、アメリカが「JCPOA参加国」の地位を再取得するための条件について、イランは交渉する用意がある。」
 以上二つの発言を通してザリーフの言わんとすることは、①アメリカの対イラン制裁解除は安保理決議2231の義務の履行であって無条件でなければならず、イランに見返りを要求する立場にはない、②ただし、アメリカが無条件で対イラン制裁を解除すれば、イランとしてはJCPOA上の義務を履行する用意がある(JCPOAの原状回復)、③アメリカがさらにJCPOAに復帰したいのであれば、その復帰条件についてイランは交渉する用意がある、ということです。これらの点は、これまでのイラン側発言にはなかったものであるとともに、イランの対米ポジションを具体的に明らかにする重要なものだと思います。

(要旨)バイデン政権はトランプ政権の強圧一辺倒の対イラン政策を批判しつつも、トランプ政権による徹底的な制裁によって疲弊しきったイランは対米関係改善を切望しているはずだと考え、イランから大幅な譲歩を引き出すことを条件としてイラン核合意(JCPOA)に復帰することを考えている。しかし、イランはアメリカの無条件のJCPOA復帰を要求する立場をまったく変えていない。したがって、バイデン政権のもとでの米伊関係の改善は紆余曲折を経ると思われる。
<バイデン政権のイラン政策>
国際社会の関心の一つは、バイデン政権の登場がトランプ政権時代のアメリカの対外政策にいかなる変化をもたらすかという点であり、朝鮮半島問題と並んでイランとアメリカとの関係に国際的関心が集まっています。バイデンは『フォリン・アフェアズ』(2020年3月・4月号)に掲載した文章の中でイラン問題には次のように言及しました。

 「オバマ・バイデン政権が交渉したイラン核取引はイランが核兵器を取得することを防いだ。ところがトランプはこの取引を投げ捨て、その結果、イランは核計画を再開し、より挑発的になり、この地域における最悪の戦争のリスクを高めた。私は、中東全体を不安定化する行動を行い、国内では抗議者を乱暴に弾圧し、アメリカ人を不正に拘留しているイラン政権に対していかなる幻想も抱いていないが、アメリカの利益に対するイランの脅威に対抗する上ではもっとスマートな方法がある。ソレイマニ殺害は危険人物を取り除いたが、この地域における暴力の連鎖をさらにエスカレートさせる可能性を高めたし、イランが核合意で定められた制限を投げ捨てることを助長した。テヘランは核合意の厳格な遵守に戻らなければならない。イランがそうするのであれば、私はこの合意に再び加わるであろうし、この合意を強化し、拡張するべく、同盟国と協力する外交を再開するだろう。」
 バイデンの上記発言から直ちに理解できるのは、バイデンのイランに対する基本認識はトランプと大同小異、唯一の違いは核合意(JCPOA)に対する評価如何にあるだけ、ということです。さらに注目する必要があるのは、バイデンがJCPOAに戻る用意があると述べるだけではなく、「この合意を強化し、拡張する」外交努力に言及していることです。バイデンを支持する論者からも、①トランプの強硬一本やりのイラン政策を批判しつつも、②トランプ政権の制裁でイラン経済は極めて困難な状況に陥っている、③したがってイランは苦境脱出を切望しており、バイデン政権に歩み寄る可能性が大きい、④よってアメリカとしてはJCPOA再参加の前提として、イランの大幅な譲歩を迫ることができるし、そうするべきだ、という主張が上がっています(JCPOAを維持することを支持する英仏独もJCPOAの強化拡張には前向き)。
<イランの対米政策>
しかし、イランはJCPOAの無条件遵守を一貫して主張し、再交渉などには絶対に応じないことを繰り返し明らかにしています。例えば、11月3日、最高指導者ハメネイ師はテレビ中継された演説の中で、以下のように発言しました(イラン放送WS)。ハメネイ発言による限り、イランにはアメリカの政権交代に対する関心の所在を窺うことはできません。
 「ハメネイ師は、アメリカ大統領選で誰が勝つかには関心がない、アメリカ覇権主義に対するイランの立場はその選挙結果によって変わることはないと述べた。ハメネイ師は、「アメリカの要求に屈する方が得をすると考える者もいるかもしれないが、アメリカのいじめに屈した政府はひどい目に遭っており、問題が何倍にもなるだけだ」と述べた。彼は、「イランのアメリカに対する政策は熟考された明確なものであり、人の動きによって変わることはない」と強調した。ハメネイ師は、政治的人物の移り変わりは他の国にとっては重要かもしれないが、イランは「関心がなく、イランの政策が影響されることもない」と指摘した。さらにハメネイは、「アメリカがイラン指導部を憎悪する理由はイランがその政策に反対し、そのヘゲモニーの承認を拒否することにある」と指摘した。」
