トランプのソレイマニ司令官殺害

2020.01.07. (補足)01.08.

(補足) 1月7日のイランのファーズ通信は、イラクのハッシュド・アル・シャアビ(浅井注:ネットで調べたところ、イラク政府を支持する民兵組織とのこと)に近い、親イランの民兵組織のアサイブ・アール・アル・ハク(Asaib Ahl al-Haq)の副書記長であるモハンメド・アル・タバタバイが「ソレイマニ暗殺に対する反撃は、ハメネイ師が述べたように、決定的なものとなり、それはイラン、イラクの抵抗勢力とハッシュド・アル・シャアビによって遂行されるだろう」と発言したことを伝えました。彼はまた、ソレイマニの殉教はイランとイラクとの結びつきをさらに強めることになったと述べた、とも伝えられています。
 同日のファーズ通信はまた、イラク・ヘズボラのスポークスマンが、イランのアメリカに対する反撃の強さの程度を見たうえで自分たちのアメリカに対する対応を決めることになると述べたことも紹介しています。さらに同日のイラン放送WSは、イラク議会の最大多数派の指導者のサドル師が、イラク議会の決議内容は不十分であるとし、アメリカとの安全保障に関する取り決めの即時廃止、米大使館閉鎖などを主張したうえで、「イラクの抵抗派諸組織及びイラク以外の諸組織が直ちに会合して、国際抵抗連合の結成を声明することを呼びかける」と主張したことを伝えました。
 これらの報道から判断すると、イラクの武装組織も概して組織的規律を保ち、イランとの意思疎通も行っていることが窺われます。そうであるとすれば、私が「今後の不確実要因」として指摘した点は杞憂である可能性が大きくなります。その点を訂正、補足しておきます。

<計画的な国家テロ>
1月3日、トランプの命令でアメリカはイランン革命防衛隊(IRGC)首都司令官ソレイマニをミサイル攻撃で殺害しました。その前日(1月2日)にエスパー国防長官は、イラクのシーア派が攻撃する兆候があればアメリカは先制攻撃を行うと発言したばかりでした。またエスパーは、イランが支持するイラク・シーア派が過去数ヶ月間度々在イラク米軍基地に対して攻撃を行っていたとする声明も出していました。攻撃後にペンタゴンは声明を出し、「大統領の指示により、海外のアメリカ人を保護するため、米軍はアメリカがテロ組織と指定したIRGC首都司令官のソレイマニを殺害する断固たる防衛的行動をとった」としました。声明はさらに、ソレイマニがイラク及び中東地域の米外交官及び軍人を攻撃する計画を積極的に作っていた、また、今週バグダッドで起こった米大使館攻撃も彼が承認していた、と主張しました。声明はさらに、「この攻撃は今後のイランによる攻撃計画を防遏することを目的としていた。アメリカは、世界のどこにおいても我が人民及び利益を守るためにすべての必要な行動をとるだろう」とも指摘しました。
 アメリカが早くからソレイマニ殺害を計画していたことは、トランプが1月3日、ソレイマニ殺害は「とっくの昔に行われるべきことだった」(should have been taken out many years ago)とツイッターに書き込んだことからも窺えます。5日付朝日新聞は、「ブッシュ(子)、オバマ両政権で、中東問題を担当した経験を持つ民主党のスロトキン下院議員はツイッターで、両政権もソレイマニ司令官の殺害を検討しながら、報復や長期的な対立を考慮し、見送ったと指摘」したとしています。アメリカの歴代政権は、イラク及びシリアにおいてイスラム国掃討に赫々たる成果を上げた軍略家ソレイマニを早くから亡き者とすることを狙ってきたことが分かります。これを「国家テロ」と言わずしてほかになんと言いようがあるか、ということです。
 トランプは自らの決定を「戦争をするために行ったのではなく、戦争を避けるための行動だった」と正当化しようとしました。しかし同時に彼は、イランが報復に出た場合には直ちに、イランの52カ所(1979年に在テヘラン米大使館の館員52人が人質にとられたことに言及)を攻撃する計画があるとイランを威嚇しました(この威嚇に対しては、ロウハニ大統領が6日、52という数字を挙げた者は、1988年にアメリカが撃墜したイラン旅客機の犠牲者が290人だったことを覚えておくがいいと言い返しました)。大統領選挙を控えたトランプが泥沼に陥ることが必至なイランとの本格的な戦争を望んでいないことは公知の事実です。その彼が最高指導者ハメネイ師のもっとも厚い信任を得ており、イラン内外で尊敬を集めているソレイマニの殺害を命令したというのはまったく常軌を逸しています。なぜならば、イラン政府のアリ・ラビイエー(Ali Rabiyee)報道官が「アメリカはレッド・ラインを超えた」と断じたとおり、イランが「泣き寝入り」するはずがない人物を殺害対象としてしまったからです。本当に「戦争を望まない」のであれば、トランプは攻撃対象に歩留まりを設定するべきでした。トランプは己の軽率極まる判断によって自縄自縛の境地に我が身を追い込んでしまったと言うべきでしょう。トランプの今後の命運は皮肉にもイランがいかなる対応を行うかにかかっています。
