全国人民代表大会(全人代)における李克強首相の政府工作報告(5月22日)は、新コロナ・ウィルスを一応は抑え込んだものの、コロナの深刻な影響に直面した中国経済の課題を浮き彫りにするものでした。特に中国社会の安定を確保することを至上課題とする中国が重視するのは就業・雇用問題です。5月28日の内外記者会見で、この問題に関する質問に対して、李克強首相は次のように説明しました。

 就業こそは最大の民生問題である。各家庭にとっては最大の問題だ。この数日、中国政府HPに対する書き込みの1/3は就業に関するものだ。一人の農民工は50歳を超えており、出稼ぎ30年以上だが、今年はまだ仕事を見つけられず、一家が困難に陥っていると言っている。もう一人の個人経営者は、もう数ヶ月休業だと言っている。彼らの困難に対しては支援を講じる必要があるが、その基本は彼らが就業するように手伝うことだ。中国の労働力は9億人だ。就業機会がなければ9億人のただ飯であり、就業機会があれば9億人の巨大な富の作り手になる。
 現有の就業ポストを守るために、使える政策手段はすべて使っており、投入する資金も最大だ。また、今年から来年にかけて、失業保険を受けながら就業訓練を受けるものは約3500万人を予定しており、たとえ失業しても短期間で再就業できるようにする。
 同時にもっと多くの新しい就業先を造り出す必要がある。新業種は大いに発展しており、約1億人が就業している。ギグエコノミーでは2億人が就業している。また、サポート面の政策だけではなく、合理的ではない規則・ルールも取り払って、もっと多くの就業機会が増えるようにしたい。昨年の新規起業は純増1万強だが、今年もこの面で努力したい。
 2週間ほど前の報道で、西部のある都市で、当地の規則に基づいて3.6万の屋台を設置することで、一晩で10万人が就業することになった。もちろん重点的な人々にも重点的サポート政策を講じる。例えば、今年の大卒は874万人になるが、彼らを糸の切れない凧にするべく、彼らに対するサポート政策を講じる。農民工については、いつも働く場所か地元かはともかく、就業機会を提供するべくサービスしていく。退役軍人に対しても確実にポストを用意する。
 李克強が「合理的ではない規則・ルールも取り払って、もっと多くの就業機会が増えるようにしたい」、「西部のある都市で、当地の規則に基づいて3.6万の屋台を設置することで、一晩で10万人が就業することになった」と述べたことに関して、6月4日付けの中国網と環球時報は「屋台(露天)経済」に関する専門家の文章を掲載しています。これによれば、李克強が紹介した「西部のある都市」とは成都の事例であることが明らかにされています。「屋台経済」については、都市計画との関連でその是非が議論されてきたようですが、コロナによる雇用情勢への深刻な影響を受けて、就業・雇用機会を大幅に増やすメリットを重視して肯定する方向性が打ち出されたようです。
雇用機会確保のためにはなりふり構わない対応を迫られている、という側面があることは間違いないでしょう。しかし、いったん何らかの規則ができあがってしまうと動きがとれなくなる傾向が強い日本と比較するとき、中国の実事求是の柔軟性・たくましさを示す一面があることも事実だろうと思います。もっといえば、13億人(現在は14億人)の人口を抱える中国が就職問題を解決することは「目がくらむ」ような難事業です。それを改革開放によってとにもかくにも解決してきた中国は、改革開放初期に中国にいてその先行きを危ぶんだ覚えがある私からすると、それだけで尊敬に値します。そういう中国だからこそ、コロナによって直面している今日の事態にも、ありとあらゆる知恵を絞っているのだと思います。環球時報に掲載された、人民大学重陽金融研究院高級研究員・劉戈署名文章「屋台開放 都市管理高度化を迫る」の要旨を紹介するゆえんです。
