マルクス主義の「本土化」と「大衆化」

2020.04.30.

中国の習近平総書記は、新コロナ・ウィルスが武漢で発生する前の春節(旧正月)直前に雲南省を視察しました。その際に、艾思奇(1910-1966年。哲学者)のように、マルクス主義を「本土化」して語ったような人材を今の中国が必要としているという発言を行ったことが伝えられています。4月29日付けの人民日報は、中国人民大学の陳先達教授の「マルクス主義の本土化・大衆化を推進しよう」と題する短文を掲載しました。
 その内容は、現在の中国においてマルクス主義がどのように理解されているかを知る上で参考になるものです。私はかねてから、習近平・中国は大真面目で中国の特色ある社会主義建設を模索していると、このコラムで紹介してきました。陳先達文章は、そのことを理解する意味でも一読する価値があるのではないかと思います。大要訳出の上紹介します。

 我々がマルクス主義を伝えるに当たっては、書かれていることを棒読みにしたり、美辞麗句ばかりを引用したりするのではいけないのであって、一般の人にも分かるようにし(「大衆化」)、分かりやすい内容にする(「通俗化」)工夫が必要である。習近平総書記の指摘は、マルクス主義を伝え、マルクス主義の理論工作を行う上での方向を示している。
 我が国におけるマルクス主義の本土化とは畢竟するに中国化するということだ。マルクス主義は普遍性を備えているが、特殊性を排斥するものではさらさらない。マルクス主義があい対する各国はすべて具体的であり、「本土」的である。「本土」とは、一つの国家の国情、歴史伝統及び文化継承を指す。マルクス主義の真理としての力は、それが各国の実際の状況とあい結合して、本土化を実現することができる点にこそあるのだ。マルクス主義の中国的本土化とは、マルクス主義と中国の具体的国情との結合であると理解することができる。我が国の改革と発展はマルクス主義の科学的指導を離れることはできない。そして、今日の中国の世界が注目する発展及び成果は、中国がマルクス主義発展にふさわしい土壌を備えており、すでに豊かな果実を生み出していることを充分に証明している。
 マルクス主義の本土化を推進することは、我が党が一貫して重視してきた理論的課題である。毛沢東の「実践論」「矛盾論」などの著作はマルクス主義本土化の見本である。李達、𦫿思奇などの理論家は、マルクス主義の本土化に重要な貢献を行った。
 マルクス主義の本土化を推進することは、理論工作者が担うべき責任である。マルクスは次のように述べている。「理論がいったん大衆の掌握するところとなれば、物質的力に変化する。」マルクス主義の真理は、大衆化のプロセスの中において人民大衆の脳裏に深く根を下ろすことによってのみ、充分な役割を発揮することができるのである。マルクス主義が国境を越え、時代を超えて影響力を有するのは、人民の中に根を下ろし、人民に依拠して歴史の前進を推進するという、人間の正道を指し示しているからである。
 マルクス主義を大衆化するに当たっては、通俗的で分かりやすい物言いを用いてマルクス主義を説き明かす必要がある。通俗化というと表現伝達方式にすぎないように思われるかもしれないが、実は、マルクス主義が中国の大地で、人民大衆の中にしっかりと根を下ろすための大問題である。著作や文章が晦渋難解な言葉で埋め尽くされたり、概念ずくめ、理論ずくめの「高尚」すぎたりするものであると、独りよがりな、共感を得られないものになってしまう。真に価値があり、学術的に深みがある理論文章は、奥行きがあって分かりやすいものなのだ。
我々は以下のことをしっかりと踏まえなければならない。すなわち、マルクス主義は鮮明な人民性と実践性を備えており、真のマルクス主義者は、常に書斎にこもって純学術的な著述をしたり、本の中に埋もれて生活したりするのではなく、分かりやすいマルクス主義理論で人民大衆を理論武装させ、思想と時代とをあい結合させ、理論と実際とを結びつけ、哲学と人民とをあい結合させるべく、激烈な実践の中に積極的に身を投じる者である。