コロナ・ウィルス・パニックの陰に隠されていること

2020.02.16.

中国の武漢で発生した新型コロナ・ウィルス肺炎については、昨年(2019年)12月31日に中国当局がWHOに対して原因不明の肺炎の発生を通報し、本年(2020年)1月7日に2019-nCoウィルスが確認されました。そして2週間以上経って、1月26日に武漢の周先旺市長は、春節(旧正月)のためまたは新型肺炎を理由として人口1100万人の同市から500万人以上が同地を離れたと発表しました(その時点での同市滞在者数は900万人)。
500万人が同市を離れたという報道に接したとき、私は素人ながら、中国全土のみならず、中国からの旅行者を通じて全世界にこの新型肺炎が広がるのは不可避だろうと思いました。すなわち、今回の事態の直接的原因は武漢市をはじめとする中国当局の初動の遅れにあることは明らかです。同時に、中国で「民族大移動」が起こる春節の直前に新型肺炎が起こってしまったというタイミングの悪さが中国全土への広がりそして世界規模の拡散を引き起こしたこともまた否めないところだと思います(最近の東京での感染者に関しては、武漢からの旅行者が乗船した屋形船の従業員発であることはこのことを端的に物語ります)。逆に言えば、かりに発生が春節直前でなく、中国人の大量移動が起こらない時期であったならば、今回のような事態の発生は避けられたのではないかと思います。人為的ミス(初動の遅れ)とタイミングの悪さ(春節)が今回の事態を引き起こした最大の原因であることは間違いないと思います。
 しかし、深刻な事態に直面してからの中国の対応が果断であることはWHOが高く評価していることからも疑いの余地はありません。「社会主義の制度的優位をフルに発揮して対応する」と中国が公言するとおり、体制の威信をかけた取り組みが行われていますし、春節明けで農業生産活動が本格化する時期にも当たっており、かつ、経済活動全般にも深刻な影響が出始めていますので、中国国内における収束は期して待つべきものがあると私は基本的に楽観しています。
 私がむしろ疑問を覚えるのは日本の対応です。「中国発」というだけで扇情的な報道合戦が行われてきていますが、ダイアモンド・プリンセス及びウェステルダムという2隻の豪華クルーザーに関して日本政府がとった(とってきた)対応は、極めて重大な問題をはらんでいます。
<ダイアモンド・プリンセス>
 ダイアモンド・プリンセスに関する日本政府の対応については、24人のロシア人が乗船しているロシア外務省のザハロワ報道官が10日、ロシアのラジオ番組で「日本の対応は混沌として場当たり的だ」と批判したと伝えられています(12日付の韓国・中央日報日本語WS)。昨日(15日)には米国務省がアメリカ人乗客を本国に送るべく特別機を派遣すると発表しました。アメリカ国内でも日本政府の対応に対する批判の声が高まっているといいます。私がうんうんとうなずいたのは14日付のハンギョレ・日本語WSに掲載された「日本のクルーズ船コロナ対策失敗の教訓」と題する以下の内容の社説です。

