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朝米交渉の行方
-お尻に火のついたトランプ大統領-

2019.11.19.

11月17日にアメリカのトランプ大統領はツイッターに投稿し、朝鮮の金正恩委員長に対して「早く行動し、アメリカと取り引きすべきだ。近いうちに会おう」と呼びかけました。これは、エスパー国防長官が11月13日に朝米交渉の進展のために米韓合同軍事演習を調整すると言及し、さらに17日にタイ・バンコックで開催された米韓国防相会談後、米韓空軍合同訓練の「今月の訓練を延期すること」に合意したと発表したことに次ぐものです。
 以上のトランプ大統領以下の行動は、11月13日に発表された朝鮮国務委員会スポークスマン談話が、「重なるわれわれの警告にもかかわらず、米国と南朝鮮側が最も鋭敏な時期に反朝鮮敵対的軍事演習を強行することにした決定は、わが人民の憤怒をなおいっそう大きく増幅させ、今まで発揮してきた忍耐力をこれ以上維持できなくしている」とした警告に対する反応です。朝鮮国務委員会は朝鮮の最高国策決定機関であり、同委員会名での談話発表は初めてのことであって、上記警告は11月3日のコラムで紹介した金桂官及び金英哲レベルの談話とは比較にならない格段の重みを持っています。金桂官・金英哲両談話に対しては反応を示さなかったトランプ大統領も、朝鮮の国策決定最高機関直々の警告に直面して、ようやく事の重大性を理解し、大わらわで対応したということでしょう。
 しかし、朝鮮国務委員会スポークスマン談話はさらに、「現在のような情勢の流れを変えないなら、米国は遠からずさらなる脅威に直面して苦しく悩まされ、自分らの失策を自認せざるを得なくなるであろう」と述べて、トランプ政権が「情勢の流れ」を変えることを要求し、これに応じないならば「米国は遠からずさらなる脅威に直面」するとも警告しています。「さらなる脅威」の中身に関しては、翌14日に朝鮮アジア太平洋平和委員会の金英哲委員長が談話を発表した中で「米国が対処しがたい衝撃的なよう懲」と言及し、極めて重大な対応をとる可能性を示唆しました。
 また、10月にスウェーデンでビーガンとの米朝実務協議に朝鮮を代表して臨んだ朝鮮外務省巡回大使の金明吉も同じく14日に談話を発表し、ビーガンが12月に再度の米朝協議開催を申し入れてきたことを明らかにするとともに、「年末の時限を無難に越すためにわれわれを欺こうと不純な目的を相変わらず追求しているなら、そんな協商には意欲がない」、朝鮮はすでに「(朝鮮側の)要求事項が何であり、どんな問題が先行されなければならないかについて明白にしただけに、今や米国側がそれに対する回答と解決策を出すべき番である」とし、「情勢変化に従って瞬間に反故になりうる終戦宣言や連絡事務所開設のような副次的な問題を持ってわれわれを協商へ誘導できると打算するなら、問題解決はいつになっても見込みがない」と釘を刺しました。以上の金明吉の発言から、10月にアメリカが朝鮮に示した提案が終戦宣言及び連絡事務所開設だったことが分かりますが、注目するべきは、朝鮮は南北首脳会談で合意されていた「終戦宣言」ももはや不十分だとしていることです。すなわち、朝鮮が要求する「情勢の流れ」を変えるアメリカ側の対応とは、朝鮮が明確にした「要求事項」、「先行されなければならない」問題に直接答えることと明示したわけです。そして金明吉はアメリカの時間稼ぎのための協議には「興味がない」として、その種の協議には応じない姿勢も明確にしました。
 以上から、年末までと期限を切った朝鮮の米朝交渉に臨むスタンスが極めて明確にされたことが分かります。朝鮮側の矢継ぎ早のメッセージが要求しているのは、トランプ大統領が速やかに重大な決断を行うことに集中しています。トランプ大統領の冒頭の金正恩委員長に対する呼びかけは朝鮮に対する回答ではありますが、果たして彼が本当に朝鮮の要求に直接応える行動に踏み切るかを判断するには不十分な内容です。
