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朝米交渉の行方(5)
-中露両国による安保理決議提案-

2019.02.20.

私は12月17日のコラムで、私のこれまでの見方を改め、朝鮮半島問題に関する中国(及びロシア)の立場・政策が基本的に変化したのではないかという判断を記しました。その変化を明確に両国の政策として打ち出した最初のかつ画期的な具体的行動が、両国が12月17日に国連安保理に対して共同で提出した朝鮮半島問題の政治的解決に関する決議案であると思います。決議案の全容はまだ明らかではありませんが、中国とロシアが朝鮮半島問題に関して朝鮮を支持する立場を明確にしたことは明らかであり、この事実は朝鮮半島情勢を長年にわたって支配してきた国際的構図(パワー・バランス)を根本的に変えるものであることは間違いありません。簡潔に言えば、1年前までの朝鮮半島における基本的構図は朝鮮対米中露でしたが、今後はアメリカ対朝中露という基本的構図になるということです。
この新しい基本的構図は米ソ冷戦時と比較してもまったく異なるものであることを確認しておく必要があります。すなわち、米ソ冷戦当時においても、アメリカと朝鮮の対決に対して中国及びソ連は朝鮮を支持する立場をとっていました。しかし、中ソ対立の下で中国とソ連はいわば別々に朝鮮を支持していたわけです。しかし、今日の中ロ関係は両国関係史上においても前例のない、また、伝統的な大国関係ともまったく異質な、共嬴共存(ウィン・ウィン)の「新型大国関係」を築くに至っています。そのことをもっとも端的に言い表しているのは、12月19日の年次記者会見でプーチン大統領が述べた「いまロシアと中国の結びつきにおいて達成されたカギとなるものは、両国協力の数や分野ということではない。カギとなっているのは、両国間で共有する、未だかつてない信頼である」という言葉でしょう。さらにプーチンは、「露中協力は、国際的安定、なかんずく国際法ルールを確保し、多極的世界を構築することによる国際的安定におけるもっとも重要なファクターである」と強調しました。国際関係における中露協力は多岐にわたっていますが、今回の決議案の提起により、中露協力はいまや朝鮮半島問題においても本格的に展開されることを明らかにしたと言えるでしょう。
今ひとつ指摘しておくべきは、米ソ冷戦時代の中国及びソ連の朝鮮に対する支持は「社会主義国の一員」という立場からのいわばイデオロギー的色彩の強いものでした。しかし、「一帯一路」を掲げる中国及び「ユーラシア経済圏構想」を推進しようとするロシアはともに朝鮮半島の経済的可能性に熱いまなざしを注いでいます。朝鮮の国際的孤立脱却を支援し、朝鮮半島の平和と繁栄を実現することは中露両国にとって極めて大きな意味を持っているのです。
脇にそれて一言付け加えるならば、中国はアメリカとの間でも共嬴共存(ウィン・ウィン)の「新型大国関係」の構築を一貫して呼びかけています。ポンペイオ国務長官があしざまに罵るとおりの「大国主義・覇権主義」の中国であるならば、アメリカよりもはるかに弱いロシアとしては中国を何倍も警戒して当然なはずです。しかし現実の中ロ関係は史上かつてない親密な関係を築いているのです。それを可能にしている最大要因は、プーチンが指摘した「両国間で共有する、未だかつてない信頼」です。中国は大国・強国ではあるが大国主義・覇権主義ではないことを認識するからこそ、プーチンの上記発言があるのです。アメリカ政治に牢固と巣くうゼロ・サムのパワー・ポリティックスのイデオロギー及び覇権大国への執着が中国を「脅威」と位置づけなければ気が済まない。ここにこそ問題の根源があることを確認しておきたいものです。
本筋に戻ります。今回の決議案におけるもう一つの注目点は、朝鮮が強く要求してきた民生分野の制裁解除に安保理が応じるべきであるという立場を中露両国が明らかにしたことです。しかも、これまでに朝鮮がとってきた行動に対する見返りとして、安保理決議見直しによる制裁一部解除を行うべきだとする内容を盛り込んだのも見逃してはならないポイントです。つまり、これまでの朝鮮の行動は制裁の一部解除で応えるのに十分なものだとしているのです。これは、安保理決議を盾にしたアメリカの対朝鮮政策に対する正面からの異議申し立てにほかなりません。しかも、中露両国はこの決議案に対する抵抗が強いことは百も承知であり、したがって直ちに採決を求めるのではなく、決議案に関する安保理理事国(常任・非常任)さらには国際社会の理解を深める粘り強い働きかけを行い、朝鮮半島問題に関する国際的認識の変化を促すという方針に立っていることも見逃せません。
