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朝米交渉の行方(4)
-中国の立場に変化(?)-

2019.02.17.

朝鮮の度重なる警告に対して、国連安保理議長国のアメリカは12月11日に朝鮮半島情勢を議論する会合を招集して朝鮮を批判する行動に出ました。翌日(12月12日)に朝鮮外務省スポークスマンは談話を発表してこの「敵対的挑発行為」を非難するとともに、「米国は、今回の会議招集を機に我が手で首を絞めるような愚かな行為を働いたし、われわれをしてどの道を選ぶかに対する明白な決心を下すのに決定的な助けを与えた」として、もはやトランプが果断な決断をする可能性はないと判断を下したことを示唆しました。
 私は、この安保理会合における中国代表・張軍大使の発言(12月11日付の中国外交部WS所掲)及び12月13日の環球網WSに掲載された李敦球署名文章「アメリカはなぜ朝鮮が「新道路」に向かうことを聞きっぱなしにするのか」を読んで、私のこれまでの認識がいつの間にか固定化されてしまっていたと気づかされ、大いに刺激を受けました。本論に入る前に一言すれば、李敦球は私が一目も二目もおく中国の朝鮮半島問題の権威で、私もこのコラムでしばしば彼の発言を紹介してきました。ところが8月15日の文章を最後に約4ヶ月間彼の文章にお目にかかることができないでいたのです。その彼が久々に環球時報(従来は主に中国青年報のコラム「環球東隅」で健筆を振るってきました)でこの文章を発表したというわけです。
 私が自分の認識の盲点を気づかされる思いがしたのは、李敦球の次のくだりを読んだときでした。

