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ロウハニ大統領内外記者会見発言

2019.10.24.

国連総会から戻ったイランのロウハニ大統領は10月14日に内外記者との会見に臨み、記者の質問に答えて多くの問題について答えました。イラン核合意(JCPOA)、イランとサウジアラビアの関係改善のために尽力する意欲を燃やすパキスタンのカーン首相のイラン訪問、フランスのマクロン大統領が仕掛けた米伊首脳会談、シリア問題とトルコの軍事行動などに関するロウハニ大統領の発言はとても興味深い内容が含まれています。これらの問題に関するロウハニ発言を関連する動きとともに紹介します(ロウハニ発言は10月14日付イラン大統領府WS)。

<イラン核合意(JCPOA)>
 イラン核合意(JCPOA)に関しては、英仏独3国が主導するINSTEX(EU諸国とイランとの貿易決済をアメリカが支配するSWIFTを経由せずに処理する仕組み)が機能するに至っておらず(アメリカの圧力に3国が抵抗できないことが主な原因)、JCPOA締結に尽力したイランのザリーフ外相も最近はこれら3国に対する不満をあらわにする状況になっています。14日の記者会見でロウハニ首相は言及していませんが、ザリーフを含めたイラン側関係者は4回目となるJCPOA上のイランによる一方的義務履行措置解除を実行することを公然と口にするようになっています。イラン原子力委員会のカマルヴァンディ報道官は10月9日、欧州側が今後もイランの要求に応えなければ、義務履行解除の対象は残り2つしかないとし、フォルドウにおけるウラン濃縮実行と遠心分離機数の増加を明示しました(ただし、IAEAによる査察という問題は残ると付言)。しかし、イランの本音はINSTEXがイランの望む機能を果たすようになることであり、その場合はイランとしてはJCPOA遵守するということにあります。ロウハニの以下の発言はイラン側の本音を正直に表しています。

 (ロウハニは)アメリカは、国内の強硬派、イスラエル及びサウジアラビアの圧力のもとでJCPOAから脱退したと述べ、「イスラエルもサウジもアメリカが脱退するように最大限の努力を行ったことを認めている」と述べた。大統領は「イランはJCPOAから脱退しないという賢明な行動を取った。(賢明という理由は)これら3国はイランの脱退を口実としてイラン問題を国連安保理に持ち込み、イランに対する国際的制裁を科そうとしていたからだ。そうなれば、アメリカは自分で荷物を背負い込まなくてもすむことになる」と述べた。
 ロウハニは、P4+1(英仏中露+独)はアメリカ脱退の埋め合わせをすることが想定されているとした上で、「イランと中露の関係は良く、両国は多くの努力を行っているが、不幸なことに欧州3国は約束を守っておらず、求められていることをしようとしていない」と付け加えた。
 大統領は、イランの行動はイラン国民の利益に基づいたものであると強調し、「我々は2ヶ月ごとにイランの約束を減らす措置を開始し、第1回の措置は濃縮分野の約束を減らすことで、つまり(イランが国内で貯蔵する上限として決められている)300㎏の制限を超えることだった」と述べた。大統領はさらに、「第2回の措置として3.6%という濃縮レベルの制限を超えて4.5%にした」と付け加えた。大統領は第3回の措置について、JCPOAで定めているR&D計画を遵守しないことを公表したと述べ、「現在、IR-6遠心分離機が稼働し、IR-9も稼働を開始することになっている」と付け加えた。しかし大統領は、「欧州諸国が約束を守るようになれば我々は(JCPOAの)完全履行に戻るし、彼らが今までどおり何もしないならば次のステップを取ることになるだろう」と強調した。
<パキスタン首相のイラン訪問>
 パキスタンのカーン首相は10月13日にイランを訪問し、ロウハニ大統領と会談し、ハメネイ師とも会見しました。10月13日のイラン大統領府WSは、カーン首相が「地域の隣国間の緊張は第三国及び域外諸国の利益となるだけであり、イスラマバードはサウジアラビアとイランとの間の交渉で役割を果たしたい」「イエメン休戦は地域の平和プロセス及び二国間・多国間の話し合いのスタートになり得る」と発言したことを紹介しました。また、同日カーン首相と会見したハメネイ師は、「イランはイエメンでの戦争を終わらせるための4点の計画(注:2015年4月にザリーフ外相が国連に提出したもの)を早くから提起している」と述べ、「この戦争が適切な形で終わることは地域にとって積極的効果を持ちうるだろう」と付け加えました(イラン放送WS)。ただしハメネイ師は、「いくつかの国」がイエメンでの戦争及び流血の原因となっているグループを支持する破壊的役割を担っているとも指摘しました。このように、イラン大統領府及びイランのメディアの紹介した内容はストレートではありませんでした。もっとも、カーン首相の訪問に先だってイラン外務省のムサビ報道官は12日、「イランはサウジアラビアを含む隣国と、直接または仲介者を通して常に話し合う用意がある」と明確に発言していました(13日付イラン放送WS)。
