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米朝実務者協議:経緯・結果・今後

2019.10.08.

米朝実務者協議の顛末をまとめてみました。ずいぶんな分量になったので、私の結論を先に述べておきます。第一、直接的には、アメリカ側の積極的言動に朝鮮側が応じる形で今回の実務者協議は実現した。第二、朝鮮側は、トランプがシンガポール首脳会談で約束したのにもかかわらず再開された米韓合同軍事演習の中止・終結及び対朝鮮制裁措置の削減・撤回について、アメリカが具体的な提案を行うことを強く期待しつつ協議に臨んだ。第三、しかしアメリカ側には最初からその用意は毛頭なく、あくまで実務協議に徹した。第四、したがって、朝鮮からすれば協議は「決裂」、しかし、アメリカからすれば8時間半の「実りある協議」という評価になった。第五、トランプが年内に思い切った決断するか否かが今後のカギ。

10月5日の米朝実務者協議開催に関しては、アメリカ側の「呼びかけ」に朝鮮側が応える形で動き出したと判断していいと思います。特にアメリカ側の「呼びかけ」として重要だったのは9月6日のビーガン特別代表のミシガン大学における公開講演でした。この講演に関しては録画しかアップされておらず、私の衰えたヒアリング能力では聞く気力が起きません。幸い、信頼するハンギョレのイ・ジェフン先任記者がこの講演に関して次のように解説する文章(9月7日付日本語版WS)を載せていますので以下に紹介します(なお、以下の文中の強調は浅井)。

[ニュース分析]ビーガンの"説得と圧迫"は北朝鮮を動かせるか
 北朝鮮の執拗な問いに、米国がそれなりの"返答"を出した。米国務省のスティーブン・ビーガン対北朝鮮特別代表による6日(現地時間)のミシガン大学公開講演がそれだ。ビーガン特別代表が6月19日、アトランティック・カウンシル公開講演で提案した「柔軟な接近」の実物があるのかという北側の疑問に、80日ぶりの公開講演(タイトル:International Diplomacy Challenges: North Korea)でそれとなく例示した。在韓米軍問題に対する「戦略的再検討」の可能性を排除しない、「今後1年間」ドナルド・トランプ米大統領が対北朝鮮交渉に「全面的に専念」するという予告などがそれだ。…
 ビーガン特別代表は6日、母校のミシガン大で行った講演で「私たちは北朝鮮から消息を聞けばいつでも北朝鮮と関与する準備ができている」とし、朝米実務交渉の早期再開に北側が呼応することを繰り返し促した。彼は「この瞬間、私たちが取りうる最も重要な措置は、外交官たちの交渉能力を危うくする敵対政策を克服し、交渉のリズムを維持しようと米朝が協力すること」と付け加えた。
 彼は「米国と北朝鮮が対決から不可逆的に決別したことを宣言する重大措置に速かに合意できる」として「(6・12シンガポール朝米共同声明2条に明示した)恒久的平和体制が重要な要素になるだろう」と明らかにした。特に彼は「非核化の相応措置として在韓米軍兵力縮小は可能か」という問いに「私たちはそれとは大きく離れている」と但し書を付けて「『戦争準備態勢の維持と訓練』から『持続的な平和に向けた建設的で安定した役割』への転換には多くの戦略的再検討が含まれる」と強調した。さらに「緊張緩和は私たちの兵力がもはや戦争に備えるために絶えず準備体制を整える必要がないということを意味する」と説明した。事案の敏感性を考慮して、抽象的で慎重な表現を使ったが、要点は非核化への相応の措置として「在韓米軍再調整」を排除しないという意味だ。在韓米軍の再調整問題は、韓米同盟はもちろん朝鮮半島平和体制構築、北東アジア戦略地形に重大な影響を及ぼす事案だ。米行政府の現職高位要人のこうした公開言及は、非常に異例で注目に値する。
