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朝米交渉の行方(2)

2019.11.23.

11月19日付のコラムを掲載した直後に、朝鮮アジア太平洋平和委員会の金英哲委員長が金桂官顧問と同日に談話を発表したことを知りました。朝鮮中央通信が紹介した談話は次のとおりです。

朝鮮ア太委員長 米国は対朝鮮敵視政策を撤回する前には非核化協商について夢も見てはならない
【平壌11月18日発朝鮮中央通信】朝鮮アジア太平洋平和委員会(ア太委)の金英哲委員長は18日、次のような談話を発表した。
17日、米国防長官は南朝鮮との連合空中訓練を延期することに決めたとし、米国が「善意の措置」を講じたことにふさわしく北朝鮮も「相応の誠意」を示し、協商テーブルに条件なしに復帰すべきだと力説した。
米国が合同軍事演習の延期を誰それに対する「配慮」や「譲歩」に描写して、あたかも自分らが朝鮮半島の平和と安定に寄与するかのように恩着せがましく振舞っているが、われわれが米国に求めるのは南朝鮮との合同軍事演習から抜けるか、でなければ演習自体を完全に中止しろということである。
合同軍事演習が延期されるからといって朝鮮半島の平和と安全が保障されるのではなく、問題解決のための外交的努力に役立つのでもない。
米国が朝米対話に関心があるなら、なぜ対話の相手であるわれわれを冒とくし、圧殺するための反朝鮮「人権」騒動と制裁・圧迫にそれほどやっきになって執着しているかということである。
国際社会の視覚から見ると、米国のこのような振舞いがごちゃごちゃして突拍子もない事のように不透明に見えるかもしれないが、われわれの目には全てがはっきり見える。
米国がわれわれに対する敵対的野心を捨てず、年末年始を控えた現在の峠を越すために時間稼ぎだけを追求して陰に陽に狡猾に策動しているのである。
米国が折に触れ、非核化協商についてうんぬんしているが、朝鮮半島の核問題の根源である米国の対朝鮮敵視政策が完全で不可逆的に撤回される前には、それについて論じる余地もない。
われわれには急ぐべきこともなく、現在のように小細工を弄している米国と対座する気が全くない。
今や、米大統領が1年もはるかに超えて自負し、折に触れ自慢してきた治績について箇条ごとに当該の代償を払わせるであろう。
非核化協商の枠内で朝米関係の改善と平和体制の樹立のための問題を同時に討議するのではなく、朝米間に信頼構築がまず先行され、われわれの安全と発展を阻害するあらゆる脅威がきれいに除去された後にこそ非核化問題を論議することができる。
米国は、対朝鮮敵視政策を撤回する前には非核化協商について夢も見てはならない。
この談話で注目されるのは、①エスパー国防長官が米韓合同軍事演習を延期したと発表したことに関して「恩着せがましく振舞っている」と批判した上で、朝鮮が要求するのは「南朝鮮との合同軍事演習から抜けるか、でなければ演習自体を完全に中止しろということ」だと明示したこと、②アメリカとの非核化交渉に関しては「米国の対朝鮮敵視政策が完全で不可逆的に撤回される前には、それについて論じる余地もない」と指摘して、アメリカの対朝鮮敵視政策の撤回が非核化交渉の前提だとしたことです。後者の点について金英哲は、「非核化協商の枠内で朝米関係の改善と平和体制の樹立のための問題を同時に討議するのではなく、朝米間に信頼構築がまず先行され、われわれの安全と発展を阻害するあらゆる脅威がきれいに除去された後にこそ非核化問題を論議することができる」「米国は、対朝鮮敵視政策を撤回する前には非核化協商について夢も見てはならない」と繰り返し念押ししています。金英哲談話は11月19日のコラムで紹介した国務委員会スポークスマン談話の延長線上にありますが、米韓合同軍事演習の完全中止を要求したこと、そして、非核化交渉の前提として対朝鮮敵視政策撤回をトランプ大統領が受け入れることを求めた点にポイントがあると思います。「対朝鮮敵視政策撤回」の具体的内容については触れていませんが、ハノイにおける第2回朝米首脳会談において金正恩委員長が寧辺核施設解体に対する見合いとして5つの安保理制裁決議の解除を要求したことを想起すれば、安保理制裁決議の解除を指していることはほぼ間違いないところだと思います。
 ちなみに11月19日の朝鮮中央通信は、同通信社記者の質問に対する金明吉巡回大使の回答を紹介する形で、アメリカ側が12月にスウェーデンで再会したいと申し入れしてきたことに対して、「現在、朝米間に協商が実現されないのは連絡ルートや誰それの仲裁がないからではない」として、「米国は、これ以上第3国を押し立てて朝米対話に関心があるかのように振る舞ってはならない」と述べたことも紹介しました。
 金英哲談話が出された11月18日に、朝鮮外務省の崔善姫第一外務次官はロシア外務省との初となる朝露戦略対話のためにモスクワに出発しました(同日付タス通信。朝鮮中央通信は21日付で、チェソニ第一外務次官がラブロフ外相と友好的に談話したと報道)。私が注目したのは、20日付国連発タス通信が伝えたロシア外務省モルグロフ外務次官の以下の発言でした。