 今に至るまでアメリカは朝鮮の「デッドライン」及び「新道路」に関して直接的反応を示さないばかりか、実質的意義がある新しい方案を示して朝鮮と対話しようとする兆候も示していない。朝米の立場の懸隔はますます広がり、朝米関係の流れはチャンスよりもチャレンジの方が大きい方向に向かっている。では、なぜアメリカは朝鮮が「新道路」に向かうことを聞き流し、誠意ある実際的な措置を講じようとしないのか。
 2018年以来、トランプと金正恩は2回の会談(シンガポールとハノイ)と1度の対面(38度線)を行い、形式上は朝米関係史の先例を切り開いた。しかし、アメリカは今に至るも朝鮮に対する根本政策を変えておらず、実際は相変わらず朝鮮の無条件かつ全面的な核放棄を要求するだけで、朝鮮の合理的な安全保障に関する関心については考慮せず、朝米関係の正常化及び半島平和メカニズム構築に関するいかなる実際的行動もとっていない。すなわち、これまでのところ、トランプ政権の対朝鮮政策はこれまでの政権の(政策の)基礎の上での戦術的調整に過ぎず、戦略的な政策変更ではない。トランプのこれまでの朝鮮との接触交渉における主要目的は二つだ。一つは広報上の目的で、政策的成果の効果を狙い、次の大統領選挙に利用すること。もう一つの目的は、交渉を利用して時間を引き延ばし、朝鮮が軍事技術研究上の新たなステップを進めることを阻害し、制裁で朝鮮をやっつけることだ。(中略)
 朝鮮がアメリカの時間引き延ばしのままになることはありえない。アメリカが年末までに実質的な意味のある交渉を行わないのであれば、2020年の朝米関係は再び悪循環に向かっていくだろう。
 私がハッとしたのは次の2点です。一つは、トランプ政権の対朝鮮政策の本質(制裁による政権崩壊・交代の実現)は変わっておらず、選挙目当ての戦術調整にすぎないとする李敦球の分析です。もう一つは、朝鮮がアメリカの引き延ばし戦術のままになることはあり得ないとする指摘です。
 私はこれまでのコラムで度々指摘してきたように、トランプ大統領の対外政策には戦略的一貫性はなく、ただ一つあるとすれば、これまでの政権(特にオバマ政権)の政策をことごとくひっくり返すことだと判断してきました。前政権までの評価するべき政策(例:イラン核合意、環境パリ条約、米ロ核軍備管理体制)をひっくり返すのは最悪の動きでしたが、唯一評価できるのはこれまでの政権が追及してきた朝鮮の政権交代を目指す政策を転換したことだ、というのが私の基本的理解・認識でした。
 私はトランプ大統領自身に関しては以上の理解・認識は間違っていないのではないかと今でも思います。しかし、支離滅裂で移り気なトランプは常に対朝鮮政策に目配りし、国務省、国防省を束ねているわけではありません。トランプがしゃしゃり出るときには国務省、国防省も抵抗しませんが、その時以外は従前どおりの対朝鮮敵対政策が貫徹することになるということです。さらに言えば、前政権の評価するべき上記の諸政策は国内の抵抗を押さえ込んで実現したものであり、これらの抵抗勢力はトランプがそれらをひっくり返すことは歓迎することだ、とも言えるわけです。極端な言い方をすれば、「トランプは裸の大様」だということになります。私にとっての盲点とは、「トランプ大統領=アメリカ政府」という観点にいつの間にか思考が縛られていたことでした。
 李敦球の「朝鮮がアメリカの引き延ばし戦術のままになることはあり得ないとする指摘」については私もまったく同感です。それにもかかわらず私がハッとしたのは、中国は朝鮮が対米対抗措置を取ることに対して同意することはないけれども、朝鮮がそういう強硬措置を取ることについて理解ある態度で臨む可能性があることについて気づかされたからです。
 私のこれまでの認識では、中国(及びロシア)は朝鮮半島の非核化と同半島の平和と安定の実現を同等に重視しており、朝鮮の核・ミサイル活動には反対するというものでした。つまり、トランプ政権の朝鮮に対する出方如何にかかわらず、朝鮮にはあくまで隠忍自重を要求する、ということです。しかし、この一年間朝鮮が核実験及びICBM発射実験の停止という約束を守り、半島非核化に対するコミットメントを繰り返し明らかにするという具体的な行動をとってきたのに、アメリカが朝鮮の要求する対応措置に何ら応じようとしてこなかった事実を中国が非常に重視していることは、中国の朝鮮半島核問題に対するこれまでのアプローチの見直しにつながる可能性があることを、私は見落としていました。
 正直に白状しますが、私は李敦球の上記指摘に接する前に国連安保理における張軍発言を読んだときには、これまでの私の認識に沿って違和感なく理解しました。しかし、李敦球の指摘を踏まえて張軍発言を改めて読んでみて、「中国のアプローチの見直しの可能性」という視点が内在されていることに気がつかされました。まずは張軍大使の発言要旨を紹介します。
 2018年初以来朝鮮半島情勢には積極的変化が起こり、半島問題は再び対話と協議による解決という正しい軌道に戻った。朝鮮は核実験及びICBM発射実験の暫定停止という約束を実行してきた。最近、半島情勢に紆余曲折が産まれ、朝米関係が再び緊張し、半島情勢にはまたもや節目が来ている。中国は朝鮮が12月7日に行った核実験及び関連する公的言論に留意している。朝鮮は実験内容及び詳細を明らかにしていないので、安保理は軽々な結論を出すべきではない。朝鮮はこれまでに非核化問題に関して一連の積極的な措置を講じているが、安全保障及び経済発展に関する合理的な関心及び要求についてはそれにふさわしいだけの重視と解決を得るに至っていない。これこそが今の対話膠着と情勢緊張を招いた重要原因である。
 朝米双方特にアメリカは得がたいチャンスを捉え、相互の関心を正視し、尊重して、柔軟性と誠意とをしっかり示し、シンガポール共同声明の共通認識を実行し、ステップ・バイ・ステップ及び同時的に歩むという原則に基づき、早急に膠着状況を打開し、対話と接触を回復し、対話プロセスの「軌道外れ」または「後退」を防止するべきである。
 安保理の朝鮮関連決議は全面的、全体的及び正確に執行するべきである。制裁は手段にすぎず、目的ではない。制裁を実行するのは安保理決議の要求であり、政治解決推進もまた安保理決議の求めるところだ。現在の情勢の下における主要任務は、半島問題を政治的に解決するという国際的な共通認識と流れを維持し、米朝双方が互いに向き合うことを支持し促し、半島情勢に深刻な逆転が起こることを全力で回避することである。
 安保理は半島情勢の進展に結びつけて早急に朝鮮関連決議のリバース規定を起動させ、決議制裁措置特に民生関連規定について所要の調整を行わなければならない。そのことは決議の精神に合致するものであり、朝鮮の人道民生の状況を緩和すること、対話の雰囲気を醸成すること、朝鮮が非核化の方向でさらに大きなステップを踏み出すことを促すこと、半島問題の政治解決のために条件を作り出し、勢いを注入することに有利なのである。
 私が改めて以上の張軍発言を読んで気づいたのは、張軍は「朝鮮が12月7日に行った核実験及び関連する公的言論に留意している」と述べるにとどまり、これを批判する言辞は控えていることです。張軍発言の力点は、アメリカが対応措置を取らないことが「対話膠着と情勢緊張を招いた重要原因」とすることにあり、「柔軟性と誠意」を示すことを強く促すことに置かれています。同時に、安保理が制裁決議内容を見直すことを正面から提起しています。アメリカと安保理に現在の緊張の責任があるという指摘です。
 つまり、アメリカと安保理が朝鮮の合理的な要求を満たすだけの行動をとればさらなる朝鮮のステップを促すことになるが、そうでなければ朝鮮が核ミサイル活動を再開するのを止めることは不可能だということを言外に匂わせていると理解することは強引なことではありません。
 考えてみれば、中国(及びロシア)もトランプ政権の振り回す制裁乱発の被害当事者です。ロシアはすでに長年にわたってアメリカの制裁で苦しめられてきていますし、中国も特に昨年来の経済貿易交渉を通じてトランプ政権の理不尽さには煮え湯を飲まされてきています。そのことを踏まえれば、米朝交渉の膠着及び米朝関係の緊張再燃の原因がトランプ政権にあることが明らかである以上、中国(及びロシア)が朝鮮の対抗措置に対して理解を示すのは無理からぬものがあると言えるでしょう。私はこれまで、中国(及びロシア)は朝鮮の核ミサイル活動再開にはあくまで自制を求めるだろうと判断してきましたが、その判断は撤回します。
 したがって、金正恩委員長としては中国(及びロシア)に気兼ね(?)することなくアメリカに対する対抗措置を講じていくことになると判断します(この判断の正否は金正恩の「新年の辞」あるいは年内の労働党中央委員会総会の発表内容で明らかになります)。それはトランプ大統領にとって大きな痛手となるでしょうし、(手負いのトランプが逆上することも加わって)北東アジアに再び緊張激化を招くことは必然です。国際関係の平和と安定を希求する立場からは「残念」というほかありません。
日本国内ではすでに「北朝鮮が一方的に交渉期限を設定し、挑発を行っている」といった類いの言説がまかり通っていますし、安倍首相もおそらくほくそ笑んでいることでしょう。しかし、私たちにとって最低限必要なことは原因の所在を見間違えないことです。私たちに求められることは「北朝鮮たたき」に加担し、流されることではなく、朝鮮半島問題を含む国際関係を大混乱に陥らせている元凶はアメリカ・トランプ政権にあることをしっかり見極めることだと思います。

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