イラン議会選挙

2020.03.01.

2月21日にイランで行われた議会選挙は「保守派」(イランのメディアでは原則主義者principlistという表現を使っています)の圧勝で終わりました。投票率は42.75%と発表されましたが、これはこれまでの議会選挙での最低投票率でした。私が目にしているのは朝日新聞とNHKの報道だけですが、この低い投票率について、前回の選挙ではロウハニ政権に期待を寄せた青年層の投票が「改革派」(イランのメディアでもreformistと表現しています)優位の議会を産んだが、ロウハニ政権が期待通りの実績を上げず、政治に失望した青年層が棄権したことが主な原因であると指摘しました。また、このことが「保守派」の圧勝を導いたとも分析していました。
 私はイラン政治にはド素人ですが、イラン政治を「保守派」対「改革派」の図式で割り切り、いろいろなイラン政治での出来事についてもいずれかの優位という形で分析するだけの日本のメディアのあり方には不満があります(こういう割り切り方は中国政治に関してもよく見られる手法です)。それは、①イランにおける経済政策に関する決定は、最高指導者ハメネイ師の指示によって設立された、行政(政府)・立法(議会)・司法(裁判所)という三権の長が出席する「経済協調最高評議会」(Supreme Council of Economic Coordination SCEC)で決定されること、②安全保障政策に関する決定は、議長を務める大統領、議会議長、最高指導者が指名する6名(司法長官、最高指導者代表(書記長シャムハーニ及びサイード・ジャリーリ)、統合参謀議長、陸軍長官、イスラム革命防衛隊長官)、大統領が指名する4名(外務大臣、内務大臣、情報大臣、管理計画大臣)、以上12名のメンバーからなる国家安全保障最高会議で行われること、③最高指導者の筆頭補佐官は外相経験のあるヴェラヤティであることなどを踏まえるとき、イランにおける最高政策意思決定は「保守派」、「改革派」を含む合議体で行われるのであって、行政の長であるロウハニ大統領及びロウハニ政権の専管事項ではないという、あまりにも自明な事実がメディアの分析からすっぽり抜け落ちているからです。
 確かにイラン経済はアメリカ・トランプ政権の制裁復活(2018年)によって厳しい状況にあります。イラン核合意(JCPOA)によって期待されていた経済的果実が現実のものにならなかったからです。しかし、JCPOAに関しては、イランはハメネイ師及び国家安全保障最高会議も合意のもとで交渉に臨み、そのOKのもとで締結したわけです。トランプの暴走によってイラン経済が期待された回復を示さないからといって、その全責任がロウハニ大統領にあるというわけではないことは、イラン・エスタブリッシュメントにとって自明です。
 もちろん、青年層の多くがロウハニ政権に期待し、期待した成果が上げられなかったことに不満を抱き、今回の選挙で棄権という選択をしたことは確かでしょう。しかし、今回の選挙では、立候補者について審査・認証する権限を有する監督者評議会が多くの「改革派」立候補予定者の立候補を認めず、したがって「保守派」が圧勝する結果になることは最初から分かっていたことでした。この事実も青年層が棄権を選択した理由を構成していることも十分に考えられることです。
 私がもう一つ注目したのは、投票率が最低であったにもかかわらず、日本メディアが「保守派」に色分けするハメネイ師、ラリジャーニ議長、ライースィー司法長官等が、「新コロナ・ウィルス流行を煽ったアメリカの宣伝」にもかかわらず多くの国民が投票したと肯定的に評価したことです。これは明らかに「苦し紛れ」の発言です。低い投票率はイランの現状に対する不満の反映であるとともに、監督者評議会が「改革派」の立候補を閉め出したことに対する批判の反映である可能性は大きいと思います。つまり、今回の選挙結果でイラン議会が「保守派」の圧倒的優位の構成になったことは、ロウハニ大統領の政権運営を従来より困難にすることは予想されるとしても、今回の選挙の低い投票率は「保守派」「改革派」を含めたイランのエスタブリッシュメント全体に対する国民の批判の表れであることは、ハメネイ師以下も分かっているはずです。
 とはいえ、イラン政治の苦しい現状はイランの失政が招いたものではなく、優れてトランプ政権の暴走(JCPOAからの一方的脱退及びJCPOAを承認した安保理決議に違反する制裁復活)によって引き起こされたものです。イランとしては、JCPOAに残留しているEU及び英仏独三国が同合意でイランに提供することを約束した経済的利益を果実として現実化することを引き続き粘り強く働きかけていくことが当面の最大の課題であり、他に効果的な選択肢があるわけではありません。この点では、「保守派」も「改革派」も変わりはありません。この果実を引き出すための唯一の取引材料は、果実実現の暁にはイランがJCPOA完全履行に回帰するという約束である点についても、「保守派」と「改革派」との間で違いがあるわけではありません。また、欧州側の誠意を引き出すためには、イランとしてはロシア及び中国の協力が欠かせない点においても「保守派」と「改革派」の間で立場の違いがあるわけではありません。
 このように見てくると、今回の議会選挙の結果を受けてイラン政治の今後の動向が大きく変化すると断定するとはできないのではないでしょうか。もちろん、日本のメディアもそこまで明示的に予想しているわけではありませんが、「保守派」の圧勝及びロウハニ政権にとって厳しい結果とする報道だけが一人歩きすると、イラン政治は「保守派主導」の強行一本やりに向かうのではないかという印象を与えかねません。それはどう見てもイラン政治に対するまっとうな評価にはつながらないと思います。ということで、簡単に私の考え方を紹介した次第です。