 合わせてビーガン代表は「(トランプ)大統領は今後1年間、こうした目標に向けた重大進展を成し遂げることに全面的に専念している」として「金(正恩)委員長がトランプ大統領の約束を共有するならば、彼は私たちのチームがこうしたビジョンを現実に変える準備ができていることを発見することになるだろう」と強調した。容易には交渉再開を決断しない金正恩委員長に向かって、対北朝鮮交渉と関連したトランプ大統領の「集中力」と「ビーガンチーム」の準備を強調し「一度信じてみなさい」という呼び掛けをしたわけだ。韓国政府の元高位関係者は「ビーガン代表が米国の善意を強調しているが相変らず抽象的」としながら「北側を動かすには、大きくても小さくても手で掴める具体的提案を出さなければならない」と助言した。
 朝鮮外務省の崔善姫第一外務次官は9月9日に談話を発表し、以下のように述べました。
私は、米国で対朝鮮協商を主導する高位関係者らが最近、朝米実務協商の開催に準備ができていると重ねて公言したことに留意した。
金正恩・国務委員会委員長は、去る4月、歴史的な施政演説で米国が現在の計算法を捨てて新しい計算法をもってわれわれに接近するのが必要であり、今年の末まで忍耐力を持って米国の勇断を待ってみるという立場を宣明した。
私は、その間、米国がわれわれと共有できる計算法を探すための十分な時間を持ったと思う。
われわれは、9月の下旬頃、合意する時間と場所で米国側と対座して今までわれわれが論議してきた問題を包括的に討議する用意がある。
私は、米国側が朝米双方の利害関係に等しく合致し、われわれに受け付け可能な計算法に基づいた対案を持って出ると信じたい。
もし、米国側がようやく開かれる朝米実務協商で新しい計算法と縁のない古いシナリオをまたもやいじるなら、朝米間の取引はそれで幕を下ろすようになるかも知れない。
 ちなみに、崔善姫第一外務次官の談話に対して中国の王毅外交部長は速やかに反応(9月12日)し、朝鮮のこれまでの行動を積極的に評価するとともに、アメリカがこれに応じることを促しました。米中貿易交渉においてもアメリカの「最大の圧力」が交渉前進を妨げていることを間接的に指摘しつつ、米朝交渉が前進できないのもそのためだとして、具体的に対朝鮮安保理制裁決議見直しの必要性に言及したことは留意しておく必要があります。これこそハノイでの米朝首脳会談で金正恩委員長がトランプ大統領に、寧辺核実験場廃棄の見返りに要求したアメリカの対応措置に即応する事柄だからです。王毅発言は以下のとおりです(同日付中国外交部WS)。
 王毅外交部長はマレイシア外相との共同記者会見の際に質問に対して次のように表明した。
 朝鮮は先日朝米対話再開について積極的シグナルを発した。これは、半島問題政治解決プロセスについて朝鮮が踏み出した重要な一歩であり、中国は歓迎を表明する。この間、両国の良好なインタラクションが対話再開に条件を蓄積してきた。我々は9月下旬に朝米双方が対話を回復することを歓迎する。
 半島問題は長年にわたって延び延びとなり、米朝間及び関係諸国間で多くの対話を行ってきた。成功した経験もあれば、挫折した教訓もあった。事実が証明するとおり、対話が真の進展を獲得するためには、相互尊重の平等姿勢を堅持し、相互の合理的関心を的確に考慮して解決する必要がある。相手側に条件を提起し、「最大の圧力」によって相手に一方的譲歩を迫るだけというやり方は、過去においても通用しなかったし、現在も通用せず、将来もまた通用しないだろう。朝米対話において然り、他の国家間の対話においてもまた然りである。
 昨年以来、朝鮮はすでに一連の積極的措置を採用し、これに基づいてアメリカに同じ目標に向かって歩み寄ることを求め、積極的対応を行ってきた。我々は朝鮮の行動を情にかない理にかなうものだと考える。アメリカもまた実際的な措置を講じ、情勢を緩和し、対話を推進するためにしかるべき努力を払うことを希望する。国連安保理もまた、対朝鮮制裁決議の可逆条項を起動する条項に関する話し合いを開始するタイミングを考慮するべきである。中国は今後も建設的役割を発揮し、半島の平和と安定を維持し、半島平和メカニズム構築、半島非核化実現のためにたゆまぬ努力を行っていく。
