「原則として各国・各地域が承認しているのは、「PCR検査を最重要事項とする」ことだ。最短時間内にPCR検査能力を最大限に高め、可能の限りを尽くしてもっとも精確に感染者を見つけ、探し出す。そうすれば、その後に来る防疫措置は直ちに歩調を合わせて進むことができる。」これは、香港で感染が急拡大しているのにどう対処するべきかという問いに対して、上海・復旦大学付属華山医院感染科主任で、上海市新コロナ・ウィルス医療ケア専門家グループ組長の張文宏が述べた答です。コロナ対策の要諦に関する世界の共通認識を、「医療体制崩壊阻止」が至上命題になってしまっている日本では今もなお頑強に受け入れようとしない。ここに、感染爆発の危機に直面する日本の問題のすべてがあります。
 香港では7月30日まで9日間連続で感染者が100人の大台を突破(東京と比べればまだ「大した」数字ではありませんが)し、抜本的対策を講じることが急務とされています。7月30日、張宏文は新華社記者の質問に対して、次のように述べました(同日付新華社上海電)。今の日本に対する最高のアドバイスだと思います。

 防疫コントロールの速度をいかにしてコロナの伝播速度に追いつき、追い抜こすようにさせるか。カギはPCR検査を拡大し、感染者を隔離し、ソーシャル・ディスタンスを厳格に守ることだ。香港は中国大陸の防疫コントロールの経験を参考にすることができる。最初の第一歩は早くPCR検査を行い、早く感染者を発見することだ。「病人発見」が第一歩だ。病人が発見できなければ、それに続くべきステップを進めることが非常に難しくなる。だから、この第一歩に大きな力を注ぐ必要がある。最近、北京では1ヶ月もかけないでコロナを強力に抑え込んだのは、非常に良い経験になった。短期的には防疫コントロールに大いに力を傾けたが、社会を正常に戻すための時間を大幅に短くできたし、かかったコストは最小だった。
 原則として各国・各地域が承認しているのは、「PCR検査を最重要事項とする」ことだ。最短時間内にPCR検査能力を最大限に高め、可能の限りを尽くしてもっとも精確に感染者を見つけ、探し出す。そうすれば、その後に来る防疫措置は直ちに歩調を合わせて進むことができる。PCR検査を拡大し、感染者は隔離し、ソーシャル・ディスタンスも厳守すれば、コロナの伝播を効率的にシャット・ダウすることができる。
 世界的なコロナの状況は不均衡であるので、世界が一致団結してコロナに積極的に立ち向かう必要がある。コロナの第一波はまだ収束するに至っておらず、このことは、コロナの防疫コントロールが今後も長い時間にわたって極めて困難であるというシグナルを送っている。また、コロナのぶり返しのリスクについても絶対に軽く考えてはならない。地域毎の対策をし、高リスク地域及び危険度が高い地域における防疫コントロールには厳格な基準を設定する必要があり、重点地域については全員PCR検査を行うべきだ。また、高リスク地域及び危険度が高い地域は封鎖し、可及的速やかに積極的な防疫コントロール措置を講じる。これが、これまでの防疫コントロールのプロセスの中で蓄積した経験である。さらに、コロナに対する上では、現地の医療資源が十分であることを確保することも非常に重要であり、「対応にてんてこ舞い、お手上げ」という状況を招かないことも大事で、格別に注意を払う必要がある。
 日本ではなにゆえに「医療体制崩壊阻止」が至上命題であるとする主張が我が物顔で通ってしまっているのでしょうか。私は毎日、世界のニュースをチェックしていますが、コロナ対策において「医療体制崩壊阻止」が至上課題としてまかり通っているのは日本だけです。世界のすべての国・地域が「人命第一」の取り組みをしているのです。医療体制の逼迫を防ぐためにPCR検査を受ける「資格」(「37.5度以上の熱が4日間続くこと」)を設けたのは、世界を見渡しても日本だけでした。なぜ、日本はかくも医療体制を守ることに熱心なのか。私の答は、1990年代から進められた新自由主義医療制度改革の「成果」を死守しようとする、厚労省(医療技官)を先頭とする政府自民党の思惑が先行したことにある、ということです。
 世界を見ると、WHOのテドロス事務局長がコロナを抑え込んだと評価したのは中国、カナダ、ドイツ、韓国であり、カンボジア、ニュージーランド、ルワンダなども流行出現を回避している、とテドロスは指摘しました(7月27日)。カナダとルワンダについてはよく分かりませんが、中国はもともと新自由主義と無縁です。ドイツは、他の欧州諸国が軒並み新自由主義的医療改革に走った中で、分厚い医療制度を維持してきました。韓国についてはSARSの体験から疫病対策を進めてきたことが「韓国モデル」と称される成功につながっています。カンボジアは、コロナ流行開始とほぼ同時に水際撃退作戦を取り、成功しています。なお、ロシアは感染者数ではアメリカ、ブラジル、インドに次いで第4位ですが、死亡者数は極めて少ないのが特徴です。ロシアも、新自由主義とは一線を画し、医療に対する取り組みが分厚い国です。
