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朝米交渉の行方(3)

2019.02.11.

11月23日(私が「朝米関係の行方(2)」をコラムに載せた日)以後も、朝鮮側要人による対米言説が頻繁に発表されています。朝鮮が対米交渉期限を年末と設定したことを背景に、トランプの決断を迫る最後の働きかけと見ることが可能です。
 12月3日に朝鮮外務省のリ・テソンアメリカ担当次官は以下の談話を発表しました(同日付朝鮮中央通信)。

われわれが米国に示した年末までの時限が、日一日と迫っている。
しかし、米国はわれわれの先制措置に応えて動こうとはせず、いわゆる「持続的かつ実質的な対話」をうんぬんして自分らに必要な時間稼ぎに執着している。
米国が主張する「持続的かつ実質的な対話」とは本質上、われわれを対話のテーブルに縛っておいて国内政治情勢と選挙に有利に利用するために考案した愚かな小細工にすぎない。
米国が窮地に追い込まれるたびにオウムのように唱える対話うんぬんをわれわれは耳にたこができるほど聞いてきたし、もうこれ以上、そのような言葉に耳を傾ける人はいない。
われわれが今まで、全てのことを透明性があるように公開的に行ってきたように、これからわれわれがやるべきことについてもあえて隠そうとしないので、われわれは年末時限が迫っているという点を米国に再び想起させるのである。 われわれはこれまで、最大の忍耐力を発揮してわれわれが先制に取った重大措置を壊さないように努力の限りを尽くした。
今残ったのは米国の選択であり、迫るクリスマスのプレゼントとして何を選ぶかは全的に米国の決心次第である。
 その12月3日にトランプ大統領はロンドンで開催されたNATO首脳会議に出席するためにロンドン滞在中、朝鮮が最近ミサイル発射実験回数を増やしていることに関する記者の質問に対して、金正恩委員長を「ロケットマン」と揶揄する表現(米朝首脳会談が行われる以前の緊張関係にあった時に用いた表現)を持ち出すとともに、「我々はかつてないほど強力な軍隊を持っている。我々は世界の中でも飛びぬけて強力な国だ」とも発言しました。要するに、朝鮮側の度重なる要求に「聞く耳持たぬ」態度を明らかにしたのです。
 すると翌日(12月4日)間髪を入れず、朝鮮人民軍の朴正天総参謀長が以下の談話を発表しました。金正恩委員長が「不快に接した」こと、トランプの強力な軍隊保有発言に対しては「武力使用も可能という発言をしたことに大変失望」するにとどまらず、「自国が保有した武力を使用するのは米国だけが持っている特権ではない」と釘を刺したことが要注目です。
私は、米大統領が3日、英国で行われたNATO首脳会議の期間、われわれに対する好ましくない発言をしたことについて聞いた。
わが武力の最高司令官も、そのニュースに非常に不快に接した。
今、この時刻も朝米関係は停戦状態にあり、いかなる偶発的な事件によっても瞬間に全面的な武力衝突へ移ることになっている。
最近、米国の軍隊はわが国家を狙った尋常でない軍事的動きを見せており、われわれはこのような軍事行動が朝鮮民主主義人民共和国の安全に及ぼす影響について分析し、対処できる準備をしている。
私は、このように危険な軍事的対峙状況の中で、それでも朝米間の物理的激突を阻止させる唯一の保証となっているのが朝米首脳間の親交だと思う。
ところが、今回米大統領がわが国家を念頭に、前提付けとはいえ、武力使用も可能という発言をしたことに大変失望することになる。
このような威勢と虚勢的な発言は、ややもすれば相手の気持ちを大きく損ないかねない。
一つだけははっきり言っておくが、自国が保有した武力を使用するのは米国だけが持っている特権ではない。
米国が朝鮮民主主義人民共和国を相手とする軍事行動を強行する場合、われわれがどんな行動で応えるかについては誰でも推測できるであろう。
もし、米国がわれわれを相手にいかなる武力を使用するなら、われわれもやはり任意の水準で迅速な相応の行動に出るという点を明白にする。
朝鮮民主主義人民共和国を相手に武力を使用することは、米国にとってきわめて惨たらしいことになるであろう。