 トランプ大統領が「リビア方式」を主張していたことを理由にボルトン補佐官を解任し、金正恩委員長との再度の会談に前向きな発言をするなどがあったことを背景に、9月16日、朝鮮外務省アメリカ担当局長は以下の談話を発表しました(同日付朝鮮中央通信)。
米国が対話と協商を通じて問題を解決しようとする立場を重ねて表明しているのは幸いなことである。
私は、近い数週間内に開かれると予想される実務協商が朝米間のよい対面になることを期待する。
米国がどんな対案を持って協商に臨むかによって、今後、朝米がより近しくなることもあり、その反対に相互の敵意だけを培うようになるかも知れない。
言い換えれば、朝米対話は危機と機会という二つの選択を提示している。
このような意味から、今回の実務協商は朝米対話の今後の岐路を定める契機となる。
われわれの立場は明白であり、不変である。
われわれの体制安全を不安にし、発展を妨げる脅威と障害物がきれいに、疑う余地もなく除去されてこそ、非核化の論議もできるであろう。
朝米協商が機会の窓になるか、でなければ危機を促す契機になるかは米国が決めることになる。
 ちなみに、「アメリカ担当局長」とあって名前がなかったことに関しては、以下の10月2日付のソウル発聯合ニュースが参考になるので紹介しておきます。
在北朝鮮ロシア大使館は2日、北朝鮮外務省の米国担当局長にチョ・チョルス氏が任命されたと伝えた。
 同大使館は交流サイトのフェイスブックで、マツェゴラ駐北朝鮮大使らが2日に北朝鮮外務省の北米局長兼米国研究所長のチョ・チョルス氏と会談したと紹介した。マツェゴラ氏は、チョ氏が非常に責任ある上級職に指名されたことを祝ったという。
 チョ氏はベトナム・ハノイでの米朝首脳会談後の3月に平壌で開かれた記者会見で、崔善姫外務次官(当時)の横に座っていた。
 一方、今年4月に米国担当局長への任命が確認されていたクォン・ジョングン氏は、8月11日に韓米合同軍事演習の中止を要求する談話を出して以降、メディアに登場していない。クォン氏は当時の談話で韓国の青瓦台(大統領府)と国防部長官を名指しし、暴言に近い激しい言葉で非難していた。
 話を元に戻します。さらに9月20日、朝鮮外務省の金明吉(キム・ミョンギル)巡回大使は以下の談話を発表しました(同日付朝鮮中央通信)。彼が自ら「朝米実務協商のわが方の首席代表」と紹介したのは珍しいやり方です。
私は、トランプ米大統領が「リビア式核放棄」方式の不当性を指摘して朝米関係改善のための「新しい方法」を主張したという報道を興味をもって読んでみた。
朝米実務協商のわが方の首席代表として私は、時代的に古びた枠に執着して全てのことを対していた厄介者が米行政府内から消えただけに、今はより実用的な観点に立って朝米関係に接近すべきだというトランプ大統領の賢明な政治的決断を歓迎する。
優柔不断で思考が硬直した前米行政府が今、政権を執っていたなら疑う余地もなく朝鮮半島に統制不可能な状況が醸成されたであろうし、これが米国の安保に直接的な脅威となるというのは誰も否認できないであろう。
トランプ大統領が言及した「新しい方法」にどんな意味が含蓄されているのかその内容を私としては全て知ることができないが、朝米双方が互いに相手に対する信頼を築き、実現可能なことから一つずつ段階的に解決していくのが最上の選択であるという趣旨ではなかろうか。
発言内容の深さを離れて、古い方法では確かに不可能であることを知って新しい対案でやってみようとする政治的決断は、以前の米執権者らは考えさえしなかったし、またすることもできなかったトランプ大統領特有の政治感覚と気質の発現であると思う。