 屋台経済、またの名は屋外非正規経営体であるが、それには路上経営、ストリートマーケット、モバイルベンダーが含まれる。各都市の衛生景観管理条例においては取り締まり・禁止の対象となっている不法な経営方式である。しかし最近、中央精神文明建設指導委員会弁公室は、コロナ防疫コントロールが日常化する情勢に適応するため、本年の全国文明都市評価指標の中で、路上経営、ストリートマーケット、モバイルベンダーを評価対象としないように要求するニュースを公表した。また、成都、鄭州、南京、青島等では屋台経済を開放することを陸続として明らかにしている。これは短期的措置なのか。それとも長期的なものなのか。筆者は後者だと考える。
 屋台経済には「三つの低い」という特徴がある。一つは市場に入っていくバリアが低いということだ。つまり、学歴とかキャリアを必要としない。二つ目は失業のリスクが低いということだ。誰も屋台をやめなくて良い。三つ目は商品の価格が低いことだ。消費者からすれば、屋台で消費するということは実質的には価格上の優遇を受けることを意味する。
 この「三つの低い」により、屋台経済は就業安定の重要な担い手になる。収入レベルが低く、教育水準も高くない人々にとって、屋台経済は長期就業の領域になるし、収入増加のチャンスも増える。すでに安定した就業先を持っている人にとっても、コロナの影響で賃金が十分でないという問題もあり得るわけで、そういう人たちにとっては短期的に収入不足分を補うという意味もある。
 屋台の煙や火の気を重く見る場合、文明都市建設、食品衛生安全といった問題についてはどう考えるべきか。屋台がもたらす便利や値段は歓迎だが、それがもたらす騒音、汚染、交通阻害は嫌だし、生活の質にも影響するといった問題はどう解決するべきか。
 考えるべきは以下の諸点である。まず、屋台開放はコロナが都市に強いた救急策であるということだ。コロナ期間中にみんなが感じたのは、屋外で食事をし、買い物をする方が室内よりも安全だということである。本年3月、成都市政府は他に先駆けて、安全の保障、視覚障害者用道路ブロックを邪魔しない、消防通行、他人の利益を侵害しない、コロナ防疫コントロール、清潔衛生等に配慮する前提のもと、一定の区域で、屋台、夜店を許可し、行商人が一定区域で販売経営することを許可した。2ヶ月に及ぶ実践で証明されたのは、政府の都市管理レベルを向上することができるのであれば、屋台経済がもたらすマイナスの影響と都市活力をもたらすこととの間の矛盾を解決することは可能だということだ。したがって、屋台を許可するということは、許可したらそれで終わりということではなく、全体を総合的に配置した開放を行うということだ。屋台経済を発展する過程における主要な目的は、現有の地理的空間と交通条件の下で、消費スペースを広げることができるようにするということである。したがって、第一、屋台を行う時間を固定する。例えば、朝市は何時から、夜店は何時までとして、周辺住民の休息を妨げないようにする。第二、屋台地点を固定化する。そうすることで管理が便利になり、何か問題が起こってもその場で解決することができる。環境衛生の面からいうと、時間及び場所を固定することは清掃に便利という利点がある。
 次に考えるべきは、屋台開放ということは一種の考え方の転換だということだ。パリ・セーヌ川の左岸にあれだけ多くのコーヒー店がなく、午後になるとあれだけ多くの人がコーヒーに集うということがなかったとしたら、パリ「らしくない」と感じるのではないだろうか。屋台経済が与える感覚は都市の人情味である。屋台をめぐることを通じて、都市生活の生き生きした文化、消費習慣、風土人情を感じるのである。どの都市にもその特徴があるが、多くの都市におけるその特徴は往々にして屋台にある。この意味からいえば、屋台経済は低級の代名詞ではなく、都市の名物になり得るのである。そういう効果を達成するためには、都市全体の商業発展プラン及び都市管理の枠組みの中で屋台経済を位置づけることが必要になる。例えば、夜経済(浅井注:「夜経済」も、コロナ勃発の少し前から強調されるようになったもの)とどのように連携させるか。既存の商業街区とどのように差別化するか。地方経済の特色をどのように突出させるか等々。これらすべては緻密で詳細な計画と設計を必要とするのである。