トルコとシリアの軍事衝突(?)

2020.02.22.

最近になって、シリアのイドリブにおけるトルコとシリアの本格的な軍事衝突の危険性が報道されるようになっています。私もイドリブ問題についてはチラチラ追ってきたつもりですが、事態の急展開に追いつけません。私がかねてから理解できないのはトルコのエルドアン大統領のめまぐるしく変わる対外政策です。今回の急展開も多分にエルドアンのシリアに対する脅迫的言辞に起因しています。
 私は朝鮮問題に関しては李敦球氏の言説を高く評価し、また注目しています。中東問題に関しては劉中民(上海外国語大学中東研究所教授)の言説の多くが説得力を持つことに注目してきました。今回急浮上したトルコとシリアの軍事衝突の可能性に関して、劉中民はエルドアン外交に即した分析を2月20日付の解放軍報で発表しました。期待に違わず、簡潔にして要を得た分析を行っています。
 また、2月19日にヨルダンのサファディ外相と会談した後に記者会見に臨んだロシアのラブロフ外相の発言も、エルドアン外交の「怪しさ」をプーチン・エルドアン合意に即して指摘するものでした。その発言は劉中民の分析が正鵠を射たものであることを裏付けていると思います。
 ということで、今回の危機に至る経緯(事実関係)を新華社報道に基づいて紹介し、次いでラブロフ発言の概要そして劉中民の分析を紹介します。
<事実関係>
 シリア政府軍は昨年12月以来シリア北西部のイドリブ省に対して本格的な軍事行動を開始しました。イドリブ省は、シリアのほかの地域で政府軍と戦ってきたさまざまな反対勢力(安保理決議がテロリストと認定したグループを含む)が休戦と引き換えに撤退先に選んだ地域であり、数十万人の反政府勢力が盤踞していると言われます。問題は、その中に親トルコ勢力が含まれていることです。
シリア政府軍の今回の軍事行動はイドリブに盤踞するすべての反政府勢力を一掃することを目的にしており、その対象には親トルコ勢力も含まれます。実は、プーチン・エルドアン合意の要諦は親トルコの反政府勢力を安保理認定のテロリスト・グループと区別し、前者がイドリブから撤退することでシリア政府軍(及びこれを支援するロシア軍)との衝突を回避することにありました。親トルコ勢力の戦線離脱が実現していれば、シリア政府軍がイドリブに進軍してもトルコとの間で問題は起こらなかったということです。
 しかし、現実には親トルコ勢力の戦線離脱は現実のものとなっておらず、したがって、シリア政府軍の進攻は親トルコ勢力との軍事衝突をも不可避とするために、エルドアンがシリア政府軍の行動に待ったをかけたというのが真相のようです。
<ラブロフ外相発言>
 ラブロフ外相は、プーチンとエルドアンとの合意の核心は親トルコの軍事勢力がテロリストと袂を分かつこと(撤退)にあったと指摘しました(Let me recall that the key agreement on Idlib was the disengagement of the armed opposition that cooperates with Turkey from the terrorists)。ラブロフはさらに、この撤退期限は2018年9月と定められていたのに、1年たっても守られていないとつけ加えました。昨年秋のプーチンとエルドアンの第2回目の会談では、イドリブに非軍事地帯を作ることが合意されたが、これもまだ確立していない、とラブロフは指摘しました。そして、両合意に違反してシリア政府軍に対する軍事行動が続いてきたと述べました。
 ラブロフはシリア政府軍の行動に関して、これらは容認できない挑発に対応し、イドリブに関する合意に対する明白な違反に対処するものであり、ロシアはシリアの立場を支持していると明言しました。さらにラブロフは、シリア政府軍のこれらの行動はシリア領に対するシリア政府の合法的権利を回復するものだと指摘しました。
<劉中民分析>