私は、米国側が今後行われる朝米協商にまともになった計算法を持って出てくると期待するとともに、その結果について楽観したい。
 なお、金明吉については、10月2日付ハンギョレ日本語版WSが以下の解説記事を載せましたので、記録に残しておきます。
 5日に開かれる朝米実務協議で、北朝鮮の首席代表を務めるキム・ミョンギル氏は、今年2月末にベトナムのハノイで開かれた2回目の朝米首脳会談が合意に至らず、結局決裂する過程を北朝鮮の金正恩国務委員長のそばで見守った人物だ。
 キム・ミョンギル代表は、ハノイ会談が開かれた2月、ベトナム駐在北朝鮮大使として、金委員長がハノイに到着した瞬間から会談決裂の苦杯を飲んで平壌に戻る瞬間まで、間近で最高指導者を補佐した。4月には4年間(2015~2019年)のベトナム大使としての任務を終えて平壌に復帰した。その後、ハノイ会談時に対米特別代表を務めたキム・ヒョクチョルの後任としてビーガン特別代表と実務協議で本格的に会うことになる。…
 キム代表は、1980年代末から北朝鮮の外交官として北朝鮮の核交渉に深く関与してきた「米国通」だ。2006~2009年の朝米間での対話や交渉が多かった時代に、米国務省と北朝鮮当局をつなぐ「ニューヨーク・チャンネル」を担当する国連駐在北朝鮮代表部次席大使を務めた。2007年には、次席大使としてクリストファー・ヒル米国務省東アジア太平洋次官補(当時)を相手に「バンコ・デルタ・アジア(BDA)対北朝鮮送金問題」を解決する成果をあげてもいる。
 6カ国協議をはじめ、朝米対話や交渉が複数回行われたクリントン、ブッシュ両政権時代には、実務者として交渉に参加した経験も多い。2000年10月にチョ・ミョンノク国防委員会第1副委員長が金正日国防委員長の特使として訪米した際には、代表団の一員に加わった。外務省米州局副局長、軍縮平和研究所の先任研究員を務めるなど、経歴の大半が米国関連業務だ。朝米の懸案を担当してきているリ・ヨンホ外相、チェ・ソンヒ第1次官とも以前から複数回にわたって仕事をしてきたことが、新しい実務協議代表の人選に影響したという分析が多く出ている。
 さらに9月27日には、久しぶりの登場となる金桂冠氏が外務省顧問の肩書きで以下の談話を発表しました(同日付朝鮮中央通信)。
私は、最近、米国で朝米首脳会談問題が話題になっていることについて興味を持って見守っている。
今まで行われた朝米首脳の対面と会談は、敵対的な朝米関係にピリオドを打ち、朝鮮半島に平和と安定が訪れるようにするための朝米両国首脳の政治的意志を明らかにした歴史的契機となった。
しかし、首脳会談で合意した問題を履行するための実際の動きが伴っていないことから、今後の首脳会談の展望は明るくない。
朝米の信頼構築と朝米共同声明の履行のために、われわれは反朝鮮敵対行為を働いてわが国に抑留されていた米国人を帰してやり、米軍遺骨を送還するなど、誠意ある努力を傾けてきた。
しかし、米国は共同声明履行のために全くしたものがなく、むしろ大統領が直接中止を公約した合同軍事演習を再開し、対朝鮮制裁・圧迫をよりいっそう強化して朝米関係を退歩させた。
いまだに、ワシントンの政界にわれわれが先に核を放棄してこそ、明るい未来が得られるという「先核放棄」主張が残っており、制裁がわれわれを対話に引き出したと錯覚する見解が乱舞している実情で、私はもう一度朝米首脳会談が行われるからといって、果たして朝米関係で新しい突破口が開かれるだろうかという懐疑の念を払拭することができない。
しかし、トランプ大統領の対朝鮮接近方式を見守る過程に、彼が前任者とは異なる政治的感覚と決断力を持っていることを分かるようになった私としては、今後、トランプ大統領の賢明な選択と勇断に期待をかけたい。
私とわが外務省は、米国の今後の動向を注視するであろう
