武漢封鎖を解除し、本格的な経済社会活動再開に乗り出した中国ですが、北京(5月)、新疆ウルムチ及び遼寧省大連(ともに7月)で再び集団感染が発生し、防疫と経済との関係をいかに規律するかという問題に直面しています。この問題は世界のすべての国が直面しています。しかし、中国と他の多くの国々とを決定的に隔てるのは次の点にあります。すなわち、他の多くの国々の場合、新型コロナ・ウィルス(COVID-19。以下「コロナ」)を抑え込むことができないうちに経済活動再開を余儀なくされ、その結果、感染流行の拡大を招いてしまい、経済活動を続けるどころではない状況に追い込まれてしまっています。それに対して中国の場合、コロナを基本的に抑え込むことには5月までに全国的に成功しており、対処することを考えなければならないのは偶発的な局限された事例です。つまり、中国の場合はコロナを局地的に抑え込むことが至上課題であって、同じ防疫でも他の国々とは性格・中身がまったく違うのです。したがって中国の場合、コロナ対策と経済政策とをいわば両立させることが可能です。逆に言えば、日本を含む他の国々は、まずはコロナ収束に全力を傾けることが至上課題であり、コロナを抑え込むことにめどが立たない限り、全面的な経済活動再開は望むべくもないのです。これが中国のアプローチから学ぶべきポイントです。
 ちなみに、ジョンズ・ホプキンス大学教授で世界銀行のチーフ・エコノミストを務めたことがあるA.クルーガーの"The Open Secret to Reopening the Economy"と題する文章(プロジェクト・シンジケートWSに7月23日付けで掲載)は、コロナを抑え込まないうちに経済活動を再開するという政策的選択は失敗の運命にあり、コロナ抑え込みの上ではじめて経済活動再開が可能となると指摘しています。その論旨は、これから紹介する国務院特別チームの報告の内容と見事なまでに軌を一にしており、私の以上の指摘が的外れではないことを確認しています。
 7月27日の人民日報は、封鎖が最終段階に入り、防疫と経済を両にらみする段階に入った武漢に、防疫と経済について指導するために派遣された(5月4日)国務院の特別チーム(国務院聯防聯控機制連絡組)が、2ヶ月以上にわたる現地での活動を踏まえて提出した(と思われる)、「常態化のもとでのコロナ防疫コントロールと発展の関係を科学的に処理する」と題する報告を紹介しています。その内容は、①コロナの不確実性に基づく長期的防疫コントロールの不可欠性、②常態化する防疫コントロールに見合った発展思考、③防疫コントロール常態的実行の前提のもとでの経済社会発展加速、という3つの柱で構成されています。この報告は武漢に関する総括ですが、相当期間にわたって感染者ゼロを記録していた北京、ウルムチ、大連において相次いで集団感染が再発している現実が示すとおり、防疫と経済を両立させる課題は長期的なものであり、したがって、この報告は全国各地に対する指針的性格を持つことは間違いありません。さらにいえば、中国以外の国々(もちろん日本を含む)にとっても貴重かつ有益な教科書的性格を持つと思います。その内容(要旨)を紹介するゆえんです。ただし、「③防疫コントロール常態的実行の前提のもとでの経済社会発展加速」の部分は武漢特有の問題点に即した総括であり、普遍性が欠けますので省略します。

<コロナの不確実性に基づく長期的防疫コントロールの不可欠性>
 専門家が注意喚起するように、国内では、散発的さらには集団的な感染が起こり、それが常態となるであろう。したがって、常に覚醒された意識を保たなければならず、軽く考えて油断することは許されず、ましてやおろそかにしたり怠慢になったりすることがあってはならない。
 第一、コロナに関しては多くの未知の部分があること。ワクチンに関しては未だ不確実性が多く、また、ワクチンが完成したとしても、コロナはさらに変異を起こす可能性もある(ことを考慮しなければならない)。
 第二、コロナの再発及び拡散のリスクは常に存在すること。武漢では1200万人の市民にPCR検査を行い、その結果1188人の無症状感染者を発見、全員の集中的医学観察を終えているが、今後もなお経済社会活動の再開に伴う人の移動によるコロナ再発リスクは排除できない(浅井注:大連における感染者は北京、福州等に移動していることが確認されています。また、北京新発地卸売市場における感染源はまだ特定できておらず、ウルムチの場合も同じです。大連については、疫学専門家の呉尊友が、武漢、北京、大連の共通点として、輸入された魚を販売する卸売市場が汚染されていた可能性を指摘していますが、やはり感染源の特定には至っていません)。
 第三、外国からコロナが入り込む危険性が大きいこと。国際的な人的交流の回復に伴い、このリスクは不断に増大する。中国国内で決定的成果を収めたとしても、世界的な流行が抑え込まれない限り、中国だけが安全でいられる保証はまったくない。
 第四、「針の先端ほどの小さな穴でも非常に強い風を通すことができる」こと(習近平が全国人民代表大会開催期間中に湖北代表団に語った言葉)。
<常態化する防疫コントロールに見合った発展思考>
 新しい情勢に適応して主動権を握る上では、常態化する防疫コントロールと経済社会発展との関係を科学的に処理する必要があり、「一つの到達(中国語:到位)」「二つの転換(中国語:転変)」「三つの精確(中国語:精准)」を確実にやり遂げる必要がある。