 さらに12月5日には崔善姫第1外務次官も以下の談話を発表しました(同日付朝鮮中央通信)。内容的には上記の朴正天総参謀長談話と基本的に同じですが、「武力使用と比喩呼称が再び登場するか」否かによって朝鮮も「真っ向からの対応の暴言を開始する」とし、トランプの「老いぼれのもうろくが再び始まったと診断」することになると警告したことが重要です。つまり、トランプ大統領は金正恩委員長との個人的信頼関係について楽観していますが、金正恩委員長は今後のトランプの出方如何では「個人的信頼関係」という「甘っちょろい」(?)要素に縛り付けられないと、トランプに引導を渡したと見ることができると思います。
数日前、NATO首脳会議の期間に再び登場した対朝鮮武力使用という表現は国際的に大きな波紋を呼び、懸念を抱かせている。
われわれがなおいっそう気分が悪いのは、朝鮮の最高の尊厳に対して丁重さを失ってあえて比喩法をむやみに使ったことである。
これにより、米国と米国人に対するわが人民の憎悪は激浪を起こし、よりいっそう熱くなっている。
既報のように、朝鮮人民軍はこれについて即時、自分の激した立場を明らかにした。
わが外務省もやはり、最大に鋭敏な時期に不適切に吐き出したトランプ大統領の発言に不決感を自制することができない。
トランプ大統領の武力使用発言と比喩呼称が即興的にひょいと飛び出た失言であったなら幸いであるが、意図的にわれわれを狙った計画された挑発なら問題は変わる。
まさに2年前、大洋を隔てて舌戦が行き来していた時を連想させる表現を意図的に再び登場させることであるなら、それは極めて危険な挑戦となるであろう。
われわれは、武力使用と比喩呼称が再び登場するかを見守るであろう。
もし、もし、そのような表現が再び登場してわれわれに対する米国の計算された挑発であったことが再確認される場合、われわれもやはり米国に対する真っ向からの対応の暴言を開始するであろう。
現在のような危機一髪の時期に、意図的にまたもや対決の雰囲気を増幅させる発言と表現を使うなら、本当に老いぼれのもうろくが再び始まったと診断すべきであろう。
われらの国務委員長は、トランプ大統領に向かっていまだいかなる表現もしていない。
 12月7日、朝鮮の金星(キム・ソン)国連大使は外国メディアに声明を送り、「今後の米朝協議について、「北朝鮮を窒息させようとする試みから敵視政策を続けている」とトランプ政権を批判し、「われわれは今、米国と長く対話する必要がない。非核化は交渉のテーブルから下ろされた」と主張した。…金氏は「米国が追求する対話は国内の政治的アジェンダとして朝米対話を利用するための時間稼ぎ」と指摘」しました(12月8日ニューヨーク発聯合通信)。
この声明に対してトランプ大統領は同日、「金正恩国務委員長との関係が非常に良く、金委員長が来年の米大統領選挙を妨害することを望まないだろう」、「私は北朝鮮がもし敵対的に行動するならば驚くだろう。私は金正恩委員長と非常に良い関係を結んでおり、われわれ2人ともそのように維持することを望んでいると思う」、「彼は私が近く選挙を行うということを知っており、彼が大統領選挙を妨害することを望むとは考えないが見守らなければならないだろう」、「私は本当に彼が選挙を妨害したがっているとは考えない。彼は何かが起きるのを見たいと考えるため」などと発言しました(12月8日付中央日報日本語版)。さらに同大統領は翌日(12月8日)のツイッターで、「金正恩は非常に賢い。そして、彼が敵対的に行動すれば、失うものがあまりにも多い。事実上すべて(を失う)」、「彼は(昨年6月)、シンガポールで私と強力な非核化の合意に署名した」、「彼は米大統領との特別な関係を無効にしたくないだろうし、(来年の)11月の米大統領選挙への介入を望まないだろう」、「北朝鮮は金正恩のリーダーシップの下、莫大な経済的潜在力を持っているが、約束通り非核化をしなければならない」、「NATOや中国、ロシア、日本、そして全世界がこの事案において一致している」と記しました(12月9日付ハンギョレ日本語版)。
 以上のトランプ発言に対して、朝鮮アジア太平洋委員会の金英哲委員長と朝鮮労働党中央委員会の李洙墉副委員長は12月9日にそれぞれ以下の談話を発表しました(同日付朝鮮中央通信)。金英哲委員長は、トランプ大統領が12月5日の崔善姫第一外務次官の警告を無視する発言を繰り返したことに対して、「トランプ」と呼び捨てにし、「忍耐力を失った老人」「軽率でせせこましい老人」という侮蔑的形容を呈し、これからも続くならば「トランプに対するわが国務委員長の認識も変わると思う」と踏み込みました。そして、朝鮮は「これ以上失うものがない人々」であり、朝鮮が何かすれば驚くだろうと高をくくった発言を行ったトランプ大統領に対して「驚かせるために行うことなので、驚かないならわれわれは非常にもどかしいだろう」とまで述べました。また李洙墉副委員長も、「国務委員長の機嫌をますます損ねかねないトランプの出まかせな言葉は、中断されるべきである」と指摘し、金正恩委員長のトランプ大統領に対する我慢が限界に近づいていることを明らかにしています。
