1.習近平講話

抗日戦争勝利75周年座談会講話で、習近平は「歴史的な眼光とグローバルな視野をもって中日関係のあり方を考える」(中国語:"以历史眼光和全球视野思考和谋划两国关系")と述べ、さらに、中日関係を築き、発展させる重要な政治的基礎は「日本軍国主義の侵略の歴史に正しく向き合い、深く反省すること」である、ただし、歴史の経験・教訓を銘記することは憎しみを引き延ばすということではなく、歴史を鑑として中日子々孫々の友好を図るためであると敷衍しました。「歴史的な眼光とグローバルな視野をもって考える」という提起の仕方は、一般論としては変哲ないかもしれませんが、日中関係のあり方についての中国側提起としては私には新鮮でした。もっとも、日中関係の「政治的基礎」の比重は歴史にあるとする中国の認識は微動もしていないことはしっかり確認しておく必要があるでしょう。
 習近平が9月3日の「抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利75周年座談会」で行った講話は、日中戦争の総括(過去)、日中関係のあり方(現在)、中国の前途(未来)の三部構成です。戦争総括(過去)においては、抗日戦争の勝利は「愛国主義民族精神の勝利」「中国共産党が中心的役割を果たした勝利」「全民族挙げての勝利」「世界各国・人民とスクラムを組んだ勝利」と特徴づけています。日中関係(現在)については冒頭で紹介した内容にほぼ尽きており、講話全体に占める比重は量的にはわずかです。
 中国の前途(未来)に関する部分は、「引き続きさまざまなリスク・挑戦に直面し、さまざまな苦難・試練にぶつかるだろう」という問題意識の提起に始まります。そして、中華民族の復興実現には、「中国共産党領導」「中国の特色ある社会主義の道」「人民中心」「闘争精神」「平和的発展の道」の5つを堅持しなければならない、と強調します。そして、いかなる者・勢力によるものであれ、「中国共産党の歴史をわい曲し、その性質と信条をおとしめる」「中国の特色ある社会主義の道をわい曲し改変する」「中国共産党と中国人民を切り離し、対立させる」「いじめ的手段で中国に意思を押しつけ、中国の前進方向を変えさせる」「平和的発展の権利、各国との交流協力、人類の平和発展の事業を破壊する」どのような試みにも、「中国人民はすべて絶対にOKを言わない」(中国語:"中国人民都绝不答应")と力説します。中国では、「5つの"絶対にOKを言わない"」(中国語:"五个绝不答应")が流行語になる気配です。
 すぐに分かるように、この「5つの"絶対にOKを言わない"」は、ポンペイオ国務長官を筆頭とするトランプ政権の中国攻撃に対する正面からの反撃にもなっています。習近平・中国から見れば、今のトランプ政権は現代版ファシズムといっても過言ではなく、「抗日戦争及び世界反ファシズム戦争勝利75周年座談会」講話の力点として、人口に膾炙できる(対米)「5つの"絶対にOKを言わない"」を意図的に使ったと解釈することも可能です。

2.安倍首相辞任と日中関係

(1)不意を突かれた(?)中国外交部

 安倍首相の突然の辞任表明に中国が対応に戸惑った形跡は中国外交部の反応から窺うことができます。安倍首相が辞任を表明した8月28日の中国外交部定例記者会見でコメントを求められた趙立堅報道官は、「報道に留意している。これは日本内部の問題だからコメントはしない。中日は近隣だ。中国は日本とともに中日関係の改善発展を引き続き推し進めていきたい」と述べるにとどめました。ところが翌29日は土曜日で定例記者会見がないこともあり、「先頃、安倍首相が健康を原因として辞職を明らかにした。安倍首相の中日関係におけるパフォーマンスに関して、どうコメントするか。後任者にいかなる期待を持つか」という質問に答える(自作自演?)形で、同報道官による次の発言が外交部WSに掲載されました。念入りに推敲されたうえでの発言であることが理解できます。
 近年、中日関係は再び正常軌道に戻り、新たな発展を見た。両国指導者は、新時代の要求に見合う中日関係の構築を推進することについて重要な共通認識を達成した。我々は、安倍首相の行った重要な努力に対して積極的な評価を表し、彼が早く回復することを願っている。
 我々は日本とともに、中日4文献が確定した原則及び精神を引き続き遵守し、新コロナ・ウィルス対処及び経済社会発展の協力を不断に深め、中日関係の持続的な改善と発展を推進していくことを願っている。

