アメリカが中国の在ヒューストン総領事館の閉鎖を要求し、中国が対抗してアメリカの在成都総領事館の閉鎖を要求するに至って、米中対決はもはやのっぴきならない状況にまで至っています。ポンペイオ国務長官は7月23日に演説(カリフォルニア州のニクソン大統領図書館)で、米歴代政策の対中関与政策は失敗だったと断じ、「共産党中国」に対抗するための民主主義国の有志連合を提唱するという狂気の次元にまでのめり込みました。
 7月23日付けの環球時報は「アメリカの対中態度豹変の背景を整理する」と題する社説を掲げました。1972年以来の米中関係を総括しました。この社説の最後の文章(「彼らは中国と対決しているというよりも、21世紀という時代と対決しているというべきだ」)は意味深長です。「21世紀という時代をどう認識するべきか」という問いが含まれているからです。中国の基本規定は、「ゼロ・サムのパワー・ポリティックスからウィン・ウィンの脱パワー・ポリティックスの時代への移行」です。そこから、人類全体が直面している地球規模の諸問題への米中共同対応という呼びかけも出てきます。
米誌『フォリン・アフェアズ(FA)』WSは7月24日、マイケル・フックス署名文章「ポスト・コロナ世界の対外政策-次の危機に如何に準備するか-」を掲載しています。この二つの文章を併せ読んで、トランプが次の大統領選挙で敗れ、民主党政権が「リベラル」な対外政策を実行するのであれば、「米中冷戦」は不可避、という結論になるとは限らない、そんな考え方もできるように思いました。以下ではまず両文章(要旨)を紹介し、ポスト・トランプ時代の米中関係の接点の可能性を考えてみようと思います。
なおFAには、マイケル・フックスはアメリカ進歩センター(the Center for American Progress)の上級フェローで、2013年から2016年まで国務省東アジア太平洋担当副次官補を務めた人物という紹介があります。また、同センターWSはフックスの経歴を紹介していますが、2009年から2011年にかけて、ヒラリー・クリントン国務長官の特別補佐として、アメリカ対外政策全般にわたって彼女にアドバイスを行う役割を担っていた、という紹介があります。この文章がバイデン・民主党の考え方を代表しているというつもりはありませんが、それなりの重みを持っている可能性はあると思います。ちなみに、今朝(7月26日)のNHKニュースが大統領選挙に臨む民主党の公約草案の発表を報道していましたが、中国に対する強い警戒感を打ち出すと同時に、環境問題やパンデミックなどの地球規模の諸問題に関しては中国との協力の可能性を模索する、とするなど、フックス文章の内容と重なる部分が少なくありません。この文章は長いので、要旨をまとめる形で紹介します。

<環球時報社説>
 アメリカはどうして突然中国に対する態度を豹変させたのか。中米には、関係を緩和させ、全面対決に向かわないようにする余地はないのか。
 アメリカの政治エリート層に常に見られる主張は、アメリカは1970年代から中国と接触を始め、この接触がもたらす市場経済の繁栄が最終的に中国の政治の自由化をもたらすと長らく考えてきたが、今や完全に失望したというものである。しかし我々が見るに、かかる解釈は半信半偽であり、アメリカ政治エリート層の選択的自己美化であると同時に、アメリカ及び西側世界が中国に対抗する上での一種の道義的動員に類するものである。
 中米関係の改善は1972年のニクソン訪中で始まったが、当時は冷戦最中だった。ワシントンが北京に接近しようとしたのは何よりもまず冷戦という状況がそれを迫ったものである。当時の中国は文化大革命の最中にあり、西側とのイデオロギー対立は極めて尖鋭だったが、中米関係の改善はアジア太平洋の地縁政治パラダイムを作り替え、米ソ冷戦構造に影響を与えた。これこそが当時のワシントンの本当の目標だった。
 中米両国社会が広範囲にわたって接触し、アメリカ及び西側の思想が中国に入り込み、一連の衝突及び交流を経験したのは中国の改革開放後のことであった。80年代全般は中国の改革開放における不断の模索と拡大の時期であり、アメリカが中国との接触を通じて「ますます多くの効果を期待する」時期でもあったが、アメリカの対中関係における最大の狙いはやはり、中国の力の増大をソ連との対決に利用する上でのコマとすることだった。この状況は1980年代末まで続いた。
 冷戦終結後はアメリカが中国と連合してソ連に対抗するという戦略的理由はもはや存在せず、1990年代全般を通じて、アメリカの戦略的重点は冷戦の成果を消化し、NATO東方拡大を通じてロシアの戦略的空間を圧迫することに充てられた。新興市場としての中国はアメリカ資本の多大な関心を集め、2001年の中国のWTO加盟に当たっては、アメリカ資本の利益が巨大な推進作用を担った。中国はアメリカIT産業の最大の市場先となり、アメリカの娯楽産業も中国市場がもたらす利益の門を切り開いた。
