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安倍首相所信表明演説の歴史認識

2019.10.06.

私は安倍政治にトンと関心がなくなっていますし、ましてや彼のウソだらけの発言には耳を傾けるのも時間の無駄だと思い極めていますので、10月4日の彼の所信表明演説も素通りの状態でした。しかし、いくら気が進まなくてもやはり目を通すという最小限の行為は省いてはいけないのだということを、韓国の中央日報及び朝鮮日報の記事を読んで思い知らされました。
 両記事を紹介する前に安倍首相がなんと発言したか確認します。以下のとおりです。

五 おわりに
「提案の進展を、全米千二百万の有色の人々が注目している。」
百年前、米国のアフロ・アメリカン紙は、パリ講和会議における日本の提案について、こう記しました。一千万人もの戦死者を出した悲惨な戦争を経て、どういう世界を創っていくのか。新しい時代に向けた理想、未来を見据えた新しい原則として、日本は「人種平等」を掲げました。
世界中に欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は、各国の強い反対にさらされました。しかし、決して怯(ひる)むことはなかった。各国の代表団を前に、日本全権代表の牧野伸顕は、毅然として、こう述べました。
「困難な現状にあることは認識しているが、決して乗り越えられないものではない。」
日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、今、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則となっています。
今を生きる私たちもまた、令和の新しい時代、その先の未来を見据えながら、この国の目指す形、その理想をしっかりと掲げるべき時です。
現状に甘んずることなく、未来を見据えながら、教育、働き方、社会保障、我が国の社会システム全般を改革していく。令和の時代の新しい国創りを、皆さん、共に、進めていこうではありませんか。
その道しるべは、憲法です。令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法審査会ではないでしょうか。私たち国会議員が二百回に及ぶその歴史の上に、しっかりと議論していく。皆さん、国民への責任を果たそうではありませんか。
 10月4日付の中央日報日本語版WSは、以下の記事を掲載しました。
植民支配しておきながら「日本、植民主義に対抗して人種平等」叫んだ安倍氏
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2019.10.04 16:30
安倍晋三首相が4日に招集された臨時国会の所信表明演説で日本を「植民主義に対抗した人種平等主唱国」と表現し、論議を呼びそうだ。事実上、日本がアジアの人々を解放させると言って戦争の口実とした日本軍部の「大東亜共栄圏」の主張を擁護したとも解釈でき、周辺国の反発を招くものとみられる。
これに先立ち、先月17日、安倍政権のナンバー2の麻生太郎副首相兼財務相は、安倍首相が出席した公式行事で過去に日本が起こした太平洋戦争に対して「大東亜戦争」という表現を使って物議をかもした。「大東亜戦争」は1941年、日本が「欧州によるアジア植民地侵略を解放し、大東亜共栄圏の建設とアジアの自立を目指す」という戦争名分を掲げて閣議決定した名称で、日本でダブー視されてきた事実上の禁忌語だ。
問題の主張は演説の最後に登場した。
安倍首相は自身が最も強調したかった改憲関連の内容を一番最後の部分に配置した。メッセージ伝達の劇的な効果を狙ったものとみられる。
安倍首相は「現状に甘んずることなく、未来を見据えながら、教育、働き方、社会保障、我が国の社会システム全般を改革していく」とし「令和を迎えた今こそ、新しい国創りを進める時」として改憲への参加を促した。
引き続き憲法を新しい国造りの「道しるべ」と位置づけ、「令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法審査会ではないだろうか」とし「国民への責任を果たそう」と訴えた。改憲議論に野党の参加を呼びかけたのだ。
ところが現在の日本の平和憲法を変えるという意志を強調するために、安倍首相が取り上げたのが第1次世界大戦の戦後処理のために開かれた1919年のパリ講和会議だった。
この会議に日本代表として出席した牧野伸顕全権の発言と主張を「憲法と同じように新しい時代の理想と未来を提示した代表的な事例」として紹介した。