 ただし、以上の中露両国の今回の提案と朝鮮がハノイ・サミットでアメリカに対して行った提案との間では主に二つの点で違いがあることは確認しておく必要があります。ハノイ・サミットで金正恩がトランプに示したのは「寧辺核施設(+α)と制裁緩和との交換」であり、制裁緩和の具体的中身は「2006~2007年の5つの制裁決議の民需経済及び人民生活に関わる部分の解除」(李容浩外相発言)でした(3月3日のコラム参照)。違いの一つは、朝鮮提案は新たな譲歩を用意してアメリカの見返りを求めていたのに対して、中露共同提案は、これまでの朝鮮の行動だけで安保理による見返りを要求するのに十分であるとしていることです。もう一つの違いは、朝鮮は「5つの制裁決議の民需経済及び人民生活に関わる部分の解除」を要求しましたが、中露共同提案の制裁解除の内容はより狭い内容になっているらしいということです。
 中露共同決議案の具体的内容に関する情報としては、これまでのところ次のようなものがあります。
ロシアのタス通信は、同通信が入手した決議案の内容について以下のように紹介しました(同日付国連発電)。

○国連安保理は、「朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)が国連安保理の関連決議に従っていることにかんがみ、DPRKに対する制裁措置について所要の調整を行うものとする。」
○決議案はまた、従前の安保理決議によって科された制裁で「DPRKの民間人の生活と直接関連するものに関しては早い時期に解除されるべきである」としている。
○決議案は、「アメリカとDPRKの間のあらゆるレベルでの対話の継続を歓迎する」とともに、「対話を通じた平和的かつ包括的な解決を容易にするという目標で、6者協議の速やかな再開または他の類似の形式による多国間協議の開始」を呼びかけている。
○決議案はまた、「朝鮮半島の軍事緊張及びいかなる形の軍事的対立の可能性をも減らすため、すべての適当な手段でさらなる現実的な措置(軍官間の協定、朝鮮戦争の終結のための公式な宣言及び/または平和条約など)を実行することをすべての関係諸国に呼びかける。」
○決議案は、制裁から除外するものとして「インフラ建設に使用されかつDPRKの核及び弾道ミサイル計画に転用できない一定の産業用機械及び輸送車両並びに人道及び民生分野の一定品目」を示す。これら品目の完全リストは付属に載せられている。リストには、鉄、非合金スチール、ブルドーザー、掘削機などが含まれている。(なお、12月18日付のハンギョレ・日本語版WSは、ロイター電として、決議案には「南北間の鉄道・道路協力プロジェクトを制裁対象から免除する内容」「北朝鮮の海産物と衣類の輸出を禁止する規定と国外で働く北朝鮮労働者を全員送還する規定を廃止する内容」も盛り込まれていると紹介しています。)
 また、12月17日付の国連発新華社電は、中国の張軍国連大使の発言として、この決議案は米朝対話の現在の膠着を打開するための有意義な試みであると性格規定するとともに、決議案の中心的目標は民生領域の制裁緩和に関心がある朝鮮の立場を配慮することにあると説明したこと、安保理が朝鮮に対する制裁を調整することは米朝対話の流れを維持し、朝鮮の人道及び民生の状況を緩和し、朝鮮が非核化に向かってさらなるステップをとることを促し、半島問題の政治的解決のための条件を創造し、モメンタムを与えることに有利であって、米朝双方にとって有利なことであると指摘したことを伝えています。
 同日行われた中国外交部の定例記者会見では、記者の質問に答えて耿爽報道官は次のように述べました。
 現在、朝鮮半島情勢は重大かつセンシティヴな時にあり、政治的解決の緊迫性はさらに高まっている。国際社会は客観的かつ公正な立場に立ち、長期的かつ大局的に着眼し、半島問題を政治的に解決するという共通認識を固め、得がたい対話の流れを継続させ、半島が再び緊張と対決に陥ることを防ぎ、情勢に深刻な逆転が起こることを回避するべきである。安保理は国連憲章が付与した職責を履行し、この問題について確実な措置を講じなければならない。(中略)
 以上の立場に基づき、中国とロシアは共同で安保理に対して半島問題の政治的解決の決議案を提出した。決議案の主要内容は3つである。第一、各国は半島の非核化に力を尽くすべきであること。第二、米朝に対話の継続を促し、6者協議の回復を呼びかけること。第三、朝鮮が決議を遵守している状況に基づき、朝鮮に対する制裁措置を部分的に解除すること。我々としては、安保理が半島問題の政治的解決を支持する一致した声を発出し、米朝双方が互いの関心を尊重し、弾力性と誠意を発揮し、互いに向き合い、シンガポール共同声明の共通認識を実行し、ステップ・バイ・ステップ及び同歩的に動くという原則に従い、速やかに膠着状況を打開し、対話プロセスの「軌道外れ」さらには「後退」を防止するように促すことを希望している。
