ハーバード大学アッシュ・センターは、西側の見方に反し、中国人の多くは中国共産党統治に対する満足度を高めている、とする報告を発表しました。日本を含む西側諸国で支配的な見方は、改革開放政策のもとで拡大した貧富の格差及び中国共産党の自由を押しつぶす強権政治に対する中国国民の不満は強く、政権批判が強まっているはずだ、とするものです。しかし、アッシュ・センターは、2003年から2016年にかけて行った現地調査の結果として、次の二つのポイントを指摘しました。
第一、「中国市民の政権に対する満足はほとんど全般的に向上している。国レベルから郷レベルまで、中国市民は、政府はかつてなくより有能で、より効率的になったと評価している。興味深いのは、より貧しい、より内陸の地域においても、満足度が向上したことを示している。」
第二、「中国市民は,肯定的にせよ消極的にせよ、物質的福祉における真の変化に反応する傾向がある。ということは、経済成長の鈍化及び自然環境の悪化によって現在の高い支持が損なわれる可能性がある。」
 第二のポイントには、明らかにアッシュ・センターの主観が混じっています。調査結果が示しているのは、中国人は国、省、県、郷の4レベルで、中国共産党の3分野の政策(公共サービス、腐敗取り締まり、環境)について満足度が大幅に向上しているということです。
 以上の結果は、中国に関する私の個人的な印象がおおむね事実に近いことを示すものです。つまり、第一、貧富の格差は確かに拡大している。しかし、貧しい人々、内陸に住む人々の生活は確実にしかも大幅に向上しており、そういう結果を生み出した中国共産党の統治に対する満足の方が格差拡大に対する不満よりもはるかに大きい。第二、中国共産党の一党支配に対する反発は確かに存在する。しかし、それはごく一部であり、圧倒的に多くの中国人は共産党の政策を支持している。
 以下においては、7月に発表された「中国共産党のレジリエンスを理解する:経年的な中国世論調査」("Understanding CCP Resilience: Surveying Chinese Public Opinion Through Time")と題するアッシュ・センターの報告(要旨)を紹介します。なお、1~10の表については、この報告全文を末尾につけておきますので、適宜参照してください。

<はじめに:専制のレジリエンス>
 専制システムは、強圧、政策決定の過度な集中、法治よりも人治に頼ることから、内在的に不安定である、というのがレジーム理論の説くところだ。しかい、中国の習近平指導部はこの理論に真っ向から立ち向かおうとしているように見える。党創建100周年に向けて、中国共産党はかつてないほどに強力であるようだ。そのレジリエンスを支えているのは政権の政策に対する人々の支持である。興味深い疑問が起こる。すなわち、習近平の政治スタイル及び共産党支配が中国人の間における正統性を失うことはあるのか、という問題である。
 ある者は、所得不平等の増大及び情報の多様化が「社会的活火山」を生み出し、大衆的政治的不安の引き金になると主張する。またある者は、数十年にわたる急速な所得増大をもたらした共産党に対する中国市民の信頼は厚く、生活水準が向上し続ける限り、その統治の正統性に異を唱えることはありそうにない、と主張する。この調査の目的は、2003年から2016年にかけて行った8回の調査(国、省、県、郷の4レベルでの都市及び農村の31000人に対する面談調査)に基づいて、中国における政権の正統性を調べることである。その結果、次の2つの重要な調査結果が得られた。
 第一、中国市民の政権に対する満足度は、2003年以来、ほぼ全面的に向上してきた。国政から郷レベルの官吏の行動に至るまで、中国市民は政権がかつてなくより有能で、より効率的になっていると評価している。興味深いのは、より貧しい、内陸の恵まれない層も満足度が向上したとしていることであり、中国は「社会的活火山」の上に座っているとする見方の正しさを疑わせる。
 第二、中国市民は,肯定的にせよ消極的にせよ、物質的福祉における真の変化に反応する傾向がある。ということは、経済成長の鈍化及び自然環境の悪化によって現在の高い支持が損なわれる可能性はある。
<市民の満足傾向>
 もっとも注目される結果は、中国市民の4レベルの政府(国・省・県・郷)に対する平均的満足はほぼ軒並み向上しているということである。満足度は下級レベルに行くほど(市民に近くなればなるほど)低くなる。これは、アメリカその他の西側デモクラシー諸国とは真逆の傾向である。とはいえ、近年ではこのギャップが縮小している。
