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イラン情勢をどう見るか(2)

2019.09.30.

イランのロウハニ大統領が国連総会に出席するために訪米しましたが、日本をはじめとする世界のメディアでは、その際にアメリカのトランプ大統領との首脳会談が実現するかどうかという問題に大きなスポットが当てられました。イランにおける言説を理解しているものからすると「話題にすることすら馬鹿げているあり得ない話・茶番劇」です。しかし、かくも大きく取り上げられたという事実は日本を含む西側メディアが相変わらずアメリカ発の情報に染め上げられるという深刻な病理を改めて浮き彫りにするものでした。特に私が深刻に感じたのは、トランプ政権(というよりトランプ大統領)のいい加減さについては今や世界公知の事実であるにもかかわらず、米伊首脳会談というテーマになると、イラン発の情報はまったく無視され、西側メディアがアメリカ政権発の情報を前提に物事を判断する悪習を繰り返すという事実です。
 今回の茶番劇の発端となったのはフランスのマクロン大統領でした。彼は何度もロウハニと電話で会談し(もちろんトランプとも意思疎通を行って)、ニュー・ヨークでの米伊首脳会談を実現させようと工作しました。彼がイランに提示したのは要するに、150億ドルをINSTEXに提供する用意があるということであり、その見返りとして要求したのは、ミサイル・地域問題を含めた、JCPOAに代わる新たな合意作りに関するトランプ政権との話し合いにイラン側が応じることでした。イラン大統領府WSはマクロン・ロウハニ電話会談の内容について逐一紹介していますが、ロウハニが一貫してマクロンに述べたことは、①ミサイル・地域問題に関する話し合いの余地はゼロ(JCPOAはこれらの問題を扱っておらず、そもそもイランが最終的にJCPOAに応じたのはこれらの問題を対象外とすることが確約されたからである)、②150億ドル提供は歓迎だが、これを米伊首脳会談と絡めるのは論外(INSTEX稼働は英仏独がイランに確約した事柄で、交渉対象とするのはお門違い)、③対米話し合いの可能性は排除しないが、大前提はアメリカがJCPOAに復帰し、対イラン制裁を撤廃すること(以上の大前提条件が満たされれば、JCPOAの枠組みの中での米伊対話も可能)、ということでした。ちなみに、最高指導者・ハメネイ師、イラン最高安全保障会議(SNSC)のシャムハーニ事務局長(イランにおける安全保障問題最高責任者)、イラン議会のラーリージャーニー議長なども上記①及び③について繰り返し明言しています。
 仏伊間の外交折衝が続く中、トランプは「条件なしの話し合い」に応じる用意があることを明らかにしました。しかし、彼が言う「条件なし」はJCPOA脱退及び対イラン制裁の既成事実を前提にするものでした(安倍首相が金正恩委員長と「条件なし」で話し合いたいとしながら、その話し合いで「拉致・核・ミサイル」問題を解決したいと言っているのと同じ類いの虫のいい話)。マクロンのいい加減さは、米伊間の懸隔が明らかであるにもかかわらず、米伊首脳会談の条件はセットした、会談が実現するか否かは両首脳の意向次第と放言したことです。しかし、西側メディはトランプ及びマクロンの発言を鵜呑みにして、首脳会談の実現はイラン(ロウハニ)の出方如何と決めつける報道に徹したのです。
 イランの以上の立場・主張が決して理不尽ではないことは、私の7月12日付のコラムを読み返していただけば直ちに理解できるはずです。ここでは事実関係について簡単に整理しておきます。
 7月12日付のコラムでは、イラン核合意(JCPOA)にかかわるイラン情勢を正確に判断する上で不可欠なイランの基本的立場について考えてみました。主なポイントは以下のようにまとめることができると思います。
○JCPOAは国連安保理決議の「お墨付き」を得たものであり、トランプ政権が一方的にJCPOAから脱退したことは絶対に許されない(浅井注:アメリカ以外の国が安保理決議違反を犯した場合にいかなる仕打ちを受けることになるかについては、朝鮮に対する安保理制裁決議のエスカレーションが示すとおり)。ましてや、イランに対する制裁を一方的に復活させるアメリカの行動は、イランがJCPOAを遵守している(IAEAが確認)事実に鑑みても不法かつ無効。
○イランは、アメリカ以外のJCPOA当事国(英仏独中露)が、アメリカの脱退・制裁復活を相殺する措置、すなわち、イランの協定遵守に見合うだけの経済的利益を担保する措置を講じるのであれば、引き続きJCPOAを遵守する用意あり。具体的には、英仏独が設立したINSTEXがイラン産原油輸出を含め、EU諸国とイランとの間の経済諸活動を金融面から担保保証すること。
○しかし、アメリカの一方的脱退から1年を経ても英仏独が有効な措置を講じていない以上、協定当事国間の義務履行上のバランスを回復するため、JCPOA関連規定(第26条及び第36条)に基づき、イランは段階的な「履行義務停止」を行うことを通告(5月8日)。ただし、「履行義務停止」は英仏独が今後とる措置の程度との見合いで可逆的とする。
 イランは5月8日の通告時に第1回の履行義務停止(濃縮ウラン及び重水の貯蔵量レベル制限の取り外し)を行い、その後も英仏独がINSTEX稼働に向けた実効的な措置を取らないため、2ヶ月の猶予期間を経た7月(ウラン濃縮度引き上げ)及び9月(高性能遠心分離機稼働を含め、核開発研究制限の撤廃)に追加的措置を取りました。11月には第4回の履行義務停止措置が迫っています。
 事態をさらに複雑にしたのは9月14日に発生した、サウジアラビアの石油生産施設に対するドローンによる攻撃事件でした。この攻撃に関しては、イエメンのフーシ派が、彼らに対するサウジアラビア主導の攻撃に対する報復措置として行ったものとする声明を発表しました。ところがトランプ政権は直ちにイランによる仕業と断定し、追加制裁措置を講じました。これに対してイランは自らの関与を真っ向から否定しました(ロシアとトルコはイランの立場を支持し、中国も明白な証拠なしに特定国の仕業と決めつけるべきではないとしました)。しかるに英仏独3国首脳は9月23日に共同声明を発表し、「事実関係は極めて明白であり、イランはこの攻撃に対して責任がある。他の合理的な解釈はない」と指摘してイランを非難したのです(浅井注:イランがフーシ派にドローンを提供したとしても、その事実だけをもって今回の事件の責任はイランにありとするのはあまりにも馬鹿げています。そんな理屈がまかり通るとするならば、アメリカ以下の西側諸国が供与する武器で世界各地の戦争が行われているわけであり、すべてに西側諸国の責任が問われなければなりません。ただし、小型ドローンが攻撃に使用され、甚大な被害を生んだという事実は、これからの戦争のあり方を変えるだけの巨大なインパクトを持っていることは確かであり、そのショックが英独仏3首脳の常軌を逸したイラン批判を導いた可能性はあります。もう一点付け加えるとすれば、イラン製の可能性があるドローンの破壊力の大きさ及びその攻撃を封じることができなかったパトリオットをはじめとするアメリカの迎撃システムの脆弱性という問題があります。イランとしては図らずも(?)対米軍事力を誇示する効果があった可能性は否定できません)。
 英仏独3首脳の以上の行動はハメネイ師のすさまじい怒りを買う結果になりました。ハメネイ師は9月26日、(最高)指導者選出専門家会議の委員を前に演説して次のように述べました(同日付イラン・ファーズ通信)。