 (6者協議に関して)過去における6者協議において、中国は非常に重要でカギとなる、建設的な役割を担った。過去の6者協議実践の成功に基づき、中国、ロシアその他多くの国々及びいくつかの国際機関は6者協議の復活を呼びかけている。6者協議復活は、各国が半島問題について意見を交わし、相互信頼を増進し、共通認識を固めるために有益な場をつくることができると考える。事実、中国は一貫してこの問題について各国と意思疎通を続けてきた。
 ちなみにアメリカの中露共同提案に対する反応ですが、米国務省は即座に、「今は国連安保理が中途半端な制裁緩和提案を考慮する時期ではない」とする否定的な立場を表明し、「北朝鮮は、非核化を話し合うための協議を拒否し、禁止された大量破壊兵器と弾道ミサイルプログラムを引き続き維持・向上させて、挑発を強めると脅しをかけてきた」と述べました(12月18日付ハンギョレ・日本語版WS)。韓国及び日本を訪問中のビーガン特別代表は急遽予定になかった中国を訪問することになりましたが、これについて米国務省は「北朝鮮に対する国際社会の団結維持の必要性を中国の当局者と話し合うため」と説明しています(12月18日付韓国聯合通信)。ビーガン訪中について質問された耿爽報道官は「意思疎通することを歓迎」と発言しました(同日の中国外交部定例記者会見)。12月19日にビーガンは中国外交部の羅照輝次官と会談しましたが、詳細は不明です。アメリカがこういう反応を示すことを中国(及びロシア)は織り込み済みでしょう。
 私がもっとも強調したいことは、中露共同提案に体現される中露両国の政策変化により、日本国内の「常識」は今後もはや通用しない次元に移行することになった、ということです。そのことを理解する上では、12月18日付の朝日新聞社説「北朝鮮の挑発 緊張状態に戻る気か」(旧態依然の内こもり思考)と、同日の環球網に掲載された環球時報社説「対朝鮮制裁を若干緩和することはワシントンにも有利」(元気はつらつな前向き思考)とを読み比べていただくことが一番と思いますので、以下に紹介します。
<朝日新聞社説>
 2年前までの緊迫状態に戻るつもりなのか。この間の対話の流れを壊すなら、国の再建の道を自ら断つ愚挙でしかない。
 北朝鮮が軍事的な挑発を強めている。米国との交渉をめぐり年末を一方的に期限とし、居丈高な声明を連ねている。
 今月は、大陸間弾道ミサイル用のエンジン実験とみられる動きを2度みせた。米本土を射程に収めるとされ、「重大な実験」だと宣伝している。
 こうした挑発行為の裏には、北朝鮮側の焦りがあるようだ。国内に訴えてきた経済発展は順調とはいえず、悲願の制裁緩和を求めて米側との駆け引きに出たのだろう。
 最高指導者の金正恩(キムジョンウン)氏は今年の元日、こう演説していた。米国が約束を守らず、圧迫を加えるならば「新しい道」を探る、と。そうした約束も自らの選択肢を狭めているようだ。
 北朝鮮は古い思考を捨て去るべきだ。強硬姿勢だけが国際社会からの譲歩を引き出せると考える限り、実利を得られるような展望は開けない。
 事態を打開するには、非核化に具体的に動くしかない。10月に物別れに終わった米国との高官級の実務協議を再開させることが、その第一歩である。
 北朝鮮側はいまだにトランプ大統領との直接対話に期待している節もあるが、周到な準備交渉を伴わない首脳会談では物事は動かせない。それが過去3回の会談の教訓だ。
 米高官はいま、韓国と日本に滞在中で、北朝鮮に協議を呼びかけた。「妥当な段階と柔軟な措置を通じて」合意を導きたいと述べており、こうした提案に誠実に応じるべきである。
 一方、トランプ政権は、ここまで北朝鮮を増長させた責任を自覚すべきだ。5月以降、国連安保理決議違反である短距離弾道ミサイル発射が繰り返されても、黙認してきた。
 今月になって安保理の開催を求め、あらゆる弾道ミサイルが違反だと牽制(けんせい)しつつ、非核化交渉の用意を表明したが、およそ一貫性に欠ける。  トランプ氏が来年の大統領選に向け、外交の実績づくりを意識しているのは周知の事実だ。しかし、北朝鮮の非核化をめぐって安易な取引に走るようなことはあってはならない。
 非核化の実現には忍耐力がいる。短期間で達成できるものではなく、北朝鮮の行動を見極めて進める長期的かつ段階的な措置が必要になる。
