21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト

文在寅大統領の資質を問い直す
-韓国・ASEAN特別首脳会談への金正恩招待問題とGSOMIAの顛末-

2019.11.25.

私は韓国の文在寅大統領の資質に関する判断に関して、「期待→懐疑→評価→幻滅」と揺れ動いてきました。自己批判の意味を含めて、過去の私のコラムから次のように変遷していることを確認します。

<期待>
○「思想的には「確信犯」的なブッシュと、思想にはそもそも無縁で、とにかく損得勘定で判断するトランプとでは、行動原理にも違いがある可能性があります。その違いは特に朝鮮核問題で現れる可能性があると思います。文在寅が他者感覚を大いに働かせてトランプの行動原理を踏まえた対米アプローチを行うのであれば、今後の南北関係ひいては朝鮮半島情勢には思いがけない展開が現れる可能性もあるのではないかと、期待する私です。」(2017年5月11日)
<懐疑>
○「私から見ると、文在寅外交は必ずしも骨太の一貫した原則性を見いだすことができない印象です。」(2017年11月11日)
○「1月21日付のコラムで文在寅大統領の年初発言に対する朝鮮の厳しい批判について紹介しました。私がとりわけ半信半疑の思いで接したのは、同大統領が、南北の接触が可能になったのはトランプ大統領の朝鮮に対する超強硬アプローチが功を奏したためという趣旨の発言を行ったということを朝鮮側が激しく糾弾した点についてでした。なぜならば、朝鮮の対米アプローチの真骨頂は、アメリカのいかなる恫喝にも絶対に屈しない、ということにあるからです。文在寅大統領がそのことを認識していないはずはないというのが私のきわめて常識的な理解でした。しかし、本当に文在寅大統領がそういう発言を行ったとするのであるならば、同大統領及び政権はそういう認識を備えていないか、あるいは、ある程度はそういう認識があるにせよ、朝鮮の怒りの琴線に触れるほどのことではないという程度の生半可な認識しか備えていないという重大な問題を露呈したという結論になるほかありません。(中略)
 文在寅大統領も、南北対話の先行きに不安感を持っているらしいことは、1月22日付の朝鮮日報・日本語WSの「文大統領が南北対話に警戒感 「現在のムード続くか楽観できず」」という記事からうかがうことができます。…問題は、文在寅が何故に南北対話の先行きが「楽観できない状況」なのかについて、正確な判断を備えているとは見えない点にあります。文在寅が朝鮮の絶対に譲ることができない原則的立場を正確に理解し、したがってトランプの唯我独尊かつ支離滅裂なアプローチに対して毅然とした原則的立場を備えることができるかどうか、ここにこそ南北対話の先行きを決定づける核心があることは間違いありません。 」(2018年1月23日)
○「朝鮮半島情勢にきわめて大きな動きが起こりました。平昌冬季オリンピックに対する朝鮮側の積極的な行動(開会式及び閉会式に向けたハイ・レベル代表団の派遣)に対して、文在寅大統領が特使団派遣で大胆に応えるという行動に踏み切ったことは、同大統領の胆力と戦略眼に、このコラムで一再ならず危惧感を表明してきた私としては、大きな驚きでした。(中略)
 私としては、今後の南北関係、米朝関係が引き続き前進する上では、文在寅が今回にもまして強力なリーダーシップを発揮していくことができるか否かが重要なカギとなることには変わりはないと指摘せざるを得ません。…トランプの気まぐれさ、日本の妨害といったマイナス要因を排除、克服する上で、胆力と戦略眼に裏打ちされた文在寅の強力なリーダーシップは不可欠です。」(2018年3月8日)
<評価>
○「3月22日のハンギョレ・日本語WSは、21日に行われた南北首脳会談準備委員会で文在寅が示した朝鮮半島平和構想に関する分析記事を掲載しました。それによれば、文在寅は米朝平和協定締結及び米朝国交正常化こそが朝鮮半島の恒久的平和体制構築の必須条件であるという認識を示しています。これこそは朝鮮が求めるものであり、文在寅は朝鮮の基本的立場を正確に認識して行動しようとしていることを確認することができます。