 1月6日付の朝日新聞や中国のメディアが引用したニューヨーク・タイムズの報道によれば、「米軍幹部らはソレイマニ司令官の殺害を「最も極端な選択肢」としてトランプ氏に提示した。国防総省は歴代大統領に非現実的な選択肢を示すことで、他の選択肢をより受け入れやすくしており、今回もトランプ氏が選ぶとは想定していなかったという。…(トランプの決定に)国防総省幹部らは衝撃を受けたという」ことです。この報道が示すのは、トランプを取り巻くのは超タカ派のポンペイオ国務長官、忠実かつ凡庸なエスパー国防長官など、トランプの暴走に歯止めをかける存在がないことの危うさです。
 もう一つ留意しておく必要があることは、アメリカ歴代政権がアメリカにとって邪魔になる外国指導者を暗殺する計画を不断に練っているという事実です。その典型例は金正恩に対する「斬首作戦」の存在です。アメリカが「テロリスト」と断定したものは常に暗殺される可能性があるということです。
<イランの対応>
 イランの反応は当然のこととして極めて厳しいものがあります。最高指導者ハメネイ師は3日の声明で、ソレイマニの血を奪った犯罪者たちは過酷な復讐を待たなければならないと述べました。ハメネイ師のトップ・アドバイザーのヴェラヤティも同日、「アメリカ人及びその傭兵どもはこのテロ犯罪の結果を償うことになる」と述べ、「レジスタンス枢軸はソレイマニの復讐をする」と加えました。「レジスタンス枢軸」とはイラン及び同国と共同戦線を組むシリア・アサド政権、イラク・シーア派、レバノン・ヒズボラ、パレスチナ・ハマス等の総称です。つまりヴェラヤティは、イランだけではなくイランと共同戦線を組む地域諸国・勢力がアメリカに対して対抗していくことを予告しているのです。ロウハニ大統領も同日のメッセージにおいて、「イラン及び地域の国々は犯罪者アメリカに復讐するだろう」と予告しています。
 イランの安全保障担当の最高機関である国家安全保障会議(SNSC)も3日に緊急会議を開催し、声明を発表しました。その声明の中で注目されるのは、「犯罪者たちは適切な時及び適切な場所で最強の報いに直面することになる」、「アメリカ当局はこのごろつき冒険主義のすべての結果について責任を負うことになる」と述べていることです。また、イラン外務省も同日緊急会合を開催しました。その後ザリーフ外相はロシアのラブロフ外相、中国の王毅外交部長、トルコのチャヴシュオール外相以下、インド、カタール、レバノン、パキスタン、アゼルバイジャン、タジキスタン、アフガニスタン、アルメニア、トルクメン、パレスチナ(ハマス)等のカウンターパートと電話会談を行っています。
 私が特に注目するのは、軽率極まる判断・行動に走ったトランプと異なり、イランは慎重にかつ戦略的に今後の対応を検討していることが窺われることです。3日のSNSCに出席したザリーフ外相は4日早朝、「まずはアメリカがどうしてこのような危険な作戦に迷い込んだのかを見る必要がある。我々の印象では、アメリカは地域のいくつかの国々の指導者及びジオニスト政権(イスラエル)の賢明でないアドバイスを受けてヘマを行ったように見られる」、「トランプの行動は選挙キャンペーンの一環であり、弾劾から逃れようとする試みだった」と述べました。またイラン司法省のスポークスマンは、今回の事件について国際司法裁判所にアメリカを提訴する考えであることを明らかにしています。また、イラン公益判別会議(Expediency Council) の責任者も、トランプがとった行動の動機についてザリーフと同様の指摘を行い、その上で、「この事件を受けてアメリカに対する圧力が増大するだろう。我々はアメリカがこの地域を去ることを予見している」という興味深い発言を加えました。イラン陸軍スポークスマンのシェカルチ(Shekarchi)准将も、アメリカは取り返しのつかないことをやったと指摘して厳しい復讐に言及しましたが、その物言いは「イランは性急な行動をとることは避けるが、イラン及び地域諸国はアメリカに厳しい復讐を行う」とするものでした。
