安保理決議2231と米伊関係

2020.05.08.

イラン核合意(JCPOA)をめぐって、イランとアメリカとの間では激しい駆け引きが繰り広げられています。私がこのコラムで紹介してきたINSTEXに関しては、4月2日付けの中東調査会「かわら版」が「INSTEXを通じた初の貿易取引実現」と題して次のように報じています。

 「2020年3月31日、英・仏・独3カ国(E3)は、INSTEXを通じた初の貿易取引が実現したと発表した。共同声明の概要は以下の通りである。
○仏・独・英(順番は原文ママ)は、欧州からイランに対する医療資材貨物の輸出を手掛け、INSTEX初となる取引を成功裏に完了したことを確認する。既に貨物はイラン国内にある。
○INSTEXは、イラン核合意(JCPOA)を維持する為の努力の一環として、欧州・イラン間の正当な貿易に向けた持続可能、且つ、長期的な解決を見出すことを目的とする。
○今般、初の貿易取引が完了したので、INSTEX、及び、イラン側のカウンターパートである特別貿易金融機関(STFI)は、より多くの取引とこのメカニズムの拡大に向けて協働する。」
INSTEXを除けば、イランをめぐる当面の焦点は、本年10月18日にイランに対する武器禁輸期限が来る国連安保理決議2231(特に付属B)の取り扱いがどうなるかに当てられることが予想されます。ロウハニ大統領はこの問題について5月6日に発言して、イランの立場を示しました。付属B及びアメリカ議会調査局の関係ペーパーと併せて紹介します。
<ロウハニ大統領発言>
5月6日のイラン大統領府WS(英語版)は、ロウハニ大統領が閣議の席上で行った発言を掲載しました。その内容(私の英文読解力のせいか、それともイラン英語が変なのか、とにかく難解です)は、①トランプ政権が2018年5月8日にイラン核合意(JCPOA。2015年7月14日安保理決議で承認。2016年1月から実施)から一方的に脱退してイランに対する制裁を復活させてから2年になること、②イランは、憲章第7章に基づいて課されてきた「武器禁輸」措置について、安保理決議2231付属Bの規定に基づく解除の権利を間もなく(浅井注:後述するように10月18日)手にすること(=武器の輸出入が可能になる)、③そのためにこそ、イランは2019年5月8日以来、JCPOAの自発的履行措置を段階的に停止しながらも、JCPOAにはとどまる政策をとってきたこと(さらに、EU側がINSTEXなどを実効化すれば、イランも原状回復に応じること)、を明らかにしました。
 さらにロウハニは、トランプ政権がJCPOAから脱退した一つの目的は、安保理決議2231(付属B)に基づく対イラン武器禁輸解除を妨害することにあったとし、トランプ政権のもくろみは、アメリカが脱退すればイランも対抗して脱退する、そうすれば、アメリカ主導の安保理がイランに対して厳しい措置を取ることができるようになるということにあったと指摘しました。その上でロウハニは、だからイランは脱退せず、上記③の行動をとってきたのだ、と説明しました。 なおロウハニは、武器禁輸解除にとどまらず、8~10年後(浅井注:2023年~2025年)には経済その他の非軍事分野の制裁も解除されることになっているとも言及しました(浅井注:付属Bの第6項(c)に該当規定があります)。
 ロウハニは続けて、アメリカはその後もEU側を説得して、イランとの間でJCPOAに代わる新しい取り決めを作る、国連でトランプも出席するサミット会合を行う(浅井注:2019年9月30日及び10月24日のコラム参照)などの案を出してきたが、イランはすべて拒絶したと述べました。その上でロウハニは、イランは間もなく武器禁輸の安保理諸決議から解放され、イランが必要とする武器を自由に輸入し、またイラン製武器を輸出することもできるようになる、という「偉大な勝利」を勝ち取ることになると「勝利宣言」したのです。
 ロウハニは、トランプ政権が「アメリカは今もJCPOAの「参加国」である」と言って、武器禁輸を復活させるべくJCPOAを何とかしようとしている(浅井注:下記の米議会調査局ペーパー参照)が、JCPOAに関するいかなる試みに対してもイランの答は同じだとして、英仏独中露首脳にロウハニが送った書簡の最後の一節に注意喚起しました。その一節の中身には触れていませんが、2019年5月8日のイラン大統領府WSを読み返すと、ロウハニはその書簡で、彼らが「イランの非常に決定的な行動に直面する」と述べたとしています。おそらくJCPOA離脱(=イランの自由な核活動)を指していると思います。
 ロウハニは最後に、「最高指導者・ハメネイ師のJCPOAに関するこれまでの導きと、議会、監督者評議会、国家安全保障会議(SNSC)の助けがなかったならば、この勝利はなかった」と述べています。JCPOA締結から現在までのロウハニ政権の政策と行動が孤立したものではなく、挙国一致のものであったことを窺わせる言葉です。
イランが自発的履行措置の段階的停止という行動に踏み切った当時(一年前)、イランの行動は欧州側がアメリカの脱退を埋め合わせるための積極的な行動(JCPOAに基づいてイランが自らの義務の見返りに得ることが約束されていた経済的利益を担保する措置)を取らないことに対する不満の現れであると、広く受け止められました。そのため、欧州側がイランの要求に応えることができない場合、最悪のケースとしてはイランのJCPOA離脱を招くこともありうると懸念されていました。しかし、ロウハニの以上の発言を見ると、イランはもう一つ、武器禁輸措置解除をも視野に入れてしたたかに行動していたことが分かります。
もっとも、米議会調査局ペーパー(下記参照)が指摘しているように、トランプは大統領選挙期間中から、JCPOAに対する反対理由として、イランの核行動に対する制限が期間限定であることとともに、武器禁輸の制限も期間限定であることを指摘していました。したがって、以上の受け止め(私自身もそうでした)の方が不正確だったことも間違いありません。
<安保理決議2231付属B>
 安保理決議2231の付属Bは「声明」(Statement)と題するものです。