安倍首相は「1000万人もの戦死者を出した悲惨な戦争を経て、どういう世界を創っていくのか。新しい時代に向けた理想、未来を見据えた新しい原則として、日本は『人種平等』を掲げた」と述べた。
続いて「当時、世界中に欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は、各国の強い反対にさらされた。しかし、(牧野全権は)決してひるむことはなかった」とし「毅然とこう述べた。『困難な現状にあることは認識しているが、決して乗り越えられないものではない』」と紹介した。
あわせて「日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、今、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則となっている」とした。
安倍首相のこのような言及は、第2次大戦当時に日本が歩んだ帝国主義侵略史に言及しないまま、それ以前のことだけを前面に出す「歴史隠し」であり「歴史ロンダリング(洗浄)」という論争を呼びかねない。日本帝国主義時代における南京虐殺や関東大震災朝鮮人虐殺事件など、植民支配下にあった国民は組織的に虐殺された。東京都心では現在も嫌韓デモが起きている。
東京の外交消息筋は「日本が起こした太平洋戦争など第2次大戦関連の言及は全くないまま第1次大戦だけに言及し、韓国と台湾を植民地化した日本がまるで『反植民地と人種平等』の道だけを歩んできたかのように主張した」とし「特にこれを平和憲法改正のための論理として前面に出した点で論争を自ら招いた」と話した。
 10月5日付の朝鮮日報日本語版WSは以下の記事を掲載しています。
記事入力 : 2019/10/05 08:40
韓半島植民地支配の歴史美化した安倍首相の詭弁「日本、100年前に植民地主義に怯まず人種平等掲げた」
 日本の安倍晋三首相が4日、臨時国会の所信表明演説で、日本の帝国主義を美化する演説をし、改憲の必要性に言及したことから議論が起こっている。
 安倍首相は同日、100年前の1919年に日本が出席したパリ講和会議に言及、「1000万人もの戦死者を出した悲惨な戦争(第一次世界大戦)を経て、どういう世界を創っていくのか。新しい時代に向けた理想、未来を見据えた新しい原則として、日本は『人種平等』を掲げた。世界中に欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は各国の強い反対にさらされた。しかし、決して怯(ひる)むことはなかった。(中略)日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、今、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則となっている」と述べた。
 安倍首相は「今を生きる私たちもまた、令和(徳仁天皇時代の年号)の新しい時代、その先の未来を見据えながら、この国の目指す形、その理想をしっかりと掲げるべき時だ」と、改憲の必要性を主張する過程で、こうした言葉を述べた。
 しかし、「日本は植民地支配を批判し、人種平等のために立ち上がった」という主張は、日本の韓半島植民地支配の歴史を全否定する深刻な歴史歪曲(わいきょく)だ。西欧からアジア人たちを解放するという名分を掲げた日本の「大東亜共栄圏」や「大東亜戦争」を擁護するものと解釈できる。
 日本は1926年に「昭和」時代が始まって以降、軍部が実権を掌握し、2000万人が死亡した太平洋戦争を引き起こした。植民地時代だった韓半島で民衆を収奪し、若い男性を戦場・工場に連れて行き、一部の女性には慰安婦としての生活を強要した。中国では1931年の満州事変や1937年の南京虐殺を起こした。
 安倍首相は同日の演説で、このような歴史には全く言及しなかった。こうした挑発的な演説にもかかわらず、日本では反発がほとんどなかった。日本社会の「右傾化現象」がますます深刻になっていることを示す一幕でもあった。
東京=李河遠(イ・ハウォン)特派員
日本の主要3紙はこの部分をどう扱ったかを社説(10月5日)のタイトルとともに確認します。
毎日新聞社説は次のとおりでした。
<安倍首相の所信表明 これでは議論が深まらぬ>
 首相は演説の最後で憲法に触れ、憲法審査会の議論を進めるのが「国民への責任」だと与野党に呼びかけた。懸案の説明には後ろ向きでいながら、宿願の憲法改正への協力は求めるというのではご都合主義だ。