 私は文在寅大統領の胆力と戦略眼に留保をつけざるを得ない旨、このコラムで何度も指摘してきました。しかし、ハンギョレ分析記事が南北首脳会談準備委員会での発言を正確に伝えているとすれば、私の文在寅の戦略眼に対する留保は杞憂であることになります。」(2018年3月23日)
○「金正恩以下の朝鮮最高指導部が今や文在寅に全幅の信頼と高度の期待を寄せていることを示しています。また、その信頼と期待を正面から受け止めた文在寅としては、朝鮮側の信頼と期待を裏切らない言動を取らなければならないという途方もない重責を担う覚悟を改めて自らに課したとも言えるでしょう。勇猛果敢の金正恩と剛毅木訥の文在寅が二人三脚で、猪突猛進+支離滅裂(気まぐれで自己中)のトランプを操縦し、これからの朝鮮半島情勢を動かす主役を担う構図が浮かび上がってきたと言えます。」(2018年9月23日)
○「文在寅の意欲・使命感・自負を私が強く印象づけられたのは、2月11日に彼が大統領府で開かれた首席補佐官会議で述べた発言でした。文在寅は、第2回米朝首脳会談が「私たちにとって特に重要なことは、南北関係を一次元さらに高く発展させる決定的機会になりうるという点」だと指摘し、「分断後初めて迎えたこの機会を生かすことが、戦争の危険から完全に抜け出し、平和が経済を実現する私たちの未来を育てることだ。南と北は、戦争のない平和の時代を超え、平和が経済の新たな成長動力になる平和経済の時代を一緒に開いていくべきだ」、「私たちに切実な意志と努力があったので、他の人々が夢のように感じた構想を今まで一つ一つ実現することができた」、「政府はその過程で、南北間対話と疎通のチャンネルを常に開いておき、韓米間の共助を緊密にしてきた。今後も政府は今までしてきたように、切実な心情で、しかし落ち着いて、私たちの役割を尽くすだろう」、「今、朝鮮半島で起きている世界史的大転換において、私たちが最も重要な当事者であることを考え、国民が、そして政界でも大きく気持ちを一つにするようお願いする」と述べたのです。「今、朝鮮半島で起きている世界史的大転換において、私たちが最も重要な当事者である」という言葉ほど彼の決意の強さ・使命感の高みを物語るものはありません。」(2019年2月22日)
<幻滅>
○「私は、2度の南北首脳会談によって金正恩と文在寅との間には揺るぎない相互信頼関係が確立したと思っていました。しかし、私の評価は甘すぎたようです。金正恩の文在寅に対する要求内容、すなわち「自主精神を曇らせる事大的根性と民族共通の利益を侵す外部勢力依存政策に終止符を打ち、すべてのことを北南関係の改善に服従」させなければならない、「板門店対面と9月平壌対面の時の初心に立ち返り、北南宣言を誠実に履行して民族に対する自分の責任を果たすべきだ」、「成り行きを見て左顧右眄し、せわしく行脚して差し出がましく「仲裁者」、「促進者」のように振る舞うのではなく、民族の一員として自分の信念を持ち、堂々と自分の意見を述べて民族の利益を擁護する当事者 にならなければならない」、「アメリカの時代錯誤的な傲慢さと敵視政策を根源的に清算することなしには、北南関係における進展や平和・繁栄のいかなる結実も期待できないということを、手遅れにならないうちに悟ることが必要」、「言葉ではなく、実際の行動によってその本意を示す勇断を下すべき」等の発言からは、文在寅に対する「不信感」とまではいわないとしても、強い警戒心が余すところなく示されています。
 もちろん、文在寅にも言い分はあるはずです。トランプに対する周到な「根回し」をし、トランプの理解と支持を得たからこそ、金正恩との首脳会談開催にこぎ着けることができたのであるし、二つの宣言を実行に移し、南北関係を前進させるに当たっても、国連安保理制裁決議に基づく「拒否権」を持つトランプの理解と支持が不可欠であるという事情にはなんら変わりはないからです。2度の南北首脳会談の時のトランプは「物わかりがよかった」のに対し、ヴェトナム・ハノイでの米朝首脳会談で突然「ビッグ・ディール」を持ち出してからのトランプは「物わかりが悪い」トランプになってしまった、というのが文在寅の偽りのない気持ちでしょう。
