中国外交部長の王毅は8月5日に新華社通信とのインタビューに答える形で、また、党中央外事工作委員会弁公室主任(中国外交の最高責任者)である楊潔篪は8月7日「中共中央政治局委員・中央外事弁公室主任」を明記する署名文章(タイトル:「歴史を尊重し未来に向き合う 確固と移ろうことなく中米関係を擁護し、安定させる」)で、中米関係について相次いで発言しました。このようなことは極めて珍しいことだと思います。両者の発言内容自体は、格別新しい要素があるわけではありません。しかし、かくも立て続けに、しかも最悪な状態に陥っている米中関係に絞って、中国外交分野の責任者No.1とNo.2が発言したことの意味を考えないわけにはいきません。
<総論と各論>
 まず気づくことは、時間的には王毅発言が先で楊潔篪発言が後ですが、内容的には、楊潔篪発言が包括的総論的であるのに対して、王毅発言は個別的各論的であるということです。すなわち、楊潔篪発言は、前置き的部分の後、新中国成立から中米国交樹立までの歴史(1949年~1979年)、国交樹立から関係悪化に至る前までの歴史(1979年~2020年)、関係が悪化した現在、今後の両国関係のあり方、をそれぞれ扱っています。これに対して王毅発言は、ポンペイオ以下のトランプ政権による中国に対する言動について、新華社記者が取り上げる具体的テーマについて中国側の立場を説明する形を取っています。楊潔篪が党政府を代表する立場であるのに対して、王毅は中米関係を実務的に取り仕切る外交部トップの立場をそれぞれ反映した分業の結果であることは見やすい道理です。
<トランプ政権の異常性・異様性>
 楊潔篪発言は、中米関係史の全体的流れの中においてトランプ政権のもとで急速に悪化した中米関係を位置づけることにより、トランプ政権の異常性・異様性を際立たせています。つまり、国交樹立後の中米関係はおおむね良好に推移してきたし、中国は中米関係の発展を一貫して追求しているのに、中国共産党と中国人民の関係を離間させようと狂奔するトランプ政権に、中米関係の急激な悪化の全責任があることを指摘するのです。
 王毅発言は、米歴代政権の対中関与戦略は失敗だった(ポンペイオ)、米中関係でアメリカは一貫して損してきた、中米人的交流妨害行動(留学生、学術交流、特派員ビザ)、「信頼せず査察せよ」(ポンペイオ)、香港制裁、在ヒューストン中国総領事館閉鎖、対中国同盟結成呼びかけ(ポンペイオ)、中国共産党攻撃、中国の覇権野望、南シナ海等に関する新華社記者の個別的質問に答える形で、やはり、トランプ政権の対中アプローチは異常・異様を極めていることを具体的に明らかにしようとしています。
<中国の対米外交基本姿勢確認>
 楊潔篪発言は、中米関係史における中国対米外交の一貫性・安定性を強調することで、中国がトランプ政権の無理無体には絶対に妥協することはないことを明らかにしています。王毅発言も、個々の問題に対する中国のこれまでの立場・政策を再確認することを通じて、トランプ政権が対中姿勢・政策を改めることを促しています。
 中米関係のあり方に関しては、楊潔篪は、①戦略的に誤った判断を避け、互いの違いについては管理コントロールする、②さまざまな分野での互恵的協力を開拓発展させる、③中米関係における民意という基礎を擁護する、という3点を挙げています。これに対して王毅は、①ボトムラインを明確にして対決を避ける、②さまざまなルートを通じて率直に対話する、③ディカップリングを拒否して協力を保つ、④ゼロサムを放棄して責任をともに担う、という4点を挙げています。全体としては同じ趣旨です。
 楊潔篪も王毅も11月の大統領選挙の結果を考えながらの発言であることは明らかでしょう。トランプに対しては、彼が再選されるとしても、中米関係の改善はトランプが対中アプローチを根本的に見直すか否かにかかっていることを伝えています。また、バイデンに対しては、中米関係改善のカギはバイデンがトランプの犯した過ちを修正できるか否かにかかっていること(中国の原則的な立場は変わらないこと)を伝えようとしていることは間違いないと思います。7月26日のコラムで、民主党の対外政策について発言したマイケル・フックスの文章を紹介しましたが、中国は、民主党内でも強まっている対中強硬姿勢(例:ペロシ下院議長の中国人権問題に対する厳しい姿勢)を冷静に見つめており、民主党政権になったからといって、中米関係が簡単に好転するとは考えていません。むしろ中国としては、民主党政権になった場合の中米関係に関する中国の基本姿勢は一貫している、というメッセージを送ることに主眼が置かれていると思います。