私は最近遅ればせながら、アメリカのフォリン・ポリシー、フォリン・アフェアズ、ポリシー・シンジケートのWSの定期購読を始め、アメリカ発の情報、分析をフォローしていますが、ほとんどがパワー・ポリティックスのゼロ・サム的発想に凝り固まったもので辟易しています(21世紀の国際社会は20世紀以前と様変わりしていることをまったく認識していない)。その中で、エズラ・ヴォーゲル等7人の識者が共同で執筆したタカ派学者の対中強攻策の主張に対する反論(10月23日付けフォリン・アフェアズWS掲載)及びヴォーゲルが7月23日に発表した「アメリカの政策は中国の友人を反米ナショナリズムに追いやっている」と題する見解を読む機会があり、その内容のかなりの部分が私の日頃の中国認識と一致していて、大いに元気づけられました。ヴォーゲルは、私が外務省の語学研修の一環でハーヴァードに1年弱滞在した時、ヴォーゲルを研究室に訪れた記憶があります。今の私の年齢を勘案すると、ヴォーゲルはたいそうな年齢ではないかと思い、検索したら90歳でした(1930年生まれ)。明晰な言論に感服した次第です。
 以下の「タカ派の論点に対する批判」及び「現実的対中政策」は前者の概要、そして「トランプ政権の対中政策批判」は後者の大要です。タカ派の論点の多くは、日本で横行するいわゆる「中国論」と軌を一にすることはすぐ理解されるでしょう。
<タカ派の論点に対する批判>
○アメリカ及び同盟国は中国を封じ込めるべく攻撃的な政策をとるべきだ(ゼロ・サム・アプローチ)?
 アメリカのキューバ政策が証明するとおり、強圧的政策だけでは中国をアメリカの言うとおりにさせることはできない。逆に、そのような政策は紛争のリスクを増大させ、中国の熱狂的ナショナリズムを強め、米中共通の課題について中国と協働する機会を減らすだろう。
 アメリカはより慎重で熟慮したアプローチを採用するべきである。アメリカは同盟国及び友好国とともに、中国を牽制し、競争するだけでなく、地球温暖化、現在及び将来のパンデミックのごとき共通の関心事に立ち向かうべく、中国が協力するように仕向けなければならない。アメリカは、中国を含むすべての国々の利益を尊重する、APRにおける安定した力の均衡を追求するべきである。そしてアメリカは、多国間の貿易及び投資に関する合意を拡大し、すべての国々における自然災害及び人権侵害に対処するべく国際的な努力を助長するべきである。
 中国との関係を管理することは長期プロジェクトであり、国内の活性化、国家目的に関する一致及び世界世論の尊重なしには成功できない。しかし何にも増して、アメリカの指導者はアメリカの対中関係についてより現実的な見方を養わなければならない。
○中国の西側との政策的不一致は中国の権威主義的政治システムによるものだ?
 中国の国際的関心は、共産党支配以前の民族主義的確信と文化的立場から生まれたものである。それらは、東アジアにおける一世紀以上にわたる西側の振る舞いが生み出した憤り、中国の台頭に対する深く根ざしたプライド、自由放任的な国内政治プロセスは繁栄をもたらす安定を損なうという根強い恐れなどである。そのような態度や関心は民主的な中国においても支配するだろう。北京が自己の領土だと考える地域を守ることに熱心で、アジア及び世界の大国としての地位を確立することに熱心なのは中国の統治システムに由来すると考えるべき理由はない。
○中国は民主主義陣営を弱めようとしている?
 中国の大戦略は自己の政治モデルを押しつけたり、民主主義陣営の力を削ごうとしたりすることを考えていない。例えば、中国が他の国々に援助を提供する場合、その国々が民主主義国か否かによって区別はしない。他の国々の中国に関する認識は複雑である。これらの国々は中国とともにアメリカが彼らの利益を脅かしていると考えることもある。多くの国々は、アメリカとの貿易以上の貿易を中国との間で行い、米中両国との経済的結びつきを望んでおり、米中いずれかを選べという圧力には抵抗する。
○西側の対中エンゲージメント戦略は中国を「自由化」させることに失敗した?
 エンゲージメント戦略は中国を政治的に自由化させることを目的としているという主張には根拠がない。中国との関係を深めることによって、大量破壊兵器の拡散防止、軍備管理、グローバルな貿易金融等の分野で中国が国際的ルールを受け入れることを導いてきた。エンゲージメントはまた、中国を世界経済に引き入れ、世界的な経済成長を可能にした。
○中国の国家安全保障上の行動は同国の攻撃的、イデオロギー的性格を表している?
 中国が防衛問題に関心を持つのは当然なことである。中国が西太平洋地域で軍事力を伸ばしているのは、アメリカの軍事プレゼンスを弱め、同盟ネットワークを弱めようとする意図で出るものではなく、どの国もやっているように、自国の海域に対する脅威から身を守るためであり、長年にわたる主権に対する挑戦に抵抗するためである。
○中国の援助政策は他国を支配するための道具?
 中国が「戦略的利益を確保する」ために援助を行っているという証拠はなく、多くの学術的研究が示しているように、中国の経済援助は西側の援助よりも多くのケースで積極的成果を挙げている。
○西側は、中国指導部が「政権の基本的性格を変える改革」を受け入れるようにするべく、中国の成長及び影響力を弱めるように動くべきだ?