 しかし、勇猛果敢に物事を推し進めてきた金正恩としては、文在寅が最初から最後まで剛毅木訥を貫くことによってしか北南関係の真の改善はあり得ないとする立場でしょう。それが今回の施政演説における文在寅に対する遠慮会釈のない以上の要求となったのだと思われます。後述するように、金正恩はトランプとの「個人的関係」は良好と言っていますが、文在寅に対してはそうした発言は一切なく、「南朝鮮当局」という呼称で一貫している点にも、金正恩の文在寅に対する認識・姿勢が反映しています。」(2019年4月21日)
○「9月19日付のハンギョレ・日本語WSに掲載されたイ・ジェフン先任記者署名文章「米国への制裁協力で南北が遠ざかる…米に対する自主性を確保すべき」(韓国語原文もほぼ同時刻)は、題名が示すとおり、アメリカに対する主体性・自主性を欠く文在寅政権に対する批判です(かなり抑制的ですが)。私が注目したのは、南北関係の進展に対してアメリカが「横やり」を入れたのは平壌宣言直後(具体的には昨年11月に起動した韓米作業部会)だということです。イ・ジェフンは「作業部会の第1回会議の際、マイク・ポンペオ国務長官は「我々は韓国政府に北朝鮮の非核化が南北関係の進展のスピードに遅れをとらないよう望んでいるという点を明確に伝えてきた」とし、「作業部会はこのような方向を維持するように設計された」と強調した」としています。
 私はこのポンペイオの発言を直接チェックしたわけではありません(正直、米国務省WSまで毎日チェックする余裕はない)が、朝鮮(外務省)は神経を研ぎ澄ましてアメリカ側の動向を丹念にチェックしていますから、ポンペイオの以上の発言を見落とすはずはないでしょう。そして、韓国(文在寅大統領)がアメリカ側の要求どおりに南北関係進展のスピードに急ブレーキをかけたために、4月12日の施政演説における明確な文在寅大統領批判につながったことが理解されます。
ちなみに、私が年初以来の朝鮮中央通信を遡ってチェックしたところ、早くも1月3日付の朝鮮中央通信が、同日付の労働新聞署名入り論評(「北南関係は朝米関係の付属物になるわけにはいかない」)の紹介として、「北南関係と朝米関係の政治地形を変えた朝鮮半島の巨大な地殻変動と共に昨年の一年間に北南間に想像もできなかった驚くべき変化が起こったことだけは事実であるが、突き止めて見れば形式はあるが内容はなく、音は大げさであるが実践はないというふうにほとんど足踏みと沈滞状態に置かれているのがまさに、北南関係である」、「その原因は口先では板門店宣言を積極的に支持する、北南関係改善の動きを歓迎する、と機会あるたびに言っては実際上、北南関係の改善に遮断棒を下ろして各方面からブレーキをかけてきた米国にある」と指摘していたことを確認しました。その後も韓国(文在寅大統領)に対するこの種の警告が繰り返し現れています。しかし、韓国側はまともな反応をしませんでした。その結果、4月12日の施政演説における金正恩委員長直々の文在寅大統領批判(名指しだけはかろうじてしなかった)となったことが理解されるのです。」(2019年9月21日)
 私の文在寅大統領に対する評価は以上のように二転三転してきたのですが、最近起こった二つの事件は文在寅政権の当事者能力を深刻に問うものとなったと言わざるを得ません。二つの事件とは、①文在寅大統領が金正恩委員長に送った親書(釜山での韓国ASEAN特別首脳会議への出席要請)に対する、11月21日付の朝鮮中央通信「全てのことには時と場所があるものだ」と題する朝鮮側返信、そして②いわゆる「徴用工」問題に起因する安倍政権の理不尽極まる制裁措置に対して文在寅政権がGSOMIA終了で対抗してきた問題に関して、同政権が土壇場で「終了延期」発表に追い込まれた顛末です。