 アメリカの保守派エリートが中国敵視を放棄したことはないが、中国市場の巨大な利益はこの敵意の拡散を抑え、開明派エリートは中国との接触が最終的に中国を平和的に変化させることに有利に働くという宣伝を積極的に行った。全体としていえば、アメリカはこの主張には半信半疑だったと言える。アメリカのシステムの複雑な構造により、中国に対する接触と警戒との間で政策的バランスが構築されてきた。しかし、利益が一貫して主導的であり、対中関係における利益の拡大は接触論を支持する方向で働いてきた。
 対テロ戦争後、アメリカでは大国間の競争という意識が再び強まり、オバマ政権時代には、中米接触論は不断に挑戦に遭遇した。「アジア太平洋リバランス」(という主張)はそうした変化の対中戦略上の反映である。中国の台頭は、次第にアメリカが戦略的に辛抱できる臨界点に近づくまでに至った。(そのようなときに登場した)トランプ政権はポピュリズムの背景を持っていた。そしてポピュリズムの特徴は問題を単純化し、レッテル貼りをすることであり、物事の一面だけを見て他を顧みないということである。その結果、ワシントンは一方的に中国をアメリカの最大の戦略的ライバルと決めつけ、対中政策には根本的な逆転が起こることとなった。
 今や、アメリカの政治エリートが対中政策転換を促進するための動員方法とは、中国はアメリカの接触政策に見合う自由化を行うことを拒否し、ワシントンが中国に対する態度を根本的に変えるように仕向けている、とするものである。有り体に言えば、アメリカが「中国を改造する」ことができるという確信を抱いたことはないのであって、彼らが一貫して忙しくやってきたことは、中国に浸透して中国国内に政治的対抗勢力を育成するということだった。利益とアメリカ的「理想主義」は長期にわたって複雑に交錯している。しかし、最新の変化における根本的推進力はアメリカの利益に関して現れた新しい計算公式である。
 アメリカは過去において、発展がかくも速くしかも潜在力無限の中国という馬鹿でかい存在には出会ったことはなく、ワシントンの政治エリートは若干慌てたというのが事実である。その結果、冷戦思考が存分に動員されることとなり、彼らの中米関係に対する考え方は、アメリカの繁栄に有利かどうかという角度から、如何にして中米の力比べに影響を与えるかという角度に抜本的に転換することとなった。中米関係というシステムの中で、アメリカの覇権的利益が絶対的圧倒的な位置を与えられ、中米交流による巨大な経済的利益は二の次となった。ワシントンはあたかも突然20世紀に逆戻りしたかのごとくであり、「驚いて跳ね起きた」かのごときヒステリー状態に陥った。
 中国もまた、世界覇権国家とどのように付き合うかという経験はまったくなく、ワシントンがのべつ幕なしに怒り狂う有様に直面して、説明して慰めたものか、それとも、自らの原則に従ってことを行い、「歯には歯を」で行くものか、中国としても不断に模索が必要なところである。
 しかし我々が確信するのは、中国は全体としては無辜であり、そのことはこれからの長期にわたって物事の発展に影響を与えるだろうということだ。というのは、中国が大国になったのは、人民が貧困を脱して豊かになるという善良な願望が推し進めてきた結果であって、アメリカをひっくり返そうという陰謀によるものではないからだ。中国が軍事力を発展させてきたのも、国家の台頭とともに戦略的リスクが高まってきたことそして守るべき利益が増大してきたこととあい相応するものであって、中国は相変わらず戦略的防御の国家であり、中国には伝統的帝国につきものの拡張という野心はまったくない。我々が言うところの「強硬」は、周辺問題で我が国の核心的あるいは重大な利益にかかわるときに使う表現であり、世界秩序リセットを狙った戦略的出撃ということではない。
 アメリカは深刻なまでに中国の戦略意図を間違って判断している。中国は超デカ社会であり、国家のガヴァナンスの重心は一貫して国内にある。中国共産党は全国人民を引率して煩雑な問題を解決する核心力なのだ。中国のこの数年における最大の変化は何かといえば、国際的にいささかの力を増したということではなく、18回党大会以来の反腐敗キャンペーンで政府の作風を変えたこと、情報産業が生活に利便性をもたらしたこと、新農村建設が郷村の面目を一新させたこと、公平を打ち立てる政策で重要な進展を見たこと等々である。以上に加え、新コロナ・ウィルスを抑え込むことに出色な成果を収めたこともあり、現在、中国政治は安定して空前の盤石状態にあり、執政党が人民の支持を享受していることは紛れもない事実である。
 有り体に言うが、アメリカには今日の中国を撃滅するだけの力はまったくない。中国はすでに非常に強大になっているからだけではない。中国には野心はないし、リスクを冒して拡張を図るという古い大国の道も歩まない。西側諸国とはイデオロギーは違うが、「人の恨みを買う」ようなことはしないし、ましていわんや、ほかの国々が現実の利益を犠牲にし、いかなる代価をも惜しまずに中国と対抗する連合を組むというようなことを招くことはしないからだ。アメリカが反中同盟を作ろうとしても、絶えることのない阻止力に遭遇する原因は正にここにある。