 ちなみに、イランとサウジアラビアの関係を改善することに関しては、ロシアも強い関心と意欲を示しています。プーチン大統領はサウジアラビアを国賓として訪問(10月14日)する直前にアル・アラビアその他3社との共同インタビューに応じました(10月13日付ロシア大統領府WS)。その中でプーチンは、「ロシアとしてはイランとサウジアラビア(及びUAE 、イスラエル)との関係改善についてできることは何でもするだろう」と述べる一方、「仲介者という役割は必ずしも報われるものではない。また、イラン及びサウジアラビアは仲介を必要としない」、「自分は両国の指導者を個人的に知っており、彼らはアドバイスとか仲介とかを必要としないことは間違いない」とも述べました。  ロウハニ大統領は14日の記者会見でカーン首相の訪問に関して、イエメン問題がイランとサウジの関係改善にとって大きなカギとなるとイラン側が考えていることを、以下のように極めて具体的に発言しました。
 大統領はカーン首相のイラン訪問に関して、「彼のイラン訪問の一つの目的は地域問題を議論することであり、14日にサウジアラビアに向かう前に我が方の意見を聞きたいとした」、「幸いにもカーン首相は最高指導者を訪問し、最高指導者は我が方の立場に関するいくつかの点を明らかにした」、「我が方にとって重要なことは、カーン首相自身もそうであるように、イラン・サウジアラビア関係及びイエメン問題を含む地域問題を解決することである」等と述べた。大統領は、「イエメン休戦が戦争終結につながるのであれば、イラン・サウジ関係を含む地域における矛盾の一つが解決されるということだ」と強調した。
 大統領はイランが常に隣国との良好な関係を求めていると述べ、「国連で「ホルムズ平和努力(Hormuz Peace Endeavour HOPE)連合」と称する重要なプロジェクトを提出した」と付け加えた。HOPEイニシアティヴは8カ国に送られたと明らかにした上で、大統領は「この問題については国連と話し合っており、イランが提案した枠組みのもとで、このイニシアティヴがいくつかの地域問題を扱うことができればと希望している」と述べた。大統領は「サウジアラビアを含む地域諸国と、対話を通じて地域の問題を解決することに何の問題もない」と述べた。
 (10月11日に紅海で起こったイランのタンカーに対する襲撃に関して)調査がまもなく終わると期待している。確実なことはある政権がいくつかの国の協力のもとでやったということだ(浅井注:イラン国家安全保障最高評議会のシャムハーニ事務局長はサウジアラビア、イスラエル及びアメリカを名指しし、必ずお返しすると述べています)。
 (アラブ首長国連邦(UAE)との関係に関して)ロウハニ師は「ここ数ヶ月の間にイランとUAEとの間には意思疎通が行われている。UAEの担当者がイランを訪れ、イランの担当者もUAEを訪問している。両国の関係は最近良くなってきており、流れとしては今後も改善が続くということだ」と述べた。
<米伊首脳会談>
 フランスのマクロン大統領がトランプ大統領とロウハニ大統領の直接会談実現を画策して動いたことについては9月30日のコラムで言及したとおりです。この問題に関わるロウハニ大統領の以下の発言は、コラムで紹介したことを確認する内容ですが、P5+1の枠組みの中であればトランプと同席する用意があったと示唆したのは興味深い点です。「自分が犠牲になって」としたのは、P5+1の枠組みのもとであったとしても、トランプと席を同じくすることについてハメネイ師の事前の許可は得ておらず、したがってイラン国内の強い反発を招いて自らが苦境に追い込まれる可能性が大きいことを指していると思われます。
 大統領は国連で世界に発出したメッセージは2つだったとして、「一つは、イランがこの地域で求めているのは平和であり、不安定、混乱、戦争ではないということで、これは受け入れられた。もう一つはイランが交渉することを恐れていないということであり、これまた誰にも聞き入れられた」と述べた。大統領は、P5+1会合であって、トランプ氏の選挙キャンペーン用ではないということが保証されるのであれば、ニューヨークでP5+1首脳会議を行う用意があったと指摘して、「そういう保証が得られたならば、P5+1会合を持てただろう」と述べた。ロウハニは、「欧州諸国首脳に対して、その会合でイラン国民の利益が満たされることを確かなものにしなければならず、そのためには自分が犠牲になって会合を受け入れると話した」と述べた。大統領は、「いかなる会合であってもイラン国民の利益がそこで解決され、イラン国民の利益に奉仕するのであれば、自分はそうするし、そのためには自分を犠牲にする用意があり、国益及び我が国民のために誇りを持って犠牲になる」と強調した。