○アメリカ及びイスラエル以外の国との接触・交渉は閉ざさないが、敵意むき出しのアメリカといくつかの欧州諸国は絶対に信用するべきではない。
○舞台に上がる欧州人は仲介者のように振る舞っている。彼らは長々としゃべり、約束もするが、すべては無駄である。
○彼らは有能でもなければ、十分な可能性も備えていない。しかし彼らの考え方はアメリカ人と同じだ。
○欧州人は核合意に対して不誠実であり、アメリカのイランに対する制裁にも事実上コミットしており、将来にわたっても行動は変わりそうにないから、「彼らには完全に失望した。」
○欧州諸国と会合し、契約を結ぶことは禁止しないし、問題はないが、彼らに期待を寄せるべきではなく、彼らを信用するべきでもない。
 9月27日に国連総会出席から帰国したロウハニ大統領は空港で、今回の国連総会出席においては各国及びメディアからイランに対する二つの否定的な雰囲気に直面したとして、アラムコ攻撃事件と取り沙汰された米伊首脳会談問題を挙げ、彼がどのように対応したかを説明しました。これまでのまとめに代えて、ロウハニの発言を紹介します。
<アラムコ攻撃事件>
否定的な雰囲気というのは、アラムコ事件はイエメンの軍事力を超えるもの(したがってイランが関わっている)とするものだ。欧州諸国指導者もイランが攻撃に関与しているとする声明を出した。私は彼らに証拠を提供せよと要求したが、彼らは何も持っていなかった。彼らは専門家の意見として、イエメンの能力ではそのような作戦はできないと言った。そこで私は彼らに対し、イエメン側の能力に関する知識も情報も何も持っていないではないかとやり返した。ロシアとトルコなどいくつかの重要な国の指導者もイランに対する非難は間違いだと明確に立場を明らかにした。世論及び国際社会が事実関係を知ることは重要なので、国連事務総長に対しても説明した。
<米伊首脳会談>
 「アメリカ側は、交渉の用意があるが頑固なのはイランだと宣伝した。彼らは欧州及び欧州以外のほとんどの国の指導者にメッセージを送り、両大統領間の一対一の交渉をしたいと述べたのに、イラン側はP5+1の枠組みで交渉を行うべきだとして拒絶したので、我々(アメリカ側)はそれを受け入れた、とした。」
 「P5+1のうちの3カ国、すなわち独英仏の首脳は、アメリカはすべての制裁を解除するだろうと言って、米伊首脳会談を行うべきだと主張した。」
 「しかし問題は、制裁と最大限の圧力のもとでは、仮に我々がP5+1の枠組みのもとで交渉するとしても、その交渉の結果については誰も予想できないということだ。」「障害を設けたのはアメリカであり、そのアメリカは問題解決を望んでいない。」
 「第3段階の履行義務停止である新型の遠心分離機設置が非常に重大だ、なぜならば、それはイランが核兵器取得に向かうことを意味するからだ、と言うものがいる。」「我々は、インタビューや会見の中で、もしも核兵器取得に向かおうとするならばIAEAの査察を制限するだろうが、イランはそうしていないし、イランのすべての核活動はIAEAの査察の下に置かれていると説明した。」