(2)安倍政治に対する辛口評価

 私があっけにとられたのは、安倍首相辞任記者会見後の日本の世論の豹変でした。朝日新聞の世論調査結果ですが、辞任前の最後の調査では、安倍内閣を「支持する31%」、「支持しない52%」でした。ところが、辞任を受けた調査では、安倍政権の実績評価に関する質問ではあったのですが、「評価する71%」、「評価しない28%」と逆転したのです。しかも、後継首班にふさわしい人物に関する世論調査でも、二階幹事長の党内根回し(自民党の旧態依然の体質丸出し)を受けて急遽出馬した菅官房長官が38%でもっとも多く、石破元幹事長25%、岸田政調会長5%だったというのです。私は近著で、丸山眞男の卓見を踏まえて「未開社会」日本、「未開民族」日本人と指摘しましたが、以上の世論調査結果は悲しいまでにこの事実を裏付けています。太古の昔から、政治に対する厳しい視点がまったく培われないままでいるのが日本であり、日本人なのです。
 しかし、中国の専門家が安倍政治に下している評価は極めて厳しいものがあります。安倍政治を代表するものは「アベノミクス」と「安倍外交」でしょう。管氏は安倍政治を継承すると公言していますが、果たして「継承する」だけの価値があるのでしょうか。ここでは、私の個人的判断はひとまずおいて、中国の専門家の文章(要旨)を紹介します。
○張季風「アベノミクス:後継者は引き継げるか」(9月4日付け環球時報)
 張季風は中国社会科学院日本研究所研究員。
 アベノミクスの効果はあったが支払った代価は極めて大きかった。アベノミクス登場の国際背景は、当時の世界経済が国際金融危機から抜け出しておらず、低迷を続けていたことである。国内背景は、「10年9首相」(ママ)とも言われた政局動揺、バブル崩壊後の「失われた20年」によって、国民の士気が沈滞していたことだ。30年以上にわたって日本経済の問題を解決する処方箋が提起されなかった背景のもとでアベノミクスが登場した。
 総じて言えば、アベノミクスはケインズ主義の需給論、フリードマンの貨幣供給論、「サプライ・サイド・エコノミクス」の投資刺激・供給拡大を強調、主張した。3大理論は互いに矛盾しているが、それぞれの合理性もあり、アベノミクス初期には市場の期待を膨らませ、顕著な効果を生み出した(71ヶ月の景気持続)。しかし、当初提起した2020年目標は大部分が実現せず、賃金上昇は小幅、経済成長も低空飛行だった。財政再建に至ってはなんの進展もなく、財政負担は重くなるばかりだった。
 結局、アベノミクスは短期的な効果は出したが、構造的問題は未解決であり、支払った代価は極めて重い。つまり、短期的効果は大量の財政資金投入と史上前例のない放漫な通貨政策によってもたらされたもので、カギとなる経済情勢が芳しくないために、出口は見えず、潜在的なリスクは至る所に存在している。
 日本経済の構造的問題は長期にわたって形成されてきたものであり、一代、二代の政権だけで解決しようとするのは非現実的である。日本経済には総需要、総供給の両面で深刻な問題がある。
 総需要とは、個人消費、設備投資及び輸出の「3頭立て馬車」をいう。個人消費は日本のGDPの60%を占めるが、①国内市場拡大余地が限られている、②バブル崩壊後の住民収入はほとんど伸びておらず、住民貯蓄率は下降の一方、③人工超高齢化のもとで老人の消費意欲は弱く、若者は消費意欲があってもカネがない。設備投資はGDPの15%前後だが、バブル崩壊後は長期にわたって低迷しており、①国内個人消費の拡大は困難、②国際経済環境悪化によって輸出拡大も困難であることにより、設備投資拡大の希望も大きくない。日本は輸出指向型経済だが、2008年国際金融危機及び現在のコロナ危機で、世界の主要消費市場(欧米と中国)が打撃を受け、日本の輸出に大打撃となっている。
 総供給は労働力、資本及び技術からなる。労働力は、少子高齢化問題で労働力不足問題が顕在化しており、日本は、女性就業拡大、定年延長、ロボット、AIへの投資傾斜拡大、海外労働力受け入れ拡大などの施策を行っているが、効果があるかどうかはこれからを見る必要がある。資本については、日本は世界最大の債権国、外貨準備1兆ドル超、個人金融資産1800兆円以上、日本企業内部留保460兆円以上と、まったく問題ない。技術革新がどうなるかは日本経済発展の成否を握る決定的要素だ。
 日本経済の以上に挙げた宿痾は一朝一夕で解決できるものではない。
○梅新育「アベノミクスと日本経済の世界的役割の変化」(9月1日付け新京報)
 梅新育は中国商務部国際貿易経済合作研究院研究員。彼は国際経済の論客で、わたしは彼の文章には刺激を受けることが多々あります。
 アベノミクスは、日本円で計算する限りにおいて、日本経済の長期成長、就業増加及び株価上昇を実現した。しかし、グローバルに見た場合、安倍首相は世界経済における日本経済のシェア及び地位が顕著に下降する趨勢を逆転することはできなかった。国際経済政治システムの中でいかなる自己定位を行うのが日本の長期的な根本的利益にもっとも適しているのか、これこそ、ポスト安倍の政権担当者が直面する、避けることのできない歴史的選択である。