 ただし、ロウハニ大統領、ザリーフ外相等の発言からは、条件次第によってはアメリカとのインタラクションを排除するものではないというニュアンスを窺うことができます。例えば11月4日、ロウハニはアメリカで誰が選ばれようと関係がないと述べた後、「我々にとって重要なことは、アメリカが法、特にすべての国際条約に戻り、イランを尊敬することだ」、「我々は制裁ではなく尊敬されることを望む。不法かつ抑圧的な制裁ではなく、尊敬されるのであれば物事は違ってくる。そして、名誉と尊敬が脅迫に置き換わり、法の実行が約束違反に置き換わるのであれば、物事は違ってくるだろう」と指摘しました。ロウハニは5日にも、「アメリカの選挙結果及び誰が大統領になるかは重要ではない。なぜならば、次の政権は間違いなくイラン人民に降伏し、法律、世論の圧力そしてイランの忍耐と抵抗に屈服する以外にないからだ」と述べました。7日には、ロウハニはこれまでの3年間におけるトランプの経済テロリズムに対するイラン人民の抵抗を評価しつつ、次のアメリカの政権がこの3年間から学び、法律に従い、すべての義務に回帰することを望むと発言しました。そして8日には、「アメリカの次の政権は、過去の過ちを清算し、国際義務遵守及び世界的規則を尊重する時が来た」と発言しています(以上の発言はいずれもイラン大統領府・英語版WS)。
 ザリーフ外相は11月3日に行われたアメリカCBSとの単独インタビューの中で、「イラン政府はトランプとバイデンとどちらが良いということはない」、「バイデン陣営の声明の方が脈はある(promising)が、今後を見守る必要がある」、「我々にとって重要なのは、ホワイトハウスが何を約束するかではなく、選挙後にどう行動するかである。それは誰がホワイトハウスに入るかとは関係がない」と述べました。またザリーフはJCPOAに関して、その条件について再交渉する計画はないとして、「再交渉したいのであれば、4年前にトランプとの間でやっていただろう」と強調しました。ザリーフは、安保理決議として採択された取引の条件について再交渉を考慮することは「いかなる状況の下でも」あり得ないと指摘しました。そして、「バイデンは(取引の条件を再交渉することが)あり得ないことを理解しており、違った行動を取るだろう(may act differently)」とつけ加えました(イランIRNA通信)。ザリーフは8日(バイデンが270人の選挙人を確保したことが明らかになった後)のツイートでも、大統領の交代自体は重要ではなく、「もっとも重要なことは行動だ」と強調しました(同)。
ジャハンギリ副大統領は11月8日のツイートで、トランプ時代の終焉を歓迎するとともに、「アメリカの破壊的な政策が変更され、法と国際約束に戻り、他の国々を尊重することを見届けたい」と述べました(イラン放送WS)。大統領府のヴァエジ(Vaezi)長官もツイートで、トランプ政権の4年間の有害な対外政策が新しいホワイトハウスの指導者にとって政策を再編し、国際システムの新しい条件に適合するための教材となる可能性があると述べています(IRNA通信)。
 イラン外務省のスポークスマンは11月10日の記者会見で、バイデン政権はJCPOAに復帰する上で新しい条件を出してくるという報道に言及して、「我々はそういう条件云々については何も知らないし、さまざまなシンク・タンクが言っていることは我々の判断の基礎にはならない」、「外相や政府が明らかにしているように、JCPOAは長期交渉の結果であり、安保理決議で担保されたものであって、JCPOAは再交渉できるなどと考えるものがいたら単純すぎる」と述べました。その上でスポークスマンは、トランプ政権の義務違反によって「イラン及び国民は深刻な損害を被った」、「アメリカには法的かつ明確な責任がある」と言及し、イランは権利請求者の立場にあり、アメリカはその違法な行動に対して責任を負わなければならない、とつけ加えました(イラン放送WS)。
 これらのさまざまな発言を踏まえてロウハニ大統領は11月11日の閣議の席上、バイデン政権に対するイラン政府の立場を明らかにしました(イラン大統領府・英語版WS)。長いですが大要を紹介します。