 トランプ弾劾及びアメリカの新大統領と交渉する用意の有無に関する質問に対しては、ロウハニ師は、「本質問題として、アメリカの大統領と会うとか交渉するとかということがここでの問題ではない」、「問題は、交渉において我が国民にとっての課題、問題、利益、願望が満たされるのか、それともただのショーなのかということだ」と述べた。大統領は「アメリカの大統領が誰であるかということは我々には関心がない」とも述べた。さらに大統領は、「もちろん、トランプ氏の性格は周知のとおりであり、彼のいうことは毎日コロコロ変わる」と述べた。ロウハニ師はまた、「アメリカと話そうとするものは誰でも、明日に何が起こるかを正確に予想できない。我々が会ったほとんどの指導者がこの問題について語っており、イランだけのことではない」とも述べた。大統領は、「誰が米大統領であるとしても、制裁が解除され、P5+1交渉のための条件が真に熟すならば、我々はその会合に出席する用意がある」と述べた。
<トルコ軍の侵攻とシリア問題>
 トルコ軍のシリア領内への侵攻は、アスタナ合意を成立させ、シリア憲法委員会の成立にも共同歩調を取ってきたロシア及びイランとトルコとの関係に試練を与えています。ロシアとイランは、問題解決のカギはトルコとシリアがアダナ協定に戻ることにあると主張しています。特にロシアのラブロフ外相は10月21日、「目標は、シリア内のすべてのクルド人組織がシリアの法的枠組み及び憲法の中に織り込まれることにより、シリア領内に不法武装組織がなくなり、トルコその他の国家の安全に対するシリア発の脅威がなくなるようにすることだ」と明確に述べ、さらに「この目標の実現だけが情勢に解決をもたらす唯一の正しい道筋だと信じているが、そのためにはクルド人とダマスカスの対話の必要があり、我々はすべての可能な方法でこの対話を可能にする用意がある。そして、両当事者はこの点についてロシアの支援を確保することに関心を表明している」と指摘しました。さらにラブロフは、ダマスカスとアンカラもコンタクトを持つ必要があり、モスクワには「支援的な役割を果たし、対話を促進する」用意があるとしました。さらにラブロフは、両国がロシアの動きを認めるのであれば、トルコとシリアの国境レジームに関する1998年アダナ協定の修正に関する決定を支援する用意があるとも確約しました。ラブロフは、「アンカラとダマスカスの対話はアダナ協定に基づくべきことは明白であり、この協定は国際的かつ法的な基礎であり、つい最近両国が現在の情勢のもとで確認したところである」と表明しました(ラブロフ発言は10月21日付タス通信。10月23日に行われたプーチン・エルドアン首脳会談はおおむね以上のラブロフ発言の内容を裏付ける形で行われたようです。この点については改めてコラムで紹介するつもりです)。
 ロウハニの以下の発言はラブロフの上記発言の前に行われたものですが、イランの立場がロシアと基本的に同じであることを伝える内容だと思います。
 トルコのシリア北東部に対する軍事作戦がアスタナ和平プロセスに及ぼす影響に関する質問に対して、ロウハニ師は、「我々はこの地域、イラン、クルド人そしてシリア政府にとって好ましくない状況に直面している。我々すべてはアスタナ・プロセスを維持するべく努力するべきだ」と述べた。大統領はアスタナ・プロセスがシリアにとっての最善の解決であると述べ、「我々全員がこのプロセスを傷つけないように努力し、このプロセスに主要な責任を負う三国(イラン、ロシア、トルコ)が仕事をできるようにするべきだ」と付け加えた。
 ロウハニ師は、「トルコがシリア北部に関心があることは我々も理解している。いかなる国も安全保障上の関心がある。原則としては、この点についてトルコとの間に何の問題もない」と続けた。大統領は「トルコ政府は我々の友人であるが、彼らが選んだやり方は賢明ではなく、我々はもっといい方法があると確信する」と述べた。
 大統領は、この点についてはエルドアンとの共同記者会見の場でも明確にしたと言及しつつ、「シリア北部に関するトルコの安全保障上の関心に対する解決はこの地域にシリア軍が存在することであり、我々すべてがこの地域にシリア軍が展開することを支援しなければならない」と付け加えた。トルコがシリア領内に入る道を取ったことに関して、大統領は、「トルコ政府は我々に対してシリアの領土保全を尊重し、シリア領内から撤退すると常に約束してきた」と指摘した。大統領は、「今の状況に懸念を持っており、これまでの結果はいいとは言えない」とし、「殺されるものが出ており、新たに避難を余儀なくされるものも生まれ、多くの問題が発生している」と述べた。