習近平政権最大の課題:「脱貧攻堅」

2020.05.06.

私は、習近平・中国の内政上の最重要課題の一つは、「脱貧攻堅」(貧困解決という最難関の攻略)にあると思います。習近平自身がこの課題の徹底解決に深くコミットしています。中国は、「もっとも重要な人権問題は生命権と生存権である」という立場であり、「脱貧攻堅」は最重要な人権問題に対する取り組みであるという位置づけです。
習近平は2012年から2020年までの8年間での徹底解決を掲げて取り組んできました。2019年までに達成した成果は見るべきものがあり、国連関係機関も高く評価しています。今年(2020年)は「脱貧攻堅」の最終年です。残された課題は「貧困中の貧困」とされるものばかりで、その攻略は簡単ではありません。しかも、新コロナ・ウィルス問題の突発的来襲は、ますます課題達成を難しいものにしています。
ただし、習近平・中国は「脱貧攻堅」解決ですべてが終わりとしているわけではありません。その解決は「相対的貧困」解決に向けた新たな出発点であると位置づけています。もっとも、「脱貧攻堅」は集中的取り組みでしたが、「相対的貧困」解決は常態的取り組みになるとしています。
私は、いずれかの機会に「脱貧攻堅」について紹介したいと思ってきました。最近、格好の二つの文章に接する機会がありました。私がいろいろ加工していると途方もない時間がかかります。それよりは、二つの文章を訳出して要旨を紹介する方が、正確を期する上でも好ましいだろうと思いました。一つは事実関係を紹介した求是論文、もう一つは「脱貧攻堅」の取り組みを紹介した中央党校研究員署名文章です。ただし、後者についていきなり紹介するのは不親切だと思いましたので、その前に、2020年の取り組み内容を明らかにした中共中央・国務院の決定を紹介します。
中国については、天安門事件以来、日本国内の受け止めは芳しくありません。しかし、私は実事求是で見るとき、習近平・中国が「人民当家作主」(人民が主人公)、「為人民服務」の立場で中国政治に取り組んでいることは間違いないと思います。
日本では「中国共産党独裁」のもとでは中国人民に自由はあり得ない、とされます。私に言わせれば、それは私たちが日本的モノサシで、中国共産党を「お上」として見ているからです。日本政治では、権力は私たちが従うしかない「お上」です。「万世一系」思想です。しかし、中国においては、「お上」という観念は、中国共産党にも中国人民にもありません。それは、中国の長い歴史によるものです。
中国では、支配者が善政を敷いている限り人民は従います。しかし、支配者の失政が続けば、その支配者は打倒されます。そういう歴史です。中国政治は「万世一系」ではないのです。習近平・中国ほど歴史の重みを拳々服膺している政権は1949年以後ではほかにありません。「人民当家作主」、「為人民服務」の立場はホンモノです。「脱貧攻堅」はその最たるものなのです。そういうことでこのコラムを書いたわけです。
<求是文章>
 5月1日に中新網が掲載した『求是』論文「脱貧攻堅の全面勝利を断固獲得」は、脱貧攻堅のこれまでの成果と2020年の最終的課題について具体的に紹介しています。その大要は次のとおりです。