 「大統領は、イランの明确で変更があり得ない政策として、地域の平和と安定、諸国家の権利に対する尊重、内政不干渉、テロリズムとの戦い、ユニラテラリズムを終わらせること、条約遵守及び建設的インタラクションを挙げた。そして、これらの政策に歩み寄るか距離を置くかは米新政権次第だと強調した。
 ロウハニは、「トランプ政権はこれらすべての政策から距離を置いた」と述べ、「我々の政策は建設的インタラクション、ハメネイ師の言葉によれば、世界との広範囲のインタラクションに基礎を置いている。憎悪を持ち込んだものは自分で片付けなければならず、イランに対する敵対政策をやめ次第、物事は変わるだろう」とつけ加えた。ロウハニは、「我々がアメリカとの関係を切ったのではなく、関係を断ち切り、イランに対する敵対を始めたのはアメリカであり、アメリカ自身が政策を変更しなければならない」と述べた。
ロウハニは、「新しい人物(バイデン)はJCPOAに戻る用意があると言った。彼次第だ。彼が義務に従うのであれば、新しい道を選ぶことができる」と述べた。同時にロウハニは、イランの核計画をアメリカの希望にリンクさせることはなく、核計画はイランの原則にリンクされると述べた上で、もしアメリカがイランの原則に歩み寄るのであれば道は開かれるが、そうでなければ、現在のプロセスに基づいた核計画が続くことになると強調した。  ロウハニは、「イランのシステムの崩壊を夢見た政権が屈辱的にひっくり返され、今日、トランプ政権の一部であった少数の国以外は新しい条件を前にしている」と指摘した上で、イランの社会及び人民の期待感にも変化を見届けていると述べた。ただし、「この期待感はイランとアメリカの関係がどうであるかということに基づくものではなく、(トランプ)政権が他の国々にとって厄介者の役割を演じてきたが、今日その厄介者が消えようとしており、これらの国々は今や自国の利益に基づいて行動する条件が増したということに基づいている」とつけ加えた。
 ロウハニは、「新しく選ばれた者たちはJCPOAに戻りたいと言っている。それは彼ら次第だ。彼らが義務を守るのであれば、新しい道を選択することができる」と述べた。ロウハニは、トランプ政権が制裁をテロ戦争に変え、イランのレッド・ラインを踏み越えたと強調し、「彼らは我らの偉大な司令官(ソレマイニ)を殺害した。我々は、ホワイトハウスがアメリカ人民の利益に基づいた、そして他国を侮辱しない正しい道に戻り、自分たちの約束を守るような状況を、アメリカ人民が作り出すことを希望している」と述べた。そして、「我々の目標は制裁を解除させ、世界と建設的なインタラクションを持つことであり、その機会が生まれさえすれば我々は行動を取るだろう。我々は、国益に基づいてそういう機会を利用するだろう」、「国益に合致し、制裁を解除させるあらゆる機会を我々は断固としてつかまえる。こういうことは党派的問題ではなく、我々が取ろうとするいかなるステップにおいても、我々はハメネイ師の指示を心に留めて動く」と述べた。
 以上のイラン側の発言から、①アメリカがトランプ政権時代の過ちを承認し、JCPOA上の義務を無条件で遵守することを確約するのであれば、イランはアメリカの復帰を認め、JCPOAの枠組みの中でアメリカと相対する用意はある、しかし、②アメリカがJCPOA復帰をイランの対米大幅譲歩と条件付けるのは論外であり、そのようなギブ・アンド・テイクの交渉に応じることはあり得ない、という立場は確固としたものであることが理解できます。
<モハンマド・タバール(Mohammad Ayatollahi Tabaar)文章>
私の以上の理解はイラン側の発言を額面どおりに受け止めすぎているという批判があると思います。しかし、10月20日付の『フォリン・アフェアズ』WSが掲載した、モハンマド・タバール署名の文章「誰が米大統領になろうとも、イランは以前より難しい交渉相手だろう」("No Matter Who Is U.S. President, Iran Will Drive a Harder Bargain Than Before")は私の理解を裏付けています。タバールはテキサスA&M大学准教授で、イラン問題専門家という紹介があります。私はイラン問題にはまったくの門外漢ですが、イランはかつてなく団結しており、もはやアメリカ(バイデン政権)が軽く見る相手ではないというタバールの指摘には私の見方を裏付けるものです。また、対米関係が凍り付いた過去数年間に、イランはロシア、中国との関係を深めており、イラン外交は数年前よりはるかに多様化している、という指摘も重要だと思います。以下に、タバール文章(要旨)を紹介します。