 朝鮮中央通信は、「南朝鮮当局も北南間に提起される全ての問題を依然として民族共助でない外部勢力依存で解決していこうとする誤った立場から脱せずにいる」、「初めから自主性も独自性もなく全てのことを外部勢力の手中に全的に任せている相手と対座して何を論議し、解決することができようか」、「せっかく訪れた和解と協力の薫風を跡形もなく飛ばしているにもかかわらず、何の対策も講じられずにいる南朝鮮当局が、紙一枚の招請で険悪な現状態を手の平をひっくり返すように容易く変えられると思うなら、それ以上の誤算はないであろう」、「北南間の根本問題、民族問題は一つも解決できない状態で、北南首脳の間に相変わらず対話が行われているという感じを与え、自分らが主導した「新南方政策」の片隅に北南関係をこっそりとはさみ入れてみようとする不純な企図に無鉄砲に従うわれわれではない」、「板門店と平壌、白頭山での約束が一つも実現されたものがない今の時点で、形式ばかりの北南首脳の対面はむしろ、しない方がまし」、「北南関係の現危機がどこから来たのかをはっきり知って痛嘆しても遅い時に、それほど米国に頼って失敗したことも足りなくて今は住所と番地も間違っている多者協力の場で北南関係を論議しようと言うのだから、いぶかしいだけ」、「南朝鮮社会を動かすという人々が自分らの過と失を冷静に判断することに息を入れる代わりに、水面に絵を描く考えばかりしている」、「理も分からない相手と十回、百回会うとしても、いかに好ましい結果が出るか」、「そのやせた精神的土壌に自主的決断がいつ芽生え、育つのかを忍耐力を持って見守るしか他の方法はありそうでない」等々、朝鮮が文在寅大統領の招待を断る理由をこれでもか、これでもかと並べ上げています。要するに、4月12日の金正恩委員長の施政演説における文在寅大統領に対する批判をまったく咀嚼し、反省することもなく、表面を取り繕うことだけに熱心な文在寅大統領をまともな相手として認める気持ちはない、という通告です。この一年余の南北関係の推移を踏まえる限り、朝鮮の文在寅大統領批判は、表現の苛烈さはともかく、急所を突いているといわざるを得ないでしょう。
そして今回のGSOMIA問題に関する文在寅政権のお粗末を極める対応に接したわけです。この点に関しては、常日頃文在寅政権を擁護する立場で論陣を張ってきたハンギョレが、「GISOMIA「条件付き延長」…規制交渉、時間稼ぎ用の解決方法」、「米国務省・国防省・議会の三重圧力で急旋回…青瓦台、失効6時間前に発表」、「米国の全面的圧力が"負担"に…GSOMIAの失効6時間前に"劇的に旋回"」と極めて批判的に事実関係を紹介した上で、「GSOMIA「条件付き延期」決定、国民に十分な説明せよ」と題する社説を掲げ、「政府の発表内容が、日本の輸出規制撤回を要求してきた私たち国民の目の高さには達し得ないという指摘は避けがたい」と指摘し、「GSOMIAの条件付き延長決定がなされたが、解決されたことは事実上何もない。「GSOIMA対立」の原因を日本政府が提供したという事実にも変わりはない。政府は今回のGSOMIAの議論の過程を冷静に省察して、日本の経済報復と強制動員賠償問題を早期に根本的に解決することに総力を挙げることを望む」と批判と要求を行ったことに示されています。私がなによりも文在寅政権の今回の対応に根本的不信を覚えるのは、GSOMIA問題の根幹に座る「徴用工」問題を素通りしたことです。これでは「人権派」文在寅はどこに行ったのかということです。ハンギョレも「「強制動員被害者問題」は未解決のまま」と題する記事を掲載しています。  今後の朝鮮半島情勢を考える上でも、文在寅政権のGSOMIA問題に関する対応は深刻な後遺症を残す可能性があります。朝鮮は文在寅大統領の対米自主独立性の欠如を根本的に批判してきているわけですが、文在寅大統領がGSOMIA問題でアメリカのごり押しにあくまで屈しない姿勢を貫いたのであれば、朝鮮としても「かすかな期待」をつなぐ手がかりとして評価する可能性はあったと思います。しかし、今回の顛末は朝鮮をますます文在寅政権から遠ざけるだけでしょう。「文在寅よ、何を考えているのだ?」がいま根本的に問われていると思います。

-韓国・ASEAN特別首脳会談への金正恩招待問題とGSOMIAの顛末-|21世紀の日本と国際社会 浅井基文Webサイト" data-title="Share">