 この声明は、「JCPOAの完全な実施にふさわしい環境を創造するために以下のいくつかの規定を定める」と述べています。そして第5項は、「採択日(安保理決議承認2015年7月14日から90日後である2同年10月18日)から5年後まで適用される」条件の下で、イランに対する武器の輸出を「許可することができる」という規定を行っています。その趣旨は、「許可がない限りは輸出しない」ということです。オバマ政権は、こういう回りくどい規定にすることで、イランが即刻解禁するべきだと主張していたのを、なんとか5年間は輸出しないことでイランの「譲歩」を勝ち取ったと国内的に説明しました。しかし、トランプ政権は、オバマ政権は5年後以降の対イラン武器輸出を認めてしまったと攻撃したというわけです。
 私の以上の説明は極めて回りくどく、わかりにくいと思います。参考までに、付属Bの英文テキストを以下に紹介しておきます。さらに回りくどいことに驚くことと思います。
 All States may participate in and permit, provided that the Security Council decides in advance on a case-by-case basis to approve: the supply, sale or transfer directly or indirectly from or through their territories, or by their nationals or individuals subject to their jurisdiction, or using their flag vessels or aircraft, and whether or not originating in their territories, to Iran, or for the use in or benefit of Iran, of any battle tanks, armoured combat vehicles, large caliber artillery systems, combat aircraft, attack helicopters, warships, missiles or missile systems, as defined for the purpose of the United Nations Register of Conventional Arms, or related materiel, including spare parts, and the provision to Iran by their nationals or from or through their territories of technical training, financial resources or services, advice, other services or assistance related to the supply, sale, transfer, manufacture, maintenance, or use of arms and related materiel described in this subparagraph. This paragraph shall apply until the date five years after the JCPOA Adoption Day or until the date on which the IAEA submits a report confirming the Broader Conclusion, whichever is earlier.
<米議会調査局ペーパー>
 米議会調査局(Congressional Research Service)は、4月30日付けで「イラン武器移転に対する国連の禁止」(U.N. Ban on Iran Arms Transfers) と題する報告(以下「報告」)を出しています。そこではまず、付属Bは「イランに対する武器禁輸が2020年10月18日までと規定している」と指摘し、トランプ政権は国連の武器禁輸の延長を主張しているが、イランに対する潜在的武器供給国であるロシアと中国は、安保理拒否権保有国として禁輸失効を支持していると、問題点を明らかにしています。その上で報告は、以下の諸点を指摘しています。
-イランに対して「最大限の圧力行使」で態度変更を迫る政策を採用しているトランプ政権は、イランに対する核及び武器移転に関する安保理決議の制限が一時的なものであることを理由として、JCPOAから脱退した。国連の制約が失効する1年前の2019年9月18日にポンペイオ国務長官は、「安保理は武器禁輸を更新するべきだ」と発言した。これに対してイラン側は、禁輸の失効を確保するため、また、イランがJCPOAを脱退すればJCPOA成立前にイランに対して課されていたすべての制裁措置が復活することを恐れて、JCPOAにとどまる道を選んだ。
-4月後半にトランプ政権は、武器禁輸を無期限に延長するための安保理決議案を英仏独に提起した。しかし、仮に3国が支持に回ったとしても、中国とロシアは明確にそういう試みには反対するという立場を明らかにしている。
-4月27日付けのニュ-ヨーク・タイムズは、国務省が、「安保理決議2231の定義にしたがって、アメリカはJCPOAの「参加国」(participant)にとどまっていると主張できる」という解釈を示し、したがって決議が停止する制裁を復活できるという同決議の規定(snapback)を援用することができる、という主張を行うことを報じた。しかし、同紙のアプローチに対して、欧州、イラン及びロシアは、アメリカのそのような主張は法的に通らないとし、snapback規定を援用できるのはJCPOAに入っている参加国に限られ、アメリカのような脱退国には援用の権利はないと主張した。
*私も、イランのIRNA通信などを通じて、報告が紹介している4月以後のアメリカのさまざまな動きには接しています。またイランIRNA等は、英仏独3国当局も、アメリカの主張は受け入れられないという立場を明らかにしたことを報道しています。