 果たせるかな、11月18日付の朝鮮中央通信は再び金桂官の談話を発表し、トランプのツイッター発言を「新しい朝米首脳会談を示唆する意味に解釈した」としつつも、トランプのこれまでの行動を「昨年6月から、朝米間に3回の首脳の対面と会談が行われたが、朝米関係において別に良くなったことはなく、今も米国(浅井注:「トランプ」と読み替えよ)は朝鮮半島問題でいわゆる進展があるかのようなふりをして、自分らに有利な時間稼ぎだけを追求している」と酷評し、「われわれに利益のないそのような会談にこれ以上、興味を持たない」として、トランプのこれ以上の優柔不断を許さない姿勢を明確にしました。
 さらに金桂官は、「何も返ってこないまま、これ以上米大統領に誇るべき種を与えない」、「トランプ大統領が自分の治績として自負する成果に当該の代価も再び受けなければならない」とまで述べています。周知のとおりトランプは、朝鮮が核実験を停止し、ICBM発射実験も行っていないことを自らの外交上の最大の「治績」としているわけですが、金桂官発言はこれにしっぺ返しの「代価」を充てる可能性に言及したのです。
そして金桂官は、「われわれとの対話の綱を放したくないなら、われわれを敵と見なす敵視政策から撤回する決断を下さなければならない」と明言し、トランプ大統領が行うべき決断は「朝鮮敵視政策の撤回」と明確にしました。金明吉が言及していた「要求事項」、「先行されなければならない」問題とは「朝鮮敵視政策の撤回」であることを金桂官は明らかにしたというわけです。トランプ大統領に残されたのは、「朝鮮敵視政策の撤回」として、金正恩委員長が納得する中身の回答を示すことができるかどうかという点に今や絞られてきたということです。
トランプ大統領が重大な決断をするならば米朝交渉は年内にも転機を迎える可能性が残されています。しかし、彼が決断を先延ばしする場合には、私たちは金正恩委員長が2020年初頭に出すであろう「新年の辞」で、金英哲が言及した「米国が対処しがたい衝撃的なよう懲」の中身に関する判断材料に接することになる可能性が大きいと思います。その際に金正恩委員長が考慮する要素としては、①トランプ大統領を交渉相手として遇する余地をどの程度残す配慮を行うか(トランプ大統領がツイッター発言で言及したように、朝鮮中央通信がバイデンに罵詈雑言を浴びせていることから明らかなように、朝鮮は民主党政権相手の朝米交渉の可能性は期待していないと判断される)、②金正恩委員長は習近平主席及びプーチン大統領との直接会談を通じて、中露両国が朝鮮の「戦略的忍耐」継続を熱望していることを熟知しているはずであるが、中国及びロシアの立場をどこまで勘案するか、の2点が大きい要素になると思います。  以下に、朝鮮中央通信が報道した朝鮮国務委員会スポークスマン、金英哲、金明吉、金桂官の談話を紹介しておきます。

朝鮮国務委員会の代弁人、現在のような情勢の流れを変えないなら米国は遠からずさらなる脅威に直面することになる
【平壌11月13日発朝鮮中央通信】朝鮮民主主義人民共和国国務委員会のスポークスマンは13日、次のような談話を発表した。
われわれは、米国と南朝鮮が計画している合同軍事演習が朝鮮半島と地域の情勢を避けられないように激化させる主たる要因になることについて明白に定義づけ、それに対する強い懸念を表してきたし、そのような行動を中断することについて重ねて警告した。
重なるわれわれの警告にもかかわらず、米国と南朝鮮側が最も鋭敏な時期に反朝鮮敵対的軍事演習を強行することにした決定は、わが人民の憤怒をなおいっそう大きく増幅させ、今まで発揮してきた忍耐力をこれ以上維持できなくしている。