 具体的にいえば、2003年でも中央政府は86.1%という高い肯定的評価を受けていた。2016年にはさらに高くなった(93.1%)。それに対して郷レベルでは、2003年の肯定44%に対して否定52%だったのが、2016年には肯定70%、否定26%に逆転した(表1)。この結果をもたらしているのは官吏に対する市民の評価の変化であり、官吏が親切で、知識があり、効率的だと評価する市民が増えてきている(表2)。また、状況が改善されていないとした市民は、2004年の28%から2016年にはわずか7.6%にまで減った。逆に、状況が完全に解決されたとするものは、2004年の19.3%から2016年には55.9%まで増えた(表3)。
 以上の全般的評価の変化の原因を調べるため、3分野における中国市民の満足度を調べることとした。
<公共サービスの提供:経済政策から社会政策へ>
 1978年の改革開放政策以来の急速な経済成長で生活水準は向上し、8億人以上が貧困を脱した。しかし、鄧小平及び江沢民の「先富論」(及び財源保障を伴わない公共サービス提供主体の下部移行)は貧富の格差拡大を生んだ。2003年に誕生した胡錦濤・温家宝政権はこの問題を自覚し、不利な立場に置かれた人々に対する公共サービス提供のための一連の政策を実行した。その結果、例えば、健康保険のカバー率は2006年の43%から2011年には95%までほぼ倍増した。さらに習近平のもとで、都市と農村、沿海部と内陸部の不平等は高止まりから縮小へと向かっている。
 アッシュ・センターの調査の主要目的の一つは地方レベルにおける基礎的な公共サービス提供に対する満足度を調べることだった。調査開始時点の2003年は、胡錦濤・温家宝政権が再配分政策を開始した年であったので、①中国市民がより質の良い公共サービスを受けられるようになったか、②再配分政策のターゲットであるより貧しい農村・内陸地域における政権に対する満足度が向上したか、を判断するのには好都合だった。調査の結果、特に県・郷での満足向上がハッキリ分かった(表4)。例えば、基礎的医療保険の農民カバー率は、2005年の32%から2011年には82.8%まで伸びた。基礎的労働者年金計画については、36.8%から71.3%へ伸びた。6つの保健・社会保障プログラム(従業員基本養老保険、従業員及び住民の基本医療保険、失業保険、労働災害保険、出産保険、住宅基金)のすべてにアクセスがない農民数は2005年の58.3%から2011年には13.2%まで減少した。
 このサービス提供拡大が政権支持向上につながっているかを見るため、高所得者と低所得者の満足度を比較した(表5)。2つの顕著な傾向が読み取れた。一つ(所得効果)は、低所得者層の満足度は高所得者層より大きな伸びを示していること、もう一つ(地域効果)は、内陸住民の方が沿海地方住民よりも満足度の伸びが大きいことだ。
 以上から、2003年以来の政府の業績に関する市民の満足向上は、胡錦濤・温家宝政権がターゲットとした、より恵まれない人口に不釣り合いなほどに集中していることが分かる。これらの知見が示すのは、中国のより貧しい住民は、社会的政治的不満という危険な底流になっているという見方(浅井注:西側の判断)からは程遠く、政権による保健、福祉その他の公共サービスの提供がますます効果的になっていると感じているということだ。中国市民は、所得不均衡及び就業不安定などの問題を指摘しつつも、大多数は物事が良い方向に向かっており、そうした改善は政権のお陰であると評価している、と言える。
<腐敗:対応上の成功>
 腐敗は、中国市民がもっとも深刻な問題と指摘するものである。胡錦濤・温家宝政権時代には、市民の見方は、200年及び2005年には満足度が低く、2007年及び2009年には著しく改善したが、2011年には再び下がった(表6)。2011年の落ち込みには、2011年に起こった温州列車脱線大事故に対する交通省の対応に対するソーシャル・メディアの怒りの爆発、同年の中国人民銀行及び紅十字での組織的腐敗暴露もかかわっている。
 習近平政権は現代中国ではもっとも大規模な反腐敗キャンペーンに乗り出した。中国市民はこの運動を支持している。政権の腐敗に対する取り組みに対する回答者の答は、2011年には支持がわずか35.5%だったのに対して、2016年には71.5%まで向上した。同時に、政府の官僚が「清潔」だと見なすものは、2011年の35.4%から2015年には44.2%、2016年には65.3%まで上昇した。こうして2016年には、回答者の多数は政府の腐敗取り締まり努力が結果を生んでおり、物事はいい方向に進んでいると感じている(表7)。
<環境:情報に通じた市民の健康への関心>
 改革開放政策の初期の時代には、環境問題を犠牲にして経済成長が追求された。近年、中国政府は環境問題に対する取り組みを強化しているが、環境問題はなお市民の不満、抗議においてトップを占めている。2016年の調査結果によると、市民のもっとも関心が高いのは空気汚染で34%、次いで食品の安全19%、気候変動16%、水質汚染12%等が続いている。都市住民は気候変動がもっとも深刻だと見なしているのに対して、農村住民は水質汚染に対する関心の方が高い(表8)。