 モルグロフ次官は、露中ロードマップ実施第2段階において北朝鮮に対する制裁の段階的解除が始まる可能性があると述べた。モルグロフは、「米朝対話が進んでいるので、国連安保理におけるものを含め、我々は制裁の段階的解除の問題に関する議論を始めても良いと考えている」と述べ、「これらの解除は朝米が合意するステップに見合うものとなるべきだろう」と付け加えた。(中略)
 モルグロフは、「北朝鮮はいわゆる二重凍結-軍事演習中止との引き換えでの核実験中止-という枠組みにおいて自らが行った約束を果たしている」「であるから、アメリカと韓国もこの二重凍結の枠組みで見込まれていること(合同軍事演習中止)を遵守することを心から願っている」とした。
 さらに11月21日付のロシア外務省WS(英文版)は、同日行われたロシアとマレイシアの外相会談後の共同記者会見で、記者の質問に対してラブロフ外相が行った発言を紹介しました。私が特に注目するのは、中露が共同で仲介役を積極的に担おうと動き出していること、中露が起草したロードマップ初案はアメリカ及び南北朝鮮に送られたこと(日本は含まれていない!?)、そして南北朝鮮のみならずアメリカも「建設的」なコメントを寄せたとされていることです。
(問)ロシアがチェソニ第一外務次官に朝鮮半島問題解決プランのアップデートされた内容を提起するという報道が先頃行われた。このバージョンは中国とロシアとの間で合意された。このプランは何を含んでいるか。北朝鮮の反応は如何。
(答)2017年夏に中国とロシアはロードマップと称するイニシアティヴを提起した。この提案の中で我々は、朝米が信頼醸成、軍事演習、核実験、ミサイル発射の中止、対話の開始を呼びかけた。その後の事態はおおむねそのように発展してきた。しかし知ってのとおり、これらの接触は行き詰まっている。その理由は非常に簡単で、朝鮮は相互主義を期待するのに十分なだけのことをしたと考えているのに、米側は一度にすべてのことをやってしまおうと考えていることだ。誰もが理解するように、(アメリカ側の)主張では物事はうまくいかない。
 行き詰まったプロセスを支援し、どん詰まりを防ぐために、中露は4つの領域―軍事、政治、経済及び人道-で両国がとる行動に関するアイデアを示すロードマップを作成した。…そのいくつかのポイントを挙げると、朝鮮半島及びその周辺における軍事行動の完全中止、政治対話と外交的取引の実行、経済的結びつきの回復(南北朝鮮の隣国との間のものを含む)などである。
 この行動計画は修正されてきた。我々は第一次案を、6者協議の他の参加国のアメリカ、韓国及び朝鮮(浅井注:日本が言及されていないことに要注意)に示した。この計画には様々なコメントが寄せられたが、すべてが建設的なものだった。中露のアイデアには支持が寄せられたが、いくつかの改善勧告が行われた。我々はこれらを考慮した上での現行案のロードマップを朝鮮に伝えた。他のパートナーにも近く送られるだろう。
 同じく11月21日付の朝鮮中央通信は、崔善姫第一外務次官とロシア外務省との戦略対話に関して以下のとおり報道しました。ラブロフ外相が言及した中露共同ロードマップに関する明示的言及はありませんが、「深みのある意見を交換」し「戦略的協力を強化することにした」としていること、また、「対話は終始、真摯かつ友好的な雰囲気の中で行われた」と好意的雰囲気のもとで朝露戦略対話が行われたと伝えていることは重要だと思います。
朝露第1外務次官の戦略対話
【平壌11月21日発朝鮮中央通信】朝鮮の崔善姫第1外務次官とロシアのウラジーミル・チトフ第1外務次官の戦略対話が20日、モスクワで行われた。 双方は戦略対話で、歴史的な朝露首脳対面で成された合意を徹底的に履行して両国の友好・協力関係をより強固にし、発展させることに関する問題を討議し、互いに関心を寄せる地域および国際問題について深みのある意見を交換したし、戦略的協力を強化することにした。
対話は終始、真摯かつ友好的な雰囲気の中で行われた。
 以上の事実関係を踏まえると、朝米交渉はすでに中露両国も関与する形で進行しはじめていることが窺えます。私はこれまで、朝鮮はともかく、アメリカ(特にトランプ大統領)は中露が首を突っ込むことを歓迎しないと判断してきたのですが、ラブロフ外相の上記発言を額面どおりに受け止める限り、そのような判断は修正する必要があるかもしれません。
 それより重要なことは、中露両国は朝鮮がこれまでとってきた行動を肯定的に受け止めており、アメリカがそれに対する見合いとして、米韓合同軍事演習の中止、安保理制裁決議の段階的解除に応じることを促す立場に立っていることです。中露がアメリカ及び韓国に送る改定案にもこれらの内容が含まれている可能性は大きいと思われます。アメリカ(トランプ大統領)としては、朝鮮が明確にした対米要求と中露仲裁案がテーブルの上に置かれる状況に直面するわけで、曖昧にやり過ごして時を稼ぐという従来の対応はますます難しくなっていることは間違いありません。