 以上のような矢継ぎ早の談話が発出されたこと自体異例なことでしたが、その間に米朝間の折衝が行われていたことは間違いありません。そして10月1日、崔善姫第一外務次官は以下の談話を発表し、10月4日の予備接触そして翌10月5日の実務協議を発表しました。
朝米双方は、来る10月4日の予備接触に続いて、10月5日に実務協商を行うことで合意した。
わが方の代表らは、朝米実務協商に臨む準備ができている。
私は、今回の実務協商を通じて朝米関係の肯定的発展が加速化することを期待する。
 以上の朝鮮側の発言の注目点をまとめると次のようになります。9月9日の談話で崔善姫第一外務次官が要求したのはアメリカが「われわれに受け付け可能な計算法に基づいた対案」を用意することでした。具体的には、9月16日のアメリカ担当局長談話で、「体制安全を不安にし、発展を妨げる脅威と障害物がきれいに、疑う余地もなく除去されてこそ、非核化の論議もできる」と述べて、抽象的表現ではありますが、米韓合同軍事演習と対朝鮮制裁の問題にアメリカが踏み込んだ提案を行うことを要求しました。9月20日の金明吉巡回大使談話は、「実現可能なことから一つずつ段階的に解決していくのが最上の選択」と述べて、朝鮮としてはハノイ会談におけるアプローチを踏襲する意思を確認するとともに、「トランプ大統領特有の政治感覚と気質の発現」に言及して、トランプが指導力を発揮することを求めました。9月27日の金桂冠顧問談話は、アメリカ担当局長談話の抽象的発言から踏み込んで「大統領が直接中止を公約した合同軍事演習を再開し、対朝鮮制裁・圧迫をよりいっそう強化」したと述べて、ストレートに米韓合同軍事演習及び対朝鮮制裁の扱いが朝鮮の最大関心事であることを明らかにするとともに、金明吉巡回大使談話よりさらに踏み込んで、トランプの「政治的感覚と決断力」に基づく「賢明な選択と勇断」を明確に要求しました。
したがって、10月1日の崔善姫談話にある「今回の実務協商を通じて朝米関係の肯定的発展が加速化することを期待する」において朝鮮が設定した協議の成否を分けるポイントは、米韓合同軍事演習及び対朝鮮制裁に関して、アメリカがトランプの決断を体した具体的な提案を持参するか否かということだと判断されます。しかし、実務者協議に臨むアメリカ側の基本的スタンスが明らかに違っていたことは、ビーガン特使がイリノイ大学での講演で「交渉のリズムを維持しようと米朝が協力すること」と発言したことからも理解されます。実務者協議はあくまで実務者協議であって、第3回米朝首脳会談の実現を準備することが目的であり、ビーガンがトランプに求める決断は実務者協議開催にOKを出すことであって、朝鮮が重視する二つの問題に関するトランプの決断はまだ先の話ということでした。したがって、10月5日の実務者協議の結果について、朝鮮が「決裂」、アメリカが「良い議論ができた」と結論するのは始めから決まっていたというほかありません。
 金明吉首席代表が10月5日の米朝実務者協議終了後に発表した全文は10月6日付の中央日報日本語版WSに掲載されましたので、以下のとおり紹介します。
今回の朝米実務交渉は6月の板門店首脳対面の合意により構想されさまざまな難関を克服して設けられた容易ではない出会いだった。今回の交渉が朝鮮半島情勢が対話か対決かという岐路に立った時期に進められただけにわれわれは今回朝米関係発展を追求するための結果を出さなければならないという責任感、米国が正しい計算法を持ってくるという期待感を持って交渉に臨んだ。しかし交渉はわれわれの期待にこたえられず決裂した。私はこのためとても不快に思う。
今回の交渉が何の結果導出もできず決裂したのは全面的に米国が旧態依然な立場と態度を捨てることができなかったところにある。米国はこれまで柔軟なアプローチと新たな方法を示唆し期待感を膨らませたが何も持ってこず、われわれを大きく失望させ交渉意欲を失わせた。