 安倍首相は長期にわたる政権担当を通じて、日本の「かじ取りなし」状態を改め、放漫な通貨政策からの脱却は難しく、財政健全化は遙か彼方というマイナスはあるが、日本にとって待ったなしの経済問題(経済成長及び個人収入)を解決し、ある程度は国民の精神状態をも奮い立たせた。とはいうものの、アベノミクスの以上の成績は日本円で計算したときのものであり、米ドル建てで計算すると、日本経済が世界に占めるシェアは継続して下がり、一人当たりGDPも高収入諸国家平均水準を下回っている。
すなわち、1995年においては、米ドルで計算した日本の名目GDPは53355.8億ドル、日本人一人当たりGDPは42536.7ドルであり、購買力平価で計算した実質GDPは全世界の7.531%を占め、第二次大戦以後、おそらく工業革命以来で、日本経済の世界に占めるシェアはピークに達した。しかし2015年、日本の実質GDPは全世界の4.243%まで下がり、日本人一人当たりGDPは32478.90ドルで、安倍政治8年間において最低となった。2019年の数字はそれぞれ3.796%、43044.98ドルで、後者は2015年よりは高いものの、2000年当時より8%下がっている。産業、科学技術について見ると、この数年、日本の地位の相対的下降傾向が続いている。
 ある国家が長期にわたって発展を持続できるか否かは、当該国家が国際経済政治システムの中で正確な自己定位を行うことができるか否かにかかっている。中国明朝晩期における日本は、人口成長、生産力進歩及び銀生産量で世界の1/3を占めた石見銀山により、日本の総合国力は世界のトップレベルにまで登りつめた。当時の人口は、世界で中国明朝及びインド・ムガル帝国に次ぐもの(第3位)であり、軍事力は第一次及び第二次大戦時のドイツに匹敵し、富においては今日の湾岸諸国の総和に匹敵するものだった。このような資源を有効に利用すれば、日本の世界歴史に占める地位は当然現在よりも遙かに上回っていたことだろう。ところが、豊臣秀吉が中国と対抗する誤った道を選択したことにより、当時の日本は急速に国際的地位から転落することになった。今日、日本経済の世界的地位が下降する趨勢に直面し、しかも、見通せる将来にわたって徹底的に趨勢を逆転する可能性が見いだせないもとにおいて、日本の長期的な根本的利益の最大化を実現するためには、日本の為政者が国際経済政治システムにおける日本の定位について賢明な選択を行うことがとりわけ必要だろう。
○戚易斌「ポスト安倍時代:中日関係の安定した長期発展の道」(9月3日付け中国網)
 戚易斌は中国網評論員。
 中日関係には改善があるとしても、両国間には依然として解消できない構造的矛盾があり、政治安全保障領域では特にそうである。歴史認識問題、東海(東シナ海)、釣魚島(尖閣)等は中日関係発展を制約するカギとなる要素であり、短期間で解決を得ることは難しい。誰が安倍の後継者になるにせよ、これらの突出した敏感な問題を善処することは必ず直面しなければならない課題である。
 日本が近年対中関係改善を急いだのは、国際的戦略環境の変化及び国内政治上の必要という二重の働きによる結果だった。しかし、日本政府が地域的ホット・スポットに名を借り、安全保障上の転換を突破口にして「新憲法」の「新日本」に向かう足取りは止まることがなく、このことは、日本の対中政策において、経済貿易と安全保障、バイとマルチにおいて自己矛盾するダブル・トラック、二面性という特徴を露わにしてきた。つまり、一方では限られた関係改善を追求しつつ、他方では戦略的対峙を進めるというものだ。
 もとより、アメリカというファクターの影響の下では、日本が右顧左眄する外交的苦境から抜け出すことは難しく、新首相はおおむね安倍の既定路線を継続するだろうし、対中姿勢も日本外交の大局に従うだろうから、中日関係に顕著な変化が現れる可能性は大きくない。
 以上の認識に基づき、我々は以下の基本判断を行うことが可能である。すなわち、中日双方は、安定した関係並びに経済文化及び民間交流の分野で協力を必要としている。政治及び安全保障の分野で危機が発生しないという前提のもとで、日中関係はさらに発展する可能性がある。しかし、両国関係は依然として極めて脆弱であり、政治及び安全保障上の危機によるショックに耐えることはできない。中米対決がエスカレートする状況の下で日本が選択せざるを得ないとき、両国関係に問題が出現することは避けられない。したがって、中日関係の安定した長期発展を考えるに当たっては、長期的大局に着眼し、矛盾・違いを建設的に処理することが不可欠である。
 中日関係の特殊な複雑性により、中日が新型関係を構築することは艱難辛苦に満ちたプロセスであり、易々と成功することは困難であろう。このプロセスにおいては、合作共嬴を全体的指針とし、実務的協力を強化することを突破口のカギとするべきである。中国としては、関係改善の歴史的チャンスを正確に認識するとともに、現実とかけ離れた幻想を持ってはならない。中米関係が異常に緊張に向かっている現状に鑑み、新首相が東海、台湾、歴史等諸問題で挑発する可能性に十分な準備を行い、外交的柔軟と権益保護とのバランスを図る必要がある。