 アメリカの執権グループのアメリカの利益に対する認識も、中国に対する認識もあまりに時代遅れだ。彼らは中国と対決しているというよりも、21世紀という時代と対決しているというべきだ。したがって、彼らがさらに壁にぶち当たるのは不可避なのだ。
<マイケル・フックス署名文章>
 たった一つの出来事がアメリカの対外政策を数十年にわたっていい方向にも悪い方向にもリセットすることがある。9.11事件は正にそういう出来事だった。対テロ戦争は数千人のアメリカ兵士と数十万人の民間人の命を奪い、アメリカの世界的イメージを傷つけ、20年後の今も、アメリカと世界はその余燼に苦しんでいる。対テロ戦争政策は不可避のものではなく、チェイニー副大統領などがウソの情報を元に作り出したものだった。アメリカは、G7、NATO、国連安保理等の国際機関にテロリズムを中心テーマとして押しつけ、国内政府機関もテロ対応中心に再編した。
 新コロナ・ウィルスは、9.11以上にワシントンに大きな変化をもたらす可能性を秘めている。今回こそ、リベラルな国際主義者は新秩序を定義するべく行動しなければならない。中国はアメリカ国内でこの疫病に関する偽情報をまき散らしながら、自らこそがこの危機に対応できる世界的リーダーだと宣伝している(China is sowing disinformation about the pandemic in the United States while portraying itself as a global leader in responding to the crisis)。トランプは中国をスケープゴートにして自分の対応のまずさをごまかそうとしている。
 リベラル国際主義者(政策担当者と学者)は長い間、アメリカが直面する最大の脅威は、パンデミック及び気候変動を含め、本質的に国境を越えるものであり、国境を越えた解決(外交、多国間主義、他の国々に対処能力をつけさせる対外政策)を必要としていると主張してきた。ワシントンはこのアドバイスに従わず、その苦い結果を我々はいま目にしているわけだ。しかし、アメリカはまだ過ちを正すことができる。そのためには、アメリカは2021年に新しい政権を必要としている。
<新対外政策(WINDOW OF OPPORTUNITY)>
 ワシントンは対外政策の対象・方向をもっとも深刻な脅威(特に気候変動、パンデミック、デモクラシー及び人権の腐食)に転換し、必要な資源を投資するべきである。事実、新コロナ・ウィルスは朝鮮戦争開始以来の死者全部を合わせたより多くのアメリカ人を死なせている。とりあえずの問題は次のパンデミックによる破壊を如何に防止するかにあるが、より根本的には、今回の危機を多岐にわたる国境を越えた脅威に対処するようにとの警鐘と捉える必要がある。政府も議会も、ペンタゴンの予算を議論する以上に非軍事的脅威という問題に議論の時間を充てるべきだ。
今回のパンデミックは、アメリカ経済の全面的シャットダウンを強いることを通じて、議会保守派をすら経済刺激のための予算を講じることの必要性を認識させた。気候変動への対処には巨大な投資を要するが、雇用と経済成長をも生み出す。記録的な失業を前にして、選挙民によって選ばれる議員たちはこの政策を支持するだろう。
 対外援助についても同じことが言える。対外援助に厳しい立場の議会共和党であるが、トランプ政権の提案する予算削減提案には、国務省とUSAIDを守るために民主党と肩を組んだ。軍指導者もこの見解に傾いてきている。ムラ-前合同参謀本部議長は議会に対して、「対外関係予算を削れば削るほど、長期かつ命がけの軍事作戦行動の危険が高まる」と述べた。パンデミックはそうした主張を支持するさらなる援軍となるだろう。
<国際機関強化(STRENGTH IN NUMBERS)>
 新政権は、国際機関を擁護し、強化する方向で動くべきである。国際機関は、貧困、人権、移民・難民等々の課題に直面しているが、おしなべて資金不足に直面している。例えばWHOの年間予算は22億ドルであり、これはアメリカの大きな病院の年間予算よりも低い。IMF及び世界銀行も世界経済回復には欠かせない。サイバーセキュリティ、インターネット・ガヴァナンスに関しては新規の国際的取り決めが必要だ。アメリカのリーダーシップは欠かせないが、アメリカがこれらの課題を解決するためには多国間主義でいくしかない。
 今回のパンデミックでは米中対立を露わにしたかもしれないが、今後のパンデミックに対処する上では米中が力を合わせることは欠かせない。歴史もこれが可能なことを教えている。すなわち、米ソ協力がNPT成立を可能にした。過去10年間、米露中は核問題や気候変動で協力してきた。新疆、香港、中国の近隣諸国に対する侵略に関しては、アメリカは中国に圧力をかける必要がある(To be sure, Washington will need to ramp up pressure on China in response to Beijing's concentration camps in Xinjiang, its repressive behavior in Hong Kong, its aggression against China's neighbors, and much more)。同時に、気候変動やパンデミックなどの実存的脅威に関しては、米中協力を優先させるべきだ。
