台湾海峡における軍事緊張が高まる中、中国における国際問題研究の第一人者が、中国の軍事政策の長年の大原則である「先制不使用」の見直しを正面から提起する文章を環球時報に発表しました。台湾海峡の軍事緊張もトランプ政権が露骨に追求する中国との対決政策の一環であり、今回の「先制不使用」見直し提言は決して唐突ではなく、むしろ「中国もいよいよここまで来たか」というのが私の正直な実感です。
 トランプ政権の中国との対決政策は、米中貿易経済摩擦に発端がありました。しかし、大統領選挙で苦戦を強いられているトランプは、新コロナ・ウィルス対策における自らの大失態を中国に責任転嫁して以来、中国との全面対決を対外政策の根幹に据えるまでにエスカレートしてきました。また、アメリカ世論の対中感情が極めて悪化していることも彼の打算的な対中強硬姿勢を後押ししています。また、トランプ政権は核戦略についても危険を極める見直し(米露核軍備管理体制維持に対する消極姿勢;「使える核」を目指す核弾頭の小型化;核実験再開をほのめかす言辞等々)を進めています。このこともまた、中国の伝統的な「必要最小限核デタランス」戦略に影響を及ぼさずにはすみません。
 復旦大学教授の沈丁立は、同大学の国際問題研究院常務副院長、アメリカ研究センター主任、軍備管理及び安全研究テーマ主任であり、プリンストン大学で軍備管理及び国際安全保障研究を行った経験もあります。その彼が9月25日付け環球時報で「「先制不使用」(中国語:"不開第一槍") 従来から絶対のものにあらず」と題する文章を発表したのです。この文章は、中国の「核心的国家利益」を構成する「国家主権」「国家安全保障」「領土保全」「国家統一」「中国憲法が確立した国家政治制度及び社会大局安定」「経済社会の持続可能な発展の基本的保障」に照らして、「先制不使用」原則見直しの必要性を提起しています。
 こういう主張が出ると、日本を含む西側諸国では直ちに「大国主義・中国」の危険な自己主張といった類いの中国批判が行われます。しかし、冒頭で述べたとおり、現在に至る米中対立はもっぱらトランプ政権が仕掛けているものであり、中国は防戦一方と言って過言ではありません。「降りかかってくる火の粉」を振り払うための努力です。「先制不使用」原則の見直し提言が行われるということは、それだけアメリカの攻勢が激越であり、中国としてもギリギリのラインまで押し込まれているということの証です。
 トランプ政権の「アメリカ第一主義」の3年半が国際社会に深刻極まるダメージを引き起こしたことについては、今や世界的に共通の認識があると言ってよいでしょう。ところが、ことが中国(及びロシア)にかかわってくると、「米中対立」(「米露対立」)という捉え方になり、中立的な「どっちもどっち」的捉え方ならまだ良い方で、ともすると中国(及びロシア)をより「悪者」視する捉え方が横行することになるのです。「台頭新興大国」について回る不幸な運命といってしまえばそれまでですが、国連成立75周年に際して改めて「国連憲章に基づく国際秩序」の重要性を強調してやまない中国にとっては、「西側の圧倒的影響力の下にある国際世論」の存在に対しては切歯扼腕だろうと同情の念を禁じえません。
 以上を断った上で、沈丁立文章を紹介します。

 長い間、中国は一貫して「先制不使用」("不開第一槍")であるという説が行われてきた。見たところ、中国は「発砲」(中国語:"開槍")ということを非常に重視しているし、とりわけ「最初に発砲」("首先開槍")を重視している。早くも1960年代に中国は「核兵器先制不使用」を提起したが、これは核兵器国に対して言ったものである。世界のすべての非核兵器国に対しては、中国は「いかなる時いかなる状況の下でも」核兵器を使用しない」という誓約を堅持してきた。
 まず、先制使用は非道徳的である(あるいは犯罪の可能性がある)から、道徳・法律に合わせるために、中国は核兵器の先制不使用を保証したものである。その後、こうした自己規制はエスカレートしている感じがあり、学者の中には非核兵器の分野においても「先制不使用」を主張するものも出てきた。例えば、現在の中印国境地帯で双方が対峙しているもとで「先制不使用」を主張する者がおり、これは明らかに通常の武装衝突家における自己規制である。我が国周辺の主権及び権益が絡む紛争、例えば東海(東シナ海)及び南海(南シナ海)における紛争においても、似たような主張がある。
 問う必要があるのは、武装("擁槍")する目的は何かということだ。明らかに利益を保障するためである。いかなる利益のためか。合理的合法的な正当な利益のためでなければならない。では、複雑錯綜した利益の中で、核心的利益とは何か。2011年に国務院新聞弁公室が発表した「中国の平和的発展」白書においては、中国の核心的利益は国家主権、国家安全、領土保全、国家統一、中国憲法が確立した国家政治制度及び社会大局安定、並びに経済社会の持続的発展の保障という6項目を含む。