 政権交代を目指すアメリカの衝動は数十年にわたってアメリカを悲劇に導いてきた。そのような行動は、共産党に対する中国人の支持を増大することにもなるだろう。近年においても、アメリカの敵対的行動は中国の人々を反米にし、中国に対するアメリカの影響力を弱めている。
 アメリカが中国に隣接して軍事プレゼンスを強め、中国隣接海域における中国の支配を妨げる行動は情勢を不安定化させ、途方もない軍拡競争をもたらすだろう。もっと現実的で安上がりな目標は、アメリカと同盟国が、中国の海洋に接する空域及び海域でいずれの側も支配的にならないことを保障することである。
○「一つの中国」政策を放棄するべきだ?
 そのような政策変更は極めて危険なギャンブルであり、紛争の可能性を低めず、逆に高めるだろう。台湾世論自体、現状維持を強く支持している。
○中国をグローバルな貿易技術システムから排除するべきだ?
 ほとんどの東アジア諸国はアメリカよりも中国との交易が大きい。アメリカが技術関連での中国とのディカップリングを追求すれば、自分自身を孤立させるだけだろう。
<現実的対中政策>
 現実的政策オプションは、中国との経済的結びつきの価値を承認し、技術分野を含む枢要分野における中国との経済的結びつきの価値を承認することである。以上のことは、人権及び政治的意見表明という問題で中国に対する圧力を放棄するべきだということではない。香港、台湾、チベット、新疆などでの中国の抑圧的政策に対抗するため、アメリカは他の国々と協力するべきである。それはそれとして、アメリカが他の国々における人権及び政治的権利を推進する最善の道は、アメリカ国内で道義、正義のモデルとなることである。
 アメリカの指導者は、気候変動、パンデミック、アジアにおける安定したパワー・バランス創造を含む互いに関心のある現在及び将来の問題に対処するべく、中国その他の国々と協力することができる。中国に関して、アメリカはアメリカの賢明なリーダーシップを期待する同盟国及び友好国の世界的ネットワークを持っており、その利点をみすみす無駄にするべきではない。ゼロ・サムのアプローチは有効な政策を行うことを難しくするだけである。
<トランプ政権の対中政策批判>
 トランプ政権は、中国共産党の多様性を自覚せずに攻撃している。しかし、中共はもはやスターリン、毛沢東の時代の党ではない。1978年に鄧小平が政権についてから、中共は国家を代表する組織に生まれ変わった。党には親米的な人々(企業家、科学者、知識人)が含まれる。アメリカが共産党全体を攻撃する時、党員たちは党そして国家を支持するべく立ち上がる。
 私はハーヴァード教授になってからの半世紀間、多くの中国人学生を指導してきた。あるものはアメリカに滞在し、他のものは中国に戻った。過去40年間、私は毎年少なくとも一度は中国を訪れ、中国に帰った人々と会ってきた。
 彼らの多くは素晴らしく、新しいアイディアにオープンで、知的自由を享受した。過去数年間、米中関係が対立的になり、アメリカが事実ではない非難(例:新コロナ・ウィルスは武漢の実験室で故意に作られたという非難)で中国を攻撃すると、彼らの愛国心は高められ、アメリカに対する中国政府の立場を支持するようになった。
 多くの帰国者は、知的財産権についてアメリカの企業に支払う必要があるルールや、国連などの機関によって適用されるスタンダードの作成といった重要な政策を推進した。中国がアジアインフラ投資銀行(AIIB)のトップを選任するに当たっては、世界銀行及びアジア開発銀行の両者で働いたもので、AIIBが世界標準に従うようにするものを選んだ。そのトップがAIIBの規則を作成するべく雇ったのはハーヴァード・ロー・スクールを卒業したアメリカ人女性だった。ところがアメリカはAIIBに加盟することを拒否しただけではなく、アメリカの同盟国も加盟を拒否するように主張した。その結果、多くの中国人は、アメリカにとって関心があるのは、原則ではなく国際的力を維持することだけだと結論することになった。
 フルブライト計画で中国に派遣されたアメリカ人は学術的関係を確立し、重要なつながりを作る上で大変な仕事をした。ところがアメリカは今、この計画の中止を語っている。この計画に参加したアメリカ人とこれに積極的に対応した中国人は、友好を追求したこの国に裏切られたと感じている。
 アメリカがエンゲージメントは失敗だったと主張した場合、帰国し、中国が国際ルールに従うように一所懸命に努力してきた数千人の中国人はどう思うだろうか。彼らの多くは共産党員である。彼らが国際ルールのために払った犠牲を無視するアメリカ人は、彼らを反米ナショナリズムに追いやっているのだ。
 近年、中国に対するアメリカの政策的政治的言辞は、中国における発展についてほとんど知識がない人々に支配されている。中国を敵にすることはアメリカの利益ではない。我々が我々の共通の利益のために中国人を我々と協力することを奨励したいのであれば、我々の政策について基本的に考え直す必要がある。そのためには、アメリカの高官たちは中国国内のダイナミックスについてもっと学ぶ必要がある。