<李英哲談話>
米大統領の不適切で危険性の高い発言と表現は、去る5日のわれわれの警告以降も続いている。
去る5日、われわれは米大統領が対決雰囲気を高調させる刺激的表現を引き続き繰り返すかを今後見守り、意図的に再びわれわれに対する異常な発言と表現を使用する時には問題を別に扱うという明白な立場を明らかにした。
周知のように、トランプは7、8の両日の記者会見と自分があげた文で、われわれが選挙に介入することを願うとは思わないが見守るだろう、北朝鮮が敵対的に行動するなら自分は驚くだろう、敵対的に行動するなら事実上全てのものを失うことになるだろうなどと言って、ほのかに誰それを威嚇するような発言と表現を打算もなく吐いた。
実に、失望感を隠せないところである。
仕方なくこんな時を見ると、忍耐力を失った老人であることが確然と分かるところである。
トランプが非常にいらいらしていることを読み取れるところである。
このように軽率でせせこましい老人であるので、またもや「もうろくした老いぼれ」と呼ばざるを得なくなる時がまた来るかも知れない。
再び確認させてやるが、わが国務委員長は米大統領に向かっていまだいかなる刺激的表現もしていない。
もちろん、自制しているとも思えるが、いままではない。
しかし、そんな方式に引き続き進むなら、私はトランプに対するわが国務委員長の認識も変わると思う。
トランプがもし、われわれに見て聞けとした言行であるなら、トランプ式虚勢と威勢が朝鮮人には少し不正常で非理性的に見えるということと、吐き出す言葉一つ一つが全て笑わずには聞けない言葉であることを知るべきである。
トランプの異常な声を聞いて、われわれが今後やるべきことに対して考慮する意思が全くなく、心配もしないであろう。
トランプは、朝鮮についてあまりにも知らないものが多い。
われわれは、これ以上失うものがない人々である。
米国がこれ以上われわれから何かを奪うとしても、屈しないわれわれの自尊とわれわれの力、米国に対するわれわれの憤怒だけは奪うことができないであろう。
トランプが、われわれがいかなる行動をすれば自分は驚くと言ったが、もちろん驚くであろう。
驚かせるために行うことなので、驚かないならわれわれは非常にもどかしいだろう。
年末が、近づいている。
激突の秒針を止める意志と知恵があるなら、そのための真摯な苦悶と計算をすることに多くの時間を投資するのが今のように笑わせる威勢性、脅迫性の表現を選ぶことよりはもっと賢明な行動になるであろう。
時間稼ぎは、最善の処方ではない。
米国に勇気がなく、知恵がないなら、流れていく時間と共に米国の安全脅威が引き続き大きくなっていく現実をもどかしく見守るしかないだろう。
<李洙墉談話>
トランプは、われわれが何を考えているか、非常に気遣わしいようである。
そして、どんな行動をするか、非常に不安がり、いらいらしている。
最近、相次ぐトランプの発言と表現は一見、誰かに対する威嚇のように聞こえるが、心理的に彼が怖じ気づいたという明確な傍証である。
トランプは、非常にいらだっているようだが、全てのことが自業自得という現実を受け入れなければならず、さらなる災難的結果を見たくないなら熟考する方がよい。
遠からず、年末に下すことになるわれわれの最終判断と決心は国務委員長がすることになり、国務委員長はいまだいかなる立場も明らかにしていない状態にある。
また、誰かのように相手に向かって揶揄(やゆ)的で刺激的な表現も使っていない。
国務委員長の機嫌をますます損ねかねないトランプの出まかせな言葉は、中断されるべきである。
 朝鮮の攻勢に対して以上のような反応に終始するトランプ大統領からは行き詰まった米朝交渉を本気で打開しようとする姿勢を窺うことはできません。もちろん支離滅裂なトランプ大統領のことですので12月31日ギリギリまで軽率な予断を行うことは禁物です。しかしこのままでいくとすれば、朝米関係ひいては朝鮮半島情勢の今後に関しては、12月中に開催されることが公表されている朝鮮労働党中央委員会総会の結果及び金正恩委員長の「新年の辞」によって打ち出されるであろう朝鮮の対米政策、対外政策によって大きく規定される可能性がますます大きくなっていることは確かです。