(3)中日関係の方向性提起(環球時報社説)

 8月29日付けの環球時報社説「安倍執政を振り返り、中日関係の複雑さを体得する」は、安倍政権のもとで紆余曲折を経た日中関係を総括し、「日本社会が好む人間は、中国人のその人物に対する態度が反相関関係にある可能性が極めて高い者である」(中国語:"日本社会喜欢谁极有可能与中国人对他的态度是反相关关系")という、一見極めて難解な判断に立って、アメリカの強い影響力の下にある日本に対して中国がどのようにアプローチしていくべきかという方向性を提起しようとしています。この見解に同意するか否かはともかく、傾聴に値することは間違いないと思います。
 安倍の2度にわたる執政期間における中日関係は起伏ある曲線を描いた。最近2年間は回復傾向で比較的安定していたが、新コロナ・ウィルス発生後は、アメリカの強硬な対中政策の影響を受けたのか、対中姿勢には揺れの兆候が再び現れた。
 中国問題では、強硬が安倍の地金であるとともに、彼は臨機応変の開放性も維持してきた。彼は「5年6首相」(ママ)という政治混乱を終息させ、その政権担当期間は最長である。この事実は彼が日本で歓迎された事実を反映している。総じて言えば、安倍の執政期間は日本が国力を維持した時期と言える。日本の国際影響力が上昇しなかったことは間違いないが、いっそう低下したかどうかについての定量的結論は難しい。
 安倍(の対中姿勢)から中国人が総括する必要があるのは次のことである。すなわち、日本社会が好む人間は、中国人のその人物に対する態度が反相関関係にある可能性が極めて高い者である、ということだ。これは我々が直視しなければならない現実だ。このことは、中日両国の国家利益及び国民感情が相互に重なり合う点をさらに拡大する必要があることを反映している。すなわち、我々は中日の共同利益を増大させることに力をいたす必要がある。同時に、日本の政治的現実を直視し、両国間の政治的摩擦を減少し、あるいはそういう政治的摩擦の影響を管理コントロールすることによって、両国国民感情が接近することを実現する必要がある。
 原因は、大国・中国はアメリカの全面的な戦略的囲い込みに直面しており、日本のような国家は我々の獲得しなければならない国家であるからだ。日本はアメリカの同盟国ではあるが、中国は日本にとってのNo.1の貿易パートナーであり、対中国問題において日米関係は一枚岩であるという必然性は備えていない。ワシントンのますます極端に走る対中政策から日本が距離を保ち、ワシントンの中国攻撃に対する日本の迎合を少なくする点に関しては、中国は完全に動く余地がある。この分野で実質的な結果を生み出すならば、そのことは中日間の具体的な紛争における些細な利害得失よりもはるかに中国にとって意義が大きい。
 長期的に見れば、日本は必ずやアメリカの支配を受けない外交上の独立性を追求するし、日米同盟下において中米間で一種の戦略的バランスを保つことは日本の利益に合致するのであって、将来的に日本が必ず歩む道だろう。中国としては、日本のこの種の戦略的フレキシビリティを阻止する力の増大を阻止するべきであり、中日関係の原則を堅持する基礎の上で、両国社会が不断に接近するための積極的要素を育成するべきである。
 現実の中日関係が複雑であるもとで中日外交の新局面を切り開くことはことのほか難しいし、多くの曲折があるだろうから、双方が不断に共同で努力することが求められるし、周りの騒音は少なくないに決まっている。しかし、以上の方向性は中日関係にとってすこぶる戦略的価値があるものであることは確かである。