 新自由主義医療改革を積極的に進めたのは、日本のほかには、アメリカと欧州先進諸国(イギリス、フランス、イタリア、スペイン等)があります。これら諸国に共通するのは、中国における武漢封鎖というこれ以上ない警鐘が鳴ったのに、初期対応を怠り、一気にコロナ暴発に見舞われたことです。新自由主義医療制度改革の「成果」を守るどころではなかったのです。ひとり日本だけが、「奇跡」とも言える低い感染者数・死亡者数に恵まれ(?)、「医療体制崩壊阻止」という戯言を口にする余裕(?)を与えられたというわけです。安倍首相が「日本モデル」をヌケヌケと口にすることができたのもこの僥倖ゆえでした。しかし、安倍政権も都道府県もこの僥倖・「奇跡」にあぐらをかき、国民にあれこれ指図するだけで打ち過ごしてきました。その報いが今の事態であるというわけです。
 大連の取り組みも紹介しておきます。取り組みの徹底さを理解できますし、日本が如何に「忍者」「一匹狼」野放しの挙げ句としての惨状に陥りつつあるかが分かると思うからです。香港に関しては、中国政府の全面的支援を求める香港政庁に対して香港の医師会と看護師組合が抵抗しており、情勢はまだ流動的ですので、また機会を見て紹介するつもりです。ウルムチについても機会があったらまとめるつもりです。
 大連では、7月22日にコロ感染者が確認されました。これは111日間感染者ゼロの記録を破るものでした。翌23日には、濃厚接触者の中からさらに2名の発症者と12人の無症状感染者を割り出し、これによって主たる感染源が大連凱洋世界海鮮株式会社であることを突き止めます。輸入物の鮮魚を扱っているという点で武漢及び北京と同じケースです。大連市はこの日の内に2つの地区を中リスク地区に指定し、地区住民を対象とするPCR検査等の防疫コントロール措置を取ることを決定しました。この日には、国家衛生健康委員会の18人の専門家が大連に派遣されました。この日、大連市は「戦時状態」に入ることを宣言、全市を対象としたPCR検査を行うことを決定しています。
その後の報道をまとめると、次のようになります。7月25日14時現在ですでに21万人以上がPCR検査を受けました。26日から大連で大規模なスポーツ大会が行われる予定であり、大連市はこの大会期間中に感染者を出さないことを期して、25日に「6厳格」措置を発表しました。ちなみに、25日までの発症者数は12人で、そのうちの10人は大連凱洋世界海鮮株式会社社員でした。また、無症状感染者は54人で、同会社社員及びその家族が46人。つまり、陽性者の85%が同会社関係でした。そのため大連市は、社員全員、濃厚接触者及び濃厚接触者のさらなる濃厚接触者全員を14日間の集中隔離とし、最低2回のPCR検査を行うこととしました。またこの日には、1地区を高リスク地区に、また、4地区を中リスク地区に指定し、その地区全員のPCR検査を含め、6項目の措置を取ることとしました。26日には大連関連の感染者として、遼寧省鞍山(発症者1人)及び鉄岺(発症者1人)、福建省福州(無症状1人)、黒竜江省海倫及び鶴崗(無症状1人ずつ)、吉林省四平(無症状3人)及び長春(無症状1人)、それぞれビッグ・データに基づく追跡調査の結果判明しました。26日、大連市は全市民を対象にしたPCR検査を行うことを決定します(検査費用はすべて公費で負担)。また、大連現有のベッド数は409ですが、状況に鑑みて860床まで増やすことを決定します。
私の手持ちの最新情報では、7月30日24時現在、大連の感染者数は100人(発症者は68人で同社員が34人、濃厚接触者が11人)で、そのうち85人は同社関係であり、15人については感染経路不明です。感染経路不明者は、全市民対象のPCR検査の結果判明したものです。この点について、中国疫学の最長老である鐘南山は、北京、大連、ウルムチの経験も踏まえ、香港でも全市民対象のPCR検査を行うことを強く推奨しています。というのは、無症状感染者による感染拡大の可能性は非常に高いからです(日本も同じです)。他省における大連関係感染者は115人(発症者74人)です。内訳は、遼寧省鉄岺(発症1人)、鞍山(無症状1人)、吉林省(発症2人、無症状3人)、北京(発症3人)、黒竜江(無症状4人)、福建(無症状1人)となっています。
 中央テレビのインタビューの中で、私がコラムで度々紹介している呉尊友は、大連におけるコロナ再発について次のように語っています。
○北京のケースと大連のケースとの類似性は、海産品の加工及び販売と関係している点にある。武漢、北京、大連に共通しているのは、湿った低温の環境だということだ。この環境はコロナが生きた状況で存在するのに適しており、伝播するリスクを生み出す。また、3つの地点に共通しているのは通風状態がよくないことであり、この問題点を解決すれば、リスクは減るだろう。
○今回のコロナ再発以前、大連は100日以上感染例がない。時間的に判断すると、コロナは外から持ち込まれたものであることは間違いない。ビッグ・データの分析によれば、大連と北京には確実な関連性はなく、また、他の地域の感染者が大連に持ち込んだという証拠もないので、今のところ、汚染された海産品の輸入による感染という可能性が大きい(浅井注:中国各地では海産品卸売市場に対するチェックが厳しく行われるようになっています。海産物の輸入が桁外れに大きい日本にとっても無視できないポイントです)。