われわれがすでに米国側にどのような計算法が必要なのか明確に説明し時間を十分に与えたのに米国が手ぶらで交渉に出てきたのは問題を解決するつもりがないということを示している。われわれは今回の交渉で米国の誤ったアプローチでもたらされた朝米対話の膠着状態を破り問題の突破口を開ける現実的な方法を提示した。
核実験と大陸間弾道ミサイル発射中止などわれわれが先制的に取った非核化措置に米国が誠意を持ってこたえれば次の非核化措置に入ることができるということを明確にした。
これは米国が一方的に破壊した信頼を回復し、問題解決に良い雰囲気を用意するための現実的で妥当な提案だ。
シンガポール朝米首脳会談以降だけでも米国は15回にわたり制裁措置を発動し合同軍事演習も再開し、朝鮮半島周辺に先端戦争装備を持ち込んでわれわれの生存権と発展を脅かした。われわれの立場は明白だ。朝鮮半島の完全な非核化はわれわれの安全と発展を脅かすすべての障害物がきれいに除去される時だけ可能ということだ。
朝鮮半島の核問題を作り解決を難しくする米国の脅威をそのままにしてわれわれが先に核抑止力を放棄すれば生存権と発展権が保障されるという主張は、馬の前に車を置けという話と同じだ。
われわれは米国側がわれわれとの交渉に実際的な準備ができていないと判断し年末までもう少し熟考してみることを提案した。今回の朝米実務交渉が失敗した原因を大胆に認め是正することによって対話の火種を生き返らせるのか、対話の門を永遠に閉ざすかは米国にかかっていている。
われわれが交渉進行過程の討論内容を具体的にここですべて話すことはできない。だがひとつ明白なのは米国がわれわれが要求した計算法をひとつも持ってこなかったことだ。われわれが要求した計算法は米国がわれわれの安全を脅かし発展を阻害するあらゆる制度的装置を完全無欠に除去しようとする措置を取る時だけ、そしてそれを実践で証明しなければならないということだ。
われわれは米国が新しい計算法と縁のない古い脚本をいじり回せばそれで朝米間の取引が幕を下ろすかもしれないということをすでに明らかにした。われわれの核試験とICBM試験発射中止が継続して維持されるのか、再開させるのかは全面的に米国にかかっている
朝鮮半島問題を対話と交渉を通じて解決しようとするわれわれの立場は不変だ。ただ米国が独善的で一方的で旧態依然な立場にしがみつくならば百回でも千回でも向き合って座っても対話は意味がない。そのため交渉に向けた交渉をしながら時間を浪費するのが米国には必要なのかもしれないが、われわれには全く必要がない。
 長い発表文ですが、注目するべきポイントは以下のようにまとめることができます。
○「何も持ってこず」「手ぶらで交渉に出てきた」とは、トランプの決断を体した具体的提案を用意してこなかったということであり、朝鮮からすれば「決裂」とする結論は不可避。
○ただし、アメリカが「失敗した原因を大胆に認め是正すること」(トランプ裁可の具体的提案を用意すること)を条件に対話の余地は残す。
 これに対して米国務省は同日プレス向け声明を出して反論しました。要旨は以下のとおりです(国務省WS)。
 朝鮮代表団のコメントは本日の8時間半の討議の内容・精神を反映していない。アメリカは創造的なアイディアを持ってきたし、朝鮮側とよい議論をした。
 討議の中では、アメリカ代表団はシンガポール・サミット以来の出来事をレビューし、双方の関心のある多くの問題についてさらに集中的に関わっていく重要性について議論した。
 アメリカ代表団は、シンガポール共同声明の4つの柱のそれぞれについて、今後進展を見ることができる新しいイニシアティヴを予告した。
 討議の終わりに、アメリカはすべてのテーマについて議論を続けるため、2週間内にストックホルムで再び会合するというスウェーデンの招待を受け入れることを提案した。
