6月11日を起点に北京の新発地卸売市場(北京で最大級の卸売市場。日本の築地に相当する)で発生した新コロナ・ウィルス集団感染問題は、中国のコロナ防疫コントロール体制の対応能力を外部の者が観察する上で絶好(?)のモデル・ケースになっています。それはまた、東京新宿の歌舞伎町で現在進行形のコロナ集団感染に対する日本の「取り組み」(というより「取り組みゼロ」)との鮮烈な比較対象事例にもなっています。
<北京市の迅速な対応>
 北京では、4月14日に1家庭内集団感染(感染者4人)が起こって以来50日以上にわたってコロナ感染者の事例が報告されていませんでした。ところが、6月11日に1人の感染者が確認されると、北京市疾病コントロール・センターは即日、感染者との濃厚接触者の洗い出しとともに、以下の措置を取ることを決定しました。
○患者が発病前の14日間に訪れた場所の環境サンプル、関係者の気道標本と血液標本の検査を行うことによる感染ソース調査。
○患者居住区域で過去1ヶ月間以内の帰京者及び国内の中高リスク地域からの来京者調査、周辺区域、単位、レストランにおける既往症例及びハイ・リスク者等、関連する手がかりの調査。
○患者を地壇医院に転送し、隔離治療を行うこと並びに患者の標本を採取し、ウィルスの遺伝子配列を解明し、ウィルスのソース及び関連性を分析すること。
○濃厚接触者を隔離場所に送り、14日間の集中医学観察を行うとともに、咽頭スワブ検体を採取してCPR検査を行うこと。
○患者居住地の西城区月壇街のすべての小区、オフィス・ビル、公共の場所に対する人の出入りの管理強化、周辺オフィス・ビルにおける管理者配置。患者居住小区の住民に対するPCR検査実施。
○全市医療機関における発熱外来及び急患の患者に対するPCR検査強化。
○以上の検査の結果に基づき、重点地区、重点人員グループを可及的速やかに確定し、ウィルス伝染を断ち切ること。
 市民に対しては、各人が警戒心を保ち、発熱、咳などの症状が出た場合は直ちに最寄りの医院で診療を受けること、マスク着用、手洗い、通風、ソーシャル・ディスタンス、群れないこと、集会しないこと等を要求しました。
 同日、北京市新コロナ・ウィルス防疫コントロール工作領導小組は会議を行い、「四方責任」(注1)を実行し、「外防輸入・内防反弾」(注2)を堅持し、「三防」「四早」「九厳格」(注3)を実現することを確認しました。
(注1)「四方責任」:地方、部門、単位、個人のそれぞれが担うべき責任。
(注2)「外防輸入・内防反弾」:外からのコロナ伝染を防ぎ、内における感染リバウンドを防ぐこと。
(注3)「三防」:気の緩みを防ぎ、漏れこぼしを防ぎ、感染リバウンドを防ぐ。
    「四早」:早い発見、早い報告、早い隔離、早い治療。
    「九厳格」:厳格なコミュニティ管理コントロール、厳格な入京者検査ステーションの管理、厳格な学校に対する常態化管理、厳格な労働復帰・生産再開の管理、厳格な常態化モニタリング、厳格な医師の診断管理、厳格な帰京者管理、厳格な四方責任の実行、厳格な個人衛生管理。
会議はまた、①厳格かつ迅速に患者に関する疫学調査を行うこと、②調査について遡る時間幅は充分に長く設定すること、③接触範囲の特定は正確を期すること、④一人の漏れもなくすことを強調し、漏れがないように捜査し、重点人員グループ、重点時間幅に照準を合わせ、ハイ・リスクの人員グループを正確に割り出し、伝染経路を確実に切断すること、⑤患者の活動区域におけるサンプル調査と健康観察を行うこと、⑥所在コミュニティは厳格な措置を取り、閉鎖式管理を実施し、関連する人員グループに対しては「応検尽検」(検査すべき者はすべて検査する)で臨むこと、等を強調しました。