 (トランプ政権の下における米伊関係の危険なエスカレーションにもかかわらず)バイデンは自らが副大統領時代に交渉した核合意(JCPOA)に復帰すると述べている。バイデンも過去2年間のトランプ政権による制裁によって、アメリカはイランと新しい取引をする条件ができていると信じている。
バイデン政権は、イランの核活動に対してJCPOAが求めている以上の制限と引き換えにJCPOAに復帰することを提起している。そこには、イランはアメリカから制裁解除を引き出し、経済を救うために新たな対米交渉を切望しているという想定がある。しかし、ワシントンのそういう考え方は決定的なポイントを見逃している。アメリカが2018年にJCPOAから脱退して以来、イランの政治情勢は激変しており、イランの考え方は根本的に変化している。イランは、国内的にも国際的にも新たな力の源を有するに至っており、ワシントンが想像するよりも、アメリカに求めるものははるかに少なくなっている。
(新しい結束)
 イランの歴史の中でも、今日ほどイラン外交が団結のもとで運営されていることはかつてない。1989年のホメイニ師の死から2020年1月のアメリカによるソレイマニ暗殺まで、イランの派閥政治は対外政策を麻痺させてきた。しかし、ソレイマニ殺害とアメリカの制裁は、革命防衛隊(IRGC)がドライバー役となってイランの各派閥間のかつてない協調協力を生み出した。イランは、サウジアラビアの石油生産の半分を停止させることができることを示し、アメリカのドローンを撃墜し、イラクのアメリカ軍に対して弾道ミサイル攻撃を行った。IRGCのトップは今や、対米交渉において何も恐れる必要はないとイランの外交官に発破をかけている。
 派閥間の団結を端的に示すのはザリーフ外相の最近の動きである。国連安保理がイランに対する制裁再発動に関するアメリカの要求を拒否したことはザリーフの外交的勝利だった。対米関係改善の窓口となるはずだったJCPOAを交渉したザリーフはいま、イラン・ロシア関係を強固にし、中国とは25年間戦略協定の最終局面を迎えている。アメリカとバランスを取るためにロシアと中国の中東への参与を歓迎するとともに、イランは近隣諸国及び中ロとドルに頼らない経済関係構築を目指している。対東志向がイランのエリートのコンセンサスとなっており、この方向転換に対する国内の反対は強くない。イランは今や、反米を強めるロシアと中国に安全保障及び経済上の利益を求めるようになっている。この変化は劇的である。2002年から2015年にかけて、中国とロシアは度々アメリカを支持して、イランの核活動に反対票を投じていた。中ロはイランの戦略的同盟国ではないが、アメリカに対する敵対意識が中ロとイランとの違いを狭め、今やワシントンが無視できないほどの共同戦線を生み出している。
 対外政策における団結だけではない。イラン指導層は、アメリカが犯してきたJCPOA違反、少数者迫害、新コロナ・ウィルス対処の失敗などにより、イラン人の間における対米イメージが確実に悪化していることを認識している。
(JCPOA)
 以上に述べたイランの国内的及び地政学的要因により、核交渉に臨むイランの姿勢は以前よりもはるかに強いものになっている。最近、外交問題評議会でのファリード・ザカリア(Fareed Zakaria)との対談において、ザリーフは核取引を再交渉することは「絶対にない」と述べた。実際、イランはアメリカが国連安保理によって承認されたJCPOAにアメリカが違反したことに対して補償を行うことを要求している。これらのイラン側の発言を交渉のためのバーゲン材料だと見なすものもいるが、イランの立場はJCPOAが保障していないライン、すなわち、イランは石油を売って必要なものを購入することができるようにならなければならない、というラインにまで来ている。というのは、SWIFTがアメリカの対イラン制裁に全面的に協力したため、イランは今やドルによる取引ができなくなっているからだ。イラン指導部は今、2015年当時(JCPOA締結時)よりはるかに自信を持っているし、団結している。したがってイランは、ワシントンが誤認しているような制裁救済パッケージをそれほど欲してはいない。むしろイランが求めているのは、世界諸国がイランと取引できるような制限緩和である。将来の交渉ははるかに困難なものとなるだろう。イランが期待するものも提供するものもともにより制限的となるだろうからだ。