 日本の横浜港に停泊中のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が続出しているのに関連して、世界保健機関(WHO)が12日、日本政府に自由な入港の許可とすべての乗客のための適切な措置を促した。今月5日に集団感染が確認されて約1週間で船内で200人を軽く越える感染者が確認され、こらえきれずにWHOが乗り出したのだ。この件は先進国を自任する日本のあきれた感染病対策を赤裸々に見せた。日本政府は事実上放置と変わらない「船上隔離」だけに固執せず、搭乗者の下船許可を含む現実的で効率的な感染病拡散防止策を模索しなければならない。
 当初日本政府は、2日に香港の感染者がクルーズ船に乗っていた事実を香港当局から通報を受けても、3日経ってから乗客の移動を制限する遅い対応で事態を大きくした。その間に乗客が自由に船内を歩き回るのを放置して感染病拡散を早期に遮断する機会をのがしたのだ。制限された空間でなされる船上生活の特性上、感染の早期確認と隔離治療が何より重要だ。それなのに乗客全員に対する検査は装備不足などを理由にまだなされずにいる。その間に船内感染者は13日現在で218人と爆発的に増えた。
 搭乗客3700人は事実上の「監獄生活」を強要され、強い苦痛を味わっている。多くの乗客が窓もない狭い部屋から出ることもできず健康上の心配が深刻に提起されている。米国や英国などの外国人の乗客は母国に緊急救助の要請を送るほどだという。世界的非難が激しくなり、日本政府は13日、80才以上の高齢者らは感染検査後に早期下船させると明らかにしたが、これでは不十分に思われる。この船には韓国人も14人乗船している。幸い感染者はいないが、いつまで安全か断言できない。韓国政府も関心を持って日本に積極的な対策を促すべきである。
<ウェステルダム>
 ダイアモンド・プリンセスへの対応に大わらわとなった日本政府は、患者が乗船している可能性があるという不確かな情報だけで、ウェステルダムの日本寄港を拒否しました。ウェステルダムは、1月16日にシンガポールを出航、東南アジアのいくつかの港に立ち寄った後に香港に入港、ここで新たな乗客を乗せて2月1日に出港、その後、新型コロナウイルスの感染者が乗船している恐れがあるという懸念から台湾、フィリピン、日本、グアム、タイが入港を拒否し、行き場を失ったのです。
これに対して世界保健機関(WHO)のゲブレイエサス(Ghebreyesus)事務局長は12日、「証拠もないのに寄港を拒否されているクルーザーが3隻存在する」と指摘し、「我々は国際海事機関(IMO)と共同で、すべての国々が、国際保健規則(International Health Regulations)に従い、船舶の「自由入港(free pratique)」原則及び全乗客に対する適切なケアの原則を尊重すべしとする声明を発出した」と述べました(12日付タス通信)。
 最終的には、カンボジアが入港を許可したために、ウェステルダムは13日にシハヌーク港に接岸することができました。そして、乗客には新型肺炎の患者はいないことも確認されました。カンボジアのフンセン首相はメディアに対し、カンボジアがウェステルダムの入港を許可したのは、世界で広がっている新型肺炎に対する「パニック」を鎮めるためであるとし、ウィルスよりも怖いのは「恐怖症」であり、ウィルスではないと述べました。同首相はさらに、カンボジアはいかなる民族も差別せず、すべての国々と協力するし、援助を必要とする人は助けるとも述べました(13日付中国中新網)。彼はさらに、ウェステルダム着岸に立ち会い、その場でメディアに対し、カンボジアは人権及び生存権を尊重する、船上には41の国・地域からの2000人以上がおり、生存権も保障されないで何の人権を語れようか、停留中は乗客に対してビーチでの水泳、近場での観光などのサービスも提供する、いまはパニック、差別の時ではなく、ともに問題を解決するときだ、カンボジアは豊かな国ではないが、我が国家及び人民には同情心がある、と語りました(14日付中国中新網)。
 私は、カンボジアのフンセン首相を見直した思いです。彼は元々、クメール・ルージュと内戦を戦って勝利した後、今日までカンボジアを率いていると記憶しています。彼は西側諸国からは強権政治を行っていると批判されていますが、クメール・ルージュを支援していた中国との関係改善に成功し、中国の強力な支持を背景に経済の高度成長を実現しています。中国で新型肺炎が深刻な状況になったとき、真っ先に中国を訪問し、習近平主席及び李克強首相と会談して、中国側の高い評価を得ました。
まあ、それらのことはどうでもいいのです。私は、安倍首相とフンセン首相との対応の違いを強調せざるを得ないのです。安倍首相はダイアモンド・プリンセスでは対応が後手後手に回り、事態の悪化を招き、国際的批判を浴びるに至りました。そして、ウェステルダムではフンセン首相から皮肉たっぷりの発言(フンセン首相は安倍首相を念頭に置いたわけでは必ずしもないでしょうが)を浴びるという哀れな醜態ぶりです。
 さらに私が我慢ならないのは、日本のメディアの報道姿勢です。私はマスコミ報道をほとんど見ていませんが、以上の事実関係はほとんど無視されているのではないでしょうか。安倍政権に対する忖度なのかどうかは知るよしもありませんが、今回の2隻のクルーザーをめぐる安倍政権の対応は本当に見苦しく、国際的に強い批判を受けていることを、果たしてどれだけの日本人が理解しているかはなはだ心許ない気持ちがしています。私は今新しい本を書くことに力が入っているのですが、以上のことはどうしても書いておく必要があると思った次第です。