米国防総省と合同参謀本部は、予見されている米国南朝鮮連合空中訓練に関連して、北朝鮮の憤怒を踏まえて訓練の規模を調整したり、訓練を行わないと言って現時点がこのような類の連合訓練の実施が必要な時であり、これを通じて今夜にも戦争を行える十分な準備を整えるところにその目的があると公然と言及した。
米国はまた、われわれが強い忍耐と雅量を持って年末までと定めた時限も熟考して受け入れていない。
米国のこうした動きは、双方の信頼に基づいて合意した6・12朝米共同声明に対する露骨な破棄であり、世界を大きく興奮させたシンガポール合意に対する全面否定である。
われわれはその間、米国を無理に対話の相手と認めて朝米間に善意の対話が行われる間、相手を刺激して敵視する軍事行動を中止することについて公約した通りに米国が懸念するさまざまな行動を中断し、可能な信頼的措置を全て講じたし、そのようなわれわれの努力によって米大統領が機会あるたびに自分の治績としての成果が収められるようになったのである。
われわれは、何の代償もなく米大統領が自慢できる種を与えたが、米国側はそれに何の相応措置も取らなかったし、われわれが米国側から受けたのは背信感だけである。
米国は、新しい解法で「北の核問題」を取り扱うとしていた大統領の公式の立場まで覆し、既存の妥当でない方式を引き続き固執しながら、朝米関係の改善と敵対関係の清算を妨げる障害物だけを引き続き積み重ねている。
今年だけでも、3月には「キー・リゾルブ」「フォール・イーグル」合同軍事演習を「同盟19」なる名称に変えて行ったし、8月には「ウルチ・フリーダム・ガーディアン」合同軍事演習を「戦時作戦権転換点検訓練」という名をつけて強行した。
そうかとすれば、いろいろな契機に特殊作戦訓練をはじめ隠ぺいされた形式の危険な敵対的軍事行動を数多く繰り広げた。
このように、相手の善意を悪で返す背信行為によって、朝米関係の運命が破綻の危機に瀕した危うい状況で、またもや対話の相手であるわが朝鮮を標的にして連合空中訓練まで強行し、事態発展を悪化一路に追い込んだ米国の無分別な行為に対して袖手傍観できないことがわれわれの公式の立場である。
われわれは、他方が公約を守らず一方的に敵対的措置だけを取っている現時点で、一方だけがその公約に引き続き縛られる何らの理由も名分も探すことができず、今やそれほど余裕があるのでもない。
われわれの自主権と安全の環境を脅かす物理的動きが目前に確然と表れた以上、それを強力に制圧するための応戦態勢を取るのは、主権国家の堂々たる自衛的権利である。
対話には対話で、力には力で対応するのが、われわれの志、意志である。 強い忍耐心で我慢して送ってきた今までの時間を振り返れば、われわれがこれ以上の忍耐を発揮する必要性を感じない。
米国は、いくばくも残っていない時間に何をすることができるかについて熟考すべきであろう。
朝米関係の重なる悪循環の最大の要因に作用している米国と南朝鮮の合同軍事演習によって朝鮮半島情勢が再び原点に戻りかねない鋭敏な時期に、米国は自重して軽率な行動を慎む方がよかろう。
われわれがやむを得ず選択することになるかもしれない「新しい道」が「米国の未来」に今後、どんな影響を及ぼすかについて深く考えてみるべきであろう。
現在のような情勢の流れを変えないなら、米国は遠からずさらなる脅威に直面して苦しく悩まされ、自分らの失策を自認せざるを得なくなるであろう。
朝鮮ア太委員長の談話
【平壌11月14日発朝鮮中央通信】朝鮮アジア太平洋平和委員会(ア太委)の金英哲委員長は14日、次のような談話を発表した。
私は13日、マーク・エスパー米国防長官が朝米協商の進展のために米国・南朝鮮合同軍事演習を調整すると言及したことに留意した。