 空気汚染に対する見方を5年前と比較すると、49%が悪化したと答え、29%は同じレベルとし、22%のみが改善したと答えた。他方、5年後の見通しに関してはより楽観的であり、43%が改善するだろうと答え、31%は変わらないだろうとし、6%はより悪くなるだろうと答えた(表9)。
 ただし、空気汚染が市民の行動を呼び起こすとは限らない。空気汚染を環境行政とは関連付けられているものの、それが市民の行動に結びつくわけではない(表10)。自分及び家族の健康にマイナスの影響を及ぼすと感じれば行動すると答えたものは約30%だが、実際に空気汚染に関連して公的な不満・請願を行ったことがあるものは約10%にとどまる。以上から次の重要な情報が得られる。すなわち、一方では、中国市民は、地方レベルの空気汚染を正しく評価し、生活満足度の低下について政府を批判する。しかし他方では、空気汚染に対する関心だけでは抗議には結びつかない(自分自身にかかわる場合を除く)。
<結論:正統性獲得によって下支えされているレジリエンス>
 中国は深刻な社会的経済的挑戦から無縁であるというわけではないが、人々の判断において中国共産党が正統性を失っているという見方を支持する証拠はほとんどない。むしろ、この調査が示すのは、中国政府は2016年時点において、過去20年のどの時期と比較してもはるかに人気が高いということだ。中国市民は、政府による保健、福祉その他の公共サービスの提供が、2003年にこの調査を開始して以来、はるかに改善され、より公平になっていると答えている。腐敗に関しても、2009年及び2011年に低下した満足度は、習近平の反腐敗キャンペーンで完全に回復された。環境問題でも、市民の不満はあるが、回答者の多数は今後数年で改善するだろうと期待している。以上の3つの問題に関して、より貧しい、内陸の住民の答は、より恵まれている住民と同じ程度に、政府の行動に信頼を置いていることを示している。こうして、中国のいずれの階層を取っても、顕著な不満を示すサインはなく、中国が政治的正統性の危機に直面しているという見方は疑わしい。
 新コロナ・ウィルス危機と経済的ダメージ及び社会的混乱に直面して、中国共産党は人々の政治的支持を所与のものとすることはできなくなっている。我々の調査が明らかにしているように、政府の業績に関する市民の認識は、個人にとっての実際の、目に見える物質的幸福にもっとも対応している。満足と支持は常に補強されなければならない。すべてのレベルにおける中国指導者にとって、これは両刃の剣である。生活水準とサービス提供の向上に慣れてきた市民は、そうした向上改善が続くことを期待するだろう。ということは、政府の効果的政策を支持する市民は、政策的失敗が彼ら及びその家族を直撃すれば、政府を非難することになるだろう。我々の調査は中国共産党のレジリエンスというストーリーを支持するが、我々のデータは同様に、経済成長の鈍化及び持続的な環境悪化のもとでは、市民の満足度が低下する可能性があることをも示している。
 結論の第2パラの内容は、執筆者の主観が色濃く反映されていることを指摘しないわけには生きません。もちろん、理解できないわけではありません。アメリカ(及び西側諸国)で強い中国特に習近平政権に対する批判的・否定的見方に鑑みれば、執筆者としては中国共産党の支配に潜む問題点を強調する必要を感じることは当然だからです。しかし、この報告があげている1~10の表の数字からは、こうした主観的判断を下支えする根拠を読み取ることはできません。
 例えば、新コロナ・ウィルスの猛威に対する中国の党・政府の果断な対応と成果は、アメリカの惨状・トランプ政権の無能ぶりとの対比においても、中国人の共産党支配に対する支持をさらに強めていることは間違いありません。習近平政権が強調する「体制の優位性」は多くの中国人が実感していることだと思います。新コロナ・ウィルス対策とダメージを受けた経済の再建を両立させることは、すべての国々が直面している最重要課題です。そして、現時点でこの課題に有効に対処しているのは中国を除いてほかにはありません。このことも、中国人の習近平政権に対する支持をさらに高めているであろうことは容易に想像できます。
 もちろん、私も一般論として、結論の第2パラの内容を否定するつもりはありません。習近平政権自体、「人民を中心とする」、「人民に服務する」、「人民当家作主」を事あるごとに強調するのは、強権では政権存続は不可能であり、人民の支持こそが中国共産党統治正当化の唯一の根拠であることを知悉しているからです。アッシュ・センターの執筆者に欲しいのは、一般論としての問題提起にとどまらず、習近平政権がそういう政治を真剣に奉じていることに対するまなざしです。

(参考)アッシュ・センター報告全文

final_policy_brief_7.6.2020