 さらに私が注目したのは、IRGC司令官のサラミ(Salami)少将が行った発言です。彼はまず、イランの復讐には、広範な舞台で展開される、決定的な結果及び一貫性を伴う戦略的な作戦が含まれるだろう」と述べました。その戦略的な復讐は「地域におけるアメリカのプレゼンスにピリオドを打つことになることは間違いない」。なぜならば、今回のテロ攻撃がこの地域の広範囲にわたって厳しい復讐を行うという決意に火をつけたからであり、「復讐の行動は広域にわたり、途絶えることなく、決定的なインパクトを及ぼすだろう」という判断に基づくものだからです。サラミ少将は、ソレイマニを暗殺することによってアメリカはこの地域のプレゼンス終焉の引き金を引いてしまったと述べ、イランはこのゴールを実現するまでは絶対に手を緩めないと宣言しました。
 ロウハニ大統領も4日、イランを訪問したカタール外相に対して、「カタールが(サウジアラビア等によって)包囲されたときイランはカタールとともにあった。私がマレーシアでカタール首長と行った合意を可及的速やかに実施に移したい」と述べました。カタールにはアメリカ軍基地があります。ロウハニ大統領は同日トルコのエルドアン大統領とも電話会談し、「アメリカの間違いに対して我々が一致した立場をとらないと、さらなる危険がこの地域を脅かすことになる」と述べました。ロウハニ大統領は5日、イラクのサリフ大統領との電話会談の中で、「テヘランとバグダッドの協力を発展させ、アメリカの干渉に対して立ち上がらなければならない」と指摘し、「アメリカ軍をイラクから追い出そうとするイラク議会の動きはこの地域における安定と安全をもたらすうえで重要な第一歩だ」と指摘しました(イラク議会は同日、アメリカによるソレイマニ等の暗殺に鑑み、イラクにおける外国軍隊の駐留を終了させるべきであるとし、政府がアメリカの率いる多国籍軍に対する軍事援助要請を取り消すように指示する決議を採択しました)。
 IRGC空軍の司令官であるハジザデ(Hajizadeh)准将の5日の発言も注目されます。彼は、「ソレイマニの復讐は数発のミサイルを発射したり、米軍基地を標的にしたり、さらにはトランプを殺したりすることで終わる類いのことではない。これらのことはソレイマニの血ほどの価値もないからだ。…ソレイマニの殉教を償う唯一のことはこの地域におけるアメリカの存在を完全に破壊すること以外にない」と述べました。
 以上に例示したように、イランがこれから戦略的にとろうとしているのは、イランと友好関係にある域内・域外諸国と連合してアメリカの中東地域における軍事プレゼンスを不可能にすることにあると見られます。イラン国家安全保障会議(SNSC)のシャムハーニ書記は5日、イラク議会が米軍追放を決定したことについて、トランプの横っ面をひっぱたいた最初の一撃であるとして、この法律が成立すればアメリカのイラクにおけるプレゼンスは「占領」ということになるとし、「我々は間違いなく軍事的にお返しするが、我々のお返しは軍事的措置に限られるわけではない」と述べました。ハメネイ師のトップ・アドバイザーのヴェラヤティも6日、「ソレイマニ司令官を殺害することで、アメリカはもっとも愚かなことをやってしまった。アメリカが中東から軍隊を引き上げないのであれば、アメリカを待ち受けているのは「第二のヴェトナム」である」と述べています。
<今後の不確実要因>
 多くの専門家が指摘しているように、トランプもイランの指導者たちも「第二の湾岸戦争」が起こることを回避したいと思っていることは間違いありません。しかし、互いに相手をへこますことによって自国に有利な形で「戦争回避」の目的を達成しようと思っているわけですから、一触即発の緊張が続くことも間違いないことです。私がもっとも心配するのは、イラクのシーア派民兵組織がすでに行っている米軍基地等に対するロケット砲攻撃などでアメリカ側に大きな被害が出る事態です。レバノンのヘズボラやパレスチナのハマスのように規律がとれた組織で、イランとも意思疎通が確保されているものは、以上に述べたイランの戦略的アプローチを理解し、軽率な行動を慎むことが期待できます。しかし、イラクのシーア派民兵組織(及びその指導的存在であるサドル師)に対してイランがどこまで影響力を持っているのかは判然としません。彼らの米軍基地等に対する軍事行動が今後も続き、エスカレートする場合、トランプがイランの関与を一方的に断定し、さらなる軍事的暴挙に出る可能性は排除できません。イランの戦略的アプローチを知りうる立場にあるイラクのシーア派最高指導者のシスターニ師がシーア派民兵組織(サドル師)をコントロールするだけの影響力を持っているのか否かがポイントの一つになるのではないかと思います(ただし、私が毎朝チェックしているイランの3情報源からではイラク国内情勢に関する情報が圧倒的に不足していますので、まったく見当違いかもしれません)。