 そのために日本と韓国の両政府は、トランプ政権との綿密な政策調整をめざすべきだ。米国のブレを防ぎつつ、北朝鮮の挑発を抑え、非核化の道筋を探る努力が求められている。
<環球時報社説>
 中露が共同で安保理に提出した朝鮮に対する制裁緩和の提案に対して、アメリカは早速反対を表明した。我々が思うに、アメリカはこのように条件反射的に中露の善意の提案に対応するのではなく、最近数年間の朝鮮半島情勢の起伏を真剣に回顧し、より実際的で有効な対策を講じ、半島非核化プロセスに不断に新たな動力を注入するべきだろう。
 最近では、朝鮮は「口先だけで実が伴わない」アメリカに対して多くの不満を表明している。朝鮮はアメリカとの交渉を中断し、安保理決議に違反していないけれどもアメリカには伝わる警告としてのミサイル活動を展開している。平壌はさらにワシントンが年末までに双方の利益に合致する新しい方式を提起することを要求しており、それがなければ「新道路」をとるとしている。
 ワシントンは米朝交渉プロセスの戦略的主導権を握っており、朝鮮に対して大きな要求を行っているが、その策略は朝鮮側行動が「基準に達しない」限りは絶対に制裁を緩めないというものであり、このように膠着状態を続けていけば、時間はアメリカに味方するというものだ。しかし、朝鮮はこのような膠着状態を受け入れるはずはない。
 アメリカは制裁という「宝物」をあまりに信じ込んでいるけれども、国際政治史を理解しているものであれば、制裁がいかなる目標に対しても有効であるわけではないということは誰でも知っている。国際政治の常識とは、鞭は本当の「飴」と組み合わせてのみ威嚇効果を上げることができるということだ。アメリカの問題は、「飴」を持ち出すべき時にもなお相変わらず鞭をもってするということにある。
 朝鮮は2年間核実験も中長距離ミサイルの発射実験もしていないし、今後はこれらの実験を行わないという約束も行っている。いかなる理屈に基づいてみても、国際社会としては対朝鮮制裁緩和に関して意思表示するべきである。そうすることによって平壌の非核化プロセスに対する確信は増大するだろうし、朝米間の相互信頼増加にもつながり、朝米交渉がモメンタムを維持し、実際的成果を上げることにも明らかに有利となるのだ。
 制裁を加えることは簡単だがそれを取り消すことは難しいというのは問題である。朝鮮に対する制裁を長期にわたって維持し動かさないとなれば、半島非核化を推進する上でのテコとしての機能を失ってしまうし、朝鮮は制裁に耐えきれなくなって最終的に核計画を放棄するだろうとする考え方は極めて素人である。現実の状況は朝鮮が制裁対抗措置を取るということであり、アメリカの希望どおりに制裁圧力に屈服してアメリカが勝手に描くとおりの結末になるということではないのだ。
 過去の経験が証明するとおり、半島情勢全体のレジリエンスは朝鮮の制裁に対するレジリエンスよりも遙かに脆弱である。この問題はワシントンと平壌だけのことではなく、利害関係国はほかに多数いる。仮に朝鮮が「新道路」をとる場合、地域情勢に連鎖反応を生む可能性は極めて大きく、そのことはアメリカのレジリエンスを試すことになるだけではなく、韓国はどうなるかということが現実的問題となる可能性は極めて大である。
 2017年の先鋭な対決はいまもなお忘れることが難しい。地域全体を見ても、あのような局面が再演されることを望むものはいないはずだ。そのような事態はワシントンにとってもいいことであるはずはなく、トランプ大統領が朝鮮指導者との何回かの会談で築いてきたセンセーショナルな影響力も完全におかしなものにするだろう。トランプ大統領の多くの感情的な発言は人々の記憶になお新しく、仮に朝鮮に対して激しい態度で臨むようなことになるならば、極めて滑稽に映ることとなり、大統領選挙の年に政敵に利用されることは免れないだろう。
 アメリカの政治的雰囲気の下では、ホワイトハウスが対朝鮮制裁に関してイニシアティヴをとることは極めて難しいわけで、そういうときに中国とロシアがこの提案のイニシアティヴをとったことに対してアメリカは少なくとも積極的な反応を示すべきであり、地縁政治の角度から中露の善意を曲解するべきではない。中露は半島問題に関してアメリカの立場を悪くするような戦略的意図はなく、この地域に恒久的な平和と安定を回復することこそが我々の強くそして心からの希望なのである。
 制裁が万能でないことは間違いなく、弾力的に取り消すことができる制裁こそが本来の意味での制裁である。ワシントンが制裁を宝物のように抱え込んで放さないとしたら極めて残念なことである。

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