イランの自制的反撃でとりあえず救われたトランプ

2020.01.09.

イランは8日早朝に、ソレイマニ殺害に対する報復の自衛権行使(国連憲章第51条)として、イラク領内にあるアメリカの2基地をミサイル攻撃しました。この報復に関する最高指導者ハメネイ師、ロウハニ大統領、ザリーフ外相等の発言から浮かび上がってくる私の最大の印象は、イランが最大限の自制を働かせ、ソレイマニ殺害に対する「見合い」の報復軍事行動として「一回限り」のミサイル攻撃を行ったこと(ソレイマニ殺害に対する報復としては「軽すぎるもの」であり、ある意味「釣り合い」がとれていない)、そしてその趣旨をザリーフ外相がアメリカに知らしめるメッセージを送ったことで、トランプがさらなる軍事行動をとらなくてもすむように「逃げ道」を用意したということです。それは、イランが領空に侵入したアメリカの偵察用ドローンを撃墜したときに、そのドローンの傍らを飛んでいた米軍機(もちろん搭乗員がいた)に対しては手を出さないという「配慮」を示すことで、トランプに「逃げ道」を用意したことを想起させるものでした。トランプが9日早朝(日本時間)に公言していたさらなる報復軍事行動をとらない旨の声明を出し得たのは、イランの「最大限の自制」と「トランプに逃げ道を用意するという配慮」のおかげだったと言わなければならないでしょう。以下に、8日のファーズ通信、イラン放送WS、IRNAの諸報道に基づいて、イラン側要人の発言を時系列的にまとめて紹介します。
 イラクの2カ所の米軍基地をミサイル攻撃した後、イラン革命防衛隊(IRGC)は声明を出し、「ソレマイニ殺害に対する報復」とするとともに、アメリカに対してこの攻撃に対する報復を回避するように警告し、さもなければ「アメリカはもっと手痛く、壊滅的な反応に直面するだろう」と述べました。つまり、イランとしてはこれ以上の軍事行動をとるつもりがないことを明らかにしたということです(アメリカに基地を提供している近隣諸国にもアメリカの手伝いをすれば報復対象になると警告)。IRGCは、ミサイル攻撃の対象としたアサド基地がアメリカにとって戦略的に重要な意味を持っていることを強調しました。また、このミサイル攻撃を「ソレイマニ弔い作戦」とし、かつ、攻撃時間をソレイマニが殺害された同じ時間に行ったことを強調しました。これは国内から出る可能性のある「手ぬるすぎる」という批判に配慮したものであるとも考えられます。
 攻撃後に行われた閣議の後に記者会見をしたロウハニ大統領は、「アメリカはソレイマニの腕を体から切り離した。アメリカの脚はこの地域から切り離されるだろう」、「アメリカが再び犯罪を繰り返すのであれば、もっと強力な反撃を受けることを知っておかなければならない」、「地域諸国がアメリカに強いる「究極の復讐」はこの地域におけるアメリカのプレゼンスを終わらせることだ」」と発言しました。
ザリーフ外相は閣議後の記者会見で、「イランはアメリカがとった行動に対する軍事的対応を行った。しかし、これで終わりということではない。終わりはアメリカが引き上げることだ」と述べ、「アメリカが間違いを犯すのであれば、必ずお返しを受ける」、「最高指導者が述べた(後述参照)ように、今回はアメリカの面をひっぱたくということであり、イランの報復はアメリカをこの地域から引き上げさせることだ」とIRGCと同趣旨の発言をしました。ザリーフは、アサド基地を攻撃したのは、ソレイマニ殺害が同基地発進のドローンで行われたからだと付け加えています。彼はさらに、「イランはエスカレーションや戦争を望んでいない、しかしいかなる侵略に対しても自衛する」と付け加え、事態がエスカレートしないかどうかはアメリカが正気に戻り、冒険主義をやめるかどうかにかかっていると指摘しました。その上でザリーフは、「我が国の利益代表部門を通じて今回の作戦の後直ちにアメリカにメッセージを伝達した」という重要発言を行いました。
防衛相のハタミ少将も同じく閣議後に記者に対して、アメリカがイランの報復に対してさらなる軍事行動をとるならば壊滅的な反撃に遭うと警告し、「次なる措置は間違いなくアメリカがとる行動に見合うものとなるだろう」と述べました。さらに、ロウハニ大統領の首席補佐官のヴァエジ(Vaezi)も同じく閣議後の記者会見で、今回のイランのミサイル攻撃は、自分の知る限りでは、米軍基地が標的となった初めてのものだ、とその意義を強調しています。イラン政府のラビエイ報道官も、アメリカが攻撃を行ったことに対してピンポイントで正統な反撃を行ったと表現しています。
 最高指導者ハメネイ師は国営テレビの生放送の中で、今回のミサイル攻撃は「当面の「ひっぱたき」であり、イラン及び悲しみにあるイラン大衆が公言した復讐ではない」、「復讐及びそれについての議論は別問題だ。今はとりあえずアメリカの横っ面をひっぱたいたということだ」、「重要なことはこの地域におけるアメリカのプレゼンスが終わらなければならないということだ」、「我々が後退すればアメリカは敵対をやめるだろうと考えるものがいるならば、それは間違いだ。アメリカが怒らないように振る舞うべきだと新聞に書くものがいる。それは絶対に間違いだ。それはコーランにある神の戒めに反している」と指摘しました。一見、ハメネイ師の発言とザリーフ等の発言とは相反するようにも見えますが、ハメネイ師はイランの原則的立場を確認し、ザリーフ等は今回の軍事行動の位置づけを強調したものと見るべきでしょう。
 なお、閣議後のロウハニ発言で注目されるのは、イランとイラク、レバノン、イエメンとの軍事的連携を強く否定したことです。ロウハニは、アメリカはイランの代理武装勢力がアメリカに対して軍事行動をとるというような間違った主張を行うべきではないとし、「我々は代理武装勢力などを持っていない。なぜならば、すべての人民は自由であり、いずれの国にも我々の指令の下にある代理部隊は存在しないからだ」と指摘しました。