 北京市新コロナ・ウィルス防疫コントロール工作領導小組は6月13日に再び会議を開催し、感染者が増えていることを踏まえ、「北京が非常時期に入った」と規定、新発地卸売り市場内の人員と周辺住民全員に対してPCR検査を行うことを決定しました。また同卸売市場の閉鎖、周辺居住区域の閉鎖式管理の実施(住民の外出及び外部からの訪問を禁止)、虱潰しの検査を行う範囲の拡大(レストランなど)とPCR検査対象の拡大(5月30日以後に新発地卸売市場と濃厚接触した者は自己申告し、PCR検査を受ける)等を決めました。
 6月14日、孫春蘭副首相(武漢で陣頭指揮に当たった)は国務院「聯防聯控」会議を招集し、コロナ感染が起こった新発地卸売市場は、外部とのかかわりが極めて大きいこと、市場における人々の密集度が大きいこと、流動性が高いことなどから感染拡大のリスクが極めて高いと指摘し、果断な措置を取ってコロナの感染拡大を確実に防止することの重要性を強調しました。
<専門家分析>
 新発地卸売市場の状況・対応については、中国疾病予防コントロール・センターの呉尊友(流行病学首席専門家)が、6月13日及び15日にインタビューで詳しい解説を行っています。
○北京で再びコロナ感染が起こった原因と初期対応
 呉尊友は13日にいち早く、北京で感染が起こった原因について二つの可能性があると指摘しました。彼は、50日以上も北京で感染者がなかったことから、北京の中に汚染の原因がある可能性はないとします。その上で、一つの可能性は、卸売市場に持ち込まれた、海外を含む外地からの海産物・肉類が新コロナ・ウィルスに汚染されていた可能性、もう一つの可能性は卸売市場に出入りする北京以外から来たものが汚染源になっている可能性です。そう指摘した上で呉尊友は第一の可能性が大きいとしました。
その上で呉尊友は、収集した新コロナ・ウィルスの遺伝子解析を行い、2ヶ月以上前の北京でのコロナ、最近集団感染が起こったハルピン、舒蘭等でのコロナ、さらには米欧等諸国のコロナと比較することでソースを特定するとしました。
 呉尊友は、とにかくスピードが大切で、伝染源の特定を急ぎ、濃厚接触者を虱潰しに探し出し、二次感染を防止することがポイントだとし、北京市の対応は迅速で、かくも短時間で新発地卸売市場を特定できたことから、「私は北京が事態を抑え込むことに満幅の信頼を寄せている」と述べました。
○コロナの来源と今後の見通し
 呉尊友は6月15日にもインタビューで、コロナの来源(どこからのものか)と今後の見通しについて発言しました。
 まず来源に関してですが、患者から採取したコロナ・ウィルスと卸売市場の物体の表面から採取したものとが完全に一致していたとし、当該ウィルスと世界各地のそれとを比較した結果、欧州で流行しているウィルスの可能性がもっとも高いと発言しました。ただし、欧州から来たとは限らず、アメリカまたはロシアから来た可能性もあるとし、国についてはまだ特定できないと説明しました。
 また、数万人に対するPCR検査の結果、50余例の陽性が見つかったという北京市の説明を受けて、呉尊友は、感染範囲は比較的小さく、感染者の病状もすべて早期であること、また、武漢におけるような家庭内集団感染の事例も今のところないことなどから、今回のケースはまだ局部的なもので範囲が非常に限定されており、北京市全体を対象に考える必要はない、と分析しました。
 今後の見通しとして呉尊友は、これからの3日間でどの程度の感染者が出るかによって決まってくるだろうと述べました。呉尊友は、11日に最初の症例が出てから2日後の13日には新発地卸売市場を特定するというスピード対応に見られるとおり、北京市の対応措置は極めてタイムリーかつ有効であり、感染者が発病するとすれば一両日中だろうし、感染者が今後3日間にさらに大きく増えなければ、今回の事態はそこそこに収まるだろう、と述べています。
<環球時報社説>
 環球時報WSは6月14日と15日に社説を掲載しました。掲載された時間から見て、実際の掲載日はそれぞれ15日及び16日だと思われます。14日社説は北京市当局に対する期待と確信を述べたものです。15日の社説は「ウィルスとの闘い常態化 中国社会に求められる心理的具え」とでも訳せると思います。コロナ根絶は望みがたく、ゼロ近辺に抑え込むことができるかどうかが目安になることを踏まえて、中国社会が具えるべき心理的具えはどうあるべきかについて説いたものです。歴史的民である中国人の物事の受け止め方は、「今を生きる」ことしか考えない日本人とは違うことを改めて思い知らされ、勉強になります。要旨を紹介します。

