文在寅大統領の年頭記者会見:南北関係

2020.01.19.

韓国の文在寅大統領は1月14日に年頭記者会見を行い、「朝米対話だけを見守っているのではなく、南北の間でできる最大限の協力を進めていく必要がある」と述べ、対朝鮮政策を推進する意向を表明しました。ハンギョレによれば、同大統領はこの記者会見の中で「これ以上朝米対話だけを見守っているわけにはいかない」という趣旨の発言を4回もしたそうです。それに先立つ1月14日、金錬鉄(キム・ヨンチョル)統一部長官は14日、宗教・社会団体トップとの会合で、「新年を迎え、政府は朝米関係が解決されるまで待つよりも、南北関係の改善に向けてできる措置を取っていく計画だ」と語りました(1月15日付聯合ニュース)。同大統領は記者会見で具体的に、「個別観光などは国際制裁に抵触しないため、十分に模索できると考えている」と発言しました。ハンギョレによれば、大統領は朝鮮に対する制裁緩和に関しても、「北朝鮮が非核化に向けた実質的措置を取るなら、当然米国、国際社会も相応の措置を取らなければならず、その中に対北朝鮮制裁の緩和も含まれる可能性がある」、「南北関係の協力に国連制裁から例外的な承認が必要なら、その部分も努力していけるだろう」、「南北関係は我々の問題だから、より主体的に発展させなければならない」等と述べたそうです。以上の文在寅大統領の発言の脈絡において韓国政府が具体的に検討しているのは、「"離散家族故郷訪問"と"個別観光"の結合案」であるといわれます(イ・ジェフン先任記者。1月16日付ハンギョレ日本語版WS)。
 ハンギョレは、以上の文在寅大統領の発言について、「2019年の「先に朝米、後で南北」の基調から抜け出し、2018年、8・15記念式典で「南北関係の発展は朝米関係進展の付随的効果ではありません。むしろ南北関係の発展こそが朝鮮半島の非核化を促進する動力です」と強調した「南北関係牽引」基調に立ち戻る意志の表れだ」と解説しています(1月15日付ハンギョレ日本語版WS)。
 文在寅大統領の発言に対して、アメリカのハリス駐韓大使は1月16日に行われた外国メディア記者との懇談会の席上、「制裁につながる可能性がある問題は、誤解を避けるためにも対北朝鮮制裁問題などを調整する韓米の作業部会(ワーキンググループ)を通じて扱ったほうがよいとの見方を示した」ことが報道されました(同日付聯合ニュース)。これは文在寅大統領が明らかにした「南北関係を進展させる構想に、制裁の物差しを突きつけた」(1月17日付ハンギョレ日本語版WS)ものと受け止められ、韓国大統領府は17日、「大使が駐在する国の大統領の発言について、メディアに向けて公開的に言及したのは非常に不適切だ」と警告し、「南北協力に関連する部分はわが政府が決める事案」と指摘しました(同日付聯合ニュース)。
 私がチェックしている朝鮮中央通信は現在(1月18日まで)のところ、文在寅大統領の発言及び韓国政府が具体的に検討している交流事業に関して反応を示していません。しかし、1月16日付の朝鮮日報・日本語WSは以下の記事を掲載しました。

北朝鮮、文大統領に「南北関係主導しているかのように自画自賛」
 北朝鮮が15日、「南朝鮮当局が(南北関係に関して)政治的利益と体面維持で身の程知らずの自慢をしている」と韓国政府を非難した。北朝鮮の対外宣伝メディア「メアリ」(こだまの意)は同日、「おこがましい自画自賛」という見出しの記事で、「米国の顔色をうかがおうと、南北共同宣言の履行をちゅうちょしている韓国が、まるで南北関係を主導してきたように自画自賛している」として、上の通り報道した。
 メアリはまた、「現実に対する歪曲に一貫し、結果を生んだ厳然たる過程まで無視してしまった自画自賛を、ほかでもない南朝鮮当局者たちはしている。今この時代に、このように現実を歪曲評価するのは正義と真実を欺く罪になる」と述べた。文在寅大統領がこの前日の新年記者会見で「米朝対話だけを見ずに、南北協力に積極的に乗り出す」との見解を明らかにした中、北朝鮮が韓国政府に対する非難を再開したものだ。
 朝鮮労働党機関紙の労働新聞は同日、韓国海軍が先日、東海で実施した海上機動訓練についても「南朝鮮軍部の好戦狂たちは新年早々、相次いで軍事演習騒動を繰り広げ、朝鮮半島(韓半島)情勢を厳重な段階に向かわせている」と非難した。
 私は対外宣伝メディア「メアリ」については知りません。しかし、韓国メディアではよくその報道が紹介されています。いずれにせよ、「メアリ」の韓国政府に対する批判の内容は、私が文在寅大統領の上記発言に接したときに、「朝鮮はこのように受け止めるのではないだろうか」と予想したとおりのものでした。
 2019年4月21日のコラムで指摘したとおり、金正恩委員長の文在寅大統領に対する不信感は、4月12日の施政演説における「板門店対面と9月平壌対面の時の初心に立ち返り、北南宣言を誠実に履行して民族に対する自分の責任を果たすべきだ」、「成り行きを見て左顧右眄し、せわしく行脚して差し出がましく「仲裁者」、「促進者」のように振る舞うのではなく、民族の一員として自分の信念を持ち、堂々と自分の意見を述べて民族の利益を擁護する当事者にならなければならない」に集中的に表明されています。具体的には、両首脳が合意したケソン工業団地の再開、金剛山観光事業の推進、南北鉄道・道路連結について、文在寅大統領がアメリカ・トランプ政権の顔色を窺って約束を履行しなかったために、金正恩委員長は文在寅大統領に対する不信感を強めたことは間違いないと思います。
 特にケソン工業団地の閉鎖は朴槿恵政権が独自に行ったものであり、国連安保理制裁決議の履行としてではありません。また、金剛山観光事業が中断されたのも安保理制裁決議とは関係ありません。アメリカの横やりが入ってもそれを払いのけるべきだ、というのが金正恩委員長の言わんとするところでしょう。
 今回、文在寅大統領が南北関係を推進すると言うとき、私はまず、文在寅大統領としては以上の点についてハッキリ釈明すること(仮に公ではなくても、最小限私信を送ること)が、金正恩委員長の「(文在寅大統領に対する)失われた信頼」を回復するために必要な第一歩だと思います。また、南北関係推進の具体的事業として、制裁決議に引っかからないものとして「"離散家族故郷訪問"と"個別観光"の結合案」を出したというのも、私からすればますます「いただけない」という印象です。ケソンと金剛山に取り組む姿勢を示すことこそが文在寅大統領の「本気度」を示すカギであるのに、「"離散家族故郷訪問"と"個別観光"の結合案」というのではあまりにも腰が引けていると思います。
 私は、以上の判断が「間違いに終わる」ことを願います。しかし、今の時点ではこういう判断を示さざるを得ません。今後の朝鮮側の公式反応が出るのを待って、改めて私の以上の判断について検証したいと思います。