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金桂官及び金英哲談話と金正恩の金剛山現地指導

2019.11.03.

10月24日に朝鮮外務省の金桂官顧問が、そして同27日には朝鮮アジア太平洋平和委員会の金英哲委員長が朝米交渉に関する以下の談話を発表しました。

朝鮮外務省の金桂官顧問の談話
【平壌10月24日発朝鮮中央通信】朝鮮外務省の金桂官顧問は24日、次のような談話を発表した。
私は、最近、トランプ大統領が公式の席上で朝米両首脳が互いに尊重し、よい関係を維持していると再び言及したという報を注意深く読んでみた。
私が確認できるのは、わが国務委員会委員長同志とトランプ大統領の親交関係が強固であり、互いへの信頼心が相変わらず維持されていることである。
数日前、私が国務委員会委員長同志に会って、朝米関係問題をはじめ対外事業で提起される懸案を報告した時、国務委員会委員長同志は自身とトランプ大統領の関係が格別であることについて述べた。
私は、このような親交関係に基づいて朝米の間に横たわっている全ての障害物を克服し、両国関係をより良い方向へ前進させられる動力がもたらされることを願ってやまない。
問題は、トランプ大統領の政治的見識と意思とは距離が遠くワシントンの政界と米行政府の対朝鮮政策作成者らがいまだに、冷戦式思考とイデオロギー的偏見にとらわれてわれわれをむやみに敵視していることである。
意志があれば、道は開かれるものである。
われわれは、米国がどのように今年の末を賢明に越えるかを見たい。
金英哲朝鮮ア太委委員長談話
【平壌10月27日発朝鮮中央通信】朝鮮アジア太平洋平和委員会(ア太委)の金英哲委員長は27日、次のような談話を発表した。
最近、米国がわれわれの忍耐と雅量を誤って判断して対朝鮮敵視政策にいっそうヒステリックに執着している。
先日、第74回国連総会の第1委員会会議で米国代表は、われわれの自衛的国防力強化措置に言い掛かりをつけて米朝対話に目をつぶって臨まないだの、北朝鮮がFFVDのための新しい方法論を提示しなければならないだのという刺激的な妄言を並べ立てた。
一方、米国は国々に国連「制裁決議」の履行をしつこく強迫しており、追随国家を押し立てて国連総会で反朝鮮決議案を通過させるために各方面から策動している。
はては、米戦略軍司令官指名者なる者は議会上院での証言で、わが国家を「ならず者国家」と悪意に満ちて謗ったし、米軍部好戦勢力はわれわれを狙った核打撃訓練まで計画しているという。
諸般の状況は、米国が算法転換に関するわれわれの要求に応じるどころか、以前よりも狡猾で悪らつな方法でわれわれを孤立、圧殺しようとしていることを示す。
米国のこのような敵対行為と誤った慣行によって何度も脱線し、よじれかねなかった朝米関係がそれでも今まで維持されているのは、金正恩国務委員長とトランプ大統領の親交関係のおかげだと言うべきであろう。
しかし、全てには限界があるものである。
朝米両首脳の親交関係は決して民心に顔を背けることができず、朝米関係の悪化を防止し、補償するための保証ではない。
米国が、われわれが信頼構築のために講じた重大措置を自分らの「外交的成果物」に包装して宣伝しているが、朝米関係ではいかなる実際の進展が遂げられたものがなく、今すぐにでも火と火が飛び交うかもしれない交戦関係がそのまま持続している。
米国が自国の大統領とわが国務委員長の個人的親交関係を押し立てて時間稼ぎをし、今年の末を難なく越してみようと考えるなら、それは愚かな妄想である。
私は永遠の敵も、永遠の友もいないという外交的名句が永遠の敵はいても、永遠の友はいないという格言に変わらないことを願う。
 一読すれば直ちに理解されるように、両談話の共通点は、①朝米交渉のモメンタムが維持されているのはひとえに金正恩委員長とトランプ大統領の関係が格別であること(金桂官。金英哲は「親交関係のおかげ」と表現)にあると強調していること、②朝鮮は朝米交渉に対して真摯に臨んでいることを明示的(金桂官)・暗喩的(金英哲)に伝えていること、そして③朝米交渉の可能性は本年末までと区切っていることです。しかし、両談話が立て続けに出された意味は、金桂官談話があくまでトランプの決断に期待を寄せる姿勢を強調した(「明」)のに対して、金英哲談話は朝鮮の忍耐には限界があることを強調している(「暗」)という違いにあります。特に金英哲談話の「両首脳の親交関係は決して民心に顔を背けることができず、朝米関係の悪化を防止し、補償するための保証ではない」、「米国が、われわれが信頼構築のために講じた重大措置を自分らの「外交的成果物」に包装して宣伝している」、「米国が自国の大統領とわが国務委員長の個人的親交関係を押し立てて時間稼ぎをし、今年の末を難なく越してみようと考えるなら、それは愚かな妄想である」と指摘している部分は、名指しこそしないもののトランプ自身に対する警告であり、批判であることは明らかです。なぜならば、トランプは常々彼と金正恩との親交関係を自慢し、これまでの米朝関係の達成物で2020年の大統領選挙を闘うことができると判断している節が見られることは広く指摘されていることだからです。そして、金英哲談話の最後の言葉「永遠の敵はいても、永遠の友はいない」は、すでに選挙ムードに突入しているトランプに対して、金正恩・トランプ関係の現状が続くと高をくくり、あぐらをかくことに最大限の警鐘を鳴らしたものと見るべきでしょう。