 要するに、アメリカとしては実務者協議として対応し、中身ある議論をしたことを評価しているし、今後もそういう形で協議を続けていきたいとしたわけです。これに対して、10月6日、朝鮮外務省はスポークスマン談話を出し、以下のように述べました(同日付朝鮮中央通信)。
朝米の合意によって、スウェーデンのストックホルムで10月4日の予備接触に続いて、5日に朝米実務協商が行われた。
われわれは、最近、米国側が「新しい方法」と「創意的な解決策」に基づいた対話に準備ができているという信号を重ねて送って協商の開催をしつこく要求したので、米国側が正しい思考と行動をするとの期待と楽観を持って協商に臨んだ。
しかし、いざ協商の場に現れて見せた米国側代表の旧態依然とした態度は、われわれの期待があまりにもばかげた希望であったことを感じるようにし、果たして米国が対話で問題を解決する立場を持っているのかという疑問を増幅させた。
米国側は今回の協商で、自分らは新しい包を持ってきたのはないというふうに自分らの既存の立場を固執し、何の打算や保証もなく連続的で集中的な協商が必要であるという漠然とした主張だけを繰り返した。
米国は、今回の協商のために何の準備もしなかったし、自分らの国内政治日程に朝米対話を盗用してみようとする政治目的を追求しようとした
これに関連して、わが方の協商代表は記者会見を開き、今回の協商に関連するわれわれの原則的な立場を明らかにした。
事実がこうであるにもかかわらず、米国はわが代表団の記者会見が協商の内容と精神を正確に反映しなかっただの、朝鮮側と立派な討議を行っただのとして世論をまどわしている。
期待が大きいほど、失望はより大きいものである。
われわれは今回の協商を通じて、米国が朝米関係を改善しようとする政治的意志を持っておらず、もっぱら自分らの党利党略のために朝米関係を悪用しようとするのではないかという考えを持つようになった。
米国が今回の協商で、双方が二週間後に会う意向であると事実とは全く根拠のないことを流しているが、板門店首脳対面から99日が過ぎた今日まで何も考案できなかった彼らが二週間という時間内にわれわれの期待と全世界的関心に応じる代案を持ってくるはずがない。
米国がわが国家の安全を脅かし、わが人民の生存権と発展権を阻害する対朝鮮敵視政策を完全かつ不可逆的に撤回するための実際の措置を取る前には、今回のような嫌気が差す協商をする意欲がない。
われわれはすでに、米国が新しい計算法と縁のない古びたシナリオをまたもやいじくるなら、朝米のやり取りはそれで幕を下ろすことになりうるということを宣明したことがある。
われわれが、問題解決の方途を米国側に明白に提示した以上、今後朝米対話の運命は米国の態度にかかっており、その時限は今年の末までである。
 私が特に注目したのは、「米国は、今回の協商のために何の準備もしなかったし、自分らの国内政治日程に朝米対話を盗用してみようとする政治目的を追求しようとした」及び「米国が朝米関係を改善しようとする政治的意志を持っておらず、もっぱら自分らの党利党略のために朝米関係を悪用しようとするのではないか」とする2カ所のくだりです。「政治目的」「政治的意志」ということは、実務者であるビーガンを非難しているのではなく、トランプ自身を間接的に批判していると理解するべきでしょう。そして、朝鮮は「問題解決の方途を米国側に明白に提示した」として、トランプが「わが国家の安全を脅かし、わが人民の生存権と発展権を阻害する対朝鮮敵視政策を完全かつ不可逆的に撤回するための実際の措置」をビーガンに指示することを要求し、その期限を本年末までと区切ったのです。2020年に入ればトランプが否応なしに大統領選挙モードになることは間違いないですから、ある意味当然の通告と言えます。
 10月7日付のハンギョレ・日本語版WSが掲載したイ・ジェフン先任記者(及びノ・ジウォン記者)署名文章の以下の指摘も参考になります。