中国の「農村貧困基準」は一人当たり2300元/年(2010年不変価格)となっています(中国国家統計局)。この基準によれば、中国農村貧困人口は、2012年末現在で9899万人でしたが、2017年末には3046万人まで減少しました。2017年の19回党大会は、2020年までにすべての農村貧困人口の脱貧を実現し、貧困県をゼロにすることを提起しました。
 その結果、2019年末現在の貧困人口は551万人にまで減少、2012年2月末までには、全国で832県あった貧困県のうち601県が貧困を脱し、179県については結果をチェック中で、未だに貧困県にとどまっているのは52県となりました。
 貧困農民の所得も大幅に改善しました。すなわち、貧困県農民の一人当たり可処分所得は、2013年の6079元から2019年には11567元に向上しました。貧困家庭と規定されている農民の場合は3416元から9808元に向上しました。
 基本的な生産生活条件も顕著に改善しています。省級政府が公認した村(自然村ではない)のすべてに舗装道路が完成、衛生室と村医も全村に具わり、10.8万カ所ある義務教育学校の教学条件も改善され、電気安定供給率は99%に達し、極度貧困地区農村におけるブロードバンドも98%まで普及し、居住条件が極端に厳しい地域に住む980万人が集団引っ越しを実現しました。こうして、貧困地域の経済社会発展も急速に改善されています。
 2020年の今日、なお以下の問題が残っていると指摘されています。
 第一、「三区三州」(三区:チベット自治区、青海・四川・甘粛・雲南4省のチベット族自治州、新疆南部の和田・アクス・カシュガル・キジルスキルギスの4地区。三州:視線凉三州、雲南怒江州、甘粛臨夏州)においては、貧困発生率が高く、貧困レベルは深刻、しかも、基礎的条件が劣悪であり、貧困をもたらす原因は複雑であり、発展が進まず、公共サービスも不足していて、脱貧は困難を極めていること。また、貧困指定者は病気、障害で貧困に陥り、労働力、技術力ともに欠けており、65歳以上の老人が多いなど、「貧困中の貧困、艱難中の艱難」とされている。
 第二、脱貧攻堅工作の中にも多くの問題が存在していること。形式主義、官僚主義、ごまかし・ウソ、あせり・厭戦感情、腐敗などの問題。会議が多く、文書作成が多く、チェックが多いという問題。
 第三、貧困県を返上していない52県、2707の貧困村はどこから手をつけたら良いのかというほどの難しさを抱えていること。省級政府が公認した村の貧困人口の中で老人、病人、障害者が占める割合は45.7%に上る。脱貧を達成したものの内の200万人近くは再び貧困に逆戻りするリスクを抱えており、さらに300万人近くもすれすれにある、など。
 第四、新コロナ・ウィルスによる深刻な影響が起こったこと。省級政府が公認した村では2019年時点で2729万人の出稼ぎ農民工がおり、家庭収入の2/3はその稼ぎだった。もし出稼ぎに出かけられなくなると、収入減少は必至である。また、扶貧商品(農畜産品など)の販売にも困難が生まれている。農業用資材の搬入が停滞している。扶貧事業の停滞もある。
<中共中央・国務院の決定>
習近平政権の国内政策における最重要課題の一つは「脱貧攻堅」、すなわち、農村の貧困という積年の課題を攻略することです。扶貧開発は、2012年の18回党大会において「四つの全面」(全面的な小康社会建設、全面的な改革深化、全面的な依法治国、全面的な従厳治党)戦略に組み込まれました。2015年11月29日には、中共中央・国務院の「脱貧攻堅戦に打ち勝つことに関する決定」(以下「決定」)が発表されました。主な内容は次のとおりです。
決定は、総合目標として、①農村貧困人口が「食を憂えず、衣を憂えない」(中国語:「両不愁」)、「義務教育保障、基本医療保障、住宅安全保障」(中国語:「三保障」)を2020年までに安定的に実現すること、②貧困地域の農民の一人当たり平均可処分所得伸び率を全国平均水準以上にし、基本的公共サービス・インデックスを全国平均水準に近づけることを実現すること、③中国現行指標に基づく農村貧困人口の脱貧を実現し、貧困県すべての貧困を返上し、地域的な全体的貧困を解決すること、以上3点の目標を打ち出しました。
 決定は脱貧を実現するための具体的政策として以下の項目を掲げました。すなわち、地域における特色ある産業の発展(「一村一品」を含む)、労務輸出(農民工)、居住条件劣悪な農村の全村移転、環境保護政策と結合した雇用造出、教育強化、医療保険・医療、最低生活保障制度、労働力を失った貧困者に対する資産(株式)提供、農民工の「留守児童」「留守婦女」「留守老人」「障害者」に対するサービス、交通水利電力建設、インターネット活用、老朽危険家屋修繕等の居住環境整備、「革命老区」「少数民族居住地域」「辺境地域」「特別困難地域」の重点支援策、財政投入、金融支援、土地利用策改善、科学技術及び人材支援、東西(沿海-内陸)協力システム、定点扶貧、企業・NGOによる参画メカニズム。
<曹立署名文章>
 5月6日付けの光明日報は、中央党校習近平新時代特色社会主義思想研究中心研究員の曹立署名文章「コロナの影響を克服し、予定どおりに脱貧攻堅戦を打ち勝つ」を掲載しました。その要旨は次のとおりです。
 脱貧攻堅を実現すると定められた2020年は全面的な小康社会建設を実現する年でもあれば、13期5カ年計画完成の年、さらには民族復興の長い道のりにおける最初の百年奮闘目標の年とも位置づけられる重要な年です。脱貧攻堅を成し遂げてはじめて全面小康となるわけです。その矢先に新コロナ・ウィルスが突然襲ってきたわけで、脱貧攻堅は大きな試練に直面することになりました。習近平は、3月6日に開いた脱貧攻堅決戦決勝座談会で、戦略的布石を提起し、4月20-23日には陝西省を視察して「六穏」(就業、金融、対外貿易、外資導入、投資、計画の6項目を安定させる)工作をしっかりやるとともに、「六保」(住民就業、基本民生、市場主体、食糧及びエネルギーの安全、産業及びサプライ・チェーンの安定という6項目の確保)任務を全面的に実行することを強調しました。脱貧攻堅実現に向けて全党全国を叱咤激励したのです。
 2019年末に開かれた中央農業工作会議に基づく2010年の中央1号文献(毎年の1号文献は農業に関するものとなっている)は、2020年の脱貧攻堅の重点任務として、以下を掲げました。
○「特」:特殊政策を採用して「三区三州」等の特困地区の特困住民の脱貧を実現する。工作重点は、「両不愁」実現の基礎の上で「三保障」及び飲用水安全問題を全面的に解決すること。
○「防」:脱貧の成果を打ち固め、返貧(貧乏に舞い戻ること)と新たな致貧(貧困に陥ること)を防止する。
○「長」:相対的貧困を解決するための長効(長期にわたって効果がある)メカニズムを構築する。脱貧攻堅の任務が完成した後は、扶貧工作の重点は相対的貧困の解決に移行し、扶貧工作の方式も集中作戦方式から常態的推進方式に移行する。相対的貧困問題の解決を郷村振興戦略に組み入れ、中国の特色ある貧困減少の道を歩む。習近平は、「脱貧は終点ではなく、新生活、新奮闘の起点である」と述べている。
○「補」:農村インフラ及び公共サービスという短所を補い十全にする。重点は、農村公共インフラ、給水、居住環境、教育、医療衛生サービス、社会保障、公共文化的サービス、生態環境整備の8方面。