 私は、10月23日に金正恩委員長が金剛山観光地区の現地指導を行い、「容易く観光地を明け渡して何もせず利を得ようとした先任者らの間違った政策によって金剛山が10余年間放置されて傷が残った、土地が惜しい、国力が弱い時に他人に依存しようとした先任者らの依存政策が非常に間違っていた」と、「先任者ら」の「間違った政策」「依存政策」を厳しく批判するとともに、「今、金剛山がまるで北と南の共有物のように、北南関係の象徴、縮図のようになっており、北南関係が発展しなければ金剛山観光もできないようになっているが、これは確かに間違った事、間違った認識だ」と述べたこと(同日付朝鮮中央通信)にも大きな関心があります。
 上記の金桂官及び金英哲の談話とは直接関連するものではありません。しかし、10月23日に北南関係における重要協力対象となっている金剛山観光地区に対する金正恩委員長の以上の厳しい批判・指摘があった直後に、朝米関係に関する両談話が出されたというタイミングを単なる偶然と片付けることには釈然といかないものを感じるのです。
うがち過ぎという批判を覚悟で私の印象を述べさせてください。金正恩委員長が言う「先任者ら」の中には父親である金正日が含まれていると見るべきでしょう(そのこと自体、私にとってある意味「驚天動地」の出来事です)。それは、両談話において内包されている金正恩・トランプ親交関係も絶対なものではないというメッセージに対応します。そして、金剛山に関わる南北協力関係に望みを託している(と私には見える)文在寅大統領に対して「これは確かに間違った事、間違った認識だ」と金正恩が述べたことは、金英哲談話のトランプに対する「永遠の敵はいても、永遠の友はいない」という遠慮会釈もない指摘に対応しています。
 もちろん、朝鮮がトランプ及び文在寅に対してそこまで「深読み」することを要求しているということではありません。しかし、朝鮮指導部の中では朝米及び北南関係のあり方に関してとことん突き詰めた検討が行われていると判断するのは最低限間違いないのではないでしょうか。金正恩委員長の金剛山現地指導に、朝鮮で対米・対韓業務を担当するチャン・グムチョル統一戦線部長に加え、崔善姫第1外務次官が同行した事実も到底無視することはできないことです。
 金正恩委員長の金剛山現地指導に関する記事も紹介しておきます。
最高指導者金正恩党委員長が金剛山観光地区を現地指導
【平壌10月23日発朝鮮中央通信】朝鮮労働党委員長で朝鮮民主主義人民共和国国務委員会委員長、朝鮮民主主義人民共和国武力最高司令官であるわが党と国家、武力の最高指導者金正恩同志が、金剛山観光地区を現地で指導した。…
観光地区に建設したサービス建物を具体的に調べながら、建築物が民族性というものが全く見られず寄せ集め式だ、建物をまるで被災地の仮設テントや隔離病棟のように配置した、建築美学的にひどく立ち後れているばかりか、それさえ管理されていないので非常にみすぼらしいと述べた。
世界的な名山である金剛山に建設場の仮設建物を彷彿させるこのような家を数棟築いておいて観光をするようにしたのは非常に誤ったことだ、以前に建設関係者らが観光サービス建物を見るにもきまり悪く建設して自然景観に損害を与えたが、容易く観光地を明け渡して何もせず利を得ようとした先任者らの間違った政策によって金剛山が10余年間放置されて傷が残った、土地が惜しい、国力が弱い時に他人に依存しようとした先任者らの依存政策が非常に間違っていたと深刻に批判した。
わが領土に建設する建築物は当然、民族性が濃い朝鮮式の建築でなければならず、われわれの情緒と美感に合うように創造されなければならないと述べた。 金正恩委員長は、見ただけでも気分が悪くなるごたごたした南側の施設を南側の関係部門と合意して残さず撤収するようにし、金剛山の自然景観にふさわしい近代的なサービス施設を朝鮮式に新しく建設すべきだと述べた。
今、金剛山がまるで北と南の共有物のように、北南関係の象徴、縮図のようになっており、北南関係が発展しなければ金剛山観光もできないようになっているが、これは確かに間違った事、間違った認識だと述べた。
金剛山は血潮で獲得したわれわれの領土であり、金剛山の崖一つ、木一本にまでわれわれの自主権と尊厳が宿っていると述べ、金剛山観光サービスに関する政策的指導を担当した党中央委員会の当該部署が金剛山観光地区の敷地をむやみに明け渡し、文化観光地に対する管理に顔を背けて景観に損害を与えたことについて厳しく指摘した。…
金正恩委員長は、世界的な観光地として立派に築かれた金剛山に南の同胞が来たがればいつでも歓迎するが、われわれの名山である金剛山に対する観光事業を南側を押し立てて行うのは望ましくないということについてわれわれの人々が共通の認識を持つことが重要だと述べた。
朝鮮労働党中央委員会の幹部であるチャン・グムチョル、金與正、趙甬元、リ・ジョンナム、劉進、ホン・ヨンソン、玄松月、チャン・ソンホの各氏と崔善姫第1外務次官、国務委員会の馬園春局長が同行した。