 北京は首都であり、コロナの爆発は当然に全国のショックを引き起こしているが、このショックが全国の復工復産に波及しないようにすることが当面の重要な問題である。これは中国社会の集団心理にとっての一つのテストだ。
 北京の状況を速やかに抑え込み、北京全体に拡散させず、全国に蔓延することを阻止することは、 絶対に実現しなければならない任務だ。しかし、その任務は科学主導によるところが大きく、防疫コントロールの経済社会的コストをできる限り小さくすることとはまったく異なる問題だ。
 北京は「第二の武漢」ではないことをしっかり見届けるべきだ。北京には全国の数ヶ月間の防疫コントロールの経験という蓄積があり、17年前のSARSの基礎もあることから、今回の反応は極めて速く、わずか数十時間の疫学調査でとりあえずの目鼻をつけたし、北京市の重点地区に防疫コントロール措置を速やかに展開し、ウィルス抑え込みの基本的構図を作り上げた。したがって、北京で武漢の早期の状態が現れることはないと断言できる。全国各地の防疫コントロール・メカニズムも起動(浅井注:新発地卸売市場を訪れて感染した者が見つかった河北省保定市、天津市、遼寧省などでも北京と同じような対応が取られている)しており、北京の事態が全国に拡散する可能性もゼロである。
 北京市の人々も全国の人々も、コロナ対策に積極的に協力すると同時に、心理面でゆったりした心構えを維持する必要がある。この心構えは、中国経済復活という大きな環境を維持する上で重要な価値を有する。つまり、我々はコロナが繰り返し現れるだろうという現実を受け入れなければならないということだ。このことを受け入れるということは、コロナ対策をしながらほかの重点課題もこなすことができるようになるということだ。
 総体としてみれば、中国社会のコロナに対する敏感度は欧米社会よりも高いと言わざるを得ない。これには良い面もあるが、いかなることも度が過ぎるとマイナスになる可能性がある。コロナ対策が長期化するに従い、社会の他の課題も考えながら進めていくしかなく、コロナが政策的空間に占める比率をコントロールし、さまざまな課題をバランス良く進めていかなければならない。
 欧州社会はコロナに対して「あまり意にかけない」ようだが、我々としてはそのまま真似るわけにはいかず、彼らがどういうモデルを取るかは彼らの問題である。しかし、彼らの態度は、我々が長期的にコロナに対処する上で一つの参考にはなる。(今回の北京方式はコロナをゼロに(根絶)することだが)我々の大きな目標はほとんどの時間にコロナをゼロ近辺に抑え込むことであって、絶対ゼロを追求するということではない。中国各地は、速やかに感染者を発見し、その感染チェーンを追っていく能力を不断に磨く必要があり、これは我々の安全感のもっとも重要な支柱になるべきだが、それは、我々の安全感が感染ゼロの上に立脚しなければならないということを意味するものではない。中国はコロナが持続する世界において開放を維持する必要があり、それこそが我々の集団的態度でなければならない。
 中国は必ずコロナを抑え込まなければならず、人命至上の人道主義を徹底しなければならない。同時に、我々は復工復産のレベルでも世界最高の一つを目指さなければならず、今回の北京の事態があったからといって、こけてはならない。コロナ・ゼロを目指す能力は中国が経済を回復させる大きな強みであって、そのこと(ゼロを目指すこと)が負担になるようなことがあってはならない。中国はもっとも健康であるべきであるし、経済でももっとも速くあるべきであり、中国人がその双方を同時になし得る能力があることはいささかの疑いもない。