国務委員会スポークスマンの談話が発表された直後に出た米国防長官のこのような発言について私は、米国が南朝鮮との合同軍事演習から抜けるか、でなければ演習自体を完全に中断するという趣旨に理解したい。
私は、彼がこのような決心を南朝鮮当局と事前に合意して下したとは考えない。
なぜなら、南朝鮮の政界をいくら見回しても、この賢明な勇断を下す人物がいないからである。
私は、米国防長官の今回の発言がトランプ大統領の意中を反映したものだと信じたいし、朝米対話の動力を生かそうとする米国側の肯定的な努力の一環として評価する。
しかし、もし、これがわれわれの純真な解釈に終わり、われわれを刺激する敵対的挑発があくまでも強行されるなら、われわれはやむを得ず、米国が対処しがたい衝撃的なよう懲で応えざるを得なくなるであろう。
朝鮮外務省巡回大使 副次的な問題を持って朝鮮を協商へ誘導できると打算するなら問題解決はいつになっても見込みがない
【平壌11月14日発朝鮮中央通信】朝鮮外務省巡回大使の金明吉氏は14日、次のような談話を発表した。
最近、米国務省対朝鮮政策特別代表のビーガンは、第3国を通じて朝米双方が12月中に再会して協商することを願うという意思を伝えてきた。
私は、米国務省の対朝鮮政策特別代表が朝米対話に関連して提起する問題や思いつく点があるなら、虚心に協商の相手である私と直接連携する考えはせず、第3者を通じていわゆる朝米関係に関連する構想なるものを空中に浮かべていることについて理解できない。
これはむしろ、米国に対する懐疑の念だけを増幅させている。
われわれは、協商を通じた問題解決が可能であれば任意の場所で任意の時間に米国と対座する用意がある。
しかし、米国が去る10月の初め、スウェーデンで行われた朝米実務協商の時のように、年末の時限を無難に越すためにわれわれを欺こうと不純な目的を相変わらず追求しているなら、そんな協商には意欲がない。
われわれがすでに米国側にわれわれの要求事項が何であり、どんな問題が先行されなければならないかについて明白にしただけに、今や米国側がそれに対する回答と解決策を出すべき番である。
米国がわれわれの生存権と発展権を阻害する対朝鮮敵視政策を撤回するための根本的な解決策を提示せず、情勢変化に従って瞬間に反故になりうる終戦宣言や連絡事務所開設のような副次的な問題を持ってわれわれを協商へ誘導できると打算するなら、問題解決はいつになっても見込みがない。
米国側がわれわれに提示する解決策を用意したなら、それについてわれわれに直接説明すればいいであろう。
しかし、私の直感では米国がまだわれわれに満足な回答を与える準備ができておらず、米国の対話提起が朝米間の対面だけを演出して時間稼ぎをしてみようとする術策としか他に判断されない。
いま一度、明白にしておくが、私はそのような会談には興味がない。
朝鮮外務省の金桂官顧問の談話
【平壌11月18日発朝鮮中央通信】朝鮮外務省の金桂官顧問は18日、次のような談話を発表した。
私は、17日にトランプ大統領がツイッターに載せた文を見ながら、新しい朝米首脳会談を示唆する意味に解釈した。
昨年6月から、朝米間に3回の首脳の対面と会談が行われたが、朝米関係において別に良くなったことはなく、今も米国は朝鮮半島問題でいわゆる進展があるかのようなふりをして、自分らに有利な時間稼ぎだけを追求している。
われわれは、われわれに利益のないそのような会談にこれ以上、興味を持たない。
われわれは、何も返ってこないまま、これ以上米大統領に誇るべき種を与えないであろうし、すでにトランプ大統領が自分の治績として自負する成果に当該の代価も再び受けなければならない。
米国が真に、われわれとの対話の綱を放したくないなら、われわれを敵と見なす敵視政策から撤回する決断を下さなければならない。

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