 「一つの到達」とは、「常態化した防疫コントロールに対する認識に到達」しなければならない、ということである。我々が認識しなければならないのは、コロナの防疫コントロールは経済社会発展の前提であり、両者の関係を例えていえば、「1」と「0」の関係であるということである。コロナ防疫コントロールにおける「1」が得られてはじめて経済社会発展、社会保障における10,100,1000……が得られる。もしもコロナ防疫コントロールの「1」に問題が生ずれば、経済社会発展における一切の努力はすべて「0」に帰する。コロナ防疫コントロールをしっかり行うことは経済社会発展のボトム・ラインであり、生命線である。コロナ防疫コントロールの長期性、困難性、複雑性を充分に認識し、思想的麻痺及び僥倖心理を断固として克服し、公開透明、法規に依拠すること、大衆に依拠すること、聯防聯控を堅持し、一時的な発展のために防疫コントロールを弱めるようなことは絶対にせず、ましてや防疫コントロールにおいてお茶を濁すとか、形式主義や官僚主義に陥るというようなことは絶対にあってはならない。
 「二つの転換」とは、経済社会発展の基礎を計画するに当たって、「無コロナ状態」から「コロナの長期的存在への適応」に転換すること、そして、「無コロナ発展」から「コロナを背負った発展」に転換することである。例えていうならば、過去においては無コロナ状態であり、「晴天」環境であったため、のびのびとやることができたが、これからは常コロナ状態であり、「雨天」環境であるので、「片手に傘を持ち、片手で仕事をする」ということでなければならない。
 以上のことは我々に次のことを要求する。
 一方では、発展環境に対する認識を、「無コロナ状態」から「コロナの長期存在への適応」に転換させる必要がある。「晴天」から「雨天」に情勢が変化する以上、経済社会発展の企画にせよ、産業政策の提起にせよ、企業の生産活動にせよ、すべてにおいて、コロナ防疫コントロールを一つの重要要素として考慮に加えなければならない。
 他方では、発展方式を考える上で、「無コロナ発展」から「コロナを背負った発展」へと転換する必要がある。我々は、コロナが長期にわたって存在するという新しい情勢に適応し、コロナ防疫コントロール措置を経済社会発展プロセスの中に織り込んで統一的に計画して推進しなければならない。すなわち、「片手に傘を持ち、片手で仕事をする」という前提を堅持し、応急措置と長期的発展の関係を巧みに処理する必要があり、生産及び生活を回復する上では、その場しのぎ、コロナの存在無視、短期的利益のための盲目的新規事業などは絶対だめで、長期的に発展を図るという立場に立つ必要がある。また、経済振興とガヴァナンス改善との関係を正しく処理し、コロナがもたらした深刻なショックについて、経験と教訓をくみ取り、集団的記憶を形成し、不断に制度及びシステムを改善し、ポスト・コロナ時代の科学的発展モデルを探求していく必要がある。こうしてのみ、コロナ防疫コントロールを有効に行うとともに、情勢を有利に導き、危機をチャンスに転化させ、新たな経済成長を造り出すことができるのである。
 「三つの精確」とは、戦略の調整選択、防疫コントロール措置の実行及び応急工作の準備は精確である必要があるということである。
 第一、動態的弾力的な方針を堅持すること。コロナの情勢の変化に基づいて防疫コントロールのレベル及び戦略を適時に調整するに当たっては、コロナぶり返しが起こらないことを確保する必要があるし、防疫コントロールが度を超してもいけない。例えていえば砂をつかむようなもので、手に多くの砂を残そうとする場合、ぎゅっと握ってはだめだし、にぎり方が緩すぎてもだめであって、ちょうど程よいようにする必要がある。防疫コントロールのレベルを選択するに当たっては科学的である必要があり、防疫できると同時に、防疫コントロールのコストと発展環境の醸成とのバランスにもこだわる必要がある。
 第二、防疫コントロール措置の実行を強化すること。防疫コントロール措置は、実行可能であり、規格的であり、実現可能であり、検証可能である必要がある。そのためには「五有三厳」が求められる。「五有」とは、企業事業単位が科学的な防疫コントロールの指針を有すること、規範的な防疫コントロールの管理制度と責任者を有すること、十分な防護の物資設備を有すること、専門の医療的支持を有すること、そして厳格な隔離移転の手はずを有すること、である。「三厳」とは、厳格な医院発熱外来の設置及び管理、厳粛な流行病学的調査、そして医院感染の厳格コントロールである。「五有三厳」を通じて、具体的な防疫コントロールの内容を明確に定め、防疫コントロールのスタンダードを設定する。
 第三、科学的、実務的かつ有効に応急準備を行うこと。万一コロナが発生した場合には、対応マニュアルにしたがって瞬時に精確な防疫コントロールを実行できることを確保する。例えば、対応マニュアルに基づき、10%(浅井注:何に対する10%かは文章からは不明)の医院とベッドを備え、コロナ救急医療の標準を具え、一定数の医療スタッフの訓練と応急物資及び薬品の蓄えをする。応急準備は、輸入性コロナの防疫コントロール、局地的集中発生防疫コントロール、秋冬季防疫コントロールなど、異なるケース毎に、基準を満たした伝染病病院、病床、医療人員及び薬品、物資備蓄などを十分に確保しておくべきだし、また、そうしなければならない。そうしないと、コロナによる災難の再演を招く可能性がある。困難に関する見積もりは多めに行う必要があり、問題についても深刻な場合を想定する。「10準備して9が外れ」で準備して実際には実働しない方がいいのであり、準備ゼロの戦争は絶対にしない。