パク・ハンシク米ジョージア大学名誉教授:脱北者問題

2020.04.15.

4月14日付けのハンギョレ・日本語版WSが掲載したアメリカ・ジョージア大学のパク・ハンシク名誉教授の寄稿文は、本日(15日)投開票の韓国議会選挙に未来統合党(右派在野第一党)から立候補しているテ・ヨンホ(太永浩)を念頭に置いた脱北者の政治活動とその背後にある米韓右翼勢力に関する興味深い指摘を行っています。パク・ハンシク名誉教授は、「著名な北朝鮮問題専門家で、50回余り北朝鮮を訪問し、1994年と2010年にカーター元大統領の訪朝を斡旋するなど朝米対話でも主要な役割を果たしてきた」(日朝協会京都府連合会ブログより)人物です。
 私のコラムを読んでくださる方はともかく、日本のメディアではいまも相変わらず、脱北者情報を額面どおり受け止めて垂れ流す傾向があります。Yahoo通信もこの寄稿文を紹介していますが、私としてもコラムに記録としてとどめておきたいので、全文紹介します。
 ちなみに、私が福田歓一教授などと一緒に、学術交流で朝鮮を訪問(私にとって初めての朝鮮訪問)したとき、ファン・ジャンヨプ(黄長燁)氏と意見交換したことがあります。その時に受けたファン・ジャンヨプの印象は、パク名誉教授が文中で指摘しているのとまったく同じでした。

[寄稿]脱北者の政治活動と米国の北朝鮮レジーム・チェンジ
 15日の総選挙が熱気を帯びている。米国で50年以上にわたって政治学を研究してきた私としては、韓国の政治は常に関心の対象となっていた。しかし、今回の総選挙の現場は特別な意味で迫ってきた。これまで見てきた総選挙とは全く違う様相が目立ったためだが、「脱北者の積極的な政治活動」がそれだ。
 韓国に定着した脱北者の生活環境は、その半数以上が極貧者となっているほど厳しいという。脱北者の自殺率は、世界最高水準の韓国人の自殺率の3倍に達するというのだから、彼らの苦しい事情は十分に察せられるだろう。脱北者が困難な環境を克服する方法の一つは、テレビ番組に出演することだと言う。しかし彼らが番組に出て語る話は、ほどんどが北朝鮮を「悪魔化」する内容となっている。私は、北朝鮮を50回以上訪問し、北朝鮮を学問的に研究する生活を送ってきた。そんな私としては、脱北者たちが番組で語る話は、聞いていて戸惑うことが多い。事実でない内容があまりにも多いからだ。自身も脱北者の北朝鮮専門家という人々が北朝鮮の政治を評論する内容も、大きな違いはない。ただし最近、ユーチューブ・チャンネル「ワルガワル北(プク)」がチャンネルAの『イマンガプ』(離散家族感動プロジェクト『いま会いに行きます』の略称)とTV朝鮮の『牡丹峰(モランボン)クラブ』で繰り返される北朝鮮歪曲報道を放送通信審議委員会に告発し、「ファクトチェック」と「監視」に取り組んでいることは高く評価する。
 特に私は、2010年に死亡し、国立大田(テジョン)顕忠院に埋葬されたファン・ジャンヨプの墓碑を見て、目を離すことができなかった。そこには「北朝鮮民主化委員長ファン・ジャンヨプの墓」と書いてある。私は、北朝鮮でファン・ジャンヨプと8年以上つき合い、多くの学術的対話を交わしてきた。長年つき合ってきたファン・ジャンヨプの「魂」の中には、北朝鮮民主化という概念そのものが存在しなかった。ファン・ジャンヨプはむしろ、米国流の民主主義に対する拒否感が大きかった。そんなファン・ジャンヨプを「北朝鮮民主化委員長」と称したのは、北朝鮮のレジームチェンジに対する幻想のためだ。
 ファン・ジャンヨプのように北朝鮮のレジームチェンジを実現すると言って、政治勢力化を図る脱北者が出続けている。ソウル江南(カンナム)甲で国会議員選挙に出馬したテ・ヨンホ(テ・グミン)は、出馬に際して次のように宣言した。「私が選挙区から国会議員に当選したなら、北朝鮮体制と政権の維持に中枢的な役割を果たしている北朝鮮内のエリートたち…特に、自由を渇望している北朝鮮の善良な住民は皆、希望を超えて確信を持つことだろう、…大韓民国にとって私が北朝鮮の人権と北朝鮮の核問題の証人だったように、北朝鮮にとっては自由民主主義と代議制民主主義の証拠になるだろう」。また脱北者が結成した南北統一党は「北朝鮮に地下党を組織して金正恩(キム・ジョンウン)体制を倒す」と宣言した。北朝鮮を悪魔視する感情を持つ人々には、テ・ヨンホや南北統一党の主張が「福音」のように聞こえるだろう。
 ある政治体制が崩壊するには、被支配者がその体制に対する心理的支持を撤回する「正当性の危機」に必ず直面しなければならない。しかし、北朝鮮が70年以上維持されているという事実は、正当性の危機を経験したことがないという事実を明示的に物語っている。1人や2人の脱北者が韓国で国会議員に当選したからといって、北朝鮮の人民とエリートが動揺するだろうか。また、北朝鮮に地下党を作って北朝鮮体制を崩壊させるという主張も実現は難しい。北朝鮮は政党政治を行っている国ではないからだ。北朝鮮の労働党は、政党ではなく最高意思決定機関だ。
 にもかかわらず、一部の脱北者が政界に飛び込む理由は何か。北朝鮮のレジームチェンジに対する幻想を持つ米国と韓国による支援と期待のせいだと説明するしかない。ウィキリークスの暴露によると、国家情報院は1997~2007年に作成した脱北者に関する9180件もの記録を米国に渡した。また米国は、脱北者団体などに資金を提供しつつ、北朝鮮内部の情報を入手する努力を続けている。
 米国は、北朝鮮のことを全世界に「悪の枢軸」と言って宣伝しつつ、北朝鮮体制の転覆を絶えず企てる北朝鮮レジームチェンジ政策を韓国国民に徹底的に洗脳している。しかし、脱北者を手段にした北朝鮮レジームチェンジ戦略は、もっぱら朝鮮半島の分断の固定化に貢献しているに過ぎない。韓国の分断が強固に維持されてこそ、米国は天文学的な金額の兵器を売り続けることができる。そして、その代価はすべて私たち自身と私たちの子孫が払わなければならないということを忘れてはならない。