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ロシア・イスラエル関係と「ペルシャ湾地帯集団安全保障コンセプト」

2019.10.04.

私の頭の中で整理できない問題の一つは、プーチン・ロシアとネタニヤフ・イスラエルの「親密な関係」(と私には受け取られる)が何に由来するのか、それとも、そういう受け止め方はそもそも間違っているのであって、両者(両国)の関係は双方の利害打算に基づくものと理解するべきなのかという問いです。答えが後者であるならばともかく、前者の受け止めが間違っていないとすると、では、ロシアの対中東戦略はどのように理解するべきなのかという非常に根本的な問題に直結します。ロシアが強力に支援するシリアはイスラエルに長年にわたってゴラン高原を占領されて対立を続けてきました。ロシアとともに全力でシリアを支援するイランはイスラエルの存在自体を認めない立場です。ロシアとの関係を強めているトルコも事ごとにイスラエルの行動を批判しています。なによりも、ロシアはアラブ諸国との関係を戦略的に重視しているのです。ロシア問題や中東問題の専門家からすれば、私の以上の疑問は門外漢ゆえの初歩的な問いに過ぎないのかもしれません。しかし、私の疑問に対する「答え」に接してこなかったのがこの数年間における事実です。
 国連総会に出席したロシアのラブロフ外相が9月27日にメディアの多岐にわたる質問に対して答える中で、私の以上の疑問を代弁する質問を行った記者がいました。ラブロフの答えは私の頭の中をすっきりさせてくれる中身がありました。私なりにまとめると以下の3点になります。①ロシアとイスラエルの関係は、プーチン及びネタニヤフという個人的な関係と理解するのは正しくないし、ましてや利害打算に基づくものとする冷ややかな受け止め方は失当であり、ロシアは対イスラエル関係を戦略的に重視している。②ロシアはアラブ諸国及びイランとの関係を同じく戦略的に重視している。③ロシアはかつての欧州デタントの中東版を構築することで中東全体の平和と安全を実現する路線を追求している。
 以下に記者の質問とラブロフの回答の大要を紹介します。

(問)アメリカ国内特にユダヤ関係メディアでは、ロシアの対イスラエル関係の深まりに関する報道が多い。この関係をどう見ているか。今後どのようになっていくと見るか。
(答)プーチンとネタニヤフとの関係は非常に良好であり、信頼に基づいている。我々はロシアとイスラエルとの関係を戦略的なものと考えている。イスラエルの市民の約150万人はソ連・ロシアからの移住者だ。知ってのとおり、イスラエルの政党、「イスラエル我が祖国」(Our Home is Israel)の支持者はほとんどがロシア語を話す人々だ。我々は彼らの運命に無関心ではいられない。我々はまた、イスラエルの安全保障、これにはユダヤ人が第二次大戦中に経験したホロコーストという悲劇が含まれるのだが、これにも無関心ではいられない。ソ連赤軍が多くのユダヤ人を救ったのは彼らに起こったことを重々しく受け止めたからだ。イスラエルが国家としてこれを記憶するだけにとどまらず、解放者(浅井注:赤軍)をあがめていることは、我々にとって小さなことではない。特に、より文明化されていない関係国(浅井注:ポーランド、ハンガリー等)がホロコーストの犠牲者のものを含め、記念碑や墓を破壊している状況ではなおさらだ。第二次大戦を勝手に作り替え、共産主義をナチズムと同視する者がおり、ホロコーストの犠牲者の記念碑を破壊するのは彼らなのだ。ちなみに、イスラエルのネタニヤにはソ連解放兵士の立派な記念碑がある。ネタニヤフ首相によると、2020年1月にはレニングラード攻防戦犠牲者の記念碑が除幕されるそうだ。この行事はアウシュビッツ解放記念に合わせて行うという。1月27日は国際ホロコースト記憶の日だ。プーチン大統領はこれらの行事に訪れるよう招待されている。
 以上の精神的歴史的な結びつきのほか、両国間にはかなりの経済協力があり、シリアその他の中東地域の諸問題に関する極めて良好かつ信頼に基礎をおいた対話がある。これは、これらすべての問題の包括的な解決に当たってはイスラエルの安全保障上の利益を考慮しなければならないというアプローチを我々が重視しているからだ。これは基本だ。残念なことに、パレスチナ問題が陥っている行き詰まりから我々は抜け出すことができないでいるが。
(問)イランに関して、JCPOAの将来をどう見ているか。また、国連総会での結果を踏まえた米伊関係をどう見るか。ペルシャ湾における集団安全保障コンセプトを提起したが、これは今もテーブルの上にあるのか。
(答)JCPOA崩壊に関する問題が始まったのは今ではなく、1年半前にアメリカが一方的に脱退し、他の国にもこの合意を守ることを禁じ、イランと取引する国々に制裁を加えるようになった時からのことだ。こうしたアメリカの行動はイラン核問題にとって破壊的であるだけではなく、核拡散防止体制に対しても破壊的であり、さらには中東地域情勢にとっても破壊的である。不幸なことに、アメリカは中東北アフリカ情勢のすべての問題を反イランというメガネで見ており、この地域の悪の根源はイランであり、すべての問題はイラン発だというまったく根拠のない主張を根拠付けようと躍起になっている。
 この問題に関する我々の考え方は、他の地域における経験、なかんずく欧州の経験を利用するということだ。欧州はCSCEプロセスを開始し、それはヘルシンキ最終合意その他の重要な諸宣言につながった。それが本日話した1999年の欧州安全保障憲章及び協力安全保障プラットフォームだ。これらの文書に規定されているのは対話、互いの利益に対する相互的考慮、互いの関心について議論する用意、そしてもっとも重要なのは他国の安全を犯すことによって自らの安全を図ってはならないということだ。この論理がペルシャ湾地帯集団安全保障コンセプトのベースになっている。緊張が高まっている今日、アラブ諸国を含めたますます多くの湾岸諸国が緊張緩和について考えるようになっており、そのことはまさに我々の提案がますます時宜を得たものになっているということだ。我々としては、湾岸諸国に加え、5つの常任安保理事国、アラブ連盟、イスラム協力機構、EUも参加するべきだと考えている。
 なお、ラブロフ外相は10月2日、ロシアのソチで開催されているヴァルダイ国際ディスカッション・クラブにおいて、イスラエルで進行中の組閣問題の結果次第ではパレスチナ問題の解決プロセスにつながる可能性があるという発言を行いました(同日付タス通信)。私が興味深く思ったのは、ラブロフが、間接的にせよ、ネタニヤフ外しの形で組閣工作が行われる可能性に言及していることです。結果がどうなるかは現時点では分かりませんが、ロシアの対イスラエル政策が「ネタニヤフと心中」とは程遠いことを窺わせるものです。ラブロフ発言は以下のとおりです。
 「イスラエル政府がどういう形になるかを見てみよう。興味深いプロセスが起こっている。青と白(同盟)、ガンツそして統一アラブリスト(the United Arab List)の間で接触が行われており、宗教的なユダヤ人政党との協力も排除しないとしている。」
 「もしも統一アラブリストが連合に含まれるとなれば、パレスチナ・イスラエル対話を再開し、国連安保理決議に基づいて懸案を解決することが可能だという積極的サインになるだろうと思う。」