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台湾:総統選挙と政治情勢(中国専門家分析)

2019.10.03.

9月29日付の中国台湾網(中央台湾弁公室及び国務院台湾弁公室のWS)は、「台湾の選挙:政治優先か経済優先か」と題する中国社会科学院台湾研究所研究員の王建民署名文章を掲載しました。台湾住民の最大関心事は経済問題であるという世論調査結果がある一方、2020年の総統選挙に関しては、政治カードを掲げる民進党の蔡英文が経済カードを掲げる国民党の韓国瑜をリードしているという問題を取り上げて複雑な台湾情勢を分析しています。大陸側の主観が入りやすい台湾問題に関して、極めて冷静で納得できる分析・判断を示しています。この文章が掲載されたのが中央権力と直結する中国台湾網であることも重要だと思います。以下に要旨を紹介します。

 経済と政治との関係は一貫して重要なテーマであり、台湾においてはいっそうそうである。台湾の人々は政治に熱心であり、ことに選挙期間中はますますそうであって、投票率は常に高い。同時に台湾の人々は経済民生問題にも大きな関心があり、多くの世論調査においても経済問題が重要な地位に置かれている。では、現在の台湾の人々は経済問題と政治問題のどちらにより関心があるのか。あるいは、政治問題と経済問題のどちらが人々の優先事項であるのか。冷静な思考と科学的な分析が必要なところである。
 西側の民主的社会においては、経済特に経済政策が選挙の主要テーマであり、選挙の勝敗に直結する。しかし、台湾では必ずしもそうとは言えず、台湾の人々は常に経済民生問題に関心があると口にしながら、選挙活動中は経済問題が優先テーマとはならず、政治に席を譲り、メディア及び世論は総じて政治関連のテーマに集中し、政治的な立場あるいは傾向が選挙の優先的選択となる。
 2019年9月の雑誌『天下』が掲載した台湾の指導者に最優先で取り組んでほしいことに関する世論調査では、経済発展がダントツの35.7%、政治が15.3%で第二位、「国家の安全」が13.5%で第三位、両岸関係が13.2%で第四位、貧富の格差が10.9%で第五位だった。この世論調査に基づいて観察すると、台湾の人々がもっとも関心があるのは経済問題であり、政治、安全、両岸関係、貧富格差は遙かに引き離されている。
 この世論調査結果と現在の台湾社会の関心の焦点及び選挙における総統候補の支持対象との間には歴然とした差及び矛盾が存在する。蔡英文が掲げるのは「政治カード」で、「抗中保台」を選挙の主軸としている。国民党候補の韓国瑜は「経済カード」を掲げ、「庶民」の旗を強調し、「台湾安全、人民有銭」を選挙の主軸としている。明らかに島内選挙は「政治カード」対「経済カード」、「安全カード」対「民生カード」の対決及び力比べとなっているのだ。筋道からいえば、台湾のメインの民意は経済発展の強調及び重視であり、「経済カード」を掲げる韓国瑜がリードし、「政治カード」を掲げる蔡英文が後れを取って当然なのだが、現実はまさに逆である。多くの世論調査結果によれば、「政治安全カード」を掲げる蔡英文が「経済民生カード」を掲げる韓国瑜を遙かに引き離しており、『天下』が示した世論結果とは顕著な違いを示している。
 この矛盾した現象をいかに解釈するべきか。政治、選挙が関係しない状況の下では、人々は当然経済発展、民生改善、生活水準アップを希望するが、政治、安全のテーマが関わり、特に選挙となれば状況は顕著に変化し、経済民生をもって唯一の投票行動決定の重要な基準とはせず、複雑かつ多元的となるのだ。台湾は多元的な二極対立社会であるということが現在の台湾の基本的な構造問題である。台湾選挙民は青、緑及び中間の三つからなるが、青と緑が基本的な政治構造だ。一般的にいえば、選挙民の投票では経済発展優先ではなく、青緑の政治的立場が優先し、「青は青を選び、緑は緑を選ぶ」。青の陣営の選挙民の特性は団結力が高いことであり、緑の陣営の選挙民は団結力が高くない。その結果、緑の陣営の選挙民の約90%は蔡英文を支持するのに対して、青の陣営の選挙民では75%程度しか韓国瑜を支持しない。緑の陣営の方が青の陣営よりも支持層が多いという状況の下で、蔡英文支持率が韓国瑜支持率をリードするという状況を生み出す。中間層選挙民の中では、少数の選挙民だけが経済発展を投票行動に当たっての理性的な判断基準とする。しかも民進党は選挙及び政治的な手腕に長けており、「恐中」・「反中」・「抗中」・香港などのテーマを利用して人々の恐怖感情をあおり、蔡英文の支持率を高めるのだ。
 もちろん、台湾の選挙における経済問題の重要性は無視できず、候補者としては真剣に対処し、答えを示す必要がある。蔡英文は政治テーマを利用すると同時に経済民生問題をも非常に重視している。その最重要な手段は掌握している権力を通じて大々的に政策的な集票活動をすることだ。この数ヶ月間、減税、補助、奨励等の政策措置を講じることで、農民、漁業者、企業、青年、独身者など異なるグループ、階層に対して様々な減税優遇措置を講じ、これが確実に少なからぬ政治的効果を上げ、蔡英文支持率回復向上の原因の一つとなっている。しかし、これらの短期的な経済現象は台湾経済発展に横たわる根本問題及び長期的衰退傾向という真相を覆い隠している。「選挙経済」が造り出す経済的後遺症は次第に蓄積し、ゆくゆくは経済の健全な発展を妨げることになる(として過去の実例を列挙)。
 今日の台湾は表面的には経済優先、民生優先に見えるが、実際には必ずしもそうではなく、政治優先、安全優先であり、特に選挙情勢下で政治安全の優先がさらに典型となる傾向が顕著であり、経済テーマ、経済政策等は選挙の利用材料になってしまっている。これが現下の台湾であり、市場経済を呼号しているけれども、また、人々の最大関心事は経済民生問題であるのに、政治及び安全問題にぶち当たるやいなや政治あるいは「統一か独立か」という立場の問題が経済問題を凌駕し、最優先の選択となっているのだ。したがって、現在の台湾は高度に政治化した社会であり、真の意味での理性的な経済社会ではない。