 読売新聞社説は次のとおりでした。
<所信表明演説 活力ある日本引き継ぐ戦略を>
 首相は憲法について「新しい国創り」の道しるべと位置付けた。「しっかりと議論し、国民への責任を果たそう」と呼びかけた。
 最高法規のあり方について不断に論じるという、立法府の原点に立ち返るべきである。
 朝日新聞社説は次のとおりでした。
<立法府建て直す議論を>
 憲法改正については、演説の最後で「令和の時代に日本がどのような国をめざすのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法調査会ではないか」と述べ、「国民への責任を果たそう」という訴えで締めくくった。しかし、国民の間で改憲を求める機運が高まっているとは言えない。「改憲ありき」の議論は「国民への責任」を果たすことにはなるまい。
 ちなみに、独自の報道姿勢を示す気概を折に触れ示している東京新聞社説は次のとおりです。
<自公20年と安倍政治 「平和主義」の正念場だ>
 自公連立政権の発足から二十年。安倍晋三首相はきのうの所信表明演説で憲法改正論議を促した。戦後日本の「平和主義」は堅持できるのか、正念場だ。…
◆9条改憲を促す首相
 法案や条約の審議はもちろん、国政の調査や行政監視の機能という国会に託された役割を、与野党ともに誠実に果たすべきである。
 首相は所信表明演説で、戦後復興や高度成長を実現し、「平和で豊かな日本を、今に生きる私たちに引き渡して」くれた先人たちの歩みに「心から敬意を表し」た上で「わが国の平和と繁栄は、必ずや守り抜いていく」と強調した。
 日本人だけで三百十万人という犠牲者を出し、日本が侵略した近隣諸国や交戦国にも多大な犠牲を強いた過去の戦争への反省から、戦後日本は戦争放棄と戦力不保持の憲法九条の下、「専守防衛」に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、平和国家としての道を一貫して歩んできた。
 首相が、そうした歩みをも守り抜く決意を表明したのであれば、評価もできよう。
 しかし、首相は演説終盤でこうも語っている。「令和の時代の新しい国創り」の「道しるべは、憲法です。令和の時代に、日本がどのような国を目指すのか。その理想を議論すべき場こそ、憲法審査会」であり、「しっかりと議論して」「国民への責任を果たそうではありませんか」と。
◆集団的自衛権を容認
 要は、平和主義の堅持よりも、憲法改正論議を促すことに演説の主眼があったのである。…
 このうち首相が自民党長年の悲願とするのが九条改正だろう。
 七月の参院選では、与党と日本維新の会などを合わせた「改憲勢力」は改正発議に必要な三分の二を参院で割り込んだが、首相は改憲を目指す姿勢を変えていない。
 自民党が衆参両院の選挙で改憲を訴え、政権を維持し続けているのだから、改憲は国民に支持されているというのが首相の論法だ。(以下省略)
 要するに、韓国2紙が指摘した重大な問題点についてはすべて素通りです。
さすがに共産党の志位委員長は10月4日の記者会見で「演説の最後で述べられた首相の歴史観を厳しく批判しました」(10月5日付赤旗)。赤旗によると、志位氏は次のとおり指摘し、厳しく批判しました。
 「首相は戦前の日本があたかも植民地主義に反対したかのように描いているが、この時期に日本は朝鮮半島の植民地支配を自らやっていた。そして、中国大陸への侵略戦争に乗り出した。是が歴史の事実だ。首相はこの事実がなかったかのように語っている」
 「都合のよい部分を切り出し、都合の悪い部分は隠す。厚顔無恥な世界史のわい曲だ。黒を白と言いくるめる議論だ。しかも、こともあろうに、民族自決権を最大の特徴とする国際人権規約の理念に実ったという。政権の歴史に対する無知と傲慢と無反省が現れた」
 志位氏の発言内容の大筋には異論がないのですが、安倍首相の発言は「歴史に対する無知」などに基づく単純な誤りではなく、自らの異様な歴史観(皇国史観)に基づく確信犯的言辞であることに言及がないのはどうしたことでしょうか。私はその点にこそ、世界から指弾されるもっとも重大な問題があると思います。韓国2紙の問題意識もまさにそこにあると思うのです。ロシアが日本との平和条約締結に極めて消極的な根本の理由も、日本(安倍政権)が第二次大戦の結果(ポツダム宣言)を受け入れない点にあります。中国が日本に対して警戒感を緩めることがあり得ないのもこの点に起因します。安倍首相がヌケヌケとかかる歴史認識を所信表明演説で披瀝するまでに至っていることを誰もとがめない。ここにこそ今日の日本政治全体の病理が集中的に現れているのです。