 人々が平和的な方法で国家の核心的利益を擁護したいと希望するのは理解できることだ。しかし、先制不使用の方式で自身の核心的利益を守るというときには、先制された(先に発砲された)状況の下では当然銃で反撃することがありうるということ、つまり、銃を持つ目的は一定の条件下では発砲するためであることを承認するということである。ということは、中国の核心的利益を擁護するという前提の下においては、先制不使用は条件づきなのである。
 中国の第一の核心的国家利益は「国家主権」である。外国の軍機が中国の領空で軍事偵察行動を行い、しかもいくら警告しても改めず、中国の主権を公然と不断に侵犯する事件となった時を考えてみよう。中国はそれでもなお先制不使用を堅持して外国軍機の乗組員の生命の安全を確保する必要があるだろうか。
 中国の第二の核心的国家利益は「国家の安全」である。ある国家または内外勢力が中国に対して国家テロリズム・麻薬売買政策を行うとき、中国が十分な人的物的証拠を確保し、自らの国家的安全が深刻な脅威を受けるに至ったと充分に証明した時にも、先制不使用を堅持する必要があるだろうか。なぜならば、犯罪の機関及び個人に対して処罰されないというインセンティヴを与える可能性があるからだ。もう一つの状況として、中国の核兵器が敵国の通常兵器によるピンポイント攻撃に直面する時、我々はなお核兵器先制不使用を堅持する必要があるだろうか。自国の核兵器が深刻な被害に見舞われる状況下で、相手が通常兵器による攻撃に訴えるからという理由だけで、中国の敵方に対する報復は必ず通常兵力の範疇に限定しなければならないだろうか。
 中国の第三の核心的国家利益は「領土保全」である。中国東北地方に盤踞した日本軍が東北地方「独立」そしていわゆる「満州国」を成立させた時、中国東北軍は先制不使用を堅持したために国土喪失を目の当たりにした。今日の中国は国辱を重ねることを容認できるだろうか。もちろん絶対にできない。今日の中国が絶対にそうできないのは、我々がいかなる外国の侵略軍に対しても必ずや断固とした先制攻撃を行うに決まっているからである。
中国の第四の核心的国家利益は「国家統一」である。台湾は未だに大陸と統一を実現していない中国国土である。中国大陸は極力平和的統一を推進するが、非平和的方法による統一実現を絶対に放棄しない。「台独」勢力が日増しに猖獗を極め、外からの干渉騒擾の要素が日増しに明らかになっている現下においては、非平和的方式によって統一を実現する可能性もまた必然的に日増しに増大している。我が国が2005年に公布した「反国家分裂法」に基づき、「「台独」分裂勢力がいかなる名目、いかなる方式で台湾を中国から分裂させる事実を造り出す場合にも、または、台湾の中国からの分裂をもたらす重大な事変が発生する場合にも、または、平和的統一の可能性が完全に失われる場合にも、国家は非平和的方式その他の必要な措置を採用して国家主権と領土保全を防衛しなければならない。」非平和的方式が戦争であるとは限らないが、戦争である可能性は非常にある。反分裂の国家統一戦争の中にあっては、大陸としては先制使用の可能性を排除しない。
 中国の第五の核心的国家利益は「中国憲法が確立した国家政治制度及び社会大局安定」である。内外の敵対勢力が中国の制度を転覆し、社会の深刻な混乱を引き起こそうとする挑戦に直面する時、中国憲法は先制する選択を必ずしも排除しておらず、それは対内対外いずれについてもそうである。もちろん、さまざまな矛盾を積極的に解消するためにさまざまな衝突要因の緩和に努める必要があり、このことは我々のガヴァナンス能力に対する試練である。しかし、内外のさまざまな敵対勢力が中国のボトムラインを試さないようにさせることがベストである。
 中国の第六の核心的国家利益は我が国の「経済社会の持続的発展の保障」である。正常な国際経済貿易、食糧及びエネルギー面での国際協力は、我が国経済社会の持続的発展にとっての基本的保障である。中国人がよい日々を過ごすことを快く思えないものがいれば、深刻な結果をもたらす。例えば、アデン湾における海賊の襲撃妨害に対して中国海軍は早くから編隊を派遣して航行を守っており、航路上の各国商船は安全を確保している。財を図り、命を害する海賊に対しては、中国軍は早くから先制行動に出ている。
 先制しないということは必ずしも絶対的なことではなく、しかも教条主義に陥ることを避ける必要がある。国連は未だかつていかなる状況の下における先制行動をも禁止したことはなく、ある国家が切迫した脅威に直面しているという証拠がある場合には、合法的に先制することができると規定している。もちろん、2003年にアメリカがイラクに対して軍事行動を発動したのはこの状況に合致していない。なぜならば、当時のアメリカはイラクの「切迫した」脅威に未だ直面していなかったからだ。
 筆者は、"今後は、国連の先制にかかわる合法性の規則に基づき、並びに中国の核心的利益、地域の安定そして世界平和に対する考慮に基づいて、中国は先制しないことについて最大限抑制するが、先制しないことを保証しないと対外的に表明する"ことを提案する。