 シリアとトルコとの間の衝突が大規模な局地戦争に拡大するか、シリア危機が最終決着を迎えるときが来ているのか、ということが国際社会の関心の的になってきている。
 シリア危機を回顧するとき、トルコの対シリア政策が一貫して深刻な矛盾を抱えていること、ただ情勢の発展にしたがって脆弱なバランスが維持されてきたに過ぎないことが分かる。トルコが現在とろうとしている行動及び不断に拡大する「食欲」は、トルコをしてますますシリア危機の泥沼に落ち込んで抜き差しならない状況に陥らせる可能性がある。トルコの対シリア政策は大きくいって3つの段階を経てきた。
 第一段階は、2011年3月のシリア危機勃発から2016年7月の(ギュレン師の)トルコ・クーデター未遂までの間であり、その政策の核心は反対勢力を全面的に支持し、ロシアとの対決もいとわないとするものだった。この政策は多くの問題をはらんでいたし、アサド政権打倒という目標も実現しなかった。シリア情勢の悪化が進み、(トルコが敵視する)クルド人勢力が不断に勢いを拡大するにつれて、トルコとしては深刻化する難民問題にも直面せざるを得なくなり、これらすべてがトルコの利益に合致しなくなった。同時に、「イスラム国」に対する態度が曖昧だったことはトルコ本国にしばしば被害を及ぼすことにもなった。さらに加えて、ロシアとの対決が厳しくなっていったことで、トルコとしては巨大な圧力に直面することとなった。
 第二段階は、2016年7月から2018年1月の「オリーブ」軍事作戦行動までである。そこにおける重要な変化はロシアと断固対決することから積極的に関係改善を図ることへの転換であり、2017年1月にはロシア主導のアスタナ・メカニズムも加わり、4つの「衝突低下地域」設置合意を達成した。ロシア、イラン及びトルコは、テロリズム対処への協力、シリア停戦推進及びシリア危機の政治解決にしばしば言及した。この時期には、トルコは対ロ関係の改善とアスタナ・メカニズムへの参加によって受け身的局面を緩和させ、シリア問題に対する発言権も強化した。しかし、アスタナ・メカニズムにおけるトルコの立場とロシア及びイランの立場との間では終始矛盾があった。というのは、ロシア及びイランがアサド政権の断固たる支持者だったのに対して、トルコの本意は別のところにあったからだ。トルコにとっての核心的利益はクルド問題であり、このことにより、トルコとロシアの関係は本質的に互いに相手を利用することにとどまった。
 第三段階は2018年以後であり、クルド人勢力に対して軍事行動を発動し、シリア一部地域に対するクルド人の支配権を奪い、それを通じてトルコとシリアの国境地帯に「安全地帯」を設けることが目標だった。この目標を実現するべく、トルコは何度もクルド人勢力に対して軍事行動をとり、シリアにおける軍事プレゼンスを不断に高めたが、直面する挑戦も不断に高まることになった。すなわち、一方において、トルコが攻撃するクルド人勢力はアメリカ及びロシアが支持する勢力であり、クルド問題をめぐってトルコと米露との間の齟齬が大きくなった。他方において、トルコはアスタナ・メカニズムのパートナーの立場から、自らが行った約束を履行し、衝突を減らすことを監督する立場にあったが、ソロバン勘定が多すぎる結果、イドリブ地域においてテロリストと他の反対派をわけ隔てる職責を履行せず、逆にこれら雑多な勢力を自分のために利用することまで企んだ(浅井注:ラブロフ発言を裏付けるもの)。トルコが国際社会に対して正々堂々と振る舞うことができない原因はここにある。
 現在、トルコはシリアに不断に兵力を増強し、威嚇を行っているが、シリア政府軍とさらに大規模な衝突を犯すことは避けている。トルコとしては、シリアと全面衝突することによる代価を払う力はなく、ロシアと値切り交渉を行うことの方がトルコの利益に合致している。シリア情勢においては引き続き関係諸国間の駆け引きが続くが、将来的な趨勢としては、シリア政府軍及びその支持者(ロシアとイラン)に有利になっていくだろうことは疑いの余地もない。