<リベラル国際主義(THE FIGHT AHEAD)>
 パンデミックに巻き込まれた世界において、リベラル国際主義は誰に対しても訴えられる内容を持っている。アメリカの対外政策はより抑制的であるべきだとするものにとっては、ミリタリズムに対するマルティラテラリズムの優位(という魅力)を提供する。アメリカのリーダーシップを欲するものにとっては、外交力を行使するアメリカ(という魅力)を提供する。また、中国及びロシアの権威主義的政権を世界的脅威と見なすものにとっては、こうした国々を押し戻す手段として同盟及び国際規範を使用するという道筋を提供する(for those who view authoritarian regimes such as China and Russia as growing global threats, it offers a way to use alliances and international norms as tools to push back against autocratic encroachment)。
 もちろん、パンデミックは世界を違った方向、すなわちポピュリズムと民主主義の後退へと押しやる可能性はある。これまでのトランプがそうであるように。しかし、そういう結論が不可避であるというわけではない。第二次大戦が終了したとき、西欧が自由で、繁栄するということはまったく定かではなかった。冷戦が終了したときも、平和的移行が保証されていたわけではなかった。それらの時に、アメリカのリーダーシップと協力は報いられるという信念が(政策として)採用されたのである。今日という時代においては、そのような信念はナイーヴで時代遅れに見えるかもしれない。しかし、アメリカが安全で繁栄するためには、やはり正しいものである。
 フックスの文章の中で、彼が中国に関して批判的に述べている部分は英語本文もつけておきました。これからも直ちに分かるように、ポンペイオのようなアメリカ極右の認識(共産党・共産主義を敵と決めつける硬直したイデオロギー的立場)とは異なりますが、アメリカのリベラル国際主義(環球時報社説のいう「開明派エリート」)には、アメリカが自由・人権・デモクラシーという価値観を代表しており、その価値を世界にあまねく広める使命がある、という「丘の上の町」(ジョン・ウィンスロップ)の思想が根底にあります。フックスの文章を読むと、彼がこの思想を奉じていることを容易に読み取ることができます。この思想的立場から出てくるのは、本文にもあるように、中国(及びロシア)を権威主義政権であり、人権抑圧政権であるという決めつけです。
 私がコラムで紹介した環球時報社説などから分かるように、中国はトランプ政権には辟易していますが、だからといって、バイデン政権になれば中米関係は改善に向かうという甘い認識を持っていません。それは、以上の価値観を奉じる傾向が強い民主党政権は、共和党政権以上に人権・デモクラシー問題では非妥協的であることを知悉しているからです。また現実に、新疆、チベット、香港の問題に関して、アメリカ議会で中国を非難・制裁する決議・法案を審議するに当たっては、ペロシ下院議長が先頭に立って事を進めてきたことも、中国は百も承知です。したがって、11月の大統領選挙でバイデンがトランプに勝利を収めるとしても、それによって、米中対決が鎮静に向かうという保証はありません。
 その点を確認した上で、私は、環境問題(気候変動)、パンデミック、核管理などのいわゆる地球規模の諸問題に関して、フックス文章が多国間主義の立場から、中国との対話・協力という政策を提起していることに注目します。なぜならば、中国もまた、これらの問題に関して、世界ナンバー・ワンとナンバー・ツーの米中が共同でリーダーシップを取って国際協力を推進することを一貫して提起してきているからです。新型コロナ・ウィルスの問題がバイデン政権登場を待たずに収束する可能性はほとんどない以上、この問題に関する米中協力実現は正に焦眉の課題となると思います。私たちの生活実感からも、「コロナは私たちすべての日常を変えてしまった」極めて重苦しい問題です。そうした問題について、2021年早々から米中協力が動き出すようになれば、それだけでも世界にとっては大きな朗報となるでしょうし、国際社会・国際世論が逆に米中協力の進展を後押しすることにもつながる可能性があります。私はそういう、「米中コロナ協力→国際社会・世論の支持・後押し→(例えば)米中環境問題協力」という正の連鎖が起こることを期待したいし、バイデン政権になった場合の米中両国はそういう連鎖を起こすに必要な主体的な政策意図・志向を具えていることに着目したいのです。