 問題は、北朝鮮側が「本格交渉」に臨む照尺とした米国の「誠意ある肯定的回答」が具体的に何であるかだ。キム首席代表は声明で、三点を例示した。2018年の6・12シンガポール朝米1次首脳会談以後、米国が(1)「15回(追加対北朝鮮)制裁発動」(2)「(ドナルド・トランプ米)大統領が直接中止を公約した(韓米)合同軍事演習の再開」(3)「朝鮮半島周辺への先端戦争装備」搬入により私たち(北朝鮮)の生存権と発展権を威嚇」したという主張がそれだ。(3)は(2)に付随した問題であるため「制裁」と「軍事訓練」が重要だ。
 「制裁」と「軍事演習」は、金正恩国務委員長とトランプ大統領の二度の首脳会談を含めた合意・約束の側面でその位相が大きく異なる。「制裁」問題は、トランプ米大統領が緩和または解除を一度も公式に約束したことがない。「制裁」問題に対する北朝鮮側のアプローチは、たとえ合意に至れなかったとはいえ、2月のハノイでの2回目の首脳会談の時に金委員長が出した「寧辺核施設永久廃棄」と国連の5個の制裁決議解除の「交換」方案が大きな枠組みで依然として有効だと言える。…
 一方、「軍事演習」は、韓米の中止宣言で昨年6月の1回目の朝米首脳会談の決定的呼び水になったし、シンガポール会談当日にトランプ米大統領が公式記者会見で中止の方針を再確認した。しかし、今年下半期には韓米は指揮所訓練を再開し、大隊級以下の合同演習も持続した。北朝鮮が5月4日~9月10日に10回にかけて短距離発射体を発射し、今月2日には潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を試験発射し激しく反発した対象も韓米軍事訓練だ。
 しかも、韓米軍事演習の持続は、軍需工場部門まで民需経済に動員し「経済集中」戦略路線を強調してきた金正恩委員長の統治基盤を傷つける「国内政治の問題」でもある。韓国政府の元高位関係者は6日「金委員長としては、韓米軍事演習の中止を明確に約束されていない状況で、本格的な非核化協議に入ることは危険と見ているようだ」として「キム・ミョンギル声明の『誠意ある肯定的回答』の合理的核心は、軍事演習の中止と見て差し支えないようだ」と指摘した。
 キム・ミョンギル首席代表は声明で、米国の最終目標である「完全な非核化」に対応する、北側の念頭に置いた最終目標にも言及した。「生存権」(安全保障)と「発展権」(制裁解除)の保障を強調し、米国が「実践で証明しなければならない」との主張がそれだ。
 最後に、私が気になった米朝実務者協議終了後の金明吉首席代表の「核試験とICBM試験発射中止が継続して維持されるのか、再開させるのかは全面的に米国にかかっている」という声明文に関して。このくだりは10月6日の朝鮮外務省スポークスマン談話にはありません。金明吉の声明文自体が韓国・中央日報によっていることから、ひょっとするとこの発言自体の信憑性も疑ってかかる必要があるとも思います。しかし、仮に彼がそのとおり発言しているとすると、彼が本国政府の承認なしにこれほどの重大発言をするはずがありませんから、発言の意味を考える必要が出てきます。
 一つの可能性は単純な対米ブラフ(はったり)ということで、特に深い意味はないと解することは可能です。朝鮮外務省スポークスマン談話にはないことからもブラフである可能性は十分に考えられます。もう一つの可能性として、朝鮮が本気でそう考えているとしたら、それは朝鮮と中国(及びロシア)との意思疎通が未だ十分には行われていない可能性を示唆します。なぜならば、中国(及びロシア)は朝鮮半島の非核化実現を同半島の平和と安定の実現と同じ比重で重視しているからです(前掲王毅発言参照)。朝鮮の核ミサイル開発再開への動きは中国(及びロシア)が絶対に同意できないことです。判断材料がないので、これ以上は深入りしませんが、今後の展開を考える上でも記憶の片隅にとどめておく必要はあると思います。